goo blog サービス終了のお知らせ 

ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

第36回 取消訴訟の本案審理、執行停止制度、取消訴訟の判決

2021年02月21日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

 1.取消訴訟の本案審理

 〔1〕主張制限

 行政事件訴訟法第10条第1項は「取消訴訟においては、自己の法律上の利益に関係のない違法を理由として取消しを求めることができない」と定める。これは、取消訴訟が主観訴訟であるためである。従って、公益や他人の利益にかかる違法を主張することはできない。

 また、同第2項は「処分の取消しの訴えとその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消しの訴えとを提起することができる場合には、裁決の取消しの訴えにおいては、処分の違法を理由として取消しを求めることができない」と定める。

 〔2〕違法判断の基準時

 取消訴訟の訴訟物である「処分」の違法性をどの時点で判断すべきなのか、という問題がある。このような問題が生ずるのは、処分時と判決時(厳密には口頭弁論終結時)との間に事実関係の変更や法律の改正・廃止がありうるからである。

 通説および判例〔最二小判昭和27年1月25日民集6巻1号22頁(Ⅱ―193)〕は処分時説をとるが、判決時説(口頭弁論終結時の違法性を判断するという説)も有力である。なお、いずれの説に立つとしても例外を認めざるをえないことには注意が必要である。

 〔3〕職権証拠調べ(行政事件訴訟法第24条)

 取消訴訟においても原則として弁論主義が妥当するが、当事者間に争いのある事実を証拠により認定する際に、当事者が適切な立証活動をしない場合がありうる。その場合には、当事者の申し出た証拠以外に、裁判所が職権で他の証拠を取り調べることができる。規定にあるように、裁判所の権限であり、義務ではない〔最一小判昭和28年12月24日民集7巻13号1604頁(Ⅱ-194)を参照〕。

 弁論主義は、民事訴訟において、訴訟の開始、審理の対象、および訴訟の終了について、当事者に自由な処分権限を認める原則をいう。

 〔4〕理由の差し替え

 取消訴訟の被告は、訴訟において当初の「処分」理由を別の理由に差し替え、または別の理由により追完することが可能か、という問題がある。

 一般論としては、理由の差し替えまたは追完が全面的に禁止されていない。しかし、当初の「処分」理由の付記について、理由の差し替えを認めるか否かについて議論がある

 「処分」理由が争点を決める場合については、当初の「処分」理由と同一性を有する範囲において、追完を認める。例として、或る公務員について、争議行為に参加したという理由で懲戒処分を行ったが、実はこの公務員が別の政治集会に参加していたという場合があげられる。

 さらに、「処分」理由が個別行為ではなく全体的な事情の評価による場合には、被告行政庁は、「処分」を維持するためにあらゆる理由を主張しうるとする判決が存在する。

 ●最三小判昭和56年7月14日民集35巻5号901頁(Ⅱ−188)

 事案:X社は、青色申告の際に本件物件の譲渡価額を7000万円、取得価額を7600万9600円、譲渡損を600万円弱とした。これに対し、Y(所轄税務署長)は、取得価額を6000万円であるとして1000万円の譲渡益を認定する旨の増額更正処分を行った。X社は異議申立ておよび審査請求を経て出訴したが、一審の段階でYは、仮に本件物件の取得価額がX社の主張通りに7600万9600円であるとしても、譲渡価額は9450万円であり、X社の申告遺脱分である2450万円は所得に計上されるべきであり、結果として増額更正処分には何らの違法も存在しないと主張した。京都地判昭和49年3月15日行集25巻3号142頁はX社の請求を一部認容したが、大阪高判昭和52年1月27日行集28巻1・2号22頁はYの控訴を認容してX社の請求を全て棄却した。最高裁判所第三小法廷は、次のように述べてX社の上告を棄却した。

 判旨:本件において「Yに本件追加主張の提出を許しても、右更正処分を争うにつき被処分者たるXに格別の不利益を与えるものではないから、一般的に青色申告書による申告についてした更正処分の取消訴訟において更正の理由とは異なるいかなる事実をも主張することができると解すべきかどうかはともかく、Yが本件追加主張を提出することは妨げないとした原審の判断は、結論において正当として是認することができる」。

 ●最二小判平成11年11月19日民集53巻8号1852頁(Ⅱ−189)

 事案:逗子市民のXは、Y(同市監査委員)に対し、同市情報公開条例に基づいて住民監査請求に係る文書の公開を請求した。Yは公開拒否処分を行ったが、その理由は、本件文書が「市又は国の機関が行う争訟に関する情報であり、公開することにより、当該事務事業及び将来の同種の事務事業の目的を喪失し、また円滑な執行を著しく妨げるもの」であり、同条例第5条(2)ウの定められる非公開事由があるというものであった。Xは公開拒否処分の取消を求めて出訴した。Yは、一審の段階で請求の対象となった文書が同条例第5条(2)アの非公開事由に該当するという主張を追加した。横浜地判平成6年8月8日判例地方自治138号23頁はXの請求を認容した。Yは控訴したが、東京高判平成8年7月17日民集53巻8号1894頁は控訴を棄却した。最高裁判所第二小法廷は、Yの上告を認容し、原判決を破棄して事件を東京高等裁判所に差し戻した。

 判旨:「本件条例9条4項前段が、前記のように非公開決定の通知に併せてその理由を通知すべきものとしているのは、本件条例2条が、逗子市の保有する情報は公開することを原則とし、非公開とすることができる情報は必要最小限にとどめられること、市民にとって分かりやすく利用しやすい情報公開制度となるよう努めること、情報の公開が拒否されたときは公正かつ迅速な救済が保障されることなどを解釈、運用の基本原則とする旨規定していること等にかんがみ、非公開の理由の有無について実施機関の判断の慎重と公正妥当とを担保してそのし意を抑制するとともに、非公開の理由を公開請求者に知らせることによって、その不服申立てに便宜を与えることを目的としていると解すべきである。そして、そのような目的は非公開の理由を具体的に記載して通知させること(実際には、非公開決定の通知書にその理由を付記する形で行われる。)自体をもってひとまず実現されるところ、本件条例の規定をみても、右の理由通知の定めが、右の趣旨を超えて、一たび通知書に理由を付記した以上、実施機関が当該理由以外の理由を非公開決定処分の取消訴訟において主張することを許さないものとする趣旨をも含むと解すべき根拠はないとみるのが相当である。したがって、Yが本件処分の通知書に付記しなかった非公開事由を本件訴訟において主張することは許されず、本件各文書が本件条例5条(2)アに該当するとのYの主張はそれ自体失当であるとした原審の判断は、本件条例の解釈適用を誤るものであるといわざるを得ない」。

 

 2.執行停止制度

 執行停止制度は、行政事件訴訟法(および行政不服審査法)に定められる仮の救済制度の一つである。この制度を理解するための前提として、行政事件訴訟法第44条により、行政庁の処分その他公権力の行使にあたる行為に仮処分の制度が適用されないこと、および、同第25条第1項が執行不停止の原則を定めており、原告が取消訴訟を提起しても、行政行為(など)の効果が停止される訳ではないことを理解しておいていただきたい。

 〔1〕行政事件訴訟制度における仮の権利救済制度としての執行停止制度

 裁判所は、原告側からの申立を受けて、行政行為(など)の効果を一時的に停止させる、すなわち執行を停止させる決定を出すことができる(同第2項)。

 〔2〕執行停止の要件(同第2項〜第4項)

 (1)本案訴訟が適法に係属していること。

 (2)「処分、処分の執行又は手続の執行により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要がある」こと(第2項):原状回復が困難である場合、金銭賠償が不可能な場合は勿論、これらが可能であってもそれらだけでは損害の填補がなされないと認められるような場合も含む(東京高決昭和41年5月6日行裁例集17巻5号463頁を参照)。

 ・裁判所は「損害の回復の困難の程度を考慮」し、「損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質を勘案」しなければならない(同第3項)。

 実際に認められたものとして、集団示威行進申請拒否処分がある。これに対し、可否の評価が分かれたものとして、出入国管理及び難民認定法に基づく退去強制令書による強制送還がある。

 ●最三小決昭和53年3月10日判時853号53頁

 事案:外国籍のXが訴訟の遂行を目的として日本への上陸許可を得た。Xは3回の在留期間更新許可を得たが、4回目の許可は受けられず、神戸入国管理事務所から退去強制令書を発付された。Xはこの令書発布の取消しを求めて神戸地方裁判所に訴えを提起し、執行停止の申立ても行った。神戸地方裁判所は送還部分のみ本案判決言渡時まで停止するという決定をなし、大阪高等裁判所もこの決定を相当と判断した。Xは、送還部分のみの停止では、X敗訴という本案判決が出された場合に直ちに令書が執行されることになるとして、最高裁判所に特別抗告を申し立てた。

 決定要旨:たしかに、Xが本国に強制送還されれば、Xが自ら訴訟を追行することは困難になるが、訴訟代理人による訴訟の追行は可能であり、Xが法廷に直接出頭しなければならない場合に、改めて日本に上陸することが認められないという訳ではない。従って、令書が執行されてXが強制送還されたとしても、Xの「裁判を受ける権利が否定されることにはならない」。

 (3)「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれが」ないこと(同第4項)

 (4)「本案について理由がないとみえ」ないこと(同第4項)

 〔3〕執行停止の内容

 「処分」自体の効力の停止、執行の停止、および手続の続行の停止がある。

 〔4〕執行停止の効果

 ①明文の規定はないが、効果は将来に向かってのみ発生する〔農地買収計画について、最三小判昭和29年6月22日民集8巻6号1162頁(Ⅱ-200)を参照〕。

 ②第三者効(同第32条第2項←同第1項の準用)

 ③拘束力(同第33条第4項←同第1項の準用)

 〔5〕執行停止制度の限界

 執行停止の決定は原状回復の機能を有するが、回復すべき原状がない場合に執行停止の利益は存在しない(同第33条第4項の規定に注意!)。例えば、免許申請拒否処分の場合、仮に執行停止決定をしても、行政庁には申請に関する審査義務が発生する訳ではないので、執行停止決定の利益はない(免許取消処分と異なる)。

 〔6〕執行停止の決定に対する即時抗告(同第25条第7項。同第8項に注意すること!)

 〔7〕内閣総理大臣の異議(同第27条)

 内閣総理大臣は、執行停止の申立てがあった場合、または執行停止の決定がなされた場合に、異議を申し立てることができる(異議には理由を付さなければならない)。この異議がなされたときには、裁判所は、執行停止をすることができない。また、執行停止の決定がなされたときには、裁判所はこの決定を取り消さなければならない。

 

 3.取消訴訟の判決

 〔1〕訴訟の終了方法

 (1)訴えの取り下げ

 取消訴訟についても認められる。

 (2)和解

 通説は、取消訴訟について否定説を採る。

 (3)判決(終局判決)

 原則的には「民事訴訟の例による」(同第7条)のであるが、特例がある。

 〔2〕判決の種類

 (1)却下判決

 訴訟要件が揃っていない場合の判決である。民事訴訟にいう訴訟判決と同じと考えてよい。

 (2)棄却判決

 訴訟要件が揃った上で、原告の請求に従って「処分」を取り消すだけの違法事由がない場合の判決である。民事訴訟にいう本案判決の一種であると考えてよい。

 (3)認容判決

 原告の請求に従って「処分」を取り消すだけの違法事由がある、すなわち、取り消すべき瑕疵があると認める判決である。これも民事訴訟にいう本案判決の一種と考えてよい。処分を取り消すことになる。なお、行政事件訴訟法第30条を再読すること。

 (4)事情判決

 本来であれば原告の請求に従って処分または裁決を取り消すべきであるが、取り消すと公の利益に著しい障害を生ずる場合に、請求を棄却しつつも処分又は裁決の違法を宣言する判決をいう(同第31条)。形式的には棄却判決である。

 〔3〕認容判決=取消判決の効力

 原告の請求が認容される旨の判決が確定すると、次のような効力が生ずる。

 (1)形成力

 取消判決により、「処分」の効力は、それがなされた時点に遡って消滅する。

 (2)第三者効

 行政事件訴訟法第32条に定められており、原告と対立関係にある第三者については取消判決の効力が及ぶ。これを第三者効という。原告と利益を共通にするが訴訟には参加していない者に第三者効が及ぶか否かについてはついては、議論がある。なお、行政事件訴訟法第22条が第三者の訴訟参加を定め、同第24条が第三者再審の訴えを定めている点にも注意を要する。

 (3)既判力(民事訴訟法第114条)

 取消判決が確定すると、当該事案について再び裁判所が判断することはない。すなわち、取消判決は裁判所を拘束する。これを既判力という。その主観的範囲は訴訟当事者およびその承継人に及び、客観的範囲は訴訟物に及ぶ。

 (4)拘束力(行政事件訴訟法第33条)

「処分」を取り消す判決が出されるならば、行政庁は、判決の趣旨に従って行動するという実体法上の義務を負うことになる(同第1項)。これを拘束力という。すなわち、拘束力は、行政庁に対する効力であり、また、その他の関係行政庁に対する効力でもある(同第2項も参照)。

 

 ▲第7版における履歴:「暫定版 行政不服審査法(2)」として2020年12月20日10時15分00秒付で掲載し、修正の上、2021年02月21日に掲載。

 ▲第6版における履歴:2017年11月01日掲載(「第25回 取消訴訟の本案審理、判決」として)。

            2017年12月20日修正。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第35回 取消訴訟における狭義の訴えの利益

2021年02月20日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

 1.狭義の訴えの利益の意味

 狭義の訴えの利益は、客観的訴えの利益、または単に訴えの利益ともいい、原告が請求について本案判決を求める必要性、その実効性を意味する。

 これに対し、「広義の訴えの利益」の意味は論者によって異なり、原告適格のみを指す場合と、処分性も含める場合とがある。

 「処分」が取り消されたとき、現実に法律上の利益を回復することができなければ、訴訟を提起する意味はない。また、取消判決によって現実的な救済を与えることができなければ、取消判決の意味がない。そのため、狭義の訴えの利益の有無は、原告が、具体的に訴訟において「処分」の法律上の効果を法律の規定に基づいて現実に受け、取消判決が下された場合に原告の具体的な権利や利益が回復するか否か、という問題となる。

 行政事件訴訟法第9条第1項は「(処分又は裁決の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた後においてもなお処分又は裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有する者を含む。)」という形で狭義の訴えの利益についても定める。引用から明らかであるように、狭義の訴えの利益についても「法律上の利益」の有無が問題となる。

 

 2.原告(控訴人または上告人を含む)が死亡した場合

 訴訟の原告が死亡した場合に、相続人等が訴訟を承継することが多い。しかし、事件の性質によっては承継が許されず、狭義の訴えの利益が失われたとして訴訟が終了(または却下)されることもある。原告の利益が相続可能なものであるか否かが一つの判断要素でもある。

 ●最大判昭和42年5月24日民集21巻5号1043頁(朝日訴訟。Ⅰ-16)

 事案:Xは肺結核のために国立岡山療養所に入所し、生活保護法に基づく医療補助および生活扶助を受けていた。昭和31年、A(津山市社会福祉事務所長)はXの実兄に対し、毎月1500円をXに仕送りするように命じた。これによってXは仕送りを受けることとなったが、Aは昭和31年7月18日付で同年8月1日以降にXの生活扶助を廃止する上、仕送りの1500円から日用品費としての600円を控除した残額900円をXの医療費の自己負担額とし、その残りについて医療扶助を行う旨の保護変更決定を行った。Xは、この保護変更決定を不服としてB(岡山県知事)に対して不服申立てを行ったが、Bが同年11月10日に却下の旨の決定を行った。Xは同年12月3日にY(厚生大臣)に対して不服申立てをしたが、Yは昭和32年2月15日付で却下裁決を行った。そこでXは出訴した。一審判決(東京地判昭和35年10月19日行集11巻10号2921頁)はXの請求を認めてYの裁決を取り消したが、控訴審判決(東京高判昭和38年11月4日行集14巻11号1963頁)は一審判決を取り消してXの請求を棄却したので、Xが上告した。なお、Xは昭和39年2月14日に死亡しており、Xの相続人が訴訟を承継していた。

 判旨:最高裁判所大法廷は、本件訴訟がXの死亡により終了したことを主文において宣言した上で、次のように述べている。

 「生活保護法の規定に基づき要保護者または被保護者が国から生活保護を受けるのは、単なる国の恩恵ないし社会政策の実施に伴う反射的利益ではなく、法的権利であつて、保護受給権とも称すべきものと解すべきである。しかし、この権利は、被保護者自身の最低限度の生活を維持するために当該個人に与えられた一身専属の権利であつて、他にこれを譲渡し得ないし(59条参照)、相続の対象ともなり得ないというべきである。また、被保護者の生存中の扶助ですでに遅滞にあるものの給付を求める権利についても、医療扶助の場合はもちろんのこと、金銭給付を内容とする生活扶助の場合でも、それは当該被保護者の最低限度の生活の需要を満たすことを目的とするものであつて、法の予定する目的以外に流用することを許さないものであるから、当該被保護者の死亡によつて当然消滅し、相続の対象となり得ない、と解するのが相当である。また、所論不当利得返還請求権は、保護受給権を前提としてはじめて成立するものであり、その保護受給権が右に述べたように一身専属の権利である以上、相続の対象となり得ないと解するのが相当である。」

 ●最三小判昭和49年12月10日民集28巻10号1868頁(旭丘中学校事件、Ⅰ-115)

 事案:Xらは京都市立中学校の教員であったが、昭和29年4月1日に同市立の別の中学校への転補処分を受けた。しかし、Xらはこれに従わなかったため、いずれも懲戒免職処分を受けた。Xらはこの処分の取消を求めて出訴した。一審判決(京都地判昭和30年3月5日行集6巻3号728頁)はXらの請求を認容し、控訴審判決(大阪高判昭和34年5月29日行集10巻5号1046頁)も一審判決を支持したが、最一小判昭和36年4月27日民集15巻4号928頁は控訴審判決を破棄し、事件を大阪高等裁判所に差し戻した。同裁判所係属中の昭和40年10月23日にX1が死亡し、差戻控訴審判決(大阪高判昭和43年11月19日行集19巻11号1792頁)は、X1について訴訟の終了を宣言して妻X4の受継申立を棄却し、X2およびX3については請求を棄却した。最高裁判所第三小法廷は、X2およびX3については上告を棄却したが、X4については原判決を破棄し、大阪高等裁判所に差し戻した。

 判旨:X1は本訴継続中に死亡したから「もはや将来にわたつて公務員としての地位を回復するに由ないこととなつたことは明らかであるが、本件免職処分後死亡に至るまでの間に公務員として有するはずであつた給料請求権その他の権利を主張することができなかつたという法律状態は依然として存続しており、その排除、是正のためには遡つて右処分の取消しを必要とするのであるから、将来における公務員の地位の回復が不可能になつたというだけでは、右処分の取消しを求める法律上の利益ないし適格が失われるものではない」(行政事件訴訟法9条および前掲最大判昭和40年4月28日を参照)。「右の場合、原告である当該公務員が訴訟係属中に死亡したとしても、免職処分の取消しによつて回復される右給料請求権等が一身専属的な権利ではなく、相続の対象となりうる性質のものである以上、その訴訟は、原告の死亡により訴訟追行の必要が絶対的に消滅したものとして当然終了するものではなく、相続人において引き続きこれを追行することができるものと解すべきである。けだし、免職処分を取り消す判決によつて給料請求権等を回復しうる関係は、右取消しに付随する単なる法律要件的効果ないし反射的効果ではなく、取消訴訟の実質的目的をなすものであつて、その訴訟の原告適格を基礎づける法律上の利益とみるべき」であり、「右利益が相続によつて承継されるものであるときは、これに伴い原告適格も相続人に継承されると解するのを相当とするからである」。

 この判決において言及される給料請求権等は、行政事件訴訟法第9条第1項括弧書きにいう「処分又は裁決の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた後においてもなお処分又は裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益」の典型例である。

 ●最三小判平成9年1月28日民集51巻1号250頁

 「第34回 取消訴訟の原告適格(2)において扱った判決であり、訴訟の最中に死亡した一部原告の遺族による訴訟承継を否定している。本件開発許可の取消しを求める法律上の利益は一身専属的であり、相続の対象にならない、という理由による。

 

 3.不許可処分を争っている間に行事(集会等)の開催予定日が過ぎてしまった場合

 ●最一小判昭和28年12月23日民集7巻13号1561頁(Ⅰ—65)

 事案:X(日本労働組合総評議会)は、昭和27年5月1日にメーデーのための集会を皇居外苑で行うため、昭和26年11月10日付でY(厚生大臣)に対し皇居外苑使用許可の申請を行ったが、Yは昭和27年3月13日付で不許可処分を行った。そのため、Xが不許可処分の取消などを求めて出訴した。一審判決(東京地判昭和27年4月28日行集3巻3号634頁)はXの請求を一部認容したが、控訴審判決(東京高判昭和27年11月15日行集3巻11号2366頁)は一審判決中Xの勝訴部分を取り消して請求を棄却した。最高裁判所大法廷は、次のように述べてXの上告を棄却した。

 判旨:「実体法が訴訟上行使しなければならないものとして認めた形成権に基くいわゆる狭義の形成訴訟の場合にあつては、法律がかかる形成権を認めるに際して当然訴訟上保護の利益あるようその内容を規定しているのであるから、抽象的には所論のごとくその権利発生の法定要件を充たす限り一応その訴は保護の利益あるものといい得るであろう。しかし、狭義の形成訴訟の場合においても、形成権発生後の事情の変動により具体的に保護の利益なきに至ることあるべきは多言を要しないところである。(例えば離婚の訴提起後協議離婚の成立した場合の如きである。)また、被上告人は同年5月1日における皇居外苑の使用を許可しなかつただけで、上告人に対して将来に亘り使用を禁じたものでないことも明白である。されば、上告人の本訴請求は、同日の経過により判決を求める法律上の利益を喪失したものといわなければならない」。

 

 4.「処分」の効果が消滅した場合

 (1)狭義の訴えの利益が否定された事例

 「処分」の効果は、何らかの行為が完了することにより、または期間の経過により、消滅する。そのため、狭義の訴えの利益も消滅することが多い。

 ●最三小判昭和48年3月6日集民108号387頁

 判旨:「建築基準法9条1項の規定により除却命令を受けた違反建築物について代執行による除却工事が完了した以上、右除却命令および代執行令書発付処分の取消しを求める訴は、その利益を有しないものと解すべきであ」る。

 ●最二小判昭和59年10月26日民集38巻10号1169頁(Ⅱ—174)

 事案:仙台市に居住するA、B、CおよびDは、それぞれ、昭和54年5月24日付で仙台市建築主事から建築確認処分を受けた。Xは、これらの建築確認処分が宮城県建築条例第8条に違反するなどとして、昭和54年7月24日、仙台市建築審査会に対して審査請求を行ったが、同審査会は昭和55年2月8日に棄却裁決を行った。そこでXが出訴したが、これらの建築確認処分に係る建物は既に完成していた。一審判決(仙台地判昭和57年4月19日民集38巻10号1181頁)はXの訴えを却下し、控訴審判決(仙台高判昭和58年1月18日民集38巻10号1190頁)もXの控訴を棄却した。最高裁判所第二小法廷もXの上告を棄却した。

 判旨:「建築確認は、建築基準法6条1項の建築物の建築等の工事が着手される前に、当該建築物の計画が建築関係規定に適合していることを公権的に判断する行為であつて、それを受けなければ右工事をすることができないという法的効果が付与されており、建築関係規定に違反する建築物の出現を未然に防止することを目的としたものということができる。しかしながら、右工事が完了した後における建築主事等の検査は、当該建築物及びその敷地が建築関係規定に適合しているかどうかを基準とし、同じく特定行政庁の違反是正命令は、当該建築物及びその敷地が建築基準法並びにこれに基づく命令及び条例の規定に適合しているかどうかを基準とし、いずれも当該建築物及びその敷地が建築確認に係る計画どおりのものであるかどうかを基準とするものでない上、違反是正命令を発するかどうかは、特定行政庁の裁量にゆだねられているから、建築確認の存在は、検査済証の交付を拒否し又は違反是正命令を発する上において法的障害となるものではなく、また、たとえ建築確認が違法であるとして判決で取り消されたとしても、検査済証の交付を拒否し又は違反是正命令を発すべき法的拘束力が生ずるものではない。したがつて、建築確認は、それを受けなければ右工事をすることができないという法的効果を付与されているにすぎないものというべきであるから、当該工事が完了した場合においては、建築確認の取消しを求める訴えの利益は失われるものといわざるを得ない」。本件の場合は「本件各建築確認に係る各建築物は、その工事が既に完了しているというのであるから、上告人において本件各建築確認の取消しを求める訴えの利益は失われたものといわなければならない」。

 ●最三小判平成11年10月26日集民194号907頁

 事案:Y2は、昭和63年10月19日にY1(福岡市長)に対して福岡市西区Aについて開発行為許可申請を行い、Y1は同月25日に許可処分を行った。平成3年4月3日、Y2はY1に対して工事完了届出書を提出した。同年6月12日、Y1は都市計画法第29条に規定する開発許可のないように適合しているとして、Y2に対して開発行為に関する工事の検査済証を発行した。Xらは、この許可処分が違法であるとして取消などを求める訴訟を提起した。一審判決(福岡地判平成5年12月14日判タ942号118頁)はXらの請求の一部を却下、一部を棄却した。控訴審判決(福岡高判平成8年10月1日判タ942号113頁)もXらの控訴を棄却したため、Xらは上告したが、最高裁判所第三小法廷は上告を棄却した。

 判旨:「本件許可に係る開発区域内において予定された建築物について、いまだ建築基準法6条に基づく確認がされていないとしても、本件許可の取消しを求める訴えの利益は失われたというべきである」(最二小判平成5年9月10日民集47巻7号4955頁を参照)。

 (2)狭義の訴えの利益が肯定された事例

 「処分」や裁決の効果が期間の経過などの理由によって消滅した後には、当然に狭義の訴えの利益も消滅する、とも考えられる。実際に、行政事件訴訟法制定以前にはこのような考え方も存在した。

 しかし、これは単純に過ぎる。前掲最三小判昭和49年12月10日が示すように、本体たる「処分」の主な効果が消滅しても付随的な効果が残る場合が存在するからである。

 例えば、或る地方議会の議員が除名処分を受けたとする。この議員が除名処分の取消を求めて出訴したが、係争中に任期が満了したという場合には、除名処分を取り消しても、既に任期が満了しているために議員たる身分を回復することはできない。しかし、「処分」に付随する効果として、任期満了までの歳費請求権が残っている。 これは立派な法的効果であり、除名処分が取り消されるならば、除名処分時から任期満了時までの歳費請求が可能であり、地方公共団体には歳費を支払う義務が再び発生することとなる。

 かつて、行政事件訴訟特例法にはこのような場合に関する規定が存在しなかった。そのため、上の地方議会の議員のような事例について、最大判昭和35年3月9日民集14巻3号355頁は訴えの利益を否定した。しかし、行政事件訴訟法が制定され、第9条第1項(制定当時は第1項しかなかった)の括弧書きにより、このような問題については狭義の訴えの利益を認めることとした。

 ●最大判昭和40年4月28日民集19巻3号721頁

 事案:Xは名古屋郵政局管内の某郵便局に勤務する郵政省の職員であったが、昭和24年8月、名古屋郵政局長によって罷免された。その後、Xは免職処分の取消を求めて出訴したが、昭和26年4月にXは三重県内の某市議会議員に立候補し、当選した。一審判決(名古屋地判昭和35年5月30日民集19巻3号729頁)はXの請求を棄却し、控訴審判決(原判決。名古屋高判昭和37年1月31日行集13巻1号84頁)はXの控訴を棄却した。最高裁判所大法廷は控訴審判決を破棄し、事件を名古屋地方裁判所に差し戻した。

