どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ265

2008-08-22 23:36:10 | 剥離人
 水管橋の仕事が終わってから二ヵ月後、結構暇な日々を過ごしていた我々に、いきなり仕事が入り始めた。

「木田君、もうちょっと均等に来ないの、この仕事…」
「まあ、その方が望ましいですけどね、こればっかりはねぇ」
 仕事なんて、無いときには無いくせに、入り始めると殺到する、そんな物だ。
「先週までは、本州最北の県でガラスフレークの剥離でしょ、で、明日からは西に行って、H県のTG工業で軟質ゴムライニングでしょ?」
 小磯はかなり不満気だ。
「まあ、そうですね。その後は、B軍基地の仕事が入ってますよぉ」
「はぁ!?S社の仕事!?」
「ええ、昨日、渡常務から連絡が入りました」
「S市(N県)?」
 私は首を横に振った。
「うわぁ…Y市(K県)かよ、最悪だよ…」
 小磯はがっくりと肩を落とす。
「なんでですか?元々は、自分の古巣でしょ。何か問題でもあるんですか?」
 私はてっきり、小磯が長年住んでいたY市に久しぶりに戻れるので、喜ぶのかと思っていた。
「あのねぇ、俺はS社の下請のT工業を辞めて来たんだよ、S社で仕事をするって事は、またT工業と一緒に仕事をするかも知れないんだよ」
 小磯はまるでR社に来るためにT工業を辞めた様な口ぶりだが、実際は私がR社に誘う前に、喧嘩別れ状態で会社を辞めている。
「まぁ、それはそうですけど、僕と小磯さんはそもそも、S社の仕事が縁で、今はこうして一緒に仕事をしているんじゃないですか。それに、ウチがS社の仕事を断る理由は、特にありませんからね」
「はぁー、ま、仕事ならやるけどね」
 小磯はそう言うと、嫌そうな顔で納得したふりをした。

「それはそうと、渡さん達がこっちに来るって本当なの?」
 小磯は無理やり話題を変えた。
「ああ、なんか本気みたいですよ、本社機能をここに移すって。ほら、そこの日系ブラジル人の人たちが住んでいる建物があるでしょ。その一階の旧事務所スペースを借りるつもりみたいですよ」
 R社が借りている工場は、元々はN社の使っていた工場であり、N社の従業員である日系ブラジル人たちの寮と、A工場の建屋は、N社がそのまま使用していた。
「でも、あの事務所ってかなりボロボロじゃないの?」
「いやぁ、渡さんが綺麗に直すって言ってましたよ」
「がはははは!」
 いきなり小磯が笑い出す。
「木田君、他人事みたいに言ってるけど、どうせやるのは木田君なんでしょ?」
「うーん、まぁそうですね」
 すでに忙しい最中に、古谷建設の古谷との、事務所のリフォームの打ち合わせ予定が入っている。
「しかも王様が、細かく口を出しそうな予感がしますね」
「王様って誰の事なの?」
「ウチの社長ですよ」
「なんで王様なの?」
「だって、誰が見ても『裸の王様』でしょう」
「がはははは、自分の会社の社長に、そんな事を言っちゃ駄目でしょ」
 珍しく小磯が、倫理的な事を言う。
「ま、とにかくTG工業でさっさとゴムライニングを剥がして、帰ってきましょうよ」

 私はそう言うと、小磯とハルを促して、荷積みの準備を開始したのだった。