どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ313

2008-10-11 23:57:52 | 剥離人
 虚ろな目、怪しい挙動、どうにも把握し難い理解能力、堂本は三拍子揃った曲者だった。

 最初の撃ち手が入って二時間後、今度は交代要員の本村組の二人、須藤と堂本と一緒に塔内へ入る。
「正男ちゃん、正木さんの続きを頼むね。たぶん細かい撃ち残しがあるだろうから、もう一回撃ち直してくれる?」
「ハイッ、分かりました!」
 須藤に指示を出すと、いつもよりも張り切っている感じがする。私に頼りにされていると思ってくれたのだろう。
 だが、問題は堂本だ。
「さて、堂本君、一応ガンの撃ち方は口頭で説明したけど、まずは実際にやって見せるからね」
 私はヘルメットの樹脂製のバイザーを下ろすと、ガンを構えてトリガーを引いた。
「キュゥウウウウン、バシュぅううううう!」
 ジェットが噴射され、右手と右肩に反力が掛かる。
「ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ!」
 ノズルを左手で、小さな円を描くように動かしながら、リズム良くガラスフレークを剥がして行く。
 普通の塗装とは異なり、ガラスフレークライニング(塗料中に鱗片状のガラスフレークを多量に混入した塗料)は、厚さが5mm程あるので、ノズルを回転させる速度や、横方向への移動速度が速過ぎると、細かい剥離残しが大量発生する事になる。私は堂本に『見本』を見せなければならないので、慎重に且つ的確にガラスフレークを剥離して行く。
 二時間は無理でも、5分や10分なら、私でもハルの真似事をして見せることは可能だ。
「どうかな?今の感じでガンを撃って欲しいんだけど」
「…分かりました」
 思ったよりも目付きは真剣なので、ちょっとだけ期待する。
「あのさ、その眼鏡だけど、大丈夫?」
 私は堂本の、エアラインマスクの目ガラスに映る、金属フレームの眼鏡をじっと見る。
「だ、大丈夫だと思います」
「でも、汗を掻くと曇るよ、現に今も曇り始めてるし…」
「あー、あの、もし曇ったら…」
 堂本は何かを口の中でゴニョゴニョと言っている。
「何?」
 堂本の顔に、私は自分の耳を近付けた。
「ダメだったら、次は外します」
 耳栓越しに、ようやく堂本の声を聞き取る。
「あー、そう…」
 私はすでに完全に曇っている堂本の眼鏡を見ながら、
「もう曇ってるやんけ!」
 と突っ込みたかったが、黙っている事にした。

 私は、堂本にたっぷりと一時間掛けてガンの打ち方をレクチャーすると、他の作業場所を巡回して、再び堂本の元に戻った。
「!!!」
 私は自分の目を疑った。あれほどきちんと、
「ガンのノズルを左手で回しながら、横方向へ移動させてね!」
 と説明し、やって見せ、そして実際にやらせた筈なのに、何故か堂本は、ノズルを横方向にのみ移動させている。
 ノズル自体は、毎分3,000回の高速回転をしているので、ガラスフレークが剥離されていない訳では無いが、その様子はまるで壁面に線を引いている様に見える。
「ど、堂本君?」
 私は堂本の肩をバシバシと叩いた。
「!?」
 堂本はいきなりジェットを出したまま振り向こうとする。
「ハイ、ストップ、ストップ!ジェットを出したまま振り返らないでね、一番最初に言ったよね」
「・・・」
 堂本がトリガーから指を離すと、ようやくジェットが止まった。その堂本の目が何を見つめているのか、何に驚いているのかは分からないが、大きく見開かれ、そして私を見ている。
「いや、あのね、ノズルはね、回しながら横方向に移動ね」
「・・・」
 堂本はまだ驚いた様な顔をしている。
「えーと…、言ってる意味は分かるよね、ノズルは左手で回しながら移動ね」
「…はい、大丈夫です…」
 堂本は視線が定まらない様な、虚ろな顔つきで頷いた。
「…大丈夫なのか?本当に…」
 私は非常に心配だったが、合計四本のガンが稼動している、湿度100パーセントのミストサウナにはこれ以上居られそうに無かったので、一度塔内から出る事にした。

 だが堂本は、この後更なる不審行動を取り始める。

 
 


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