フライトデッキ(飛行甲板)最後尾、ほぼ中心部、そこがR社の所定の位置となった。
「木田君、どこをやるのよ?」
小磯が早々と超高圧ホースをカゴテナー(メッシュの箱)から出しながら、大声で訊いて来る。
「え?伊沢さんが直接来て指示するって言ってましたけど」
「伊沢さんは?」
「いやぁ、携帯が繋がらないんですよね」
「はぁー」
小磯は大きなため息を付き、超高圧ホースをコンテナに立て掛けた。
私はもう一度携帯電話を胸ポケットから取り出すと、伊沢の携帯を呼び出した。
「プルルルル、プルルルル、プルルルル」
「ハイ、何?」
いきなり私の後ろで声がする。振り返ると、ドロドロの作業着を着た伊沢が、携帯電話を手に持って立っていた。
「ああ、伊沢さん、丁度良かった!何度も電話をしたんですよ」
「ゴメンゴメン、エンジン場(艦の機関部)に潜っていたから、電話に出られなかったんだよ。で、何?施工箇所?」
「ええ、どこをやればイイんですか?」
「ちょっと来てくれる?」
言いながら伊沢は素早く歩き出すと、船尾の足場を下り始めた。
「ここ、このラインから、ずっと向こうに攻めて行ってくれる?」
伊沢は、右舷後部のレーダードームの下から、右舷側を艦首に向かって進んで行く様に右手の人差し指を突き出した。
「大体どの辺までですか?」
「ん?そりゃ行ける所までだよ」
「・・・」
もっとも仕事がやり難い一言だ。
「大体の目処は…」
「ん?あのミサイルの所までは楽勝でしょ?」
「ミサイルって、あの八連のミサイルポッドみたいなヤツのステージですか?」
「そうだよ」
「楽勝かどうかは分かりませんけど、がんばります」
私の答えを聞くと、伊沢はすぐに立ち去ろうとして、歩き出した。
「伊沢さん、もうちょっと具体的にお願いしますよ」
「?」
「例えば、手摺はどうするとか、ダクトはどうするとか、細かい指示がありますよね」
「ああ!」
伊沢は思い出したように、細かい指示を始めた。
「手摺は軽くジェットを当てるだけでイイから、それとダクトは軽く一皮剥く感じで。配管も軽く剥くだけね。それ以外はきっちりと全部剥がしてね。それと、こういう電気配線は、絶対にジェットを当てないでね」
伊沢は、壁面に固定されている、何本もの電気配線らしき物を指差した。
「これ、電気配線なんですか?」
その配線らしき物は、上からグレーの塗料がベットリと塗られ、極細の配管なのか電線なのか、良く見ないと判断し難い。
「良く見てよぉ、この辺のは全部電線だからね、十分注意してね!」
伊沢は真剣な顔で、電線を手でバシバシと叩く。
「昔さぁ、ウチの下請の職人に、『この白色のスプレーの中は絶対に撃たないでね!』って、わざわざ電線の部分をマーキングして指示をしたんだよ」
急に伊沢は、腕組みをして眉間に皺を寄せ始めた。
「ええ」
「そうしたらさぁ、やけに早くに、『終わりました!』って俺の所に来たんだよ。で、確認に行って見たら、俺が『撃つな!』って言ったスプレーのマーキングの『中』だけを、『中』だけだよ!?それを全部綺麗に撃ってあったんだよ」
「は?それは、電線なんじゃないですか?」
「そうだよ、全部電線だよぉ!しかも、被覆が全部剥け飛んじゃって、金色の電線が剥き出しになってたよ、ホント、あの時は参ったよ」
「…それ、本当の話ですか?」
「本当だよ、まったく。日本人なのに日本語が通じないんだから、嫌になっちゃうよ。お宅の人達は『日本語』、通じるでしょ?」
「え、ええ、通じますけど…」
「じゃ、大丈夫だよ。ま、頑張ってね、何かあったら俺か幸四郎君の所に連絡してね!」
伊沢はそう言いながら、早足で足場を駆け上って行った。
「日本語、通じない人が居るんだ…」
私は心の中で呟き、フライトデッキに居る四人の職人を見回した。
R社のウォータージェットチームが全員、きちんと日本語を理解してくれる事を、私は深く、工事の神様(誰?)に感謝した。