 判旨:「原判決(その引用する第一審判決)の認定にかかる前示事実に照らせば、本件免職処分が取り消されたとしても、上告人は市議会議員に立候補したことにより郵政省の職員たる地位を回復するに由ないこと、まさに、原判決(および第一審判決)説示のとおりである。しかし、公務職免職の行政処分は、それが取り消されない限り、免職処分の効力を保有し、当該公務員は、違法な免職処分さえなければ公務員として有するはずであつた給料請求権その他の権利、利益につき裁判所に救済を求めることができなくなるのであるから、本件免職処分の効力を排除する判決を求めることは、右の権利、利益を回復するための必要な手段であると認められる」から、Xが「上告人が郵政省の職員たる地位を回復するに由なくなつた現在においても、特段の事情の認められない本件において、上告人の叙上のごとき権利、利益が害されたままになつているという不利益状態の存在する余地がある以上、上告人は、なおかつ、本件訴訟を追行する利益を有するものと認めるのが相当である」。

 ●最二小判平成21年2月27日民集63巻2号299頁

 事案:Xは、平成16年4月に普通乗用自動車を運転していたところ、道路交通法に違反する行為を行ったとして神奈川県警から交通反則告知書・免許証保管証の交付を受けた。その後、同年10月にXは運転免許証更新処分を受けたが、前記の違反行為の故に道路交通法第92条の2第1項にいう一般運転者に該当するとして、有効期間は5年であるが優良運転者である旨の記載(同第93条第1項)がない運転免許証の交付を受けた。Xは神奈川県公安委員会に対して異議申立てをしたが棄却決定を出されたため、この棄却決定の取消を求め、神奈川県を被告として出訴した。一審判決(横浜地判平成17年12月21日民集63巻2号326頁)はXの訴えを却下したが、控訴審判決(東京高判平成18年6月28日民集63巻2号351頁)は一審判決を取消し、事件を横浜地方裁判所に差し戻す判決を下した。神奈川県が上告したが、最高裁判所第二小法廷は上告を棄却した。

 判旨:「免許証の更新処分は、免許証を有する者の申請に応じて、免許証の有効期間を更新することにより、免許の効力を時間的に延長し、適法に自動車等の運転をすることのできる地位をその名あて人に継続して保有させる効果を生じさせるものであるから、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たる」が、「免許証の更新を受けようとする者が優良運転者であるか一般運転者であるかによって、他の公安委員会を経由した更新申請書の提出の可否並びに更新時講習の講習事項等及び手数料の額が異なるものとされているが、それらは、いずれも、免許証の更新処分がされるまでの手続上の要件のみにかかわる事項であって、同更新処分がその名あて人にもたらした法律上の地位に対する不利益な影響とは解し得ないから、これ自体が同更新処分の取消しを求める利益の根拠となるものではない」。しかし、「道路交通法は、優良運転者の実績を賞揚し、優良な運転へと免許証保有者を誘導して交通事故の防止を図る目的で、優良運転者であることを免許証に記載して公に明らかにすることとするとともに、優良運転者に対し更新手続上の優遇措置を講じているのである。このことに、優良運転者の制度の上記沿革等を併せて考慮すれば、同法は、客観的に優良運転者の要件を満たす者に対しては優良運転者である旨の記載のある免許証を交付して更新処分を行うということを、単なる事実上の措置にとどめず、その者の法律上の地位として保障するとの立法政策を、交通事故の防止を図るという制度の目的を全うするため、特に採用したものと解するのが相当である」。従って、「客観的に優良運転者の要件を満たす者であれば優良運転者である旨の記載のある免許証を交付して行う更新処分を受ける法律上の地位を有することが肯定される以上、一般運転者として扱われ上記記載のない免許証を交付されて免許証の更新処分を受けた者は、上記の法律上の地位を否定されたことを理由として、これを回復するため、同更新処分の取消しを求める訴えの利益を有するというべきものである」。

 

 5.取消判決を出したとしても原状回復が困難である場合

 「処分」を取り消す判決を出したとしても原状回復が困難である場合には、狭義の訴えの利益が否定されやすい。但し、常に否定されるとは限らず、狭義の訴えの利益が認められる場合もある。

 ●名古屋地判昭和53年10月23日行集29巻10号1871頁

 事案:愛知県知事は、昭和48年9月29日に蒲郡市に対して同市の公有水面の埋立免許処分を行った。魚類養殖業を営むXは、この埋立免許処分が公有水面埋立法第4条第3項第1号に違背するとして取消を求めて出訴したが、名古屋地方裁判所はXの請求を却下した。

 判旨:「処分の取消しの訴えは処分によつて生じた違法状態を排除して原状に復し、これによつて人民の権利利益の保護救済を図ることを目的とする訴訟であるから、原状回復が法律上不可能とみるべき事態が生じた場合には、もはや当該処分を取消してみても、違法状態を排除できず、人民の権利利益の保護救済に資するところがないのであつて、当該処分を取消すべき実益がなくなつたものとしてその訴えの利益は存在しないものというべきである」。本件の「埋立地を原状の海面に回復することは、その規模、構造、現在の所有関係、利用状況、原状回復によつて予測される社会的、経済的損失及び周辺海域の汚染度などからみて、社会通念に照らし法律上原状回復が不可能であるといわなければならない」。

 ●最二小判平成4年1月24日民集46巻1号54頁

 事案:Y(兵庫県知事)は、八鹿町営土地改良事業の施行認可処分を行った。八鹿町はこの認可の後に工事に着手して完了させ、半年後に換地計画を定めた上でYに換地計画の認可を申請した。Yは約3か月後に換地計画を認可し、八鹿町が換地処分を行った上で登記を完了した。これに対し、Xは、この事業が国道バイパス建設のためのもので土地改良法第2条第2項の事業に該当しないことなどを理由として土地改良事業施行認可処分の取消しを求めた。一審判決(神戸地判昭和58年8月29日行集34巻8号1465頁)はXの訴えを却下し、控訴審判決(大阪高判昭和59年8月30日行集34巻8号1465頁)もXの控訴を棄却した。最高裁判所第二小法廷は本件を神戸地方裁判所に差し戻した。

 判旨:「本件認可処分は、本件事業の施行者である八鹿町に対し、本件事業施行地域内の土地につき土地改良事業を施行することを認可するもの、すなわち、土地改良事業施行権を付与するものであり、本件事業において、本件認可処分後に行われる換地処分等の一連の手続及び処分は、本件認可処分が有効に存在することを前提とするものであるから、本件訴訟において本件認可処分が取り消されるとすれば、これにより右換地処分等の法的効力が影響を受けることは明らかである。そして、本件訴訟において、本件認可処分が取り消された場合に、本件事業施行地域を本件事業施行以前の原状に回復することが、本件訴訟係属中に本件事業計画に係る工事及び換地処分がすべて完了したため、社会的、経済的損失の観点からみて、社会通念上、不可能であるとしても、右のような事情は、行政事件訴訟法31条の適用に関して考慮されるべき事柄であって、本件認可処分の取消しを求める上告人の法律上の利益を消滅させるものではないと解するのが相当である。」

 

 6.代替施設が完成した場合

 ●最一小判昭和57年9月9日民集36巻9号1679頁(長沼ナイキ訴訟。Ⅱ-177)

 事案:当時の防衛庁は、第三次防衛力整備計画の執行のため、北海道夕張郡長沼町にある水源涵養保安林(本件保安林)の部分を航空自衛隊の第三高射群の配置地点に決定した。そのため、札幌防衛施設局長はY(農林大臣)に対し、保安林指定の解除の申請を行った。Yは、森林法第26条第2項にいう「公益上の理由により必要が生じたとき」に該当するとして、昭和44年7月7日、告示をもって本件保安林の指定解除処分(本件処分)を行った。これに対し、近隣住民のXらは、本件処分が憲法第9条および森林法第26条第2項に違反するとして、本件処分の取消を求めて出訴した。一審判決(札幌地判昭和48年9月7日行集27巻8号1385頁)は、自衛隊が憲法第9条に違反するなどとしてXらの請求を認容したが、控訴審判決(札幌高判昭和51年8月5日行集27巻8号1175頁)は一審判決を取り消してXらの訴えを却下した。最高裁判所第一小法廷は、Xらの上告を棄却した。

 判旨:①「一般に法律が対立する利益の調整として一方の利益のために他方の利益に制約を課する場合において、それが個々の利益主体間の利害の調整を図るというよりもむしろ、一方の利益が現在及び将来における不特定多数者の顕在的又は潜在的な利益の全体を包含するものであることに鑑み、これを個別的利益を超えた抽象的・一般的な公益としてとらえ、かかる公益保護の見地からこれと対立する他方の利益に制限を課したものとみられるときには、通常、当該公益に包含される不特定多数者の個々人に帰属する具体的利益は、直接的には右法律の保護する個別的利益としての地位を有せず、いわば右の一般的公益の保護を通じて附随的、反射的に保護される利益たる地位を有するにすぎないとされているものと解されるから、そうである限りは、かかる公益保護のための私権制限に関する措置についての行政庁の処分が法律の規定に違反し、法の保護する公益を違法に侵害するものであつても、そこに包含される不特定多数者の個別的利益の侵害は単なる法の反射的利益の侵害にとどまり、かかる侵害を受けたにすぎない者は、右処分の取消しを求めるについて行政事件訴訟法九条に定める法律上の利益を有する者には該当しないものと解すべきである。しかしながら、他方、法律が、これらの利益を専ら右のような一般的公益の中に吸収解消せしめるにとどめず、これと並んで、それらの利益の全部又は一部につきそれが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとすることももとより可能であつて、特定の法律の規定がこのような趣旨を含むものと解されるときは、右法律の規定に違反してされた行政庁の処分に対し、これらの利益を害されたとする個々人においてその処分の取消しを訴求する原告適格を有するものと解することに、なんら妨げはない」。

 ②森林「法は、森林の存続によつて不特定多数者の受ける生活利益のうち一定範囲のものを公益と並んで保護すべき個人の個別的利益としてとらえ、かかる利益の帰属者に対し保安林の指定につき『直接の利害関係を有する者』としてその利益主張をすることができる地位を法律上付与しているものと解するのが相当である。そうすると、かかる『直接の利害関係を有する者』は、保安林の指定が違法に解除され、それによつて自己の利益を害された場合には、右解除処分に対する取消しの訴えを提起する原告適格を有する者ということができるけれども、その反面、それ以外の者は、たといこれによつてなんらかの事実上の利益を害されることがあつても、右のような取消訴訟の原告適格を有するものとすることはできないというべきである」。

 ③Xらのうち原告適格を有するとされた者についても、本件処分の「後の事情の変化により、右原告適格の基礎とされている右処分による個別的・具体的な個人的利益の侵害状態が解消するに至つた場合には、もはや右被侵害利益の回復を目的とする訴えの利益は失われるに至つたものとせざるをえない。換言すれば、(中略)原告適格の基礎は、本件保安林指定解除処分に基づく立木竹の伐採に伴う理水機能の低下の影響を直接受ける点において右保安林の存在による洪水や渇水の防止上の利益を侵害されているところにあるのであるから、本件におけるいわゆる代替施設の設置によつて右の洪水や渇水の危険が解消され、その防止上からは本件保安林の存続の必要性がなくなつたと認められるに至つたときは、もはや乙と表示のある上告人らにおいて右指定解除処分の取消しを求める訴えの利益は失われるに至つたものといわざるをえないのである」。

 

 7.「処分」の効果が消滅した後に残る利益が事実上の利益にすぎない場合

 ●最三小判昭和55年11月25日民集34巻6号781頁(Ⅱ-176)

 事案:Y1(福井県警察本部長)は、昭和48年12月17日、Xの自動車運転免許の効力を30日間停止する旨の処分を行った(但し、同日に効力停止期間を29日短縮した)。Xは、昭和49年2月15日にY2(福井県公安委員会)に対して審査請求をしたが、Y2は同年4月12日に審査請求を棄却する旨の裁決を行った。そこで、XはY1による処分およびY2による裁決の取消を求めて出訴した。一審判決(福井地判昭和51年1月23日訟務月報22巻3号688頁)はXの請求を棄却したが、控訴審判決(名古屋高金沢支判昭和52年12月14日訟務月報22巻13号2277頁)は一審判決を一部破棄してY2の裁決処分を取り消した。X、Y2の双方が上告し、最高裁判所第三小法廷はXの上告を棄却、Y2の上告を認容し、いずれについても控訴審判決を取り消してXの訴えを却下した〈なお、Y2の上告を認容した判決は最三小判昭和55年11月25日訟務月報27巻2号352頁である〉

 判旨:Xは、Y1による「処分の日から満一年間、無違反・無処分で経過し」ており、「一年を経過した日の翌日以降、Xが」Y1による処分を「理由に道路交通法上不利益を受ける虞がなくなつたことはもとより、他に」Y1による処分を「理由にXを不利益に取り扱いうることを認めた法令の規定はないから、行政事件訴訟法9条の規定の適用上、Xは、本件原処分及び本件裁決の取消によつて回復すべき法律上の利益を有しないというべきである。この点に関して」控訴審判決は「Xには、本件原処分の記載のある免許証を所持することにより警察官に」Y1による処分の「存した事実を覚知され、名誉、感情、信用等を損なう可能性が常時継続して存在するとし、その排除は法の保護に値する被上告人の利益であると解して本件裁決取消の訴を適法とした。しかしながら、このような可能性の存在が認められるとしても、それは(中略)事実上の効果にすぎないものであり、これをもつてXが本件裁決取消の訴によつて回復すべき法律上の利益を有することの根拠とするのは相当でない」。

 

 ▲第7版における履歴:「暫定版 取消訴訟における狭義の訴えの利益」として2020年11月14日23時19分00秒付で掲載し、修正の上で2021年02月20日に再掲載。

 ▲第6版における履歴:2017年10月25日掲載(「第24回 取消訴訟の訴訟要件その2―原告適格および狭義の訴えの利益を中心に―」として)。

              2017年12月20日修正。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第33回 取消訴訟の原告適格(1)

2021年02月19日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

 1.原告適格とは

 一般的に、原告適格とは、訴訟の原告となりうる資格を備えていることをいう

 行政事件訴訟法第9条第1項は、「処分」または裁決の取消について「法律上の利益を有する者」に、取消訴訟の提起を認める。ここで問題となるのが「法律上の利益」の具体的な意味である。この「法律上の利益」を有しない者は原告適格が認められないこととなる。

 まず、「処分」または裁決の相手方は、それらの法律上の効果により、直接的に権利を侵害され、または義務を課される者である。そのため、「処分」または裁決の取消について「法律上の利益」を有すると認められ、取消訴訟の原告適格が認められる。

 次に、「処分」または裁決の相手方ではないが実質的な当事者である者も、やはり「法律上の利益」を有すると認められるから、取消訴訟の原告適格が認められる。最一小判昭和57年4月8日民集36巻4号594頁(第二次家永訴訟最高裁判決)などがその例である。

 問題となる場合の一つは、「処分」または裁決の相手方ではなく、実質的な当事者でもない第三者(近隣住民など)が、たとえば許可のように当事者にとっては授益的な処分または裁決によって不利益を受ける場合である。もう一つは、道路の公用廃止などの一般処分によって不利益を受ける場合である。果たして、この双方の場合、いかなる範囲において原告適格が認められるのであろうか。

 なお、裁決について原告適格が問題となる場合はほとんどないので、以下においては「処分」に限定する。

 

 2.原告適格に関する二つの説

 原告適格については、理論的にいくつかの説を想定することができるが、一般的には二つの説が主張されている。

 (1) 法律上保護された利益説

 法律上保護された利益説は判例が採用するものであり、学説においても通説と言いうるであろう。

 この説は、原告が侵害されていると主張する利益が「処分」の根拠法規により保護されているか否かによって、原告適格の有無を判断する考え方である。もう少し具体的に記すと、原告適格が認められるのは、次のような場合である。

 ・「処分」の取消を求める者の利益が「処分」の根拠法規により個別的利益として保護されている。

 ・この個別的利益が実際に侵害されるおそれがある。

 逆に、「処分」の根拠法規に誰の利益を保護するかが示されない場合には(日本の立法には極めて多い)、公益を保護する趣旨であって「処分」の取消を求める者の個別的利益を保護する趣旨ではないと判断されやすい。その場合には原告適格が認められないこととなる。しかし、この考え方によると「処分」の取消を求める第三者が有する利益は事実上の利益にすぎないので、訴訟を提起しても却下されることとなり、原告適格が認められる余地はほとんどないということになりかねない。

 (2)法的保護に価する利益説

 取消訴訟の原告適格に関するもう一つの説として、 法的保護に値する利益説がある。最高裁判所の判例では採用されていないが、有力説と考えてよいであろう。

 この説は、原告が侵害されていると主張する利益が「処分」の根拠法規により保護されているか否かではなく、権利や利益の侵害の実態に着目し、救済すべきとみられる状態にあるときに原告適格を認めるべきである、とするものである。そのため、事実上の利益であっても原告適格が認められうることとなる。

 (3)法律上保護された利益説の拡大傾向

 もっとも、後にみるように、法律上保護された利益説の射程距離は拡大する傾向にある。基本的枠組みは変わらないが、処分の根拠規定のみならず、その法律の目的規定や関連規定まで視野を広げ、原告適格を判断する傾向が見られるようになったのである。これが、平成16年改正法により行政事件訴訟法第9条に追加された第2項につながる。

 同項は、原告適格について、次の事柄を考慮し、判断することを求めている。「法律上の利益」を、処分または裁決の根拠となる法令の規定の文言のみによるのではなく、

 a.当該法令の趣旨および目的を考慮し(前段)、

 b.その上で、当該処分において考慮されるべき利益の内容および性質を考慮すべきである(前段)。

 c.処分または裁決の根拠となる法令の趣旨および目的を考慮するにあたって、その法令と目的を共通にする関連法令があるときは、その趣旨および目的をも参酌すべきである(後段)。

 d.当該処分において考慮されるべき利益の内容および性質を考慮するにあたって、当該処分または裁決がその根拠となる法令に違反してなされた場合に害されることとなる利益の内容および性質、ならびに害される態様および程度をも勘案すべきである(後段)。

 ●最大判平成17年12月7日民集59巻10号2645頁(小田急高架化訴訟、Ⅱ−165)

 事案:東京都知事(被上告参加人)は、平成5年2月1日付で、都市計画法第21条第2項・第18条第1項に基づき「東京都市計画都市高速鉄道第9号線」を変更し、小田急小田原線の喜多見駅付近から梅ヶ丘駅付近までの区間を複々線化し、さらに成城学園前付近を堀割式とする以外は高架式とする旨の都市計画を告示した。これに対し、沿線住民らは、周辺地域に与える影響や事業費の面で問題のある複々線化・高架化を採用したことが違法であるとして、この都市計画などを認可した建設省関東地方整備局長を被告として、訴訟を提起した。一審判決(東京地判平成13年10月3日判時1764号3頁)は沿線住民らの請求を認容したが、控訴審判決(東京高判平成15年12月18日訟月50巻8号2322頁)が一審判決を取り消し、請求を棄却した。最高裁判所大法廷は、沿線住民らの一部について原告適格を認めた。なお、4人の裁判官による反対意見がある他、3人の裁判官による各補足意見がある。また、この判決の後に本案審理がなされ、最一小判平成18年11月12日民集60巻9号3294頁(Ⅰ−75)は沿線住民らの上告を棄却した。

 判旨:①「行政事件訴訟法9条は、取消訴訟の原告適格について規定するが、同条1項にいう当該処分の取消しを求めるにつき『法律上の利益を有する者』とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。/そして、処分の相手方以外の者について上記の法律上保護された利益の有無を判断するに当たっては、当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮し、この場合において、当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては、当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し、当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては、当該処分がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案すべきものである(同条2項参照)。」(/は原文改行箇所。下線は引用者によるもの。以下同じ。)

 ②「公害防止計画に関する」公害対策基本法第1条などの諸規定は「相当範囲にわたる騒音、振動等により健康又は生活環境に係る著しい被害が発生するおそれのある地域について、その発生を防止するために総合的な施策を講ずることを趣旨及び目的とするものと解される。そして、都市計画法13条1項柱書きが、都市計画は公害防止計画に適合しなければならない旨を規定していることからすれば、都市計画の決定又は変更に当たっては、上記のような公害防止計画に関する公害対策基本法の規定の趣旨及び目的を踏まえて行われることが求められる」。また、東京都環境影響評価条例第3条などの諸規定は「都市計画の決定又は変更に際し、環境影響評価等の手続を通じて公害の防止等に適正な配慮が図られるようにすることも、その趣旨及び目的とするものということができる」ことなどもあわせて考えるならば、「都市計画事業の認可に関する」都市計画法の規定は「事業に伴う騒音、振動等によって、事業地の周辺地域に居住する住民に健康又は生活環境の被害が発生することを防止し、もって健康で文化的な都市生活を確保し、良好な生活環境を保全することも、その趣旨及び目的とするものと解される」。

 ③「都市計画法又はその関係法令に違反した違法な都市計画の決定又は変更を基礎として都市計画事業の認可がされた場合に、そのような事業に起因する騒音、振動等による被害を直接的に受けるのは、事業地の周辺の一定範囲の地域に居住する住民に限られ、その被害の程度は、居住地が事業地に接近するにつれて増大するものと考えられる。また、このような事業に係る事業地の周辺地域に居住する住民が、当該地域に居住し続けることにより上記の被害を反復、継続して受けた場合、その被害は、これらの住民の健康や生活環境に係る著しい被害にも至りかねないものである。そして、都市計画事業の認可に関する同法の規定は、その趣旨及び目的にかんがみれば、事業地の周辺地域に居住する住民に対し、違法な事業に起因する騒音、振動等によってこのような健康又は生活環境に係る著しい被害を受けないという具体的利益を保護しようとするものと解されるところ、前記のような被害の内容、性質、程度等に照らせば、この具体的利益は、一般的公益の中に吸収解消させることが困難なものといわざるを得ない」。

 ④「以上のような都市計画事業の認可に関する都市計画法の規定の趣旨及び目的、これらの規定が都市計画事業の認可の制度を通して保護しようとしている利益の内容及び性質等を考慮すれば、同法は、これらの規定を通じて、都市の健全な発展と秩序ある整備を図るなどの公益的見地から都市計画施設の整備に関する事業を規制するとともに、騒音、振動等によって健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある個々の住民に対して、そのような被害を受けないという利益を個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解するのが相当である。したがって、都市計画事業の事業地の周辺に居住する住民のうち当該事業が実施されることにより騒音、振動等による健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者は、当該事業の認可の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者として、その取消訴訟における原告適格を有するものといわなければならない」。

 ●最二小判平成元年2月17日民集43巻2号57頁(新潟空港訴訟。Ⅱ−192)

 事案:運輸大臣Yは、新潟―小松―ソウル間の定期航空運送事業免許を訴外航空会社に付与した。これに対し、近隣住民のXが、騒音による健康や生活上の利益の侵害を主張し、取消しを求めて出訴した。一審判決(新潟地判昭和56年8月10日行集32巻8号1435頁)はXの請求を却下し、控訴審判決(東京高判昭和56年12月21日行集32巻12号2229頁)もXの控訴を棄却した。最高裁判所第二小法廷は、結局のところXの請求を棄却したが、原告適格を認めた。

 判旨:「法律上の利益を有する者」は「当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであるが、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益をもっぱら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に」該当する。この判断は「当該行政法規及びそれと目的を共通する関連法規の関連規定によって形成される法体系の中において、当該処分を通じて右のような個々人の個別的利益をも保護しているものとして位置づけられているとみることができるかどうかによって決すべきである」。航空法第1条の目的には騒音の防止が含まれ、飛行場周辺航空機騒音防止法が運輸大臣に騒音防止のための権限を与えていることからすれば、新規路線免許により生ずる航空機騒音により「社会通念上著しい障害を受ける者には、免許取消しを求める原告適格が認められる」。

 ●最三小判平成4年9月22日民集46巻6号571頁・1090頁(「もんじゅ」訴訟。Ⅱ−162・181)

 事案:旧動燃(動力炉・核燃料開発事業団〈1998年に核燃料サイクル開発機構として改組された。さらに、2005年には日本原子力研究所と統合され、独立行政法人日本原子力研究開発機構となっている〉)が敦賀市に建設した高速増殖炉「もんじゅ」の設置許可について、周辺住民などのXらが無効確認訴訟などを提起したものであり、原告適格の有無と範囲が争われた。一審判決(福井地判昭和62年12月25日行集38巻12号1829頁)はXらの請求を却下したが、控訴審判決(名古屋高金沢支判平成元年7月19日行集40巻7号938頁)は原子炉から半径20キロメートルの範囲内に居住する住民にのみ原告適格を認めた。最高裁判所第三小法廷は、事案を福井地方裁判所に差し戻した。

 なお、差戻第一審判決である福井地判平成12年3月22日訟務月報46巻4号1303頁はXらの請求を棄却した。これに対し、名古屋高金沢支判平成15年1月27日訟務月報50巻9号2541頁は設置許可を無効とする判断を示したが、最一小判平成17年5月30日民集59巻4号671頁は、設置許可に違法な点があるとは言えないとする判決を出した。

 判旨:「行政事件訴訟法9条は、取消訴訟の原告適格について規定するが、同条にいう当該処分の取消しを求めるにつき『法律上の利益を有する者』とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである」(最三小判昭和53年3月14日民集32巻2号211頁、最一小判昭和57年9月9日民集36巻9号1679頁、前掲最二小判平成元年2月17日を参照)。「そして、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきである」(原子炉からおよそ29~58キロメートルの範囲内に居住する者に原告適格を認めた)。

 

 3.判例の傾向―従来の傾向と、法律上保護された利益説の拡大傾向

 (1)競業者の利益と原告適格

 ●最三小判昭和34年8月18日民集13巻10号1286頁

 事案:東京都公安委員会(被告)は、昭和29年2月11日、訴外Aに対して質屋営業法に基づく質屋営業許可処分を行った。これに対し、同じく質屋を営業する原告は、この質屋営業許可処分の無効の確認を求めて出訴した。一審判決(東京地判昭和31年4月7日行集7巻4号978頁)は原告の訴えを却下し、控訴審判決(東京高判昭和31年9月29日民集13巻10号1291頁)も原告の控訴を棄却した。最高裁判所第三小法廷も原告の上告を棄却した。

 判旨:「訴を提起するには、これにつき法律上の利益あることを必要とするは、訴訟法上の原則であつて、行政庁の違法処分の取消を求める訴についても、これと別箇に考うべき理由はない」。

 ●最一小判昭和37年1月19日民集16巻1号57頁(Ⅱ−170)

 事案:京都府知事は、昭和31年10月27日にAに対して公衆浴場の営業許可処分を行った。しかし、Aの公衆浴場とX1経営の公衆浴場との距離が京都府公衆浴場法施行条例などの定める距離制限を満たしていなかった。また、Aの公衆浴場とX2経営の公衆浴場との距離は距離制限を満たしていたものの、この3つの公衆浴場が競合するためにそれぞれの利用圏内の利用者が2000人を割り込んだ。そこで、X1およびX2は、国を被告として〈当時の公衆浴場法により、公衆浴場の営業許可処分に関する事務は国から都道府県知事に委任されていた(いわゆる機関委任事務の一例)〉Aに対する営業許可処分の無効確認を求めた。一審判決(京都地判昭和32年6月29日行集9巻4号823頁)はX1およびX2の請求を棄却し、控訴審判決(大阪高判昭和33年4月26日行集9巻4号818頁)もX1およびX2の控訴を棄却した。最高裁判所第一小法廷は控訴審判決を破棄し、事件を京都地方裁判所に差し戻した。なお、1名の裁判官による反対意見、1名の裁判官による意見がある。

 判旨:「公衆浴場法第2条および京都府公衆浴場法施行条例の「規定の趣旨から考えると公衆浴場法が許可制を採用し前述のような規定を設けたのは、主として『国民保健及び環境衛生』という公共の福祉の見地から出たものであることはむろんであるが、他面、同時に、無用の競争により経営が不合理化することのないように濫立を防止することが公共の福祉のため必要であるとの見地から、被許可者を濫立による経営の不合理化から守ろうとする意図をも有するものであることは否定し得ないところであつて、適正な許可制度の運用によつて保護せらるべき業者の営業上の利益は、単なる事実上の反射的利益というにとどまらず公衆浴場法によつて保護せられる法的利益と解するを相当とする。」

