どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ272

2008-08-29 23:38:42 | 剥離人
 一週間後、我々R社の面々は、再びK県Y市にあるB軍基地ゲート前に来ていた。

 今日も朝から、広井の怒気を含んだ声が、ゲート前で響いている。
「下川ぁ!下川はどこよ!M社の下川ぁあああ!」
 私はどこかで聞いた事のある名前だと思ったが、すぐには思い出せなかった。
「下川はどこ!」
「ああ?俺のことか?」
 少し離れた場所からのっそりと、頭が部分的に薄くなり始めた中年オヤジが現れた。
「M社の下川ね!呼ばれたらすぐに来なさいよぉ!」
「き、聞こえなかったんだよ…」
 オヤジは、ブツブツと言いながら、かなり不満そうだ。
「大体なんだあの女は!どうみても俺より年下じゃねぇか。それなのに俺を呼び捨てにしやがって…」
 下川は、ブツブツと独り言を言っている。
「次!R社の木田、それから小磯、野村…ってまたあんた達なの?」
「おっはよーございます!ちゃんと五人全員揃ってますよぉ!」
 私は笑顔で広井に挨拶をした。
「はい、ちゃんと身分証明書を用意してね!」
「はぁいっ!」
 私の大袈裟な返事に、思わず広井も笑顔を見せる。
「がははは、木田君、あの広井さんが朝から笑顔を見せるなんて、中々大したもんだよ!」
 小磯が私の肩をバシバシと叩きながら、驚いた顔を見せる。
「だから、最初に任せてくださいって言ったでしょ」
「これで広井さんのことは、木田さんに任せれば安心だね!」
 ハルも笑いながら頷く。

 仮パスを受け取って門の中へ入ると、駐車場に人の列が出来ていた。
「うぉわっ!これ、何人居るの?」
 駐車場には、百数十人近い作業着を着た職人が、列を作ってS社の送迎を待っている。
「これは、あり得ないよね」
 私は小磯とハルを見たが、二人は涼しい顔をしている。
「まあこんなもんでしょ」
「これより多い時もあるよね」

 職人たちは、S社が用意するワゴンやライトバンに、次々と吸い込まれて行く。
「小磯さん、なんか無茶苦茶な乗車方法に見えるんですけど…」
 助手席や後部座席だけでなく、ワゴン車の荷台にも人が乗り込んで行く。その人員運搬能力は驚異的だ。例えばライトバンの場合、助手席に一人、後部座席に三人、荷台に五人が乗り込む。
 我々R社の五人も、ライトバンの荷台に乗り込んだ。
「こういうのを『目から鱗』って言うんですかね?」
 ノリオがライトバンの荷台で、言い出す。
「いやぁ、微妙に違う気がするなぁ…」
 私は苦笑いをしながら答える。
「うひょひょひょ、木田さん、さっきゲートで会ったオジサンが、フラフラと歩いている気がするんだけど…」
 ハルが窓の外を見ながら、ニヤニヤして言った。
「え?ここって歩いて行ってもイイんだっけ?」
「絶対駄目!」
 小磯が即答する。
「じゃあ、あのオジサンは?」
 荷台の後部ガラスからは、道路をテクテクと歩いている中年オヤジが見える。
「あ、あれは広井さんの車かなぁ?」
 ハルが呟くのと同時に、徒歩オヤジの前に、対向車線からUターンした広井さんの車が急停車した。
「あ、なんか怒鳴られてるよぉ!うひゃひゃひゃひゃ!」
「きゃはははは!広井さんにめちゃめちゃ怒られそうですね」
 ハルとノリオが荷台で爆笑している。
「うはははは、あのオヤジ、いかにも言う事を聞かなさそうだったもんね」
 私の言葉に、荒木もニヤニヤしながら頷いている。

 事務所の前に着いてしばらくすると、オヤジが、広井の強制連行車輌から降りて来た。
「ったく、あんな列に並んでなんか居られないと思ったから、自分で歩いて来たのに…。あの女、うるさいったらありゃしない…」

 マンガやアニメの世界では、メカニックマンのオヤジは、典型的な頑固オヤジの場合が多いが、この下川という人は、それを地で行くような偏屈オヤジだった。