「木田君、どこをやるのよ?」
小磯が早々と超高圧ホースをカゴテナー(メッシュの箱)から出しながら、大声で訊いて来る。
「え?伊沢さんが直接来て指示するって言ってましたけど」
「伊沢さんは?」
「いやぁ、携帯が繋がらないんですよね」
「はぁー」
小磯は大きなため息を付き、超高圧ホースをコンテナに立て掛けた。
私はもう一度携帯電話を胸ポケットから取り出すと、伊沢の携帯を呼び出した。
「プルルルル、プルルルル、プルルルル」
「ハイ、何?」
いきなり私の後ろで声がする。振り返ると、ドロドロの作業着を着た伊沢が、携帯電話を手に持って立っていた。
「ああ、伊沢さん、丁度良かった!何度も電話をしたんですよ」
「ゴメンゴメン、エンジン場(艦の機関部)に潜っていたから、電話に出られなかったんだよ。で、何?施工箇所?」
「ええ、どこをやればイイんですか?」
「ちょっと来てくれる?」
言いながら伊沢は素早く歩き出すと、船尾の足場を下り始めた。
「ここ、このラインから、ずっと向こうに攻めて行ってくれる?」
伊沢は、右舷後部のレーダードームの下から、右舷側を艦首に向かって進んで行く様に右手の人差し指を突き出した。
「大体どの辺までですか?」
「ん?そりゃ行ける所までだよ」
「・・・」
もっとも仕事がやり難い一言だ。
「大体の目処は…」
「ん?あのミサイルの所までは楽勝でしょ?」
「ミサイルって、あの八連のミサイルポッドみたいなヤツのステージですか?」
「そうだよ」
「楽勝かどうかは分かりませんけど、がんばります」
私の答えを聞くと、伊沢はすぐに立ち去ろうとして、歩き出した。
「伊沢さん、もうちょっと具体的にお願いしますよ」
「?」
「例えば、手摺はどうするとか、ダクトはどうするとか、細かい指示がありますよね」
「ああ!」
伊沢は思い出したように、細かい指示を始めた。
「手摺は軽くジェットを当てるだけでイイから、それとダクトは軽く一皮剥く感じで。配管も軽く剥くだけね。それ以外はきっちりと全部剥がしてね。それと、こういう電気配線は、絶対にジェットを当てないでね」
伊沢は、壁面に固定されている、何本もの電気配線らしき物を指差した。
「これ、電気配線なんですか?」
その配線らしき物は、上からグレーの塗料がベットリと塗られ、極細の配管なのか電線なのか、良く見ないと判断し難い。
「良く見てよぉ、この辺のは全部電線だからね、十分注意してね!」
伊沢は真剣な顔で、電線を手でバシバシと叩く。
「昔さぁ、ウチの下請の職人に、『この白色のスプレーの中は絶対に撃たないでね!』って、わざわざ電線の部分をマーキングして指示をしたんだよ」
急に伊沢は、腕組みをして眉間に皺を寄せ始めた。
「ええ」
「そうしたらさぁ、やけに早くに、『終わりました!』って俺の所に来たんだよ。で、確認に行って見たら、俺が『撃つな!』って言ったスプレーのマーキングの『中』だけを、『中』だけだよ!?それを全部綺麗に撃ってあったんだよ」
「は?それは、電線なんじゃないですか?」
「そうだよ、全部電線だよぉ!しかも、被覆が全部剥け飛んじゃって、金色の電線が剥き出しになってたよ、ホント、あの時は参ったよ」
「…それ、本当の話ですか?」
「本当だよ、まったく。日本人なのに日本語が通じないんだから、嫌になっちゃうよ。お宅の人達は『日本語』、通じるでしょ?」
「え、ええ、通じますけど…」
「じゃ、大丈夫だよ。ま、頑張ってね、何かあったら俺か幸四郎君の所に連絡してね!」
伊沢はそう言いながら、早足で足場を駆け上って行った。
「日本語、通じない人が居るんだ…」
私は心の中で呟き、フライトデッキに居る四人の職人を見回した。
R社のウォータージェットチームが全員、きちんと日本語を理解してくれる事を、私は深く、工事の神様(誰?)に感謝した。