 ●最三小判昭和43年12月24日民集22巻13号3254頁(東京12チャンネル事件〈東京12チャンネルは、現在のテレビ東京の1981年までの商号〉。Ⅱ−173)

 事案:Xは第12チャンネルのテレビ放送局の開設を企図し、郵政大臣Yに免許申請をしたが、この申請は五者の競願になった。Yは、審査の結果、Aに予備免許を与え、他の申請を拒否した。Xは自己に対する免許拒否処分とAへの予備免許処分の取消しを求めてYに異議申立てをしたが棄却されたので、Xはこの棄却決定の取消しを求めて出訴した。東京高判昭和40年6月1日行集16巻7号1266頁はXの請求を認容したので、Yが上告したが、最高裁判所第三小法廷はYの上告を棄却した。

 判旨:AとXは「係争の同一周波をめぐつて競願関係にあり、Yは、XよりもAを優位にあるものと認めて、これに予備免許を与え、Xにはこれを拒んだもので、Xに対する拒否処分とAに対する免許付与とは、表裏の関係にあるものである。そして、Xが右拒否処分に対して異議申立てをしたのに対し、Yは、電波監理審議会の議決した決定案に基づいて、これを棄却する決定をしたものであるが、これが後述のごとき理由により違法たるを免れないとして取り消された場合には、Yは、右決定前の白紙の状態に立ち返り、あらためて審議会に対し、Xの申請とAの申請とを比較して、はたしていずれを可とすべきか、その優劣についての判定(決定案についての議決)を求め、これに基づいて異議申立てに対する決定をなすべきである。すなわち、本件のごとき場合においては、Xは、自己に対する拒否処分の取消しを請求しうるほか、競願者(A)に対する免許処分の取消しをも訴求しうる(ただし、いずれも裁決主義がとられているので、取消しの対象は異議申立てに対する棄却決定となる。)が、いずれの訴えも、自己の申請が優れていることを理由とする場合には、申請の優劣に関し再審査を求める点においてその目的を同一にするものであるから、免許処分の取消しを訴求する場合はもとより、拒否処分のみの取消しを訴求する場合にも、Yによる再審査の結果によつては、Aに対する免許を取り消し、Xに対し免許を付与するということもありうるのである」。

 ●最三小判平成26年1月28日民集68巻1号49頁(Ⅱ−171)

 事案:福井県小浜市に本店を置く訴外Aは、平成13年10月1日に小浜市長から「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」(以下、廃棄物処理法)第7条第1項に基づく一般廃棄物収集運搬業許可を受けた。その後も許可の更新を受けており、平成21年3月31日付で一般廃棄物収集運搬業許可更新処分を受けている。また、兵庫県西脇市に本店を置く被告参加補助人のBは、平成16年4月1日に小浜市長から廃棄物処理法第7条第1項および第6項に基づく一般廃棄物収集運搬業許可を受けた。その後も許可の更新を受けており、平成22年3月30日付で一般廃棄物収集運搬業許可更新処分を受けている。小浜市に本店を置くXは、小浜市長が行った上記2件の一般廃棄物収集運搬処分業許可更新処分にはいずれも重大かつ明白な瑕疵があるとして、これらの一般廃棄物収集運搬処分業許可更新処分の取り消し、および国家賠償を請求する訴訟を起こした。一審判決(福井地裁平成22年9月10日判自380号56頁)は一般廃棄物収集運搬処分業許可更新処分取消の請求を却下し、その他の請求を棄却した。控訴審判決(名古屋高金沢支判平成23年6月1日判自380号64頁)はXの控訴を棄却したが、最高裁判所第三小法廷は控訴審判決のうち国家賠償請求に関する部分を破棄して事件を差し戻したが、その他の部分についてはXの上告を棄却した。

 判旨:(ここでは上告棄却の部分のみ示す。)

 ①「行政事件訴訟法9条は、取消訴訟の原告適格について規定するが、同条1項にいう当該処分の取消しを求めるにつき『法律上の利益を有する者』とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。そして、処分の相手方以外の者について上記の法律上保護された利益の有無を判断するに当たっては、当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮し、この場合において、当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては、当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し、当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては、当該処分がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案すべきものである(同条2項)」(前掲最大判平成17年12月7日を参照)。

 ②「市町村長から一定の区域につき既に一般廃棄物処理業の許可又はその更新を受けている者がある場合に、当該区域を対象として他の者に対してされた一般廃棄物処理業の許可又はその更新が、当該区域における需給の均衡及びその変動による既存の許可業者の事業への影響についての適切な考慮を欠くものであるならば、許可業者の濫立により需給の均衡が損なわれ、その経営が悪化して事業の適正な運営が害され、これにより当該区域の衛生や環境が悪化する事態を招来し、ひいては一定の範囲で当該区域の住民の健康や生活環境に被害や影響が及ぶ危険が生じ得るものといえる。一般廃棄物処理業の許可又はその更新の許否の判断に当たっては、上記のように、その申請者の能力の適否を含め、一定の区域における一般廃棄物の処理がその発生量に応じた需給状況の下において当該区域の全体にわたって適正に行われることが確保されるか否かを審査することが求められるのであって、このような事柄の性質上、市町村長に一定の裁量が与えられていると解されるところ、廃棄物処理法は、上記のような事態を避けるため、前記のような需給状況の調整に係る規制の仕組みを設けているのであるから、一般廃棄物処理計画との適合性等に係る許可要件に関する市町村長の判断に当たっては、その申請に係る区域における一般廃棄物処理業の適正な運営が継続的かつ安定的に確保されるように、当該区域における需給の均衡及びその変動による既存の許可業者の事業への影響を適切に考慮することが求められるものというべきである」。

 ③「以上のような一般廃棄物処理業に関する需給状況の調整に係る規制の仕組み及び内容、その規制に係る廃棄物処理法の趣旨及び目的、一般廃棄物処理の事業の性質、その事業に係る許可の性質及び内容等を総合考慮すると、廃棄物処理法は、市町村長から一定の区域につき一般廃棄物処理業の許可又はその更新を受けて市町村に代わってこれを行う許可業者について、当該区域における需給の均衡が損なわれ、その事業の適正な運営が害されることにより前記のような事態が発生することを防止するため、上記の規制を設けているものというべきであり同法は、他の者からの一般廃棄物処理業の許可又はその更新の申請に対して市町村長が上記のように既存の許可業者の事業への影響を考慮してその許否を判断することを通じて、当該区域の衛生や環境を保持する上でその基礎となるものとして、その事業に係る営業上の利益を個々の既存の許可業者の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解するのが相当である。したがって、市町村長から一定の区域につき既に廃棄物処理法7条に基づく一般廃棄物処理業の許可又はその更新を受けている者は、当該区域を対象として他の者に対してされた一般廃棄物処理業の許可処分又は許可更新処分について、その取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者として、その取消訴訟における原告適格を有するものというべきである」。

 ④Xは「平成25年5月8日に小浜市長に対して廃棄物処理法7条の2第3項に基づき一般廃棄物収集運搬業を廃業する旨を届け出た上で同年6月に廃業したことが明らかであ」り、Xが「上記各処分の取消しを求める法律上の利益は失われたものといわざるを得ない」。

 注意:判旨の①から③までにおいては、Xに原告適格が認められるという趣旨が述べられている。しかし、④においてXには狭義の訴えの利益が認められないという趣旨が述べられている。その結果、Xの請求は認められなかったのである。

 

 ▲第7版における履歴:2020年11月10日20時54分00秒付で「暫定版 取消訴訟の原告適格(1)」として掲載。修正の上で2021年02月19日に再掲載。

 ▲第6版における履歴:2017年10月25日掲載(「第24回 取消訴訟の訴訟要件その2―原告適格および狭義の訴えの利益を中心に―」として)。

              2017年12月20日修正。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第34回 取消訴訟の原告適格(2)

2021年02月19日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

 3.判例の傾向―従来の傾向と、法律上保護された利益説の拡大傾向(続)

 (2)周辺住民等の利益

 前掲最大判平成17年12月7日、前掲最二小判平成元年2月17日および前掲最三小判平成4年9月22日の他に、次のような判決がある。周辺住民等が原告となった訴訟については、原告適格を認めた判決と認めなかった判決がある。相違が何に起因するのかを考察していただきたい。

 ●最三小判平成9年1月28日民集51巻1号250頁

 事案:業者Aは、川崎市内の急傾斜地にマンションを建築する計画を立て、都市計画法第29条に基づく開発行為の許可の申請を行い、市長Yが許可処分を行った。これに対し、この開発区域の近隣に居住するXらは、開発行為によってがけ崩れや地滑りなどによる生命や身体および生活に関する基本的権利などが侵害されるとして、この許可処分の取消しを求めて出訴した。一審判決(横浜地判平成6年1月17日訟月41巻10号2549頁)および控訴審判決(東京高判平成6年6月15日民集51巻1号284頁)はXらの原告適格を否定したが、最高裁判所第三小法廷は控訴審判決の一部を破棄し、事件を横浜地方裁判所に差し戻した。

 判旨:①都市計画法第33条第1項第14号は「開発許可をしても、許可を受けた者が開発区域等について私法上の権原を取得しない限り開発行為等をすることはできないことから、開発行為の施行等につき相当程度の見込みがあることを許可の要件とすることにより、無意味な結果となる開発許可の申請をあらかじめ制限するために設けられているものと解され、開発許可をすることは、右の権利に何ら影響を及ぼすものではない。したがって、右の規定が右の権利者個々人の権利を保護する趣旨を含むものと解することはできない」。

 ②都市計画法第33条第1項第7号は「開発区域内の土地が、地盤の軟弱な土地、がけ崩れ又は出水のおそれが多い土地その他これらに類する土地であるときは、地盤の改良、擁壁の設置等安全上必要な措置が講ぜられるように設計が定められていることを開発許可の基準としている。この規定は、右のような土地において安全上必要な措置を講じないままに開発行為を行うときは、その結果、がけ崩れ等の災害が発生して、人の生命、身体の安全等が脅かされるおそれがあることにかんがみ、そのような災害を防止するために、開発許可の段階で、開発行為の設計内容を十分審査し、右の措置が講ぜられるように設計が定められている場合にのみ許可をすることとしているものである。そして、このがけ崩れ等が起きた場合における被害は、開発区域内のみならず開発区域に近接する一定範囲の地域に居住する住民に直接的に及ぶことが予想される。また、同条2項は、同条1項7号の基準を適用するについて必要な技術的細目を政令で定めることとしており、その委任に基づき定められた都市計画法施行令28条、都市計画法施行規則23条、同規則(平成5年建設省令第8号による改正前のもの)27条の各規定をみると、同法33条1項7号は、開発許可に際し、がけ崩れ等を防止するためにがけ面、擁壁等に施すべき措置について具体的かつ詳細に審査すべきこととしているものと解される。以上のような同号の趣旨・目的、同号が開発許可を通して保護しようとしている利益の内容・性質等にかんがみれば、同号は、がけ崩れ等のおそれのない良好な都市環境の保持・形成を図るとともに、がけ崩れ等による被害が直接的に及ぶことが想定される開発区域内外の一定範囲の地域の住民の生命、身体の安全等を、個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むものと解すべきである。そうすると、開発区域内の土地が同号にいうがけ崩れのおそれが多い土地等に当たる場合には、がけ崩れ等による直接的な被害を受けることが予想される範囲の地域に居住する者は、開発許可の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者として、その取消訴訟における原告適格を有すると解するのが相当である」。

 ●最三小判平成13年3月13日民集55巻2号283頁(Ⅱ―163)

 事案:業者Aは、岐阜県内の山林をゴルフ場として造成するための開発行為を計画し、Y(岐阜県知事)に森林法第10条の2に基づく林地開発許可を申請した。Yは許可処分をした。これに対し、Xらがこの隣地開発許可処分の取消を求めた。一審判決(岐阜地判平成7年3月22日民集55巻2号304頁)はXらの原告適格を認めなかったが、控訴審判決(名古屋高判平成8年5月15日判タ916号97頁)はXらの原告適格を認めて事件を岐阜地方裁判所に差し戻した。Yが上告し、最高裁判所第三小法廷は前掲最三小判平成4年9月22日および前掲最三小判平成9年1月28日を引用しつつ、立木等所有者や営農者であるX1、X2、X3、X4およびX5については原告適格を認めず、控訴を棄却したが、居住者であるX6およびX7については原告適格を認め、Yの上告を棄却した。

 判旨:①森林法第10条の2第2項第1号および同項第1号の2は「森林において必要な防災措置を講じないままに開発行為を行うときは、その結果、土砂の流出又は崩壊、水害等の災害が発生して、人の生命、身体の安全等が脅かされるおそれがあることにかんがみ、開発許可の段階で、開発行為の設計内容を十分審査し、当該開発行為により土砂の流出又は崩壊、水害等の災害を発生させるおそれがない場合にのみ許可をすることとしているものである。そして、この土砂の流出又は崩壊、水害等の災害が発生した場合における被害は、当該開発区域に近接する一定範囲の地域に居住する住民に直接的に及ぶことが予想される。以上のような上記各号の趣旨・目的、これらが開発許可を通して保護しようとしている利益の内容・性質等にかんがみれば、これらの規定は、土砂の流出又は崩壊、水害等の災害防止機能という森林の有する公益的機能の確保を図るとともに、土砂の流出又は崩壊、水害等の災害による被害が直接的に及ぶことが想定される開発区域に近接する一定範囲の地域に居住する住民の生命、身体の安全等を個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むものと解すべきである。そうすると、土砂の流出又は崩壊、水害等の災害による直接的な被害を受けることが予想される範囲の地域に居住する者は、開発許可の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者として、その取消訴訟における原告適格を有すると解するのが相当である」。

 ②「森林法10条の2第2項1号及び同項1号の2の規定から、周辺住民の生命、身体の安全等の保護に加えて周辺土地の所有権等の財産権までを個々人の個別的利益として保護すべきものとする趣旨を含むことを読み取ることは困難である。また、同項2号は、当該開発行為をする森林の現に有する水源のかん養の機能からみて、当該開発行為により当該機能に依存する地域における水の確保に著しい支障を及ぼすおそれがないことを、同項3号は、当該開発行為をする森林の現に有する環境の保全の機能からみて、当該開発行為により当該森林の周辺の地域における環境を著しく悪化させるおそれがないことを開発許可の要件としているけれども、これらの規定は、水の確保や良好な環境の保全という公益的な見地から開発許可の審査を行うことを予定しているものと解されるのであって、周辺住民等の個々人の個別的利益を保護する趣旨を含むものと解することはできない」。

 ●最三小判平成26年7月29日民集68巻6号620頁

 事案:宮崎県知事は、平成15年11月5日、Aに対して産業廃棄物処理施設設置許可を行い、Aは平成17年8月23日に産業廃棄物処理施設を北諸県郡高城町(現在は都城市の一部)に設置した。また、宮崎県知事は、Aに対し、平成17年10月25日に産業廃棄物処分業の許可処分、同年11月30日に特別管理産業廃棄物処分業の許可処分を行い、平成22年10月25日に産業廃棄物処分業許可更新処分を、同年11月30日に特別管理産業廃棄物処分業許可更新処分を行った。高城町などの地域に居住するXらは、宮崎県に対し、上記各許可処分の無効確認およびその取消処分の義務づけ、ならびに上記各許可更新処分の取消を求めて出訴した。一審判決(宮崎地判平成23年10月21日判自388号74頁)はXらの請求を却下し、控訴審判決(福岡高宮崎支判平成24年4月25日判自388号79頁)もXらの控訴を棄却した。最高裁判所第三小法廷は、Xらのうちの1人について上告を棄却したが、その他については事件を宮崎地方裁判所に差し戻した。

 判旨:①「行政事件訴訟法9条は、取消訴訟の原告適格について規定するが、同条1項にいう当該処分の取消しを求めるにつき『法律上の利益を有する者』とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。そして、処分の相手方以外の者について上記の法律上保護された利益の有無を判断するに当たっては、当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮し、この場合において、当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては、当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し、当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては、当該処分がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案すべきものである(同条2項)」(前掲最大判平成17年12月7日を参照)。そして、行政事件訴訟法第36条にいう「当該処分の無効等の確認を求めるにつき『法律上の利益を有する者』についても、上記の取消訴訟の原告適格の場合と同義に解するのが相当である」(前掲最三小判平成4年9月22日を参照)。さらに、行政事件訴訟法第37条の2第3項にいう「当該処分の取消処分の義務付けを求めるにつき『法律上の利益を有する者』についても(中略)取消訴訟の原告適格の場合と同様の観点から判断すべきものと解するのが相当である」。

 ②「廃棄物処理法においては、産業廃棄物等処分業の許可の要件に関しても、産業廃棄物等処分業を行おうとする者がその事業の用に供する施設として上記の技術上の基準に適合している最終処分場を有していることにつき、周辺地域の生活環境の保全という観点からもその審査を要するとされているものと解するのが相当である」ことなどからすれば、「産業廃棄物等処分業の許可及びその更新に関する廃棄物処理法の規定は、産業廃棄物の最終処分場から有害な物質が排出されることに起因する大気や土壌の汚染、水質の汚濁、悪臭等によって、その最終処分場の周辺地域に居住する住民に健康又は生活環境の被害が発生することを防止し、もってこれらの住民の健康で文化的な生活を確保し、良好な生活環境を保全することも、その趣旨及び目的とするものと解される」。

 ③「産業廃棄物の最終処分場からの有害な物質の排出に起因する大気や土壌の汚染、水質の汚濁、悪臭等によって当該最終処分場の周辺地域に居住する住民が直接的に受ける被害の程度は、その居住地と当該最終処分場との近接の度合いによっては、その健康又は生活環境に係る著しい被害を受ける事態にも至りかねないものである。しかるところ、産業廃棄物等処分業の許可及びその更新に関する廃棄物処理法の規定は、上記の趣旨及び目的に鑑みれば、産業廃棄物の最終処分場の周辺地域に居住する住民に対し、そのような最終処分場からの有害な物質の排出に起因する大気や土壌の汚染、水質の汚濁、悪臭等によって健康又は生活環境に係る著しい被害を受けないという具体的利益を保護しようとするものと解されるのであり、上記のような被害の内容、性質、程度等に照らせば、この具体的利益は、一般的公益の中に吸収解消させることが困難なものといわなければならない。

 ④「産業廃棄物等処分業の許可及びその更新に関する廃棄物処理法の規定の趣旨及び目的、これらの規定が産業廃棄物等処分業の許可の制度を通して保護しようとしている利益の内容及び性質等を考慮すれば、同法は、これらの規定を通じて、公衆衛生の向上を図るなどの公益的見地から産業廃棄物等処分業を規制するとともに、産業廃棄物の最終処分場からの有害な物質の排出に起因する大気や土壌の汚染、水質の汚濁、悪臭等によって健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある個々の住民に対して、そのような被害を受けないという利益を個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解するのが相当である」。そのため、「産業廃棄物の最終処分場の周辺に居住する住民のうち、当該最終処分場から有害な物質が排出された場合にこれに起因する大気や土壌の汚染、水質の汚濁、悪臭等による健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者は、当該最終処分場を事業の用に供する施設としてされた産業廃棄物等処分業の許可処分及び許可更新処分の取消し及び無効確認を求めるにつき法律上の利益を有する者として、その取消訴訟及び無効確認訴訟における原告適格を有するものというべきである」。

 以上の3判決は周辺住民等の原告適格を認めたものである。これに対し、次の3判決は原告適格を認めなかったものである。

 ●最二小判平成12年3月17日集民197号661頁(大阪府墓地経営許可事件)

 事案:大阪府知事Yは、宗教法人Aに対し、墓地経営の許可処分を行った。大阪府の「墓地等の経営の許可等に関する条例」(本件条例)は住宅等から300メートル以上という距離制限を原則としていたが、Xらは300メートル以内に居住しており、この許可処分が本件条例に反するとして取消を求めて出訴した。一審判決(大阪地方裁判所。判決年月日は不明、判例集未登載)および控訴審判決(大阪高判平成9年10月23日判例集未登載)はXらの原告適格を否定した。最高裁判所第二小法廷もXらの原告適格を否定した。

 判旨:墓地、埋葬等に関する法律第10条第1項は「墓地等の経営が、高度の公益性を有するとともに、国民の風俗習慣、宗教活動、各地方の地理的条件等に依存する面を有し、一律的な基準による規制になじみ難いことにかんがみ、墓地等の経営に関する許否の判断を都道府県知事の広範な裁量にゆだねる趣旨に出たものであって、法は、墓地等の管理及び埋葬等が国民の宗教的感情に適合し、かつ、公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障なく行われることを目的とする法の趣旨に従い、都道府県知事が、公益的見地から、墓地等の経営の許可に関する許否の判断を行うことを予定しているものと解される」。そのため、同第10条第1項が「当該墓地等の周辺に居住する者個々人の個別的利益をも保護することを目的としているものとは解し難い」。また、本件条例第7条第1号は「その周辺に墓地及び火葬場を設置することが制限されるべき施設を住宅,事務所、店舗を含めて広く規定しており、その制限の解除は専ら公益的見地から行われるものとされていることにかんがみれば、同号がある特定の施設に着目して当該施設の設置者の個別的利益を特に保護しようとする趣旨を含むものとは解し難い」から「墓地から300メートルに満たない地域に敷地がある住宅等に居住する者が法10条1項に基づいて大阪府知事のした墓地の経営許可の取消しを求める原告適格を有するものということはできない」。

 ●最一小判平成10年12月17日民集52巻9号1821頁(Ⅱ―166)

 事案:東京都公安委員会Yは、Aに対し、パチンコ店の営業許可処分を行った。これに対し、近隣住民のXらは、このパチンコ店の駐車場が第一種住居専用地域(都市計画法第8条第1項第1号。東京都風俗営業適正化法施行条例により、風俗営業所の設置禁止区域に指定されていた)にはみ出しており、違法であるとして、営業許可の取消しを求めて出訴した。一審判決(東京地判平成7年11月29日行集46巻10・11号1089頁)および控訴審判決(東京高判平成8年9月25日行集47巻9号816頁)はXらの原告適格を否定した。最高裁判所第一小法廷も、前掲最三小判平成4年9月22日および前掲最三小判平成9年1月28日を引用しつつ、Xらの原告適格を否定した。

 判旨:①風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律第1条は「善良の風俗と清浄な風俗環境を保持し、及び少年の健全な育成に障害を及ぼす行為を防止するため、風俗営業及び風俗関連営業等について、営業時間、営業区域等を制限し、及び年少者をこれらの営業所に立ち入らせること等を規制するとともに、風俗営業の健全化に資するため、その業務の適正化を促進する等の措置を講ずることを目的とする」ことを定めており、「法の風俗営業の許可に関する規定が一般的公益の保護に加えて個々人の個別的利益をも保護すべきものとする趣旨を含むことを読み取ることは、困難である」。

 ②風俗営業の許可の基準を定める法第4条第2項第2号は「具体的地域指定を条例に、その基準の決定を政令にゆだねており、それらが公益に加えて個々人の個別的利益をも保護するものとすることを禁じているとまでは解されないものの、良好な風俗環境の保全という公益的な見地から風俗営業の制限地域の指定を行うことを予定しているものと解されるのであって、同号自体が当該営業制限地域の居住者個々人の個別的利益をも保護することを目的としているものとは解し難い」。

 ③風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律施行令第6条第1号ロおよび第2号は「当該特定の施設の設置者の有する個別的利益を特に保護しようとするものと解されるから」、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律施行条例第3条第1項第2号は「同号所定の施設につき善良で静穏な環境の下で円滑に業務をするという利益をも保護していると解すべきである」。しかし、同施行令第6条第1号イは「『住居が多数集合しており、住居以外の用途に供される土地が少ない地域』を風俗営業の制限地域とすべきことを基準として定めており、一定の広がりのある地域の良好な風俗環境を一般的に保護しようとしていることが明らかであって、同号ロのように特定の個別的利益の保護を図ることをうかがわせる文言は見当たらない」のであり、「施行令6条1号イの規定は、専ら公益保護の観点から基準を定めていると解するのが相当である。そうすると、右基準に従って規定された施行条例3条1項1号は、同号所定の地域に居住する住民の個別的利益を保護する趣旨を含まないものと解される。したがって、右地域に居住する者は、風俗営業の許可の取消しを求める原告適格を有するとはいえない」。

 ●最一小判平成21年10月15日民集63巻8号1711頁(サテライト大阪訴訟。Ⅱ−167)

 事案:経済産業大臣は、平成17年9月26日付で、訴外Aに対し、大阪市中央区に場外車券発売施設(サテライト大阪)の設置許可処分を行った。これについて、近隣に居住し、事業を営み、また病院などを開設するXらは、設置許可処分が場外車券発売施設の設置許可要件を満たさない違法なものであると主張し、その取消を求め、国を被告として出訴した。一審判決(大阪地判平成19年3月14日判タ1257号79頁)はXらの請求を却下したが、控訴審判決(大阪高判平成20年3月6日判時2019号17頁)は一審判決を破棄した。国が上告し、最高裁判所第一小法廷は、控訴審判決のうちX1に関する部分を破棄し(同人の死亡による)、X2、X3およびX4に関する部分を破棄して大阪地方裁判所に差し戻し、その他の控訴を棄却した。

 判旨:①「行政事件訴訟法9条は、取消訴訟の原告適格について規定するが、同条1項にいう当該処分の取消しを求めるにつき『法律上の利益を有する者』とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。/そして、処分の相手方以外の者について上記の法律上保護された利益の有無を判断するに当たっては、当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮し、この場合において、当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては、当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し、当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては、当該処分がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案すべきものである」(前掲最大判平成17年12月7日を参照)。

 ②「一般的に、場外施設が設置、運営された場合に周辺住民等が被る可能性のある被害は、交通、風紀、教育など広い意味での生活環境の悪化であって、その設置、運営により、直ちに周辺住民等の生命、身体の安全や健康が脅かされたり、その財産に著しい被害が生じたりすることまでは想定し難いところである。そして、このような生活環境に関する利益は、基本的には公益に属する利益というべきであって、法令に手掛りとなることが明らかな規定がないにもかかわらず、当然に、法が周辺住民等において上記のような被害を受けないという利益を個々人の個別的利益としても保護する趣旨を含むと解するのは困難といわざるを得ない。

 ③自転車競技法および同法施行規則が「位置基準によって保護しようとしているのは、第一次的には、上記のような不特定多数者の利益であるところ、それは、性質上、一般的公益に属する利益であって、原告適格を基礎付けるには足りないものであるといわざるを得ない。したがって、場外施設の周辺において居住し又は事業(医療施設等に係る事業を除く。)を営むにすぎない者や、医療施設等の利用者は、位置基準を根拠として場外施設の設置許可の取消しを求める原告適格を有しないものと解される。/もっとも、場外施設は、多数の来場者が参集することによってその周辺に享楽的な雰囲気や喧噪といった環境をもたらすものであるから、位置基準は、そのような環境の変化によって周辺の医療施設等の開設者が被る文教又は保健衛生にかかわる業務上の支障について、特に国民の生活に及ぼす影響が大きいものとして、その支障が著しいものである場合に当該場外施設の設置を禁止し当該医療施設等の開設者の行う業務を保護する趣旨をも含む規定であると解することができる。したがって、仮に当該場外施設が設置、運営されることに伴い、その周辺に所在する特定の医療施設等に上記のような著しい支障が生ずるおそれが具体的に認められる場合には、当該場外施設の設置許可が違法とされることもあることとなる。」

 ④「位置基準は、一般的公益を保護する趣旨に加えて、上記のような業務上の支障が具体的に生ずるおそれのある医療施設等の開設者において、健全で静穏な環境の下で円滑に業務を行うことのできる利益を、個々の開設者の個別的利益として保護する趣旨をも含む規定であるというべきであるから、当該場外施設の設置、運営に伴い著しい業務上の支障が生ずるおそれがあると位置的に認められる区域に医療施設等を開設する者は、位置基準を根拠として当該場外施設の設置許可の取消しを求める原告適格を有するものと解される。そして、このような見地から、当該医療施設等の開設者が上記の原告適格を有するか否かを判断するに当たっては、当該場外施設が設置、運営された場合にその規模、周辺の交通等の地理的状況等から合理的に予測される来場者の流れや滞留の状況等を考慮して、当該医療施設等が上記のような区域に所在しているか否かを、当該場外施設と当該医療施設等との距離や位置関係を中心として社会通念に照らし合理的に判断すべきものと解するのが相当である。」

