どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ255

2008-08-08 23:01:49 | 剥離人
 現場仕事をやる時、家から通うのと出張、どちらが辛いかと言えば、実は家から通う方だ。

 出張工事の場合、宿は極力、現場から近いことが優先される。部屋が個室であり、なお且つ食事が付いていて、コインランドリーが宿泊施設内にあれば、もう言う事は無い。

 これに対して、自宅から工事現場に通うのは大変な苦痛を伴う。
 まず、朝が早い。
 出張工事であれば、六時半起床、七時に朝食、食後は全員で車に乗り込み、コンビニに立ち寄ってから現場入りして、八時に仕事開始、こんなリズムである。
 だが、自宅から通う場合は、そうは行かない。四時半起床、五時に朝食、五時半に自宅を出発、六時に会社で小磯とハルを乗せ、高速道路を使って一時間走り、七時には現場に到着する事になる。
 仕事は八時に始まるので、もう少しゆっくり行けば良いと思うかもしれないが、高速道路を使う上で、あと三十分遅れると、渋滞ポイントで渋滞に捕まってしまう危険性が高い。従って、やはり七時には現場に着いていなければならないのだ。

「はぁ…」
 高速道路を走る車の中、朝から小磯がウンザリとした様なため息を付き、缶コーヒーを口に運ぶ。
「木田君、俺たちも宿に泊まりたいね」
「それは僕もそう思いますよ。毎日四時半起床なんて、うんざりですからね」
「うひょひょひょ、俺は全然気にならないよ」
 ハルが後部座席で、タバコを吸いながら笑っている。
「がはははは!ハル、世の中の普通の人達は、お前みたいに用も無いのに毎朝三時に起きたりなんかはしないの!」
「ちゃあ、でもね、俺だって眠いんだよぉ」
「なんでだよ?」
 小磯が不思議そうな顔で、助手席から首を曲げてハルを見る。
「だってさぁ、大体一時間は残業をするじゃんね。で、夕方六時半に現場を出るでしょ、会社に着くのが七時半でしょ、家に着いたら八時前だよ!お風呂に入ってからご飯を食べると、もう九時を過ぎちゃうんだよぉ!?」
「…え?僕なんか食事が終わると十時ですけどね」
「俺も一緒だよ」
 バックミラー越しに見たハルは、私と小磯に対して、首を横に振っている。
「ちゃあ、だってハルちゃんはいつも、どんなに遅くても九時にはベッドの中に入ってるんだからね。それがこの現場が始まってから、ベッドに入るのが十時前だから、もう眠くて眠くて…」
 ハルは大袈裟に、目をこする仕草をして見せる。
「あの、単純に起床時間をずらせばいいだけなんじゃ…」
「がははは、そうだよ、木田君の言うとおりだよ」
 小磯も私の意見に同意する。
「それがね、なんだか、そういう時に限って早く目が覚めるんだよね。今日なんかハルちゃんが何時に起きたか知ってるぅ!?」
「がははは、知るわけねぇだろ!」
「二時半だよ、二時半!」
「がはははは!二時半ってお前、単なる夜中じゃねぇか!」
「うはははは!だったらもう一回眠ればいいじゃないですか!」
「それがさぁ、一回起きたら俺、絶対に眠れないんだよね」
「がはははは、馬鹿だコイツ!」
 小磯が助手席で体を捩じらせている。
「今日なんか、『一体いつになったら朝になるんだろう』って思ってたんだからね」
「ああ、それで朝から会社で洗濯をしていたんですか?」
「うん、そう。だって作業着は会社の洗濯機で洗いたいじゃんね」
「何時に来たんですか?」
「四時半だよ」
「ぐはははは、このクソ寒い中、お前は会社で洗濯をしてたの?」
「そうだよぉ、洗濯を二回分やるには、やっぱりその位の時間じゃないとね」
 まだ外も暗い早朝六時だというのに、会社の物干しには、ハルの作業着が何着も干してあったのを、私は思い出していた。
「ま、いよいよ水管橋の剥離面積も半分を切ったんで、剥離スピードももっと上がりますよ。あと少しですから、頑張りましょう!」

 私は二人に明るく声を掛けると、大きなあくびをしながら、高速道路の出口インターに向かって、左ウインカーを出した。