 ⑤「周辺環境調和基準は、場外施設の規模、構造及び設備並びにこれらの配置が周辺環境と調和したものであることをその設置許可要件の一つとして定めるものである。同基準は、場外施設の規模が周辺に所在する建物とそぐわないほど大規模なものであったり、いたずらに射幸心をあおる外観を呈しているなどの場合に、当該場外施設の設置を不許可とする旨を定めたものであって、良好な風俗環境を一般的に保護し、都市環境の悪化を防止するという公益的見地に立脚した規定と解される。同基準が、場外施設周辺の居住環境との調和を求める趣旨を含む規定であると解したとしても、そのような観点からする規制は、基本的に、用途の異なる建物の混在を防ぎ都市環境の秩序ある整備を図るという一般的公益を保護する見地からする規制というべきである。また、『周辺環境と調和したもの』という文言自体、甚だ漠然とした定めであって、位置基準が上記のように限定的要件を明確に定めているのと比較して、そこから、場外施設の周辺に居住する者等の具体的利益を個々人の個別的利益として保護する趣旨を読み取ることは困難といわざるを得ない。」

 なお、事案の性質は異なるが、最三小判平成6年9月27日集民173号111頁は、「風俗営業等の規制及び業務の適正化に関する法律4条2項2号、風俗営業等の規制及び業務の適正化に関する法律施行令6条2号及びこれらを受けて制定された風俗営業等の規制及び業務の適正化に関する法律施行条例(昭和59年神奈川県条例第44号)3条1項3号は、同号所定の診療所等の施設につき善良で静穏な環境の下で円滑に業務を運営するという利益をも保護していると解すべきである」と述べて、パチンコ店営業許可の取消しを求める開業医の原告適格を認めた。但し、結局は請求を棄却した。

 (3)消費者や利用者の利益

 ●最三小判昭和53年3月14日民集32巻2号211頁(Ⅱ―132)

 「第29回 行政救済法とは何か/行政不服審査法において取り上げた。一般消費者に原告適格を認めない判例の代表例でもある。

 ●最一小判平成元年4月13日判時1313号121頁(近鉄特急事件。Ⅱ−168)

 事案:近畿日本鉄道(近鉄)は、昭和55年2月16日にY(大阪陸運局長)および名古屋陸運局長に対し、特急料金改定(値上げ)のための認可申請を行った。これに対し、Yは同年3月8日、当時の地方鉄道法第21条第1項に基づき、近鉄に対して認可処分を行った。近鉄の大阪線、奈良線、南大阪線の特急を通勤のために利用するXらは、この認可処分が違法であるとして取消訴訟を提起するとともに、国を被告とする損害賠償請求訴訟も提起した。一審判決(大阪地判昭和57年2月19日行集33巻1・2号118頁)は、原告の請求を棄却したものの、Yの処分を違法と宣言した。X、Yの双方が控訴し、控訴審判決(大阪高判昭和59年10月30日行集35巻10号1772頁)は一審判決を取り消し、XのYに対する請求を却下した。最高裁判所第一小法廷は、Xの上告を棄却した。

 判旨:「地方鉄道法(大正8年法律第52号)21条は、地方鉄道における運賃、料金の定め、変更につき監督官庁の認可を受けさせることとしているが、同条に基づく認可処分そのものは、本来、当該地方鉄道利用者の契約上の地位に直接影響を及ぼすものではなく、このことは、その利用形態のいかんにより差異を生ずるものではない。また、同条の趣旨は、もっぱら公共の利益を確保することにあるのであって、当該地方鉄道の利用者の個別的な権利利益を保護することにあるのではなく、他に同条が当該地方鉄道の利用者の個別的な権利利益を保護することを目的として認可権の行使に制約を課していると解すべき根拠はない。そうすると、たとえ上告人らが近畿日本鉄道株式会社の路線の周辺に居住する者であって通勤定期券を購入するなどしたうえ、日常同社が運行している特別急行旅客列車を利用しているとしても、上告人らは、本件特別急行料金の改定(変更)の認可処分によって自己の権利利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者に当たるということができず、右認可処分の取消しを求める原告適格を有しないというべきである」。

 以上の2つの判決は、消費者や利用者について原告適格を否定したものである。しかし、最近では原告適格を認める判決も出されつつある。その代表例が次の判決である。

 ●東京地判平成25年3月26日訟務月報60巻6号1304頁(北総線運賃訴訟)

 事案:国土交通大臣は、平成22年2月19日付で、鉄道事業法第15条第1項に基づき、北総鉄道および千葉ニュータウン鉄道が京成電鉄との間で成田空港線(京成高砂〜成田空港)のうち、京成高砂〜小室(北総鉄道)および小室〜印旛日本医大(千葉ニュータウン鉄道)の使用について設定した各使用条件(線路使用料や旅客運賃収入の配分方法などを定めたもの)を認可する旨の各処分(以下、各使用条件認可処分)を行い、また同第16条第1項に基づき、京成電鉄が申請していた成田空港線の旅客運賃上限の設定を認可する旨の処分(以下、上限設定処分)を行った。これに対し、北総鉄道北総線の沿線住民であるXらは、各使用条件が北総鉄道のみに不利益であって同鉄道およびその利用者の利益を害するなどとして各使用条件認可処分が鉄道事業法第15条第3項に違反するとして取消を求めるとともに、国土交通大臣に対して同法第23条第1項第4号に基づき、北総鉄道と京成電鉄との間の鉄道線路使用条件を変更するように命ずることの義務づけを求め、さらに、北総鉄道の旅客運賃が非常に高額であって同鉄道に対する旅客運賃変更認可処分が鉄道事業法第16条第2項に違反するとして取消を求める、などの訴訟を提起した。東京地方裁判所は、Xらの請求を一部却下し、その余については棄却した。

 判旨:①「行政事件訴訟法9条は、取消訴訟の原告適格について規定しているところ、同条1項にいう当該処分の取消しを求めるにつき『法律上の利益を有する者』とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいい、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するというべきである」(前掲最大判平成17年12月7日を参照)。また、「行政事件訴訟法36条は、無効確認訴訟の原告適格について規定しているところ、同条にいう無効確認を求めるにつき『法律上の利益を有する者』の意義についても、取消訴訟の原告適格の場合と同義に解するのが相当である」(前掲最三小判平成4年9月22日を参照)。そして、「行政事件訴訟法9条2項は、裁判所は、処分又は裁決の相手方以外の者について同条1項に規定する法律上の利益の有無を判断するに当たっては、当該処分又は裁決の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮するものとし、この場合において、当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては、当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌するものとし、当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては、当該処分又は裁決がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案するものとする旨規定している。」

 ②鉄道事業法第1条および第16条第1項は「旅客運賃上限認可処分について利用者が特別の利害関係を有することを前提に、国土交通大臣が上記処分を行うに当たり、鉄道利用者に一定の手続関与の機会を付与しているものということができ」、「鉄道の利用は、法的には利用者が鉄道事業者との間で運送契約を締結して行われるものであり、更に定期券による鉄道利用に至っては継続的契約関係を生じさせるものであると解されるが、その運送の対価である旅客運賃は鉄道事業者の約款により一方的に定められており、利用者としては、一方的に定められた旅客運賃を支払って鉄道を利用するか、それともそもそも鉄道を利用しないかの自由しか与えられていないものであ」るから、「旅客運賃認可処分が違法にされ、違法に高額な旅客運賃が設定された場合、日々の仕事や学業等を行うための通勤や通学等の手段として当該鉄道を反復継続して日常的に利用する者は、その違法に高額な旅客運賃を支払って、引き続き鉄道を利用することを余儀なくされることになるし、また、その経済的負担能力いかんによっては、当該鉄道を日常的に利用することが困難になり、職場や学校等に日々通勤や通学等すること自体が不可能になったり、住居をより職場や学校の近くに移転せざるを得なくなったりすることになりかねない」。そのため、「鉄道事業法が、旅客運賃認可処分が違法にされた場合に、およそいかなる鉄道利用者であっても、その違法性を一切争うことはできないものとしたと解さなければならない合理的理由はない」。従って、「『利用者の利益の保護』を重要な理念として掲げ、その具体的な確保のための条項を置いている鉄道事業法が、上記のような重大な損害を受けるおそれがある鉄道利用者についてまで、違法な旅客運賃認可処分がされてもその違法性を争うことを許さず、これを甘受すべきことを強いているとは到底考えられないというべきであるから、改正前鉄道事業法16条1項及び鉄道事業法16条1項は、これらの者の具体的利益を、専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含んでいると解すべきであ」り、「改正前鉄道事業法16条1項又は鉄道事業法16条1項に基づく旅客運賃認可処分に関し、少なくとも居住地から職場や学校等への日々の通勤や通学等の手段として反復継続して日常的に鉄道を利用している者が有する利益は、『法律上保護された利益』に該当するというべきである」。

 ③Xらが「北総線区間内(京成高砂駅と印旛日本医大駅の間)でのみ日々列車に乗車しており、北総線と成田空港線が重なり合っていない区間(印旛日本医大駅と成田空港駅の間)では列車に乗車していないことが認められる」ことからすれば、Xらは「北総鉄道に対して、北総運賃変更認可処分により認可された旅客運賃を支払うことにより、北総線区間内において、北総鉄道の運行する列車又は京成電鉄の運行するアクセス特急のいずれかに乗車しているものであるから、北総運賃変更認可処分の取消し又は無効確認を求めるにつき『法律上の利益』を有するということはできるものの、京成電鉄に旅客運賃を支払っているわけではないから、成田空港線について認可された京成運賃上限認可処分の取消しを求めるにつき『法律上の利益』を有するものではないというべきである」。

 ④「鉄道事業法16条1項に規定する旅客運賃認可処分は、旅客運賃を支払って日々の通勤や通学等の手段として反復継続して日常的に鉄道を利用している者の具体的利益を、専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含んでいると解されることからすれば、同法16条5項1号に基づく旅客運賃の変更命令又は同法23条1項1号に基づく旅客運賃上限の変更命令についても、上記のような鉄道利用者の具体的利益を、専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含んでいるものと解するのが相当である」。

 ⑤「鉄道線路使用条件は、旅客運賃や鉄道施設の変更等のように鉄道利用者に直接影響を及ぼすものではなく、飽くまでも鉄道事業者相互間の関係を規律するものであることから、鉄道事業の適正な運営を阻害しない限り、鉄道線路使用条件の内容を原則として鉄道事業者相互間の調整に委ねたものであ」り、「鉄道線路使用条件設定認可処分が違法にされた場合、そのことによって直ちに旅客運賃上限に影響が生じ、鉄道利用者に損害が及ぶことになるものではない」から「同法に規定するあらゆる処分について、鉄道利用者が当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有すると解することができるわけではな」く、「鉄道事業法15条1項が、鉄道利用者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解することはできないといわざるを得ない」のであり、「鉄道事業法15条1項に基づく鉄道線路使用条件設定認可処分によって、鉄道利用者が『法律上保護された利益』を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあるとは認められないから、鉄道利用者は、上記処分の取消訴訟における原告適格を有しないものというべきである」。

 注意:Xらは控訴したが、東京高判平成26年2月10日訟務月報60巻6号1367頁はXらの控訴を棄却した。そして、最三小決平成27年4月21日判例集未登載は、Xらの上告が民事訴訟法第312条第1項・第2項に規定する事由に該当せず、上告受理申立てについても同法第318条第1項により「受理すべきものとは認められない」として、上告を棄却した。

 (4)学術研究者の利益

 ●最三小判平成元年6月20日判時1334号201頁(伊場遺跡訴訟。Ⅱ−169)

 事案:浜松市にあった伊場遺跡は、浜松駅に近く、駅前再開発および鉄道高架工事のための代替地の候補となっていた。そのため、静岡県教育委員会は、同県文化財保護条例に基づき、伊場遺跡の史跡指定解除処分を行った。これに対し、学術研究者Xらが指定解除処分の取消しを求めて出訴した。一審判決(静岡地判昭和54年3月13日行集30巻3号592頁)はXらの請求を却下し、控訴審判決(東京高判昭和58年5月30日行集34巻5号946頁)もXらの控訴を棄却した。最高裁判所第三小法廷もXらの上告を棄却した。

 判旨:史跡指定解除処分の根拠である静岡県文化財保護条例(本件条例)第30条第1項、および同条例の第1条、第29条第1項などの規定ならびに文化財保護法に「県民あるいは国民が史跡等の文化財の保存・活用から受ける利益をそれら個々人の個別的利益として保護すべきものとする趣旨を明記しているものはなく、また、右各規定の合理的解釈によっても、そのような趣旨を導くことはできない。そうすると、本件条例及び法は、文化財の保存・活用から個々の県民あるいは国民が受ける利益については、本来本件条例及び法がその目的としている公益の中に吸収解消させ、その保護は、もっぱら右公益の実現を通じて図ることとしているものと解される。そして、本件条例及び法において、文化財の学術研究者の学問研究上の利益の保護について特段の配慮をしていると解しうる規定を見出すことはできないから、そこに、学術研究者の右利益について、一般の県民あるいは国民が文化財の保存・活用から受ける利益を超えてその保護を図ろうとする趣旨を認めることはできない。文化財の価値は学術研究者の調査研究によって明らかにされるものであり、その保存・活用のためには学術研究者の協力を得ることが不可欠であるという実情があるとしても、そのことによって右の解釈が左右されるものではない」。

 

 ▲第7版における履歴:「暫定版 取消訴訟の原告適格(2)」として2020年11月11日00時00分00秒付で掲載し、修正の上、2021年2月19日に再掲載。

 ▲第6版における履歴:2017年10月25日掲載(「第24回 取消訴訟の訴訟要件その2―原告適格および狭義の訴えの利益を中心に―」として)。

              2017年12月20日修正。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第32回 取消訴訟の対象 処分性の問題

2021年02月18日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

 1.取消訴訟の対象は「処分」である

 行政事件訴訟法第3条第2項は、取消訴訟などの抗告訴訟の対象が「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」であることを規定する。ここにいう「処分」としての性格を処分性という。

 処分性を有する行為の効力を争うためには、原則として取消訴訟によらなければならない。このような行為の効力を民事訴訟や当事者訴訟で争うことはできないのである。

 逆に、処分性のない行為の効力を争うために取消訴訟を利用することは許されないので、取消訴訟を提起しても裁判所によって却下判決が下されることとなる。

 しかし、行政手続法、行政不服審査法と同様に、行政事件訴訟法第3条第2項は「処分」を正面から定義している訳ではない。「処分」の典型例は行政行為であるから、行政行為が「処分」に該当することに争いはないが、「公権力の行使に当たる行為」は行政行為に限られないので、「処分」のほうが行政行為より広い概念である。そこで、いかなる行為が「処分」であるかが問題となるのである。

 行政行為の他に、判例や学説において「処分」としての性格が認められるものとされるのは、行政行為に準ずる権力的な行為であり、身柄の拘束などの権力的な事実行為、私人の権利を直接かつ具体的に決定づける法令や条例が例とされる。問題は、他にどのような行為が「処分」として取消訴訟の対象となるのかということである。

 

 2.処分性の構成要素

 取消訴訟の対象となる「処分」はいかなるものであるか。まずは最一小判昭和39年10月29日民集18巻8号1809頁(Ⅱ-148)を取り上げておこう。

 事案は次の通りである。東京都は、既に所有していた土地にごみ焼却場を設置するという計画案を都議会に提出した。都議会は昭和32年5月30日にこの計画案を可決した。これを受けて、東京都は、同年6月8日に議会の可決を公報に掲載した上で、建設会社と建築契約を締結した。これに対し、近隣住民は、このごみ焼却場の設置場所が環境衛生上最も不都合な土地であって清掃法第6条に違反する、煤煙や悪臭などによって保健衛生上の損害を受けるおそれがある、などとして、東京都による一連のごみ焼却場設置のための行為の無効確認を求める訴訟を提起した。一審判決(東京地判昭和36年2月23日行集12巻2号305頁)は訴えを却下し、二審判決(東京高判昭和36年12月14日行集12巻12号2579頁)も控訴を棄却した。

 最高裁判所第一小法廷は、「行政事件訴訟特例法1条にいう行政庁の処分とは、所論のごとく行政庁の法令に基づく行為のすべてを意味するものではなく、公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいう」(最一小判昭和30年2月24日民集9巻2号217頁を参照)と述べた。

 この判決によると、処分性が認められる行為は、公権力性を有すること、外部性を有すること、個別性および具体性を有すること、ならびに法的効果を有することである。公権力性については「公権力の主体たる国または公共団体が行う行為」として表現されており、外部性、個別性、具体性および法的効果については「直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定する」として表現されている。

 そのため、まずは公権力性のない契約には処分性が認められない。これに対し、行政行為は公権力性を有する行為の典型である。

 次に、行政主体の内部に留まる行為には処分性が認められない。例として、行政規則(通達など)は行政内部において効力を有するに留まるので、処分性はないものとされる。また、行政行為の前提として行われる行政内部の手続的行為も処分性が認められない。例として、許可権限を有する都道府県知事に対する市町村の消防長の同意があげられる。

 続いて、外部性を有するとしても、個別的・具体的な私人(国民)に対する行為でなければ処分性は認められない。政令や省令などの法規命令、条例、地方公共団体の長による規則の制定は、多くの場合、不特定多数の私人(国民)に対する行為であり、特定の私人(国民)を対象とするものではないので、処分性が認められない。また、法的拘束力を有する行政計画であっても、特定の私人(国民)に対して直接何らかの効果を及ぼすものではないものについては個別性や具体性は認められないことから、処分性が認められない。

 そして、法的効果のない行為には処分性が認められない。このような行為が私人(国民)の権利義務の発生、変更または消滅をもたらすものではないからである。従って、事実行為は処分性を有しない。行政指導も、やはり私人(国民)の権利義務の発生、変更または消滅をもたらすものではないので処分性が認められない。但し、事実行為であっても権力的なものであれば権利義務の発生、変更または消滅に影響があるので処分性を認める。また、行政指導を含め、非権力的な事実行為であっても、法律の構造などによっては処分性を認める場合があるので注意を要する。

 以下、判例を概観しつつ、処分性の有無について考える題材を提供したい。

 

 3.処分性の有無に関する判例

 (1)行政契約に関する判例

 既に述べたように、一般的には行政契約に処分性が認められない。但し、本質は契約であっても、とくに法律が行政上の不服申立ての規定を含む場合には処分性が認められることになる。

 ●最三小判昭和35年7月12日民集14巻9号1744頁(Ⅱ―146)

 事案:Aは渋谷区内に本件土地を所有していたが、昭和23年2月27日に物納の許可を得て(戦時補償特別措置法、財産税法、相続税法のいずれによるかは不明であるが)物納を行った。これにより、本件土地は国有財産となり、Y1(大蔵大臣)が管理していたが、Y1はY2に払い下げており、昭和26年6月21日付で所有権移転登記も行われている。なお、Y2に払い下げられた経緯は、Bが本件土地に関する借地権譲渡代金の領収書を錯誤によってY2宛てに作成して交付し、Y2は昭和25年1月に、Y2が本件土地の借地権の譲渡を受けたかのように装ってY1に領収書を提示したことによる。一方、Aは本件土地をBに賃貸していたが、昭和23年6月にBが借地権をCに譲渡しており、昭和25年3月にはCがDに、昭和26年2月にはDがXに、借地権を譲渡している。

 Xは、Y1に対してはY1からY2に行われた本件土地の払い下げを取り消すことを、Y2に対しては所有権移転登記の抹消登記手続を行うことを請求する訴訟を提起した。東京地判昭和32年2月28日行集8巻2号331頁はY1に対する請求を却下し、Y2に対する請求を棄却した。Xは控訴したが、東京高判昭和33年6月14日民集14巻9号1752頁(原判決)は控訴を棄却した。最高裁判所第三小法廷もXの上告を棄却した。

 判旨:「国有普通財産の払下を私法上の売買と解すべきことは原判決の説明するとおりであつて、右払下が売渡申請書の提出、これに対する払下許可の形式をとつているからといつて、右払下行為の法律上の性質に影響を及ぼすものではない。」

 ●最大判昭和45年7月15日民集24巻7号771頁(Ⅱ−147)

 事案:XはAに地代を提供したが、受領を拒絶された。そのため、弁済供託を続けてきた。XとAとの間で裁判上の和解が成立し、Xは法務局供託官のYに供託金の取戻しを請求したが、時効消滅を理由として却下された。そこでXは、Yを被告として却下処分の取消訴訟を提起した。東京地判昭和39年5月28日民集24巻7号800頁はXの請求を認容した。Yは控訴したが東京高判昭和40年9月15日高民集18巻6号432頁は控訴を棄却した。最高裁判所大法廷はYの上告を棄却した。

 判旨:「供託事務を取り扱うのは国家機関である供託官であり(供託法1条、同条ノ2)、供託官が弁済者から供託物取戻の請求を受けた場合において、その請求を理由がないと認めるときは、これを却下しなければならず(供託規則38条)、右却下処分を不当とする者は監督法務局または地方法務局の長に審査請求をすることができ、右の長は、審査請求を理由ありとするときは供託官に相当の処分を命ずることを要する(供託法1条ノ3ないし6)と定められており、実定法は、供託官の右行為につき、とくに、「却下」および「処分」という字句を用い、さらに、供託官の却下処分に対しては特別の不服審査手続をもうけている」。従って、「供託官が供託物取戻請求を理由がないと認めて却下した行為は行政処分であり、弁済者は右却下行為が権限のある機関によつて取り消されるまでは供託物を取り戻すことができないものといわなければなら」ない。

 なお、この判決の多数意見が却下処分の取消訴訟の提起を認めたのに対し、入江裁判官など4裁判官の反対意見は民事訴訟説を採り、松田裁判官など2裁判官の反対意見は形式面の不服について抗告訴訟、実質面の不服について民事訴訟という説を採っている。

 (2)内部行為に関する判例

 典型例は通達であるが、その他、注意を要する判決がある。

 ●最三小判昭和43年12月24日民集22巻13号3147頁(Ⅰ-55)

 事案:墓地、埋葬等に関する法律第13条に定められた「正当な理由」(埋葬の拒否に関する)について厚生省環境衛生課長が通達を発していたが、宗教団体間の対立から埋葬拒否事件が多発するに至り、同省公衆衛生局環境衛生部長が新たに通達を発した。これに対し、原告寺院が異宗徒の埋葬の受忍が刑罰によって強制されるなどとして、新たな通達の取消しを求めて出訴した。一審判決(東京地判昭和37年12月21日行集13巻12号2371頁)は原告寺院の請求を却下し、二審判決(東京高判昭和39年7月31日行集15巻7号1452頁)も原告寺院の控訴を棄却した。最高裁判所第三小法廷は、次のように述べてXの上告を棄却した。

 判旨:「元来、通達は、原則として、法規の性質をもつものではなく、上級行政機関が関係下級行政機関および職員に対してその職務権限の行使を指揮し、職務に関して命令するために発するものであり、このような通達は右機関および職員に対する行政組織内部における命令にすぎないから、これらのものがその通達に拘束されることはあつても、一般の国民は直接これに拘束されるものではな」いから、「行政機関が通達の趣旨に反する処分をした場合においても、そのことを理由として、その処分の効力が左右されるものではない。また、裁判所がこれらの通達に拘束されることのないことはもちろんで、裁判所は、法令の解釈適用にあたつては、通達に示された法令の解釈とは異なる独自の解釈をすることができ、通達に定める取扱いが法の趣旨に反するときは独自にその違法を判定することもできる」。また、「現行法上行政訴訟において取消の訴の対象となりうるものは、国民の権利義務、法律上の地位に直接具体的に法律上の影響を及ぼすような行政処分等でなければならないのであるから、本件通達中所論の趣旨部分の取消を求める本件訴は許されない」。

 ●最一小判昭和34年1月29日民集13巻1号32頁(Ⅰ−20)

 事案:Xは煙火工場を設け、始発筒の製造販売を営んでいたが、火薬の爆発で工場のうちの3棟を失い、臨時建築制限規則に基づいて県知事に建築許可を申請した。この許可には消防法第7条により消防長の職務を行うY村長の同意が必要であった。Y村長は、一度は同意してXに同意書を福岡県柳河土木事務所(当時)に提出させたが、翌日、住民の反対などもあったため、Y村長は同土木事務所長に対して同意の取消を通告した。Xは、Yによる同意の取消を取り消すことを求めて出訴したが、福岡地判昭和26年2月28日行集2巻2号305頁はXの請求を却下し、福岡高判昭和29年2月26日行集5巻2号403頁も控訴を棄却した。最高裁判所第一小法廷も上告を棄却した。

 判旨:行政事件訴訟特例法(当時)が「行政処分の取消変更を求める訴を規定しているのは、公権力の主体たる国又は公共団体がその行為によつて、国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められている場合に、行政庁によつてなされる具体的行為によつて、権利を侵害された者のために、その違法を主張せしめ、その効力を失わしめるためである」(最一小判昭和30年2月24日民集9巻2号217頁を参照)から、「かかる抗告訴訟の対象となるべき行政庁の行為は、対国民との直接の関係において、その権利義務に関係あるものたることを必要とし、行政機関相互間における行為は、その行為が、国民に対する直接の関係において、その権利義務を形成し、又はその範囲を確定する効果を伴うものでない限りは、抗告訴訟の対象とならない」(最二小判昭和27年1月25日民集6巻1号33頁、最一小判昭和27年3月6日民集6巻3号313頁を参照)。本件におけるYの「同意は、知事に対する行政機関相互間の行為であつて、これにより対国民との直接の関係においてその権利義務を形成し又はその範囲を確定する行為とは認められないから、前記法律の適用については、これを訴訟の対象となる行政処分ということはできない」。

 この判決は、行政組織法における組織間関係(内部関係)についての代表的な判決でもある。行政行為の定義からすれば、行政の内部関係の行為は、法律において行政行為と同種の用語が使用されていたとしても行政行為に該当しないことになる。しかし、行政行為であるか否かと、行政事件訴訟法にいう処分であるか否かとは、一応は別次元の問題であるとも言えるのであり、問題を残す。

 ●最二小判昭和53年12月8日民集32巻9号1617頁(成田新幹線訴訟。Ⅰ-2)

 事案:当時の運輸大臣は成田新幹線の基本計画などを全国新幹線鉄道整備法に基づき決定し、公示した上で、昭和46年、日本鉄道建設公団に建設を指示した。同公団は昭和47年に運輸大臣に工事実施計画の認可を申請し、同年に認可を受けた。この計画の予定地域内とされる東京都江戸川区などは、新幹線計画の確定により土地を買収または収用される蓋然性が高く、所有権を侵害されるおそれがあること、騒音や振動などにより良好な環境を享受する利益が侵害されるなどとして出訴した。東京地判昭和47年12月23日行集23巻12号934頁は訴えを却下し、東京高判昭和48年10月24日行集24巻10号1117頁は控訴も棄却した。最高裁判所第二小法廷も上告を棄却した。

 判旨:「本件の認可は、いわば上級行政機関としての運輸大臣が下級行政機関としての日本鉄道建設公団に対しその作成した本件工事実施計画との整合性等を審査してなす監督手段としての承認の性質を有するもので、行政機関相互の行為と同視すべきであり、行政行為として外部に対する効力を有するものではなく、また、これによって直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定する効果を伴うわけではないから、抗告訴訟の対象となる行政処分にあたらない」。

 この判決に登場する日本鉄道建設公団は特殊法人であり、独立した法人格を有しているが、行政と特殊法人などとの関係を行政組織内部の関係と捉えている。同様の趣旨を述べた判決として、最一小判昭和49年5月30日民集28巻4号594頁(Ⅰ-1。大阪市と大阪府国民健康保険審査会)、広島地判昭和51年5月27日行裁例集27巻5号802頁/広島高判昭和53年4月12日行裁例集29巻4号532頁(建設大臣が日本道路公団に対して行った山陽自動車道の工事実施計画書の認可)、福岡地判昭和53年7月7日行裁例集29巻7号1264頁(国営土地改良事業施行に際しての市町村の事業計画等の申請に対して都道府県が行う同意)がある。

 (3)法規命令、条例、地方公共団体の長による規則

 これらは通常、処分性が否定される。但し、処分性が認められることもある。次の3つの判決を読み比べていただきたい。

 ●最二小判平成18年7月14日民集60巻6号2369頁(Ⅱ−155)

 事案:山梨県高根町(係争中に合併し、北杜市が承継)は、昭和63年に高根町簡易水道事業給水条例を制定したが、平成10年に同条例を改正し、水道料金を改定(増額)した。その内容は、同町の住民基本台帳に記録されていない別荘に係る給水契約者については基本料金(水道メーターの口径が13mmの場合)を3000円から5000円に引き上げるのに対し、その他の給水契約者については1300円から1400円に引き上げるに留まるというように、基本料金に大きな格差を生じさせるものであり、また、別荘について水道の一時的な休止を認めず、仮に休止した後に再開する場合には再度加入金を課すというものであった。同町に別荘を所有するXらは、改正条例による水道料金の定めが別荘所有者に対して不合理な差別措置を採っており、憲法第14条第1項などに違反するとして、高根町簡易水道事業給水条例の別表第一並びに高根町簡易水道事業給水条例及び施行規則に関する内規の無効確認請求を求め、さらに損害賠償等を求めて出訴した。甲府地判平成13年11月27日民集60巻6号2416頁はXらの無効確認請求を却下、その他の請求を棄却した。これに対し、東京高判平成14年10月22日民集60巻6号2438頁は、高根町簡易水道事業給水条例の別表第一が無効であるとした上で、Xらのその他の請求の一部を認容した。同町が上告し、最高裁判所第二小法廷は、前記東京高裁判決のうち、高根町簡易水道事業給水条例の別表第一が無効であるとした部分を破棄したが、その他の部分については上告を棄却し、上記に示した基本料金の改定が地方自治法第244条第3項にいう不当な差別的取扱いに当たるとした。

 判旨:「抗告訴訟の対象となる行政処分とは、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為をいうものである。本件改正条例は、旧高根町が営む簡易水道事業の水道料金を一般的に改定するものであって、そもそも限られた特定の者に対してのみ適用されるものではなく、本件改正条例の制定行為をもって行政庁が法の執行として行う処分と実質的に同視することはできないから、本件改正条例の制定行為は、抗告訴訟の対象となる行政処分には当たらないというべきである」。

 ●最一小判平成21年11月26日民集63巻9号2124頁(Ⅱ−204)

 事案:横浜市は、保育所の民営化を図るため、横浜市保育所条例の一部を改正する条例(平成15年横浜市条例第62号)を制定した。この条例は、市立保育所のうちの4つを平成16年3月31日に廃止するという内容である。これに対し、廃止された保育所に入所していた児童およびその保護者である原告らが、廃止の取消しおよび国家賠償を請求して訴訟を提起した。横浜地方裁判所は原告らの請求を一部認容したが、東京高等裁判所は原告らの請求を全て却下または棄却した。最高裁判所第一小法廷は原告らの上告を棄却したが、次のように述べて条例の制定行為に処分性を認めた。

 判旨:「条例の制定は、普通地方公共団体の議会が行う立法作用に属するから、一般的には、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるものでない」が、「本件改正条例は、本件各保育所の廃止のみを内容とするものであって、他に行政庁の処分を待つことなく、その施行により各保育所廃止の効果を発生させ、当該保育所に現に入所中の児童及びその保護者という限られた特定の者らに対して、直接、当該保育所において保育を受けることを期待し得る上記の法的地位を奪う結果を生じさせるものであるから、その制定行為は、行政庁の処分と実質的に同視し得る」。また「市町村の設置する保育所で保育を受けている児童又はその保護者が、当該保育所を廃止する条例の効力を争って、当該市町村を相手に当事者訴訟ないし民事訴訟を提起し、勝訴判決や保全命令を得たとしても、これらは訴訟の当事者である当該児童又はその保護者と当該市町村との間でのみ効力を生ずるにすぎないから、これらを受けた市町村としては当該保育所を存続させるかどうかについての実際の対応に困難を来すことにもなり、処分の取消判決や執行停止の決定に第三者効(行政事件訴訟法32条)が認められている取消訴訟において当該条例の制定行為の適法性を争い得るとすることには合理性がある」。

 ●最一小判平成14年1月17日民集56巻1号1頁(Ⅱ-154)

 事案:奈良県知事Yは、昭和37年、告示によって幅員4m未満(1.8m以上)の道路を建築基準法第42条第2項のみなし道路として一括指定した。Xは、御所町(現在は御所市)にある自己所有地に建物を新築する際に、通路部分がみなし道路に該当するか否かを県の土木事務所に照会した。建築主事は、本件通路部分がみなし道路であると回答したため、Xが不満を抱き、Yを被告として本件通路部分について指定処分が存在しないことの確認を求める訴訟を提起した。奈良地判平成9年10月29日訟月44巻9号1624頁は本件指定の処分性を肯定してXの請求を認容したが、大阪高判平成10年6月17日訟月45巻6号1072頁が訴えを却下したため、Xが上告した。最高裁判所第一小法廷は、事件を大阪高等裁判所に差し戻した。

 判旨:本件の告示は「幅員4m未満1.8m以上の道を一括して2項道路として指定するものであるが、これによって、法第3章の規定が適用されるに至った時点において現に建築物が立ち並んでいる幅員4m未満の道のうち、本件告示の定める幅員1.8m以上の条件に合致するものすべてについて2項道路としての指定がされたこととなり、当該道につき指定の効果が生じるものと解される」から「このような指定の効果が及ぶ個々の道は2項道路とされ、その敷地所有者は当該道路につき道路内の建築等が制限され(法44条)、私道の変更又は廃止が制限される(法45条)等の具体的な私権の制限を受けることになる」。そのため、「特定行政庁による2項道路の指定は、それが一括指定の方法でされた場合であっても、個別の土地についてその本来的な効果として具体的な私権制限を発生させるものであり、個人の権利義務に対して直接影響を与えるものということができる」から「本件告示のような一括指定の方法による2項道路の指定も、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たる」。

 (4)行政計画

 「第8回 行政計画」において述べたように、法的拘束力を有する行政計画に処分性が認められるか否かは、計画の策定・公表により、特定の私人(国民)の権利を直接的に制約する効果を有するか否かによって判断されることとなる。次の二つの判決を読み比べていただきたい。

 ●最一小判昭和57年4月22日民集36巻4号705頁(Ⅱ-153)

 事案:岩手県知事(被告)は、昭和48年5月1日、同県告示第591号により、盛岡広域都市計画用途地域のうち、当時の紫波郡都南村(現在は盛岡市の一部)の某地域を工業地域に指定した。これに対し、当該地域内で精神病院を経営するXらは、この指定によって病院等の建築物を建築することができなくなる(現行の都市計画法第9条第11項および建築基準法第48条第11項を参照)などとして、工業地域の指定の無効確認などを求める訴訟を提起した。盛岡地判昭和52年3月10日行集28巻3号194頁はXらの請求を却下し、仙台高判昭和53年2月28日行集29巻2号191頁もXらの控訴を棄却した。最高裁判所第一小法廷もXらの上告を棄却した。

 判旨:「都市計画区域内において工業地域を指定する決定は、都市計画法8条1項1号に基づき都市計画決定の一つとしてされるものであり、右決定が告示されて効力を生ずると、当該地域内においては、建築物の用途、容積率、建ぺい率等につき従前と異なる基準が適用され(建築基準法48条7項、52条1項3号、53条1項2号等)、これらの基準に適合しない建築物については、建築確認を受けることができず、ひいてその建築等をすることができないこととなるから(同法6条4項、5項)、右決定が、当該地域内の土地所有者等に建築基準法上新たな制約を課し、その限度で一定の法状態の変動を生ぜしめるものであることは否定できないが、かかる効果は、あたかも新たに右のような制約を課する法令が制定された場合におけると同様の当該地域内の不特定多数の者に対する一般的抽象的なそれにすぎず、このような効果を生ずるということだけから直ちに右地域内の個人に対する具体的な権利侵害を伴う処分があつたものとして、これに対する抗告訴訟を肯定することはできない。

 ●最大判平成20年9月10日民集62巻8号2029頁(Ⅱ−152)

 事案:Y1(浜松市。被告・被控訴人・被上告人)は、市内を通る遠州鉄道西鹿島線(通称。新浜松駅〜西鹿島駅)の連続立体交差事業の一環として、同線の上島駅の高架化および同駅周辺の公共施設の整備改善等を図るため、西遠広域都市計画事業上島駅周辺土地区画整理事業(本件土地区画整理事業)を計画した。平成15年11月7日、Y1は土地区画整理法第52条第1項の規定に基づき、Y2(静岡県知事、被告・被控訴人)に対して本件土地区画整理事業の事業計画において定める設計の概要に関して認可を申請した。同月17日、Y2はY1に対して認可を行った。これを受けて、Y1は同月25日に本件土地区画整理事業の決定を行い、公告を行った。これに対し、本件土地区画整理事業の施行地区内に土地を所有するXらは、本件土地区画整理事業が法律に定められる事業目的を欠いているなどと主張し、取消を求めて出訴した。

 静岡地判平成17年4月14日民集62巻8号2061頁はXらの請求を却下し、東京高判平成17年9月28日民集62巻8号2087頁も控訴を棄却したが、最高裁判所大法廷は東京高等裁判所判決を破棄し、事件を静岡地方裁判所に差し戻した(以下、「法」は土地区画整理法のこと)。

 判旨:①市町村が土地区画整理事業を公告すると、「換地処分の公告がある日まで、施行地区内において、土地区画整理事業の施行の障害となるおそれがある土地の形質の変更若しくは建築物その他の工作物の新築、改築若しくは増築を行い、又は政令で定める移動の容易でない物件の設置若しくはたい積を行おうとする者は、都道府県知事の許可を受けなければならず(法76条1項)、これに違反した者がある場合には、都道府県知事は、当該違反者又はその承継者に対し、当該土地の原状回復等を命ずることができ(同条4項)、この命令に違反した者に対しては刑罰が科される(法140条)。このほか、施行地区内の宅地についての所有権以外の権利で登記のないものを有し又は有することとなった者は、書面をもってその権利の種類及び内容を施行者に申告しなければならず(法85条1項)、施行者は、その申告がない限り、これを存しないものとみなして、仮換地の指定や換地処分等をすることができることとされている(同条5項)」。そして、「事業計画が決定されると、当該土地区画整理事業の施行によって施行地区内の宅地所有者等の権利にいかなる影響が及ぶかについて、一定の限度で具体的に予測することが可能にな」り、事業計画が決定されると「特段の事情のない限り、その事業計画に定められたところに従って具体的な事業がそのまま進められ、その後の手続として、施行地区内の宅地について換地処分が当然に行われることになる。前記の建築行為等の制限は、このような事業計画の決定に基づく具体的な事業の施行の障害となるおそれのある事態が生ずることを防ぐために法的強制力を伴って設けられているのであり、しかも、施行地区内の宅地所有者等は、換地処分の公告がある日まで、その制限を継続的に課され続ける」。従って、「施行地区内の宅地所有者等は、事業計画の決定がされることによって、前記のような規制を伴う土地区画整理事業の手続に従って換地処分を受けるべき地位に立たされるものということができ、その意味で、その法的地位に直接的な影響が生ずるものというべきであり、事業計画の決定に伴う法的効果が一般的、抽象的なものにすぎないということはできない」。

 ②「換地処分を受けた宅地所有者等やその前に仮換地の指定を受けた宅地所有者等は、当該換地処分等を対象として取消訴訟を提起することができるが、換地処分等がされた段階では、実際上、既に工事等も進ちょくし、換地計画も具体的に定められるなどしており、その時点で事業計画の違法を理由として当該換地処分等を取り消した場合には、事業全体に著しい混乱をもたらすことになりかね」ず、「換地処分等の取消訴訟において、宅地所有者等が事業計画の違法を主張し、その主張が認められたとしても、当該換地処分等を取り消すことは公共の福祉に適合しないとして事情判決(行政事件訴訟法31条1項)がされる可能性が相当程度あるのであり、換地処分等がされた段階でこれを対象として取消訴訟を提起することができるとしても、宅地所有者等の被る権利侵害に対する救済が十分に果たされるとはいい難い。そうすると、事業計画の適否が争われる場合、実効的な権利救済を図るためには、事業計画の決定がされた段階で、これを対象とした取消訴訟の提起を認めることに合理性があるというべきであ」り、「市町村の施行に係る土地区画整理事業の事業計画の決定は、施行地区内の宅地所有者等の法的地位に変動をもたらすものであって、抗告訴訟の対象とするに足りる法的効果を有するものということができ、実効的な権利救済を図るという観点から見ても、これを対象とした抗告訴訟の提起を認めるのが合理的である。したがって、上記事業計画の決定は、行政事件訴訟法3条2項にいう『行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為』に当たる」。

 (5)行政指導

 行政指導は非権力的な事実行為とされるので、一般的には処分性が認められない。しかし、次の判決は、法律の構造などにより、行政指導に処分性を認めている。

 ●最二小判平成17年7月15日民集59巻6号1661頁(Ⅱ−160)

 事案:医師であるXは、富山県高岡市内において病院の開設を計画し、Y(富山県知事)に対し、病床数を400床として病院開設に係る医療法第7条第1項の許可の申請をした。これに対し、Yは、医療法第30条の7の規定に基づいて「高岡医療圏における病院の病床数が、富山県地域医療計画に定める当該医療圏の必要病床数に達しているため」という理由で、Xに対し、病院の開設を中止するよう勧告した。Xはこの勧告を拒否し、速やかに許可をするように求めたので、Yは病院開設の許可を出したが、同日に、富山県厚生部長名により、中止勧告にもかかわらず病院を開設した場合には昭和62年9月21日付厚生省保健局長通知において保健医療機関の指定の拒否をすることとされている旨の通知も行った。Xは、病院開設中止の勧告が医療法第30条の7に反するから違法であるなどとして、勧告の取消および保健医療機関指定拒否の旨の通知の取消を求めて出訴した。富山地判平成13年10月31日訟月50巻7号2028頁はXの請求を却下し、名古屋高金沢支判平成14年5月20日訟月50巻7号2014頁も控訴を棄却した。最高裁判所第二小法廷は、以下のように述べて病院開設中止勧告が行政事件訴訟法第3条第2項の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たると判断し、本件を富山地方裁判所に差し戻した。

 判旨:①「医療法は、病院を開設しようとするときは、開設地の都道府県知事の許可を受けなければならない旨を定めているところ(7条1項)、都道府県知事は、一定の要件に適合する限り、病院開設の許可を与えなければならないが(同条3項)、医療計画の達成の推進のために特に必要がある場合には、都道府県医療審議会の意見を聴いて、病院開設申請者等に対し、病院の開設、病床数の増加等に関し勧告することができる(30条の7)。そして、医療法上は、上記の勧告に従わない場合にも、そのことを理由に病院開設の不許可等の不利益処分がされることはない。」

 ②「他方、健康保険法(平成10年法律第109号による改正前のもの)43条ノ3第2項は、都道府県知事は、保険医療機関等の指定の申請があった場合に、一定の事由があるときは、その指定を拒むことができると規定しているが、この拒否事由の定めの中には、『保険医療機関等トシテ著シク不適当ト認ムルモノナルトキ』との定めがあり、昭和62年保険局長通知において、『医療法第30条の7の規定に基づき、都道府県知事が医療計画達成の推進のため特に必要があるものとして勧告を行ったにもかかわらず、病院開設が行われ、当該病院から保険医療機関の指定申請があった場合にあっては、健康保険法43条ノ3第2項に規定する「著シク不適当ト認ムルモノナルトキ」に該当するものとして、地方社会保険医療協議会に対し、指定拒否の諮問を行うこと』とされていた(なお、平成10年法律第109号による改正後の健康保険法(平成11年法律第87号による改正前のもの)43条ノ3第4項2号は、医療法30条の7の規定による都道府県知事の勧告を受けてこれに従わない場合には、その申請に係る病床の全部又は一部を除いて保険医療機関の指定を行うことができる旨を規定するに至った。)。」

 ③「上記の医療法及び健康保険法の規定の内容やその運用の実情に照らすと、医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告は、医療法上は当該勧告を受けた者が任意にこれに従うことを期待してされる行政指導として定められているけれども、当該勧告を受けた者に対し、これに従わない場合には、相当程度の確実さをもって、病院を開設しても保険医療機関の指定を受けることができなくなるという結果をもたらすものということができる。そして、いわゆる国民皆保険制度が採用されている我が国においては、健康保険、国民健康保険等を利用しないで病院で受診する者はほとんどなく、保険医療機関の指定を受けずに診療行為を行う病院がほとんど存在しないことは公知の事実であるから、保険医療機関の指定を受けることができない場合には、実際上病院の開設自体を断念せざるを得ないことになる。このような医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告の保険医療機関の指定に及ぼす効果及び病院経営における保険医療機関の指定の持つ意義を併せ考えると、この勧告は、行政事件訴訟法3条2項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たると解するのが相当である。後に保険医療機関の指定拒否処分の効力を抗告訴訟によって争うことができるとしても、そのことは上記の結論を左右するものではない」。

 (6)通知

 通知の多くは単に事実などを知らせるだけであり、私人(国民)の権利や義務に直接的な影響を与えないため、処分性を持たない。このような通知を「観念の通知」ともいう。

 しかし、通知の中には何らかの形で私人(国民)の権利や義務に直接的な影響を与えるものもあり、このようなものについては処分性を認めるべき場合がある。

 ●最一小判平成11年1月21日判時1675号48頁

 事案:甲は乙を母とし、丙を父とする。乙と丙は婚姻の届出をしていない。甲の出生届の通知を受けた市長は、職権により、乙の世帯票に甲を記載し、住民票の記載を行った。その際、甲の世帯主である乙との続柄が「子」と記載された。当時、住民基本台帳事務処理要領(国が制定)によると、嫡出子については長男、長女などと記載し、非嫡出子については一律に子とのみ記載されることとなっていた。乙と丙は市長に対して住民票の記載処分の取消しなどを求め、甲、乙、丙は市に対して損害賠償を請求した。東京地判平成3年5月23日行集42巻5号688頁は記載処分の取消しについて訴えを却下し、損害賠償請求を棄却した。東京高判平成7年3月22日判時1529号29頁も甲、乙および丙の控訴を棄却し、最高裁判所第一小法廷も上告を棄却した。

 判旨:「市町村長が住民基本台帳法7条に基づき住民票に同条各号に掲げる事項を記載する行為は、元来、公の権威をもって住民の居住関係に関するこれらの事項を証明し、それに公の証拠力を与えるいわゆる公証行為であり、それ自体によって新たに国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定する法的効果を有するものではない」。「住民票に特定の住民と世帯主との続柄がどのように記載されるかは、その者が選挙人名簿に登録されるか否かには何らの影響も及ぼさないことが明らかであり、住民票に右続柄を記載する行為が何らかの法的効果を有すると解すべき根拠はない。したがって、住民票に世帯主との続柄を記載する行為は、抗告訴訟の対象となる行政処分にはあたらない」。

 この判決は、準法律行為的行政行為の公証行為について処分性を否定したものである。この他、最二小判昭和39年1月24日民集18巻1号113頁(家賃台帳の作成と登載行為)を参照。

 ●最一小判昭和45年12月24日民集24巻13号2243頁(Ⅰ―61)

 事案:X社(原告・被控訴人・被上告人)は、昭和35年度分の所得について所轄税務署による税務調査を受けた。その結果、所轄税務署は、昭和39年2月10日、X社の元代表取締役Y1(被告・控訴人・上告人)および元取締役Y2(同)に対する簿外定期預金の払い出しおよび土地の定額譲渡を賞与と認定し(認定賞与という)、この認定賞与の所得税について源泉徴収および政府への納付を行わなかったとして、X社に対し、源泉所得税および不納付加算税の支払を請求した(後日、利子税も請求した)。X社は同年中にこれら全てを政府に納入した。そこで、X社は、旧所得税法第43条第2項に基づき、Y1およびY2に対して源泉所得税、不納付加算税等の合計金額を支払うよう請求する旨の訴訟を提起した。一審判決(名古屋地判昭和41年12月22日民集24巻13号2260頁)はXの請求を認容し、二審判決(名古屋高判昭和42年12月18日民集24巻13号2209頁)はY1およびY2の控訴を棄却した。Y1およびY2が上告し、最高裁判所第一小法廷は二審判決の一部を破棄したが、その余の請求(Y1およびY2による)を棄却した。

 判旨:(本件は納税の告知そのものが争われたものではないが、上告論旨の検討に先立つものとして源泉徴収の法律関係が考察されているので、その部分から抜粋して引用する。)

 ①「源泉徴収による所得税については、申告納税方式による場合の納税者の税額の申告やこれを補正するための税務署長等の処分(更正、決定)、賦課課税方式による場合の税務署長等の処分(賦課決定)なくして、その税額が法令の定めるところに従つて当然に、いわば自働的に確定するものとされるのである。そして、右にいわゆる確定とは、もとより行政上または司法上争うことを許さない趣旨ではないが、支払われた所得の額と法令の定める税率等から、支払者の徴収すべき税額が法律上当然に決定されることをいうのであつて、たとえば、申告納税方式において、税額が納税者の申告により確定し、あるいは税務署長の処分により確定するのと、趣きを異にする」。

 ②「税務署長が、支払者の納付額を過少とし、またはその不納付を非とする意見を有するときに、これが納税者たる支払者に通知されるのは、前記の納税の告知によるものであり、この点において、納税の告知は、あたかも申告納税方式による場合の更正または決定に類似するかの観を呈するのであるが、源泉徴収による所得税の税額は、前述のとおり、いわば自働的に確定するのであつて、右の納税の告知により確定されるものではない。すなわち、この納税の告知は、更正または決定のごとき課税処分たる性質を有しないものというべきである。」

 ③「一般に、納税の告知は」、国税通則法第36条によって「国税徴収手続の第一段階をなすものとして要求され、滞納処分の不可欠の前提となるものであり、また、その性質は、税額の確定した国税債権につき、納期限を指定して納税義務者等に履行を請求する行為、すなわち徴収処分であ」り、「それ自体独立して国税徴収権の消滅時効の中断事由となる」が、「源泉徴収による所得税についての納税の告知は、前記により確定した税額がいくばくであるかについての税務署長の意見が初めて公にされるものであるから、支払者がこれと意見を異にするときは、当該税額による所得税の徴収を防止するため、異議申立てまたは審査請求……のほか、抗告訴訟をもなしうるものと解すべきであり、この場合、支払者は、納税の告知の前提となる納税義務の存否または範囲を争つて、納税の告知の違法を主張することができるものと解される。けだし、右の納税の告知に先だつて、税額の確定(およびその前提となる納税義務の成立の確認)が、納税者の申告または税務署長の処分によつてなされるわけではなく、支払者が納税義務の存否または範囲を争ううえで、障害となるべきものは存しないからである。

 ●最三小判昭和54年12月25日民集33巻7号753頁

 事案:Xは写真集を輸入しようとして税関長Yに輸入申請をしたが、Yはこの写真集が輸入禁制品であるという趣旨の通知を行った。Xは異議を申し出たが棄却され、出訴した。一審判決(横浜地判昭和47年10月23日行集23巻10・11号764頁)はXの請求を棄却し、二審判決(東京高判昭和48年4月26日行集24巻4・5号334頁)はXの訴えを却下したのでXが上告した。最高裁判所第三小法廷は二審判決を破棄し、事件を東京高等裁判所に差し戻した。

 判旨:税関長による、関税定率法第21条第3項に基づく通知は、「当該輸入申告にかかる貨物が輸入禁制品である『公安又は風俗を害すべき書籍、図画、彫刻物その他の物品』に該当すると認めるのに相当の理由があるとする旨の税関長の判断の結果を表明するものであり、かつ、同条2項の規定と同条3項ないし5項の規定とを対比して考察すれば、右のような判断の結果を輸入申告者に知らせ当該貨物についての輸入申告者自身の自主的な善処を期待してされるものであると解される」から、法的性質としては観念の通知に該当するが、「もともと法律の規定に準拠してされたものであり、かつ、これにより上告人に対し申告にかかる本件貨物を適法に輸入することができなくなるという法律上の効果を及ぼすものというべきであるから、行政事件訴訟法3条2項にいう『行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為』に該当するもの、と解するのが相当である」。

 ●最一小判平成15年9月4日判時1841号89頁(Ⅱ−157)

 事案:XはA(外国人労働者)の妻であり、Aが死去したことにより、労働者災害補償保険法に基づく遺族補償年金の受給権者となった。Xは、その子Bが都立高校に通っていた時に同法第23条第1項第2号(当時)および「労災就学援護費の支給について」(通達)に基づいて労災就学援護費支給申請書を提出したところ、Y(中央労働基準監督署長)は労災就学援護費の支給を行う旨の決定を行った。その後、同援護費の支給が続いたが、BがAの母国の大学に入学したことにより、Yは労災就学援護費を支給しない旨の決定を行い、Xに対して平成8年8月9日付で通知した。Xは、この通知の取消を求めたが、東京地判平成10年3月4日訟月45巻3号475頁は訴えを却下し、東京高判平成11年3月9日労働判例858号55頁もXの控訴を棄却した。最高裁判所第一小法廷は、本件を東京地方裁判所に差し戻した。

 判旨:労働者災害補償保険法は「労働者が業務災害等を被った場合に、政府が、法第3章の規定に基づいて行う保険給付を補完するために、労働福祉事業として、保険給付と同様の手続により、被災労働者又はその遺族に対して労災就学援護費を支給することができる旨を規定しているものと解するのが相当である。そして、被災労働者又はその遺族は、上記のとおり、所定の支給要件を具備するときは所定額の労災就学援護費の支給を受けることができるという抽象的な地位を与えられているが、具体的に支給を受けるためには、労働基準監督署長に申請し、所定の支給要件を具備していることの確認を受けなければならず、労働基準監督署長の支給決定によって初めて具体的な労災就学援護費の支給請求権を取得するものといわなければならない」から「労働基準監督署長の行う労災就学援護費の支給又は不支給の決定は、法を根拠とする優越的地位に基づいて一方的に行う公権力の行使であり、被災労働者又はその遺族の上記権利に直接影響を及ぼす法的効果を有するものであるから、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるものと解するのが相当である」。

 ●最一小判平成7年3月23日民集49巻3号1006頁(Ⅱ―156)

 事案:Xは盛岡市の市街化調整区域の開発を計画した。そして、都市計画法第32条に基づき、公共施設管理者である盛岡市長Yに同意を求めるとともに、開発によって新設される道路などについて協議を求めた。しかし、Yは同意できないとする回答を行った。そこで、XはYを被告として出訴した。一審判決(盛岡地判平成3年10月28日行集42巻10号1686頁)はYの同意と協議の処分性を否定したが、二審判決(仙台高判平成5年9月13日行集44巻8・9号771頁)が処分性を肯定したため、Yが上告した。最高裁判所第一小法廷は二審判決を破棄し、Xの控訴を棄却した。

 判旨:都市計画法第32条の定めは「事前に、開発行為による影響を受けるこれらの公共施設の管理者の同意を得ることを開発許可申請の要件とすることによって、開発行為の円滑な施行と公共施設の適正な管理の実現を図ったものと解される」。そして、行政機関等がこの同意を拒否する行為は「公共施設の適正な管理上当該開発行為を行うことは相当でない旨の公法上の判断を表示する行為」である。「この同意が得られなければ、公共施設に影響を与える開発行為を適法に行うことができないが、これは、法が前記のような要件を満たす場合に限ってこのような開発行為を行うことを認めた結果にほかならないのであって、右の同意を拒否する行為それ自体は、開発行為を禁止又は制限する効果をもつものとはいえない」ので「国民の権利ないし法律上の地位に直接影響を及ぼすもので」はない。

 ⑪処分性を拡張しようとする考え方

 判例が示す以上の立場に対しては、処分性を拡張し、取消訴訟の対象を拡大しようとする考え方がある。これは、通達など、民事訴訟においても争いえないものや、民事訴訟において争いうるもの、例えば、議会に対するごみ焼却場設置計画案の提出など一連の行為についても、実質的に国民生活を一方的に規律する行為であれば取消訴訟の対象とすべきである、と論じるこの考え方については、さしあたり、原田尚彦・行政法要論〔全訂第七版補訂二版〕(2012年、学陽書房)386頁を参照。東京地決昭和45年10月14日行裁例集21巻10号1187頁は、この立場を採る数少ない実例である

 ちなみに、「不快施設」(前掲最一小判昭和39年10月29日を参照)の設置を争う場合、民事訴訟などの差止請求が認められていた。しかし、最大判昭和56年12月16日民集35巻10号1369頁(Ⅱ―149、241)は、国営空港の管理における「航空行政権」(「空港管理権」と区別されている)を理由に、このような場合における民事訴訟による請求を却下した。その後、最二小判平成元年2月17日民集43巻2号56頁(Ⅱ―192)においては、周辺住民の原告適格を認めている。

 前掲最大判昭和56年12月16日は、大阪空港周辺に住み、航空機騒音などに苦しむ住民が、夜間の空港使用差し止め(民事訴訟による)、および過去および将来に係る損害賠償の支払い(国家賠償法に基づくものであり、これも民事訴訟による)を求めて出訴したものである。これに対し、前掲最二小判平成元年2月17日は、新潟空港周辺の住民が、やはり騒音によって健康や生活における利益を侵害されたと主張してはいるが、運輸大臣が某航空会社に対して与えた定期航空運送事業免許の取消を求めたものである。

 

 ▲第7版における履歴:「暫定版 取消訴訟の対象 処分性の問題」として2020年11月に掲載。修正の上で2021年2月19日に再掲載。

 ▲第6版における履歴:2017年10月25日掲載(「第23回 取消訴訟の訴訟要件その1−処分性を中心に−」として。以下同じ)。

            2017年12月20日修正。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第31回 行政事件訴訟制度とはいかなるものか

2021年02月17日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

 1.「法律上の争訟」の意味

 行政事件訴訟法の内容に入る前に、裁判所法第3条第1項にいう「法律上の争訟」について概観しておく必要がある。行政法の初学者は勿論、或る程度の学習を進めてきた学生も、もう一度、憲法学の基本書を熟読しておいていただきたい。

 「法律上の争訟」は司法権の観念の構成要素であり、司法審査の対象の範囲を画定するものでもある。 

 「法律上の争訟」の意味については諸説が存在するが、最三小判昭和56年4月7日民集35巻3号443頁(「板まんだら」事件)は、「当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、それが法令の通用によって終局的に解決できるもの」と述べている。これを細分化すると、事件性の要件として二つに分割される。

 まず、事件性の要件Ⅰである。これは、問題の事案が「当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争」でなければならない、という要件である。さらに詳しく述べるならば、次のようになる。

 第一に、紛争が現実的でなければならない。現実に紛争が起こっていないが抽象的に法令の効力を争うこと、たとえば或る法令が憲法に違反するか否かを争うことは、この要件を満たさない〔最大判昭和27年10月8日民集6巻9号783頁(警察予備隊訴訟)、最二小判平成3年4月19日民集45巻4号518頁(最高裁判所規則訴訟)〕。

 第二に、訴訟当事者間の関係が対立的でなければならない。すなわち、当事者間に権利や法的利益に関する紛争がなければならない。後に説明する民衆訴訟や機関訴訟は、当事者間に権利や法的利益に関する紛争がある場合の訴訟ではないため、法律に特別の定めがある場合にのみ認められる。この点について問題となったのが、最三小判平成14年7月9日民集56巻6号1134頁(宝塚市パチンコ条例事件)である。

 裁判所において争われる多くの事件は、事件性の要件Ⅰを充足すれば「法律上の争訟」に該当することとなる。しかし、常にそうである訳ではない。少数ではあるが「当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争」であっても「法律上の争訟」にあたらない場合がありうる。そのために、事件性の要件Ⅱが必要なのである。これは、事件性の要件Ⅰを充足した上で、問題の事案が「法令の通用によって終局的に解決できるもの」でなければならない、というものである。たとえば、最三小判昭和41年2月8日民集20巻2号196頁によれば、技術士国家試験の解答および合格判定に関する争いは、法令の適用によって最終的に解決できるものではない。

 但し、合格判定の手続など、法令の適用による解決が可能な場合もある。その限りにおいて事件性の要件Ⅱも充足することになる。

 

 2.行政事件訴訟法の一般的内容(類別など)

 〔1〕行政事件訴訟法の位置づけ

 行政事件訴訟法第1条は、同法に行政事件訴訟に関する一般法としての位置づけが与えられていることを示す。このことは、行政事件訴訟法が民事訴訟法の特例法ではないことを意味する。但し、同第7条に「民事訴訟の例による」という文言があるように、自己完結的な法律ではなく、口頭弁論や証拠などの手続については民事訴訟法に従っているのが実情である。

 また、行政事件訴訟という概念を置くことは、民事訴訟との対比という意味を持つものであり、公法と私法との区別を前提とするものである。この点は、当事者訴訟の存在に現われている。

 そして、行政事件訴訟法が存在することから、行政「処分」の効力を争う場合など、一定の場合には民事訴訟ではなく行政事件訴訟を提起しなければならないという制約が存在する。このことを取消訴訟制度の排他性または取消訴訟の排他的管轄という。

 〔2〕訴訟類型

 行政事件訴訟法第2条は、行政事件訴訟を抗告訴訟、当事者訴訟、民衆訴訟、機関訴訟の四種に分類する。しかし、法律の構造を概観すれば明らかであるように、中心は抗告訴訟に置かれている。

 行政事件訴訟法第3条第1項は、「抗告訴訟」を「行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟」と定義する。この規定の意味するところないしその性格は不明確さを残すが、同第2項より第7項まであげられた、大別して6つの類型の「法定抗告訴訟」以外にも「無名抗告訴訟」の余地を残した例示規定ともみられる。

 行政事件訴訟法は、次のように訴訟類型を整備している。

 (1)主観訴訟

 自己の権利や法的利益の保護を目的とする訴訟を主観訴訟という。「法律上の争訟」に該当し、事件性の要件Ⅰを充足する。抗告訴訟および当事者訴訟が主観訴訟に該当する他、一般的に民事訴訟や刑事訴訟も主観訴訟である。

 ①「処分の取消しの訴え」

 「処分」、すなわち「行政庁の処分その他公権力の行使にあたる行為」から「裁決」を除いたものの取消を求める訴訟である。

 ②「裁決の取消しの訴え」

 審査請求その他の不服申立てに対する行政庁の裁決その他の行為の取消を求める訴訟である。

 一般的には、「処分の取消しの訴え」と「裁決の取消しの訴え」を合わせて取消訴訟という。「処分」の中心となるのは行政行為であり、行政不服審査法による行政機関の裁決も行政行為である。そのため、いずれにしても行政行為の取消しを求める訴訟が中心となる。

 基本となるのは「処分の取消しの訴え」である。これを原処分主義ともいう。これに対し、法令により、原処分の違法についても、裁決があった場合には「裁決の取消の訴え」によって争うこととする場合がある。これを裁決主義ともいう。

 そして、行政事件訴訟法は、まず取消訴訟について様々な規定を置き、その他の抗告訴訟については、原告適格などを除いて取消訴訟に関する規定の準用としている。

 ③無効等確認訴訟

 「処分」の存否またはその効力の有無の確認を求める訴訟である。一般的には「処分」の無効確認を求める訴訟をいうが、

 ④不作為違法確認訴訟

 行政庁が申請に対して相当の期間内に何らかの「処分」をすべきであるにもかかわらず、これを行わないことについての違法の確認を求める訴訟である。

 ⑤義務付け訴訟

 作為的義務付け訴訟とも言われる。行政庁が何らかの「処分」(または裁決)をすべきであるにもかかわらず、これがなされない場合に、行政庁に義務付けを求める訴訟である。判決により、行政庁にその処分(または裁決)をすることを義務付けることになる。

 ⑥差止訴訟

 不作為的義務付け訴訟、予防訴訟、または予防的差止訴訟ともいう。行政庁が何らかの「処分」(または裁決)をすべきでないにもかかわらず、これがなされようとしている場合に、行政庁にその「処分」(または裁決)をしてはならない旨を命ずることを裁判所に求める訴訟である。

 ⑦法定外抗告訴訟(無名抗告訴訟)

 行政事件訴訟法に規定されていない類型の抗告訴訟である。平成16年改正までは義務付け訴訟および差止訴訟が規定されていなかったので法定外抗告訴訟であった。改正後も法定外抗告訴訟がありうると考えられる。

 ⑧当事者訴訟

 当事者間で公法上の法律関係を争う訴訟である。これは抗告訴訟ではないので、行政事件訴訟法においても独立の類型として定められている(第4条)。

 当事者訴訟は、行政事件訴訟法第4条により、次の二種類に大別される。

 第一に形式的当事者訴訟である。これは、当事者間の法律関係を確認し、または形成する「処分」または裁決に関する訴訟のうち、法令の規定によりその法律関係の当事者の一方を被告とする訴訟をいう。実質的には抗告訴訟であるが、法令の規定により、当事者訴訟の形式を採るものである。

 第二に実質的当事者訴訟である。これは、公法上の法律関係に関する確認の訴えなど、公法上の法律関係に関する訴訟をいう(この点で民事訴訟と区別される)。公権力の行使を直接争うものではない。

 (2)客観訴訟

 自己の権利や法的利益の保護を目的とせず、国または公共団体の違法な行為を排除または是正し、行政法規の正しい適用を確保するための訴訟をいう。法律が特別に認める場合に、特別に定められた要件に適合する者が出訴しうる(行政事件訴訟法第42条)。

 ①民衆訴訟

 行政事件訴訟法第5条において「国又は公共団体の機関の法規に適合しない行為の是正を求める訴訟で、選挙人たる資格その他自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起する」訴訟と定義される。住民訴訟(地方自治法第242条の2)、選挙または当選の効力に関する訴訟(公職選挙法第203条・第204条・第207条・第211条)が代表例である。

 ②機関訴訟

 客観訴訟の一つで、行政事件訴訟法第6条において「国又は公共団体の機関相互間における権限の存否又はその行使に関する紛争についての訴訟」と定義される。例として、次のようなものがある。

 ・普通地方公共団体の長と議会の紛争(議会の議決または選挙をめぐるもの。地方自治法第176条第7項):普通地方公共団体の議会の議決または選挙につき、長が審査請求(特別の不服申立制度。同第5項)を行った場合の、総務大臣または都道府県知事の裁定(同第6項)をめぐる訴訟。

 ・各大臣による代執行訴訟(同第245条の8第3項以下)。これは、行政代執行法に規定される代執行と異なる。

 ・普通地方公共団体に対する国の関与に関する訴訟(地方自治法第251条の5)。

 ・市町村に対する都道府県の関与に関する訴訟(同第251条の6)。

 ・普通地方公共団体の不作為に対する違法確認訴訟(国が原告となる。同第251条の7)。

 ・市町村の不作為に対する違法確認訴訟(都道府県が原告となる。同第252条)。

 〔3〕弁論主義

 民事訴訟法(制度)における基本原則である弁論主義が基本であり、行政事件訴訟法第24条による職権証拠調べが多少の修正となっている。

 〔4〕抗告訴訟、とくに取消訴訟と行政不服審査制度との関係

 行政事件訴訟法第8条第1項は、取消訴訟と行政不服申立てとを自由選択主義の関係とする。これが原則である。しかし、課税処分や社会保障に関する処分について不服申立前置主義をとる(同但書、地方自治法第229条第6項・第231条第9項)。処分が大量かつ回帰的で、当初の処分が必ずしも十分な調査に基づいてできない場合もあり、他方で審査庁の負担を軽減することを考える必要があるからである。この場合でも、正当な理由(裁決の遅延、緊急の必要など)があれば、裁決を経ずに、取消訴訟を提起できる(同第2項)。

 〔5〕取消訴訟の機能と性質

 取消訴訟については、幾つかの機能を考えることが可能である。ここでは、原状回復機能、適法性維持機能、合一確定機能、一種の差止機能をあげておくこととする。

 原状回復機能とは、取消訴訟の結果として「処分」を取り消す判決が出されると、その「処分」は成立時に遡って効力がなかったこと、すなわち、元々「処分」がなかった状態に戻ることを指す。

 適法性維持機能とは、「処分」が違法と認定され、「処分」が取り消されると、違法状態が排除されることを指す。

 合一確定機能とは、第三者へ取消訴訟の判決の効力を及ぼすことを指す。

 一種の差止機能とは、「処分」を取り消す判決により、「処分」の執行ができなくなると、その後の「処分」などに続くことができなくなることを指す。

 次に取消訴訟の性質であるが、これについては見解が分かれている。民事訴訟は、確認訴訟、給付訴訟、形成訴訟の3類型に分別されるが、取消訴訟はどれに対応するかが争われているのである。

 通説は形成訴訟説である。この考え方によると、「処分」により、何らかの法的効果が一度発生し、権利関係(法律関係)が変動したことになるので、取消訴訟の取消判決により、その法的効果が消滅することになる、とみる。私人に対して拘束力を有する行政庁の有権的行政行為が既になされ、私人側はこれに不服であるが、上記行政行為の取消について実体法上の形成権を有しないため、上記行政行為の違法を確定してこれを取り消すことを裁判所に求める。裁判所が下す判決は形成判決になる。行政行為の違法の主張に理由が見出されるならば、行政行為の司法審査権を発動して、行政行為の効力を遡及的に消滅させるのである。

 民事訴訟でいう形成訴訟と多少異なるので注意されたい。

 形成訴訟説に対する説として、行政行為の公定力に注目する確認訴訟説がある。この説によると、公定力は行政行為の成立時において適法要件の存否の判断に与えられている暫定的な効力であり、後に適法要件の存否を確定する訴訟手続が留保されていることとなる。そのため、取消訴訟は適法要件の存否を確定(確認)する訴訟であるということになるのである。

 

 3.取消訴訟の訴訟要件とは何か

 訴訟要件とは、訴訟における実質的な審理(本案審理)に入るための要件のことである。

 訴訟要件が揃っていなければ、本案審理、すなわち、原告の請求の内容に対する審理に入ることができず、訴えは却下される。

 一方、訴訟要件が揃っていれば、本案審理に入ることとなり、その結果として、大別すれば請求を認容する判決、請求を棄却する判決のいずれかが下される。

 とくに行政事件訴訟法の場合、この訴訟要件について多くの問題があり、判例も多数にのぼる。そこで、今回は、行政事件訴訟法において中心に置かれている抗告訴訟のうち、とくに代表的な存在である取消訴訟を取り上げて考察する。これは、判例や学説の蓄積があるという理由が大きいが、行政事件訴訟法自体が取消訴訟を中心として多くの規定を置き、他の類型の訴訟については取消訴訟の規定を準用するという、構造上の理由もある。

 取消訴訟の訴訟要件は、取消訴訟の対象の処分性、原告適格、狭義の訴えの利益(客観的訴えの利益)、被告適格、裁判管轄、出訴期間からなる。また、法律によって不服申立前置主義が採用されている場合には、不服申立前置も訴訟要件となる。

 「裁決の取消しの訴え」の場合には、対象が裁決などであることが明確であるため、何が裁決であるかということについてあまり問題は生じない。

 処分性、原告適格および狭義の訴えの利益を合わせて広義の訴えの利益ともいい、とくに取消訴訟の場合に問題となることが多い。

 但し、広義の訴えの利益の意味については見解が分かれており、原告適格のみを広義の訴えの利益とする考え方もある。

 

 ▲第7版における履歴:「暫定版 行政事件訴訟制度とはいかなるものか」として2020年10月31日08時00分00秒に掲載。修正の上で2021年2月18日に再掲載。

 ▲第6版における履歴:2017年10月25日掲載(「第22回 行政事件訴訟制度とは」として。以下同じ)。

            2017年12月20日修正。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第29回 行政救済法とは何か/行政不服審査法

2021年02月16日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

 1.行政救済法とは

 まずは「第2回 行政法とはいかなる法か」において記したことを再掲しておく。

 行政活動は、憲法・法律・条例に従って適切に行われなければならない。しかし、常に適法かつ正当に行われるとは限らない。違法または不当な行政活動によって国民の権利・自由が侵害されたり、侵害されるおそれが存在することもある。そこで、このような行政活動から国民の権利・利益を救済し、行政活動を統制するために作られるのが行政救済法である。

 この行政救済法は、さらに行政争訟法国家補償法とに大別される。

 行政争訟法は、主に行政上の法律関係に関する紛争を直接処理するための法である〈塩野宏『行政法Ⅱ行政救済法』〔第六版〕(2019年、有斐閣)5頁を参照〉。問題となるのは違法または不当な行政活動による権利利益の侵害であり、権利利益の侵害を受けた私人の側からすれば、直接的にこのような行政活動を争い、行政活動を取り消し、または行政活動が無効であることを確認することが目的となる。行政争訟法とされるものの代表は行政不服審査法および行政事件訴訟法であり、制度の代表は行政不服審査制度および行政事件訴訟制度であるが、この他に行政審判制度、苦情処理制度、オンブズマン制度も行政争訟法に定められるものとしてあげられる〈個別の法律や条例によって定められる〉

 これに対し、国家補償法は、適法な行政活動によって生じた損失または違法な行政活動によって生じた損害を塡補するための法である〈塩野・前掲書303頁〉。行政活動の効力を直接の対象とするのではなく、行政活動の結果として生じた損失または損害を、主に金銭による補償または賠償の形で埋め合わせることを目的とする。適法な行政活動によって生じた損失を補塡するための制度を損失補償制度というが、これについては一般的な法律が存在せず、個別の法律の定めるところによる。但し、個別の法律に規定がない場合には憲法第29条第3項を根拠として補償を求めることが可能である。一方、違法な行政活動によって生じた損害を補塡するための制度を国家賠償制度といい、一般的な法律として国家賠償法が存在する。

 

 2,行政不服審査制度の意義

 行政不服審査制度とは、行政行為など、行政庁による公権力の行使に対する不服を行政機関に対して申し立てる手続(制度)のことである。一般法として行政不服審査法が存在する。一応は私人の権利利益の正式な救済制度として位置づけられるが、行政事件訴訟制度よりは簡略化された制度である。

 行政不服審査制度は、行政事件訴訟制度と比べ、次のようなメリットがある。

 (1)行政不服審査制度は、行政事件訴訟制度よりも簡易迅速性と経済性が高い。

 (2)行政不服審査制度は、処分の適法性・違法性の問題を扱うことは勿論、処分の妥当性・不当性の問題をも扱うことが可能である。

 行政事件訴訟の場合、処分の適法性・違法性の問題だけが対象となるのであり、妥当性・不当性の問題は扱われない。従って、裁量行為を例にとると、裁判所は、裁量権の逸脱・濫用の有無を審査し、有りと認められるならば当該処分を違法と判断しうるが、無いと認められるならば、当該処分の妥当性・不当性の問題に留まるが故に適法と判断せざるをえない。

 これに対し、行政不服審査の場合は、処分の妥当性・不当性の問題も扱われることとなっているから、行政不服審査を担当する行政庁(審査庁)は不当な行政処分についても取り消すことができる。

 (3)行政不服審査制度が存在することにより、大量になされる処分について、争点を或る程度明確にし、裁判所の過重負担を避けうることである。

 (4)行政にとっても自己統制を図る機会となりうる。

 

 3.行政不服審査制度の特徴

 現行の行政不服審査制度を歴史的に概観する際に、まず取り上げられなければならないのが、1890(明治23)年に制定された訴願法である。この法律は日本国憲法施行下においても存続し続けたが、権利・利益の救済制度としては不十分であり、1962(昭和37)年、旧行政不服審査法の施行とともに廃止された。

 訴願法第1条は、訴願の対象を第1号から第6号までにおいて限定列挙していた〈同第1条は、他に法律や勅令においてとくに訴願を許すものも含めていたが、限定列挙であることに変わりはない〉。これを列挙主義という。その結果として、同法によっては事実行為および行政庁の不作為に対する不服申立てが認められていなかった。また、訴願法には教示制度も定められていなかった。

 これに対し、旧行政不服審査法は、不服申立ての対象を法令で限定しなかった。これを概括主義という(例外は同第4条)。その結果として、事実行為に対する不服申立て(同第2条第1項)および行政庁の不作為に対する不服申立ても認められた(同第2条第2項)。一方、同法は、不服申立ての種類として審査請求と異議申立てを基本に据え、審査請求中心主義を採っていた〈この他、再審査請求も規定されていた(同第3条第1項、同第8条)〉。審査請求と異議申立ての違いは、基本的には不服申立てを審理・裁断する機関の違いによるものであるが(同第3条第2項、同第5条、同第6条などを参照)、この区別が必ずしも一貫しておらず、そのこともあってかなり複雑な制度となっていた。よく、行政法学の教科書などで行政不服審査制度を簡易迅速な救済制度というように表現するが、旧行政不服審査法はそのような制度と言い難い部分も有していた。

 もっとも、訴願法と異なり、旧行政不服審査法には教示制度が定められており(同第57条)、教示すべき場合に行政庁が教示をしなかった場合の不服申立て(同第58条)、誤った教示を受けた場合の救済措置(同第19条、同第20条)も定められていた。

 1993(平成5)年に行政手続法が制定され、2004(平成16)年に行政事件訴訟法が改正されたことにより、旧行政不服審査法もこれらの法律(とくに行政事件訴訟法)に対応したものとなることが求められるようになった。そこで2008(平成20)年4月11日に行政不服審査法案が第169回国会に提出されたが、閉会中審査を繰り返した上で、結局、2009(平成21)年の第169回国会で審議未了のまま廃案となった。その後の紆余曲折を経て、2014(平成26)年の第186回国会に行政不服審査法案が提出され、可決・成立した。

 行政不服審査法も、不服申立ての対象について概括主義を採り(同第7条)、事実行為に対する不服申立ておよび行政庁の不作為に対する不服申立てを認める(事実行為について同第1条第2項および同第2条、行政庁の不作為について同第3条)。しかし、不服申立ての種類については、旧行政不服審査法と異なり、審査請求に一本化した。すなわち、行政不服審査法第2条は処分についての審査請求を定め、同第3条は行政庁の不作為についての審査請求を定める。

 一方、行政不服審査法は、審査請求への一本化に対する例外として、再調査の請求(同第5条および同第54条以下)、再審査請求(同第6条および第62条以下)を定める。

 このうち、再調査の請求は、審査請求の前段階の手続として認められるものであり、私人は再調査の請求と審査請求のいずれかを選択することができるが、再調査の請求を選択した場合には、その際調査の請求についての決定を経なければ、審査請求を行うことができない(同第5条第2項柱書本文)。

 また、再審査請求は、法律が認める場合に、審査請求の裁決に不服がある者が行うことができる。

 

 3.行政不服審査の要件

 〔1〕審査請求書の提出

 旧行政不服審査法第9条は、原則として書面の提出によって審査請求を行う旨を定めていた。書面主義を採用していた訳である。また、同第17条は、処分庁を経由して審査請求を行うことができる旨を定めていた。

 行政不服審査法も書面主義を引き継いだ。すなわち、審査請求は、原則として審査請求書の提出による(同第19条第1項)。

 審査請求書に記載しなければならない事項は、審査請求の内容により異なる。

 まず、処分についての審査請求書については、次の事項を記すこととされている。

 ・審査請求人の氏名または名称、および住所または居所(同第2項第1号)。

 ・審査請求に係る処分の内容(同第2号)。

 ・審査請求に係る処分があったことを知った年月日。当該処分についての再調査の請求に対する決定を経たときには、当該決定があったことを知った年月日(同第3号)。

 ・審査請求の趣旨および理由(同第4号)。

 ・処分庁の教示の有無。教示があった場合には、その教示の内容(同第5号)。

 ・審査請求の年月日(同第6号)。

 ・同第5条第2項第1号に該当する場合で再調査の請求に対する決定を経ないで審査請求をするときには、再調査の請求をした年月日(同第19条第5項第1号)。

 ・同第5条第2項第2号に該当する場合で再調査の請求についての決定を経ないで審査請求をするときには、当該決定を経ないことについての正当な理由(同第19条第5項第2号)。

 ・審査請求期間を経過した後に審査請求をする場合には、同第18条第1項ただし書きまたは第2項但し書きに規定する正当な理由(同第19条第5項第3号)。

行政庁の不作為についての審査請求書については、同第3項により、次の事項を記すこととされている。

 ・審査請求人の氏名または名称、および住所または居所(同第1号)。

 ・行政庁の不作為に係る処分についての申請の内容、および当該申請を行った年月日(同第2号)。

 ・審査請求の年月日(同第3号)。

 審査請求人が法人である場合には、同第19条第2項各号または第3項各号に掲げられる事項の他に、法人の代表者の氏名および住所または居所を記載しなければならない。権利能力なき社団または財団である場合、総代を互選した場合、代理人により審査請求をする場合についても「その代表者若しくは管理人、総代又は代理人の氏名及び住所又は居所を記載しなければならない」(同第4項)。

 また、同条に違反する審査請求書については、審査庁が「相当の期間」を定めた上で審査請求人に補正を命ずる(同第23条)。この期間内に補正が行われなければ、審査庁は却下裁決を下すことができる(同第24条第1項)。

 旧行政不服審査法時代に、提出された書類が不服申立ての申し出なのか陳情書なのかについて問題となることがあった。行政不服審査法においても同様の問題が生ずる可能性もあろう。これについては、次に示す訴願法時代の判決が参考になる。

 ●最二小判昭和32年12月25日民集11巻14号2466頁

 事案:鳥取市内で大火災が発生した後、鳥取県知事が都市計画法施行令第17条(当時)に基づいて土地区画整理施行規程を告示し、土地所有者や関係人の縦覧に供したところ、施行区域内の土地所有者から「都市計画法に基く区画整理異議申立書」が提出された。鳥取県火災復興事務所長は、この文書が同条に基づく異議の申出なのか陳情書なのかについて疑問を抱き、鳥取市長に真意を確認させたところ、提出者は陳情書であると回答した。そこで、Y(鳥取県知事)は、異議申立てがなされていないと判断して都市計画審議会の議決に付さず、施行規程などを認可し、換地予定地指定処分を行った。この処分を受けたXらが手続上の重大な瑕疵を主張し、処分の無効確認を求めた。一審判決(鳥取地判昭和28年5月14日民集11巻14号2466頁)はXの請求を認容したが、二審判決(広島高松江支判昭和29年7月14日行集5巻7号1697頁)はYの控訴を容れてXの請求を棄却したので、Xが上告した。最高裁判所第二小法廷はXの上告を棄却した。

 判旨:「都市計画法施行令17条による異議の申立であるか若くは単なる陳情であるかは、本件の経緯に照すも、当事者の意思解釈の問題に帰するのであつて、施行規程を改めなければ出来ないような事項を含むからと言つて、直ちにこれを施行令17条による異議申立と解すべき理由はない」。

 〔2〕口頭による審査請求ができる場合

 行政不服審査法第19条第1項は、書面主義の原則に対する例外として、法律または条例に特別の規定がある場合には審査請求を口頭で行うことができる旨を定める〈旧行政不服審査法においても同様であった〉

 この場合には、審査請求人が同第2項から同第5項までに規定する事項を陳述し、その「陳述を受けた行政庁」が内容を録取し、審査請求人に読み聞かせて誤りの無いことを確認した上で押印させなければならない(同第20条)。

 〔3〕審査請求の対象としての「処分」

 旧行政不服審査法第2条第1項は、「この法律にいう『処分』には、各本条に特別の定めがある場合を除くほか、公権力の行使に当たる事実上の行為で、人の収容、物の留置その他その内容が継続的性質を有するもの(以下「事実行為」という。)が含まれるものとする」と定めていた。

 一方、行政不服審査法第1条第1項は「この法律は、行政庁の違法又は不当な処分その他公権力の行使に当たる行為に関し、国民が簡易迅速かつ公正な手続の下で広く行政庁に対する不服申立てをすることができるための制度を定めることにより、国民の権利利益の救済を図るとともに、行政の適正な運営を確保することを目的とする」と定め、同第2項は「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為(以下単に「処分」という。)に関する不服申立てについては、他の法律に特別の定めがある場合を除くほか、この法律の定めるところによる」と定める。

 旧法と現行法とで表現は異なり、しかも旧法の規定がややわかりにくい表現を採っているが、いずれも「処分」を審査請求の対象としていることを表しており、その「処分」の意味するところも同じである〈さらに行政手続法第2条第2号、行政事件訴訟法第3条第2項を参照。行政不服審査法第1条第2項の表現は行政手続法第2条第2号と同じである〉。従って、次のようなものが「処分」である。

 a.行政庁が法令に基づき、公権力を行使して(すなわち優越的立場で)、国民・住民に対して、個別的・具体的に法律上の効果を発生させる行為。これは行政行為であり、「処分」の中心となるべき存在である。

 b.公権力の行使にあたる事実行為であり、かつ「人の収容、物の留置その他その内容が継続的性質を有するもの」。このようなものは行政行為ではないが、公権力の行使にあたり、しかも名宛人に対する事実上の効果または影響が行政行為と類似するために「処分」に含めている。

 しかし、具体的な「処分」の意味について、行政事件訴訟法第3条第1項と同様の解釈問題が存在する。詳細は「第32回 取消訴訟の対象 処分性の問題」において検討することとする。

 なお、対象としうる「処分」の範囲は、行政不服審査法と行政事件訴訟法で少々異なる。このことにも注意を要する。

 ここで、改めて行政不服審査法第1条第1項をお読みいただきたい。そこには「行政庁の違法又は不当な処分その他公権力の行使に当たる行為」と書かれている。これは、審査請求人が違法と考える「処分」はもとより、違法ではないが不当と考える「処分」についても、審査請求の対象となりうることを示している。従って、裁量行為についても幅広く審査請求の対象としうることとなる〈旧行政不服審査法においても同様であった〉

 これに対し、行政事件訴訟法は、違法な「処分」のみを抗告訴訟の対象とするのであり、不当な「処分」を対象としない。同第30条が「行政庁の裁量処分については、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた場合に限り、裁判所は、その処分を取り消すことができる」と定めているのがその表れであるが、裁判所の権能を考えれば当然のことでもある。すなわち、裁判所は行政庁の行為または活動が適法か違法かを判断する機関なのであり、妥当か不当を判断する機関ではない。従って、裁判所が当該行為を適法と判断するならば、たとえ妥当性を欠いているとしても適法であることに変わりはないから、当該行為を取り消すことはできないのである。

 行政法学の教科書などにおいて、裁量行為には裁判所の審査権が及ばないと書かれていることが多いが、これは不正確な表現である。裁判所は、行政庁に裁量が認められることを是認しつつ、裁量の行使に逸脱または濫用があるか否かを判断することができるからである。行政庁による裁量の行使に逸脱も濫用もなければ適法なのであるから、そこで裁判所の判断が終わるということである。

 〔4〕審査請求の対象としての「不作為」

 ここにいう「不作為」とは、行政不服審査法第3条により「法令に基づく申請に対して何らの処分をもしないことをいう」と定義されている〈旧行政不服審査法も行政庁の「不作為」を審査請求および異議申立ての対象としていた〉。「法令」は法律や命令はもとより、条例なども含む。また、「申請」は行政手続法第2条第3号において定義される「申請」と同義である。

 〔5〕審査請求期間

 (1)処分について

 行政不服審査法第18条は、審査請求期間、すなわち処分がなされてから審査請求をなしうる期間を次のように規定する。

 ①主観的審査請求期間については、原則として「処分があったことを知った日の翌日から起算して」3か月以内とされる。また、先に再調査の請求を行った場合については「再調査の請求についての決定があったことを知った日の翌月から起算して」1か月以内とされる(同第1項本文)。

 旧行政不服審査法第14条第1項は審査請求の期間を、同第45条は異議申立ての期間を、いずれも原則として「処分のあつたことを知つた日の翌日から起算して60日以内」と定めていた。

 ここで「処分があったことを知った日」とは、例えば、処分が名宛人に対して個別に通知される場合は、処分があったことを名宛人が現実に知った日(通知書が名宛人の住居に到着した日、など)のことである。但し、次の判例に注意されたい。

 ●最一小判平成14年10月24日民集56巻8号1903頁(Ⅱ―131)

 事案:群馬県知事は、都市計画法第59条第1項に基づいて、平成8年9月5日に前橋都市計画道路事業3・4・26号県道の認可をし、同月13日に同第62条第1項に基づいてその告示をした。被上告人(原告)は、同年12月2日、建設大臣(当時)に対して県知事の認可の取消しを求める審査請求をしたが、建設大臣は、旧行政不服審査法第14条第1項に定められた審査請求期間はこの認可の告示の日の翌日から起算すると解し、この期間の徒過を理由として審査請求を却下する裁決をした。そこで被上告人が裁決の取消しを求めて出訴した。一審判決(東京地判平成11年8月27日民集56巻8号1936頁は被上告人の請求を棄却したが、二審判決(東京高判平成12年3月23日判時1718号27頁)は「処分があつたことを知つた日」とは現実に知った日を意味するなどとして東京地裁判決を取り消し、建設大臣の裁決を取り消した。建設大臣が上告し、最高裁判所第一小法廷は東京高裁判決を取り消し、被上告人の請求を棄却した。

 判旨:旧行政不服審査法第14条第1項本文にいう「処分があつたことを知つた日」とは「処分がその名あて人に個別に通知される場合には、その者が処分のあったことを現実に知った日のことをいい、その者が処分のあったことを知り得たというだけでは足りない」が、「都市計画法における都市計画事業の認可のように、処分が個別の通知ではなく告示をもって多数の関係権利者等に画一的に告知される場合には、そのような告知方法が採られている趣旨にかんがみて、上記の『処分があつたことを知つた日』というのは、告示があった日をいうと解するのが相当である」。

 ②客観的審査請求期間については、原則として、処分があった日の翌日から起算して1年以内とされる。また、先に再調査の請求を行った場合については、当該再調査の請求についての決定があった日の翌日から起算して1年以内とされる(行政不服審査法第18条第2項本文)。公示送達の場合など、限られた場合にしか適用されない。

 ③主観的審査請求期間、客観的審査請求期間のいずれについても「正当な理由があるとき」には、上記の期間を超えていても審査請求が認められる(同第1項ただし書き、同第2項ただし書き)。

 (2)不作為について

 不作為が続く間であれば、審査請求を行うことが可能である。但し、「申請から相当の期間が経過しないでされた」審査請求であれば、審査庁は却下裁決を下す(同第49条第1項)。この「相当の期間」については、結局のところ個別具体的な検討を待つしかないが、行政庁が標準処理期間を定め、公にしている場合(行政手続法第6条)には、その標準処理期間が参考となる。

 (3)再調査の請求

 行政不服審査法第54条により、原則として、主観的請求期間は「処分があったことを知った日の翌日から起算して」3か月(同第1項)、客観的請求期間は「処分があった日の翌日から起算して」1年(同第2項)とされる。

 (4)再審査請求

 同第62条により、原則として、主観的請求期間は「原裁決があったことを知った日の翌日から起算して」1か月(同第1項)、客観的請求期間は「原裁決があった日の翌日から起算して」1年(同第2項)とされる。

 〔6〕審査請求適格を有する者(不服申立適格を有する者)

 (1)旧行政不服審査法

 旧行政不服審査法第4条は、違法または不当な処分により、直接に自己の権利利益を侵害された者は、不服申立て人となる資格を有すること、また、「直接に自己の権利利益を侵害された」とは言えなくとも 「当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害されるおそれのある者」も不服申立て人となる資格を有することを定めていた。しかし、実際にいかなる場合が「当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害されるおそれのある」場合であるかは、必ずしも明確なものではない。そのため、行政事件訴訟法第9条に定められる原告適格と同様に、誰が不服申立てをなすことができるのか、言い換えれば不服申立適格を有する者の範囲という問題があった。

 ●最三小判昭和53年3月14日民集32巻2号211頁(主婦連ジュース訴訟、Ⅱ―132)

 事案:公正取引委員会は、社団法人日本果汁協会などの申請に基づき、果汁飲料等の表示に関する公正競争規約を認定した。これに対し、主婦連などは、この認定が不当景品類及び不当表示防止法第10条第2項第1号ないし第3号の要件に適合せず不当であるとして、公正取引委員会に不服申立てをした。公正取引委員会は、主婦連などに不服申立て適格がないとして却下審決を出した。そこでこの審決の取消しを求める訴訟が提起されたが、一審判決(東京高判昭和49年7月19日行集25巻7号881頁)は請求を棄却し、最高裁判所第三小法廷も上告を棄却した。

 判旨:不当景品類及び不当表示防止法第10条第6項にいう「公正取引委員会の処分について不服があるもの」とは、一般の「処分」についての不服申立ての場合と同様に「当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害されるおそれのある者」をいう。そして、「法律上保護された利益とは、行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益であって、それは、行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果たまたま一定のものが受けることとなる反射的利益とは区別されるべきものである」。不当景品類及び不当表示防止法の目的は公益の保護であって、一般消費者の受ける利益は「反射的な利益ないし事実上の利益」にすぎ」ない。

 ●最一小判昭和56年5月14日民集35巻4号717頁(Ⅱ―134)

 事案:某市議会議員のXは、同市議会議員のAが当選後の4ヶ月間に同市の廃棄物収集業務を請け負う会社の取締役の地位にあり、地方自治法第92条の2に違反するとして、同第127条第1項によるAの議員資格の有無に関する決定を求めた。市議会はAが議員資格を有するという決定をしたので、Xは知事Yに審査の申立てをしたが、Yは却下裁決を出した。そこで、Xは却下裁決の取消を求めて出訴した。一審判決(長崎地判昭和55年3月31日判時971号46頁)および二審判決(福岡高判昭和55年7月17日民集35巻4号734頁)は請求を認容したが、最高裁判所第二小法廷は二審判決を破棄し、Xの請求を棄却した。

 判旨:地方自治法第127条第1項による決定は「特定の議員について右条項の掲げる失職事由が存在するかどうかを判定する行為で、積極的な判定がされた場合には当該議員につき議員の職の喪失という法律上の不利益を生ぜしめる点において一般に個人の権利を制限し又はこれに義務を課する行政処分と同視せられるべきものであって、議会の選挙における投票の効力に関する決定とは著しくその性格を異に」する。そのため、「不服申立をすることができる者の範囲は、一般の行政処分の場合と同様にその適否を争う個人的な法律上の利益を有する者に限定されることを当然に予定し」ており、その決定によって職を失うことになる当該議員に対して不服申立ての権利を与えたものにすぎない。

 (2)現行の行政不服審査法

 行政不服審査法第2条は「行政庁の処分に不服がある者は、第4条及び第5条第2項の定めるところにより、審査請求をすることができる」と定める。旧行政不服審査法第4条と異なって「当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害されるおそれのある者」という文言はないが、行政不服審査法第2条は旧行政不服審査法第4条の趣旨を否定したものではないとされている。従って、不服申立適格の問題は審査請求適格の問題として残ることとなった。

 その際に注意しなければならないのが、行政事件訴訟法第9条第2項の存在である。審査請求適格の判断についても、同項が参照されなければならないのである。すなわち、審査請求適格については、次の事項について考慮をしなければならない。

 ・処分の根拠規定の文言

 ・法令の趣旨・目的(当該法令はもとより、関係法令についても参酌しなければならない)

 ・当該処分により侵害される利益の内容・性質、侵害の態様や程度

 

 ▲第7版における履歴:「暫定版 行政救済法 行政争訟法と国家補償法」(2020年10月18日11時25分00秒付)と「暫定版 行政不服審査法(1)」(2020年10月19日00時00分00秒付)を2021年2月16日に統合し、補充の上で掲載。

 ▲第6版における履歴:2017年10月25日掲載(「第21回 行政不服審査制度―2014(平成26)年行政不服審査法の概要―」として)。但し、「1.行政救済法とは」の部分は第6版に該当記事がない。

            2017年12月20日修正。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第30回 行政不服審査法(続)

2021年02月16日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

 4.審査請求などの提起先

 〔1〕審査請求の提起先

 行政不服審査法第4条が規定するが、旧行政不服審査法と比較しても複雑なものと言いうる。法律(または条例)に別段の定めがなければ、次に示すとおりである(同第4号が原則である)。

 ・処分庁または不作為庁に常住行政庁がない場合〈例、人事院、都道府県知事、市町村長〉:当該処分庁または不作為庁(第1号)

 ・処分庁または不作為庁が主任の大臣である場合:当該処分庁または不作為庁(第1号)

 ・処分庁または不作為庁が宮内庁長官である場合:当該処分庁または不作為庁(第1号)

 ・処分庁または不作為庁が内閣府設置法第49条第1項に規定される庁の長である場合〈例、公正取引委員会、国家公安委員会〉:当該処分庁または不作為庁(第1号)

 ・処分庁または不作為庁が内閣府設置法第49条第2項に規定される庁の長である場合〈現在は該当する組織がない〉:当該処分庁または不作為庁(第1号)

 ・処分庁または不作為庁が国家行政組織法第3条第2項に規定される庁〈各省の外局として設置される庁を指す〉の長である場合:当該処分庁または不作為庁(第1号)

 ・宮内庁長官が処分庁または不作為庁の上級行政庁である場合:宮内庁長官(第2号)

 ・内閣府設置法第49条第1項に規定される庁の長が処分庁または不作為庁の上級行政庁である場合:当該庁の長(第2号)

 ・内閣府設置法第49条第2項に規定される庁の長が処分庁または不作為庁の上級行政庁である場合:当該庁の長(第2号)

 ・国家行政組織法第3条第2項に規定される庁の長が処分庁または不作為庁の上級行政庁である場合:当該庁の長(第2号)

 ・主任の大臣が処分庁または不作為庁の上級行政庁である場合:主任の大臣(第3号)

 ・上記以外の場合:当該処分庁または不作為庁の最上級行政庁〈国であれば各省大臣、地方公共団体であれば都道府県知事または市町村長である〉(第4号)

 なお、同第21条第1項により、「審査請求をすべき行政庁が処分庁等と異なる場合における審査請求は、処分庁等を経由してすることができる」(同前段。後段も参照)。

 また、地方自治法第255条の2第1項は、法定受託事務に係る処分および不作為についての審査請求について特例を定める。

 ・都道府県知事その他の都道府県の執行機関の処分または不作為:当該処分に係る事務を規定する法律又はこれに基づく政令を所管する各大臣(第1号)

 ・市町村長その他の市町村の執行機関(教育委員会及び選挙管理委員会を除く。)の処分または不作為:都道府県知事(第2号)

 ・市町村教育委員会の処分:都道府県教育委員会(第3号)

 ・市町村選挙管理委員会の処分:都道府県選挙管理委員会(第4号)

 〔2〕再調査の請求

 処分庁に対して行う(行政不服審査法第5条)。なお、不作為は再調査の請求の対象とならない。

 〔3〕再審査請求

 別に法律の規定がある場合に行いうるものであるため、その法律に定められた行政庁に対して行うこととなる(同第6条)。

 〔4〕教示制度

 (1)必要的教示

 旧行政不服審査法第57条以下においても教示制度が定められていたが、現行の行政不服審査法においては第82条以下に定められている。同第82条第1項に定められるのが必要的教示であり、行政の決定通知書の末尾に、必ず、不服申立てのできること、不服申立てをすべき行政庁、不服申立期間が記載されなければならない旨が規定される。

 (2)利害関係人の請求による教示

 同第2項および第3項には、利害関係人の請求による教示が定められる。

 (3)教示すべき場合に行政庁が教示を行わなかった場合の不服申立て

 同第82条による教示を行政庁が行わなかった場合には、処分について不服がある者は当該行政庁に不服申立書を提出することができる〔同第83条第1項。この場合には、同第2項により同第19条(同第5項第1号および同第2号を除く)が準用される〕。

 また、当該処分が処分庁以外の行政庁に対して審査請求をすることができる処分であるときは、処分庁が「速やかに、当該不服申立書を当該行政庁に送付しなければならない(同第83条第3項)。これにより不服申立書が送付されたときには「初めから当該行政庁に審査請求又は当該法令に基づく不服申立てがされたものとみな」され(同第4項)、同第83条第1項によって不服申立書が提出されたときには「初めから当該処分庁に審査請求又は当該法令に基づく不服申立てがされたものとみな」される(同第3項の場合を除く。同第5項)。

 (4)誤った教示と救済措置

 ①審査請求をすることができる処分について、処分庁が誤って審査庁でない行政庁Aを審査庁として教示した場合に、行政庁Aに審査請求がなされたときには、行政庁Aは審査請求書を処分庁または審査庁となるべき行政庁に送付し、審査請求人に通知しなければならない(同第22条第1項)。また、処分庁に審査請求書が送付されたときは、これを審査庁となるべき行政庁に送付し、審査請求人に通知しなければならない(同第2項)。

 ②再調査の請求をすることができない処分について、処分庁が誤って再調査の請求をすることができる旨を教示した場合に「当該処分庁に再調査の請求がなされたとき」には、処分庁は、速やかに再調査の請求書または再調査の請求録取書を「審査庁となるべき行政庁に送付し、かつ、その旨を再調査の請求人に通知しなければならない」(同第3項)。

 ③再調査の請求をすることができる処分について、処分庁が誤って審査請求をすることができる旨を教示しなかった場合に「再審査の請求人から申立てがあったとき」には「処分庁は、速やかに、再調査の請求書又は再調査の請求録取書及び関係書類その他の物件を審査庁となるべき行政庁に送付しなければならない。この場合において、その送付を受けた行政庁は、速やかに、その旨を再調査の請求人及び第61条において読み替えて準用する第13条第1項又は第2項の規定により当該再調査の請求に参加する者に通知しなければならない」(同第22条第4項)。

 ④以上の場合に該当し、審査請求書または再調査の請求書もしくは再調査の請求録取書が審査庁となるべき行政庁に送付されたときには、初めから審査庁となるべき行政庁に審査請求がなされたものとみなされる(同第5項)。

 ⑤処分庁が審査請求期間を教示しなかった場合には、審査請求人が他の方法で審査請求期間を知りえなかったならば、同第18条第1項ただし書きにいう「正当な理由」に該当し、法定の審査請求期間内に審査請求がなされたものとして扱う。

 ⑥処分庁が誤って法定の期間よりも長い期間を審査請求期間として教示した場合:その教示された期間内に審査請求がなされたならば、やはり同第18条第1項ただし書きにいう「正当な理由」に該当し、法定の審査請求期間内に審査請求がなされたものとして扱う。

 

 5.審査請求の審理手続

 〔1〕行政不服審査制度と行政事件訴訟制度との関係

 処分の違法性もしくは不当性または不作為を争う場合、先に行政不服審査制度を利用し、審査庁が出す裁決に不服がある場合には行政事件訴訟制度を利用するか、行政不服審査制度を利用せずに行政事件訴訟制度を利用するかについては、原則として自由選択主義が採られている(行政事件訴訟法第8条第1項本文、同第38条第4項)。但し、個別法により、先に行政不服審査制度を利用してから行政事件訴訟制度を利用することが義務づけられることがある(不服申立前置主義)。

 〔2〕審理員

 現行の行政不服審査法は、審査請求の審理手続について新たに規定を置き、旧行政不服審査法よりも審理の独立性および中立性を高めている。

 まず、行政不服審査法第9条第1項により、原則として、審査請求がされた行政庁、すなわち審査庁は、その審査庁に所属する職員のうちから審理員を指名し、その旨を処分庁または不作為庁および審査請求人に通知する。但し、同項各号のいずれかに該当する機関が審査庁である場合、または同第24条の規定により審査請求を却下する場合には、審理員を指名する必要がない。

 次に、同第9条第2項は、審理員の指名要件を掲げる。同項は、各号に該当しない者、単純化すれば審理の対象となる処分に関与しない者が審理員となりうる旨を定める。例えば、次のような者が審理員に指名されてはならない。

 ・審査請求に係る処分についての決定に関与した者

 ・再調査の請求についての決定に関与した者

 ・審査請求に係る不作為に関与した者

 ・審査請求人本人

 ・同第13条第1項に掲げられる利害関係人

 以上から、審理員は、審査庁から「一定の独立性」を有する。すなわち、審理員は、審査庁から相対的に独立していることとなる。

 審査庁となるべき行政庁は、審理員の名簿を作成し、公にする(同第17条)。名簿の作成は努力義務であるが、公にするのは行為義務である。

 審理員の権限は、同第9条第1項において「審理手続を行う権限」、すなわち審理の主宰者としての権限が定められる他、次のようなものが認められる。

 ・物件の提出要求(同第33条)

 ・参考人の陳述および鑑定の要求(同第34条)

 ・検証(同第35条)

 ・審理関係人に対する質問(同第36条)

 ・審理手続に関する意見の聴取(その前提の招集も含む。同第37条)

 ・審理手続の併合または分離(同第39条)

 ・審査庁に対して執行停止をすべき旨の意見書の提出(同第40条)

 ・審理手続の終結(同第41条)

 〔3〕標準審理期間

 審査庁となるべき行政庁は、審査請求が事務所に到達してから裁決まで通常要すべき標準的な期間を定め、公にする(同第16条)。標準審理期間の設定は努力義務であるが、公にするのは行為義務である。なお、標準審理期間が経過したからと言って直ちに不作為の違法や裁決の瑕疵が導かれる訳ではないことには、注意を要する。

 〔4〕執行不停止の原則

 審査請求の対象とされた処分の効果をどのように扱うかは、立法政策の問題であるとしても重要な課題である。行政不服審査法第25条第1項は、旧行政不服審査法を引き継ぎ、執行不停止の原則を採る。すなわち、審査請求がなされても、原則として処分の効果は維持されるのであり、処分の効果は停止しない。もっとも、常に執行不停止の原則が貫徹される訳ではなく、例外的ではあるが執行停止がなされる場合もある。

 同第2項は、「処分庁の上級行政庁又は処分庁である審査庁」が執行停止を行うことができる場合を定める。この場合の執行停止は「処分の効力、処分の執行又は手続の続行の全部又は一部の停止その他の措置」とされる。

 同第3項は、「処分庁の上級行政庁又は処分庁のいずれでもない審査庁」が執行停止を行うことができる場合を定める。この場合は「処分の効力、処分の執行又は手続の続行の全部又は一部の停止」に限られる。

 同第4項本文は、審査庁が執行停止を義務として行わなければならない場合として、「処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があると認めるとき」をあげる。

 同第5項は、同第4項に規定される「重大な損害」についての判断に際して、「損害の回復の困難の程度を考慮」し、「損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案する」と定める。

 同第6項は、処分の効力の停止を行うことができない場合を定める。

 同第7項は、「執行停止の申立て」または「執行停止をすべき旨の意見書」が出された場合について定める。この場合に、執行停止をなすかなさないかについては、審査庁の裁量に委ねられる。

 〔5〕弁明書の提出

 同第29条第2項は、審理員が処分庁または不作為庁に対して弁明書の提出を求める旨を定める。弁明書に記載すべき事項は、同第3項に掲げられている。

 〔6〕反論書等の提出

 処分庁または不作為庁による弁明書に対し、審査請求人は反論書を提出できる(同第30条第1項)。また、参加人は、審査請求に係る事件に関する意見書を提出できる(同第2項)。

 〔7〕口頭意見陳述

 行政不服審査法は、原則として書面審理主義を採用するが、審理員は、審査請求人または参加人の申立てがあった場合には、口頭による意見陳述の機会を与えなければならない(同第31条第1項本文)。これは、審理員の職権で行うことができず、職権審理主義(例、同第33条、同第34条、同第35条)の例外でもある。

 口頭意見陳述は、全ての審理関係人を招集して行う(同第2項)。また、口頭意見陳述に際しては、申立人(口頭意見陳述を申し立てた者)が、審理員の許可を得て処分庁または不作為庁に対して質問を発することができる(同第5項。質問権)。

 〔8〕審査請求人または参加人による提出書類等の閲覧等(同第38条)

 〔9〕審理手続の終結および審理員意見書

 審理員は、必要な審理を終えたと認めるときには審理手続を終結する(同第41条第1項)。また、審理員が提出を求めた弁明書などの書類、証拠書類その他の物件が期間内に提出されなかったとき、申立人が正当な理由無く口頭意見陳述に出頭しないときには、審理手続を終結することができる(同第2項)。

 審理員が審理手続を終結したときには、速やかに、審理関係人に対して審理手続を終結した旨を通知しなければならず、同第42条第1項に規定する審理員意見書および事件記録を審査庁に提出する予定時期を通知しなければならない(同第3項。予定時期の変更についても同じである)。

 そして、審理員は、審理手続の終了次第、遅滞なく、審理員意見書(審査庁が行うべき裁決に関する意見書)を作成し、速やかに事件記録とともに審査庁に提出しなければならない(同第42条)。

 〔10〕行政不服審査会等への諮問

 審理員による審理手続とともに、行政不服審査会等への諮問も旧行政不服審査法にはなく、現行の行政不服審査法において初めて設けられた手続である。

 審理手続が終結し、審理員意見書が審査庁に提出されたら、審査庁が国の行政機関である場合には原則として行政不服審査会(同第67条)に諮問しなければならず、審査庁が地方公共団体の長である場合には同第81条に規定される機関に諮問しなければならない(同第43条)。

 〔11〕行政不服審査委員会等からの答申、裁決(同第44条)

 〔12〕裁決の種類

 行政不服審査法は、4種類の裁決を定める。

 (1)却下裁決

 審査請求が要件を欠き、不適法である場合になされる(同第45条第1項、同第49条第1項)。

 (2)棄却裁決

 審査請求が理由のないものである場合になされる(同第45条第2項、同第49条第2項)。

 (3)事情裁決

 処分が違法または不当であっても、取消や撤廃が公の利益に著しい障害を生じる場合に、処分が違法または不当であることを宣言しつつ、審査請求を棄却する場合になされる(同第45条第3項)。

 (4)認容裁決

 同第46条および同第49条第3項に定められる。

 第46条に該当する場合には、次のような内容となる(同第2項)。

 ・処分の一部または全部を取消す。

 ・処分の一部または全部を変更する(できない場合もある)。

 ・申請に対する一定の処分を行うよう、処分庁に命ずる。

 第49条に該当する場合には、次のような内容となる(同第3項)。

 ・不作為が違法または不当である旨を宣言する。

 ・当該不作為に係る処分を行うよう、不作為庁に命ずる。

 

 6.行政不服審査会

 行政不服審査法により設置される行政不服審査会は、総務省に置かれる機関(国家行政組織法第8条に基づく審査会等)であり(行政不服審査法第67条第1項)、9人の委員により組織される(同第68条第1項)。委員の任期は3年であり(再任も可能)、両議院の同意を得て総務大臣が任命する(第69条。詳細については同条各項を確認すること)。

 行政不服審査会の会長については同第70条に、専門委員については同第71条に規定されている。

 行政不服審査会の調査審議は、原則として3人の委員からなる合議体で行う。但し、同審査会が定める場合においては、全委員からなる合議体で調査審議を行う(同第72条)。

 この他、行政不服審査会の調査権限が同第74条に、行政不服審査会における審査関係人の意見陳述の機会が同第75条に、行政不服審査会への審査関係人の主張書面等の提出が同第76条に、行政不服審査会の委員による調査手続が同第77条に、行政不服審査会への審査関係人の提出資料の閲覧請求などが同第78条に、行政不服審査会の答申の写しの送付および公表が同第79条に、それぞれ規定されている。

 

 ▲第7版における履歴:「暫定版 行政不服審査法(2)」として2020年10月20日00時00分00秒付で掲載し、修正の上、2021年2月17日に掲載。

 ▲第6版における履歴:2017年10月25日掲載(「第21回 行政不服審査制度―2014(平成26)年行政不服審査法の概要―」として)。

            2017年12月20日修正。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第28回 個人情報保護法制度

2021年02月15日 22時16分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

  1.個人情報保護制度

 情報公開法制度と同様に、個人情報保護制度も地方公共団体での取り組みが先行した例である。1980年代から、一部の地方公共団体が個人情報保護条例を制定していた(情報公開条例より数は少ない)。

 国の場合、1988(昭和63)年に、行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律が制定された。そして、2003(平成15)年に、個人情報保護法と総称される諸法律が制定され、2005(平成17)年度から施行された。

 ①個人情報の保護に関する法律(個人情報保護法)

 これが個人情報保護に関する基本法である(第1章~第3章)。そして、民間部門の個人情報保護に関する一般法でもある(第4章~第6章)。

 ②行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(以下、行政機関個人情報保護法と記す)

 ③独立行政法人等の保有する個人情報の保護に関する法律(以下、独立行政法人個人情報保護法と記す)

 ④情報公開・個人情報保護審査会設置法

 ⑤行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律等の施行に伴う関係法律の整備等による法律

 ②~⑤と地方公共団体の個人情報保護条例が、公的部門の個人情報保護に関する法制度である。そして、②~④は①に対する個別法としての位置づけを与えられている。以下、②を中心として扱う。

 

 2.行政機関個人情報保護法の目的

 制定当初の行政機関個人情報保護法第1条は「この法律は、行政機関において個人情報の利用が拡大していることにかんがみ、行政機関における個人情報の取扱いに関する基本的事項を定めることにより、行政の適正かつ円滑な運営を図りつつ、個人の権利利益を保護することを目的とする」と定めていた。ここから明らかであるように「行政の適正かつ円滑な運営」(甲)と個人の権利利益の保護(乙)の双方が目的とされていたが、甲と乙とが対立する場合もありうるので、甲と乙とのバランスが問題となりえた。

 同条は「行政機関等の保有する個人情報の適正かつ効果的な活用による新たな産業の創出並びに活力ある経済社会及び豊かな国民生活の実現に資するための関係法律の整備に関する法律」(平成28年5月27日法律第51号)による改正を受け、現在は「この法律は、行政機関において個人情報の利用が拡大していることに鑑み、行政機関における個人情報の取扱いに関する基本的事項及び行政機関非識別加工情報(行政機関非識別加工情報ファイルを構成するものに限る。)の提供に関する事項を定めることにより、行政の適正かつ円滑な運営を図り、並びに個人情報の適正かつ効果的な活用が新たな産業の創出並びに活力ある経済社会及び豊かな国民生活の実現に資するものであることその他の個人情報の有用性に配慮しつつ、個人の権利利益を保護することを目的とする」と定められている。改正の前後を問わず、甲と乙の双方が目的とされ、より重点が置かれるのは乙であると理解されるべきである。しかし、注意しなければならないのは「個人情報の適正かつ効果的な活用が新たな産業の創出並びに活力ある経済社会及び豊かな国民生活の実現に資するものであることその他の個人情報の有用性に配慮しつつ」と述べられている点であろう〈櫻井敬子・橋本博之『行政法』〔第6版〕(2019年、弘文堂)225頁は「個人の権利利益の保護を第一の目的としつつ、個人情報の有用性に言及することにより、IT化が進展した社会における『電子政府』の基盤であることが示されている」と述べる〉。

 また、ここにいう個人の権利、とくに、個人情報保護法によって保護される権利の性質などが問題となりうる。この点については、個人情報保護法にも行政機関個人情報保護法にも言及がなく、自己情報コントロール権としてのプライバシー権が保護されるのか否かについては議論の余地を残している。

 

 3.行政機関個人情報保護法の対象機関

 行政機関個人情報保護法第2条第1項において行政機関の定義がなされており、行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下、行政機関情報公開法)の対象機関と同じであることがわかる。

 

 4.個人情報などの意味

 行政機関個人情報保護法において、個人情報などについては、次のように定義されている。

 (1)個人情報

 行政機関個人情報保護法第2条第2項により、生存する個人に関する情報で、氏名、生年月日などによって特定の個人を識別できるもの、個人識別符号が含まれるもののいずれかであると定義される(同第5条第1号も参照)。

 (2)個人識別符号

 同第2条第3項により、「特定の個人の身体の一部の特徴を電子計算機の用に供するために変換した文字、番号、記号その他の符号であって、当該特定の個人を識別することができるもの」、「個人に提供される役務の利用若しくは個人に販売される商品の購入に関し割り当てられ、又は個人に発行されるカードその他の書類に記載され、若しくは電磁的方式により記録された文字、番号、記号その他の符号であって、その利用者若しくは購入者又は発行を受ける者ごとに異なるものとなるように割り当てられ、又は記載され、若しくは記録されることにより、特定の利用者若しくは購入者又は発行を受ける者を識別することができるもの」の「いずれかに該当する文字、番号、記号その他の符号のうち、政令で定めるもの」と定義される。

 (3)要配慮個人情報

 同第4項により、「本人の人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴、犯罪により害を被った事実その他本人に対する不当な差別、偏見その他の不利益が生じないようにその取扱いに特に配慮を要するものとして政令で定める記述等が含まれる個人情報」と定義される。

 (4)保有個人情報

 同第5項により、「行政機関の職員が職務上作成し、又は取得した個人情報であって、当該行政機関の職員が組織的に利用するものとして、当該行政機関が保有しているもの」で、行政機関情報公開法にいう「行政文書」に記録されているものである。

 (5)個人情報ファイル

 行政機関個人情報保護法第2条第6項により、保有個人情報を含む情報の集合物で、コンピュータなどによって検索が可能であるように体系的な構成がなされたものとされている。これについては、同第10条および同第11条の規定があり、作成および保有をしようとするときの総務大臣への事前通知、帳簿(個人情報ファイル簿)の作成および公表が定められている。

 

 5.取扱基準

 個人情報の取り扱いについては、行政機関個人情報保護法第3条以下に規定されている。

 (1)保有の制限、特定(同第3条)

 行政機関は、個人情報の保有にあたって「法令の定める所掌事務を遂行するため必要な場合に限り、かつ、その利用の目的をできる限り特定しなければならない」(同第1項)。また、特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて個人情報を保有してはならず(同第2項)、利用目的の変更の際には「変更前の利用目的と相当の関連性を有すると合理的に認められる範囲」に限られる(同第3項)。

 (2)個人情報を取得する際の利用目的の明示(同第4条)

 (3)正確性の確保(同第5条)

 (4)安全確保の措置(同第6条)

 (5)従事者の義務(同第7条)

 (6)利用および提供の制限(同第8条)

 行政機関の長は、利用目的以外の目的のために保有個人情報を自ら利用し、または提供してはならない(同第1項)。但し、法令に基づく場合を除くほか、「本人の同意があるとき、又は本人に提供するとき」、「行政機関が法令の定める所掌事務の遂行に必要な限度で保有個人情報を内部で利用する場合であって、当該保有個人情報を利用することについて相当な理由のあるとき」、「他の行政機関、独立行政法人等、地方公共団体又は地方独立行政法人に保有個人情報を提供する場合において、保有個人情報の提供を受ける者が、法令の定める事務又は業務の遂行に必要な限度で提供に係る個人情報を利用し、かつ、当該個人情報を利用することについて相当な理由のあるとき」、「専ら統計の作成又は学術研究の目的のために保有個人情報を提供するとき、本人以外の者に提供することが明らかに本人の利益になるとき、その他保有個人情報を提供することについて特別の理由のあるとき」のいずれかに該当するのであれば、利用目的以外の目的のために保有個人情報を自ら利用し、または提供することができる(同第2項。「本人又は第三者の権利利益を不当に侵害するおそれがあると認められるとき」には不可である。なお、同第3項および第4項も参照)。

 

 6.行政機関個人情報保護法と個人の権利

 (1)開示請求権と開示決定・不開示決定

 「何人も、この法律の定めるところにより、行政機関の長に対し、当該行政機関の保有する自己を本人とする保有個人情報の開示を請求することができる」(行政機関個人情報保護法第12条第1項)。開示請求者は原則として本人に限られるが、本人が未成年者または成年被後見人である場合には法定代理人による開示請求も認められる(同第2項)。

 原則は開示であるが、同第14条各号において不開示事由が限定的に列挙される。同第1号は、開示すれば本人の「生命、健康、生活又は財産を害するおそれがある情報」を不開示とする。同第2号以下における不開示事由は、行政機関情報公開法第5条各号におけるものとほぼ同様である。一方で裁量開示も認められ(行政機関個人情報保護法第16条)、部分開示(同第15条)、そして存否応答拒否処分(同第17条)も定められている。これらの点も行政機関情報公開法と同様である。

 (2)訂正請求権(行政機関個人情報保護法第27条)

 これは、行政機関が保有する個人情報における自己に関する内容が事実でないと思料するときに訂正(追加または削除を含む)を請求する権利である。開示請求と同様に、本人が未成年者または成年被後見人である場合には法定代理人による訂正請求も認められる(同第2項)。

 訂正請求の対象は、開示決定によって開示された保有個人情報などである(同第1項)。したがって、開示請求をすることが前提である。また、訂正請求は、開示決定を受けた日から90日以内に行わなければならない(同第3項)。

 訂正請求の手続は、同第28条の定めるところにより、訂正請求書および本人であることを証明する書類を提出しなければならない(書類については提示も可である)。

 訂正請求を受けた行政機関の長は、訂正請求に「理由があると認めるときは、当該訂正請求に係る保有個人情報の利用目的の達成に必要な範囲内で、当該保有個人情報の訂正をしなければならない」(同第29条)。訂正をする際にはその決定をした上で訂正請求者に対して書面で通知する(同第30条。訂正しない場合も同様)。訂正請求を受けてから訂正決定等までの期間は、原則として30日以内とされている(同第31条第1項。同第2項および同第32条も参照)。

 (3)利用停止請求権(同第36条)

 これは、行政機関が保有する個人情報における自己の情報について、利用の停止もしくは消去、または提供の停止を請求する権利である。

 個人情報の利用の停止または消去の請求は、「当該保有個人情報を保有する行政機関により適法に取得されたものでないとき、第3条第2項の規定に違反して保有されているとき、又は第8条第1項及び第2項の規定に違反して利用されている」と個人が思料する場合に行うことができる(同第36条第1項第1号)。一方、個人情報の提供の停止は、「第8条第1項及び第2項の規定に違反して提供されている」と思料する場合に行うことができる(同第36条第1項第2号)。

 利用停止請求権についても、訂正請求権と同様に、開示決定を受けた日から90日以内に行わなければならない(同第3項)。利用停止請求の手続も訂正請求の手続と同様であり(同第37条)、行政機関の長の利用停止義務、書面による決定通知、訂正請求を受けてから利用停止決定等までの期間についても、訂正請求についてと同様である(同第38条〜第41条)。

 

 7.救済制度(同第42条)

 行政機関情報公開法と同様の規定であり、行政不服申立てについても情報公開・個人情報保護審査会への諮問手続が明示されている。

 

 8.情報公開・個人情報保護審査会(総務省に設置される機関)

 当初は情報公開審査会として行政機関情報公開法に規定された機関であったが、行政機関個人情報保護法の施行により、新たに情報公開・個人情報保護審査会設置法によって設置された。この機関は、行政機関情報公開法第18条、独立行政法人情報公開法第18条第3項、行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(行政機関個人情報保護法)第42条および独立行政法人等の保有する個人情報の保護に関する法律(独立行政法人個人情報保護法)第42条第3項による不服申立てについての調査・審議を行う権限を有する。委員は15名で、両議院の同意を得て内閣総理大臣によって任命され、原則として非常勤である(但し、5名以内を常勤とすることも可能)。任期は3年で、再任可能である。また、守秘義務が課されている。

 情報公開・個人情報保護審査会の調査権限は、情報公開・個人情報保護審査会設置法第9条により、次のように定められている。

 α.諮問庁(不服申立を受けた行政機関の長)に対し、行政文書または保有する個人情報の提供を求めることができる(諮問庁はこれを拒むことができない)。

 いわゆるインカメラ審理が認められる。これは、裁判官にも認められていない権限である。

 β.諮問庁に対し、行政文書等に記録されている情報、または保有する個人情報に含まれている情報の内容を、審査会の指定する方法によって分類または整理した資料を作成し、提出することを求めることができる。いわゆるボーンインデックスの作成の指示権である。

 γ.不服申立人などに対して資料の提出や意見の陳述を求めることもできる。なお、調査審理手続は非公開である(同第14条)。

 

 ▲第7版における履歴:2021年2月15日掲載。

 ▲第6版における履歴:2017年10月25日掲載(「第18回 個人情報保護法制度」として)。

              2017年12月20日修正。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第27回    情報公開法制度

2021年02月13日 00時25分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

 以下、法律については次のように略記する。

 行政機関の保有する情報の公開に関する法律⇒行政機関情報公開法

 独立行政法人等の保有する情報の公開に関する法律⇒独立行政法人情報公開法

 

 1.情報公開制度総論

 〔1〕情報公開の意義

 情報公開は、行政による情報管理の一態様であり、次の二つの意味を併せ持つ。

 (1)行政機関が管理する情報を、私人の請求により開示すること。一般的に情報公開という場合は、この意味である。

 (2)行政機関が管理する情報を、行政機関の側で積極的に提供すること。これは、情報提供とも言われている。広報もその一種であろう。

 情報公開の出発点は、国民主権・民主主義の理念である(行政機関情報公開法第1条を参照)。この理念において、行政機関が収集し、管理する情報は、本来、国民の共有財産である。民主主義においては公開政治が原則であるから「国民主権から出発すれば、情報公開は当然である」〈山崎正『住民自治と行政改革』(2000年、勁草書房)56頁注(4)。拙稿「大分県における情報公開(1)―大分地方裁判所平成12年4月3日判決の評釈を中心に―」大分大学教育学部研究紀要第22巻第2号427頁も参照〉。また、行政運営の公開性、および国民に対する政府の説明責任も、国民主権・民主主権の理念から説明しうるものである。

 〔2〕行政手続との関係、行政手続との違い

 情報公開は、行政手続の整備と並び、適正な行政運営(国家運営)を担保するために欠かせないものである。恣意的な行政運営(国家運営)は、近現代史の教訓が示すように、行政ないし国家の堕落、さらには滅亡、破滅をもたらす。社会が複雑化し、行政に認められる裁量権が拡大する中において、情報公開と行政手続の整備は、いずれも必要不可欠なものであると考えてよいであろう。

 但し、情報公開と行政手続は、考え方などに違いがある。

 行政手続(法)の整備は、「第23回 行政手続法〜事前手続に対する統制から その1:行政手続法の基礎」において述べたところから明らかであると思われるが、元々、私人の権利や利益を国家権力から保護するという考え方に由来する。これは自由主義的な発想に基づいているのである。

 それに対し、情報公開は、国民主権の原理に由来する。これは、行政への適切な参加、あるいは行政に対する監視という考え方である。

 さらに言うならば、行政手続には事件性の観念が必要であるのに対し、情報公開に事件性の観念は不要である。従って、情報公開の場合、自己の権利や利益などと関係のない情報(文書)であっても請求の対象となる(横浜地判昭和59年7月25日行裁例集35巻12号2292頁および東京高判昭和59年12月20日行裁例集35巻12号2288頁を参照)。言い換えれば、情報公開の場合、開示請求権が広く国民・住民などに認められている。

 また、歴史的な面での違いもある。行政手続法制の整備は国が先行したが、情報公開法制の整備は地方が先行した。情報公開条例の第1号は、1982年に制定された山形県金山町の条例である。都道府県における情報公開条例の第1号は、やはり1982年に制定された神奈川県の条例である。ちなみに、国の情報公開法は1999年に制定され、2001年に施行された。

 〔3〕情報公開制度の憲法上の根拠

 情報公開制度も、それが国や地方公共団体の制度である以上、憲法の理念に即したものでなければならない。それでは、情報公開法制度の憲法上の根拠は何処に求められるのであろうか。これについては、いくつかの説が存在する。

 (1)憲法第21条説

 国民の「知る権利」(表現の自由から導かれる)に求め、情報公開請求権が「知る権利」を具体化したものとする説である。

 憲法学においては、「知る権利」の根拠を憲法第21条以外の条文に求める説も存在するが、ここでは通説に従っておく。

 (2)国民主権説

 特定の条文に求めるのではなく、国民主権原理から行政側のアカウンタビリティ(説明責任と仮に訳しておく)があるものと考える説である。

 なお、「知る権利」は、憲法学説において一般化しているようであるが、意味や内容が広汎にわたり、とくに、情報開示請求権としての意味については、最高裁判決が出ていないこともあって、行政機関情報公開法には示されていない(若干の条例で示されているが)。

  

 2.行政機関情報公開法の構造

 〔1〕行政機関情報公開法の目的

 昨今の実定法規と同様に、行政機関情報公開法第1条は法律の目的を示すものとなっている。この規定は、次のことを示している。

 (1)前述のように、国民主権の理念を明示する。

 (2)政府(対象は行政機関に限定される)が保有する情報に対する国民の開示請求権を認める。

 通説は、この法律によって初めて具体的な情報開示請求権が認められると理解する。 もっとも、このような見解を採るとするならば、情報開示請求権の人権としての意味は薄まることも否定できない。

 (3)「政府の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにする」

 (4)「国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資する」

 これは、国民参加、そして国民による行政への監視と同義である。なお、「知る権利」が明示されていないことについては根強い批判が存在するが、表面的な事柄ではないかとする見解もある。

 〔2〕対象となる機関(同第2条第1項)

 国の行政機関である。従って、会計検査院は対象となる機関であり〈但し、不服審査の機関は、行政機関情報公開法第18条および会計検査院法第19条の2により、会計検査院の中に置かれる会計検査院情報公開・個人情報保護審査会である〉、外交、防衛、警察関係の行政機関も対象とされる。

 他方、国会や裁判所は行政機関でないことから除外される。また、地方公共団体も除外される。但し、国会や裁判所が作成した文書、地方公共団体が作成した文書であっても、その文書または写しが国の行政機関にあれば、開示の対象となる。

 なお、独立行政法人、特殊法人、認可法人などは、独立行政法人等情報公開法の対象である〈特殊法人については、様々な定義が存在するが、ここでは、法律によって直接設立される法人(公社)、または特別の法律によって特別の設立行為をもって設立される法人(公団、事業団など)、と定義しておく。また、認可法人は、特別な法律によるが、私人の自主的な行為によって設立されるものをいう〉。同法別表第一および第二を参照されたい。

 〔3〕対象となる文書=「行政文書」

 行政機関情報公開法第3条は「行政文書」の開示を規定している。ここにいう「行政文書」は、同第2条第2項において 「行政機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書、図画及び電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られた記録をいう。以下同じ。)であって、当該行政組織の職員が組織的に用いるものとして、当該行政機関が保有しているもの」と定義されている(但し、第1号および第2号に規定されているものを除く)。

 この定義から、「行政文書」には、文書は当然として、写真、フィルム、磁気テープ、パソコンで作成した文書データなども含まれることとなる。

 そして、先行した地方公共団体の情報公開条例では「公文書」として決裁供覧という手続を経た文書のみが公開の対象とされていたが、行政機関情報公開法ではこのような手続を経ていない文書でも開示の対象となる。従って、職員個人の私的なメモは開示の対象にならないが、組織的に使われているメモ(薬害エイズ事件で問題とされたノートなど)は、保管されているだけであっても開示の対象となる。

 〔4〕開示に関する諸事項

 (1)開示請求者

 行政機関情報公開法第3条は、「何人も」情報開示請求権を有する旨を規定する。ここにいう「何人も」は文字通りのものであって、日本国民に限定されていないし、居住も要件になっていない。

 情報開示請求権は、個人の権利であり、裁判上の救済を受ける。従って、開示請求に対して不開示決定がなされた場合、対象となる文書の内容を問わず、裁判や不服審査で争いうる。このことから、行政機関の長による開示決定・部分開示決定・不開示決定は、行政行為(処分)であり、行政手続法第2章にいう「申請に対する処分」に該当するとくに同第8条が重要であり、不開示決定および部分開示決定(=一部不開示決定)については、不開示としたことについて行政機関の長が理由を示さなければならない。

 また、開示請求は、行政手続法第2条第3号にいう「申請」に該当する。

 行政機関は、開示情報・不開示情報について審査基準を設定し、公表しなければならない(同第5条)。また、不開示決定および部分開示決定(=一部不開示決定)については、不開示としたことについて行政機関の長が理由を示さなければならない(同第8条)。

 一方、義務についての一般的な規定はないが、手続として同第4条に規定がある(行政手続法よりも申請人の保護に厚い)。情報開示請求権者は、開示請求書という書面によって請求をするのであるが、その際、氏名、住所などの記載、行政文書の名称など、開示を請求しようとする行政文書を特定しうる事項の記載が求められる。法律上はこれらの記載のみで十分であり、その範囲を超える記載を行政機関から求められたとしても拒否できると理解すべきである。逆に言えば、行政機関は、行政機関情報公開法第4条に定められていない事項を要件として記載することを情報開示請求権者に強要することは、情報開示請求権者に萎縮効果などを生じさせかねず、情報公開法の趣旨からして許されないと理解すべきである。

 ただ、実際には同第4条の範囲を超える記載などを求める省庁が存在する。これは、法律の趣旨を完全に逸脱しており、許されないものと解すべきである。

 (2)行政機関の開示義務

 同第3条が私人に情報開示請求権を認めていることとの関係で、同第5条は行政機関の開示義務を規定する。すなわち、行政文書については開示することが原則とされているのである。

 もっとも、行政文書に含まれている情報であればいかなるものであっても開示しなければならないというものではないし、むしろ、開示してはならない情報(不開示情報)もある。不開示情報が含まれている場合には、情報の開示はできない。不開示情報を開示しないこと自体については、行政機関に裁量が認められない(但し、同第7条により、公益上特に必要であるとして開示することが認められる場合があることに注意を要する)。ただ、現実的には、一つの行政文書の中に開示情報と不開示情報とが混在することが多いため、部分開示が認められている。

 (3)不開示情報とされるもの

 行政機関情報公開法第5条各号は、不開示情報を定めている。各号ごとにみていくこととする。

 ①第1号:個人情報。個人が識別されうるものであれば、原則として不開示である。

 個人情報については、個人情報であれば定型的に不開示とするタイプ(個人識別型)と、プライバシーとして保護に値するならば不開示とするタイプ(プライバシー型)とが存在するが、情報公開法は個人識別型を採用する。

 なお、個人情報であるから全てが不開示情報とされる訳ではない。第1号のイ~ハは、個人情報でありながら不開示情報とされないものを列挙する。

 かねてから、個人情報として開示(公開)か不開示(非公開)かが争われたのが、公務員の職および職務遂行に係る情報である。判例の蓄積などによって、地方公共団体の条例においては、職務遂行に関する情報である場合については、公務員の職のみならず、氏名を開示情報とする場合が多くなっている(最三小判平成15年11月11日民集57巻10号1387頁(Ⅰ−35)、最三小判平成19年4月17日判時1971号109頁(Ⅰ−37)を参照)。これに対し、情報公開法は、公務員の職および職務遂行の内容に係る情報を開示情報としており、氏名は含まれないとされている。但し、人事異動などの際に課長以上の職であれば開示されるのが慣行である。

 〔念のために記しておくが、職務遂行に関係のない情報であれば、いかに公務員に関する情報であるといえども通常の個人情報と同じく不開示(非公開)とすべきである。例えば、公務員個人が保有する銀行預金の口座番号、運転免許証の番号などは不開示とされることになる。これらは公務員の個人的な生活に関わるからである。〕

 ②同第1号の2:行政機関非識別加工情報等(行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律第2条第9項も参照)。行政機関が保有する個人情報から個人識別部分や個人識別符号を取り除いて作成された情報を、行政機関非識別加工情報という。これは不開示情報である。また、削除された個人識別部分や個人識別符号も不開示情報である。

 ③第2号:法人の情報および個人の事業に関する情報。個人情報と異なり、イおよびロに掲げられた事由に限定されている。

 イは「正答な利益を害するおそれのあるもの」となっていて、ノウハウや信用などを広く含むとされる。この場合、「おそれがあるもの」と規定されているので、「おそれ」が実際に存在したか否かについては裁判所の審査に服する。

 ロはいわゆる任意提供情報で公にしないという条件が付されたものとなっている。但し、「行政機関の要請を受け」たものである、などの条件が付されている。

 ④第3号:国の安全等に関する情報。これについては、「おそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報」となっており、実際に「おそれ」があるか否かについての判断は行政機関の長の要件裁量が認められる。従って、裁判所は、行政機関の長が「おそれがある」と判断したことに「相当の理由」があるか否かについてのみ審査する(要件を全面的に審査するのではない)。

 ⑤第4号:公共の安全と秩序の維持に関する情報。司法警察活動に関する情報である。これについても、「おそれがある」か否かについての判断は行政機関の長の要件裁量が認められるので、裁判所は、行政機関の長が「おそれがある」と判断したことに「相当の理由」があるか否かについてのみ審査する。

 ⑥第5号:行政機関などの内部または相互間での審議、検討または協議に関する情報(意思形成過程情報)。この場合は「おそれ」があるか否かについて裁判所の全面的な審査が及ぶ。例えば、審議会における審議の内容が逐一公開されるならば、場合によっては外部からの不当な圧力や干渉を招くことになる。また、場合によっては不要な憶測を招き、地域の混乱などを招くこともありうる。そのため、このような情報は不開示とされるのである。しかし、逆に、審議や検討などの最中にある案件について、最終的な意思決定がなされるまでに不開示(非公開)としておくと問題が生じることもありうる(後掲最二小判平成6年3月25日を参照〕。

 ⑦第6号:事務事業情報。この場合も「おそれ」があるか否かについて裁判所の全面的な審査が及ぶ。不開示とされる情報はイないしホに分類されているが、これは例示であるとされている。なお、不開示情報については、審査基準を設定し、公表しなければならない(行政手続法第5条)。

 (4)開示・不開示の判断

 行政機関情報公開法に基づく開示請求がなされた場合、行政機関の長は開示または不開示の決定をなさなければならないが、既に述べたように、同第5条本文により、原則として開示決定をなさなければならないことになる。

 しかし、例外として、行政機関の長は不開示決定をなすこともできる。一つは全部不開示で、これは申請に対する拒否処分としての性格を有する。次に部分開示であり、これは申請に対する一部拒否処分としての性格を有する。そして、同第6条第2項による、氏名など、個人識別情報を除外しての開示処分である。

 同第7条は、前述のように、例外の例外を認めている。裁量的開示決定である。これは行政機関の長に効果裁量を認めるものである。

 なお、同第8条は、特殊な判断として存否応答拒否処分を認めている(グローマー条項ともいう)存否応答拒否処分は、アメリカの判例法で形成されたものである。CIAと国防総省が、当時のソ連の潜水艦グローマー・イクスプローラ号を合同で引き揚げようとした計画があった。これについて開示請求がなされた際に、記録の存否に関する応答が拒否されたという事件があった。これについて、1981年、連邦最高裁判所判決は拒否を妥当と解した。この事件がきっかけとなり、存否応答許否処分を定める規定をグローマー条項というようになった。開示請求の対象となっている文書の存否そのものを回答するだけで、開示請求の目的が達成される場合がある。その場合に、行政機関の長は、文書の存否を明らかにすることなく、開示請求を拒否することができるのである。北海道情報公開条例第12条は、存否応答拒否処分ができる場合を限定的に定めているが、行政機関情報公開法第8条は特別な限定を加えていないため、濫用されないことが望まれる。

 開示決定または不開示決定をなす際に、手続的に考慮しなければならない事項が存在する。同第13条は、第三者に対する意見書提出の機会の付与等を規定する。開示請求の対象となった行政文書に第三者の情報が記録されている場合がありうる。このときに、その第三者の情報が開示された場合に不測の権利侵害などが生じる可能性も否定できない。そのため、その第三者に意見書の提出などの機会を与えることができる。なお、同条のうちの第1項は裁量事項であり、第2項は義務的事項を定めるものである。

 開示決定・部分開示決定・不開示決定のいずれも要式行為である(同第9条)。また、前述のように、部分開示決定・不開示決定については理由付記が求められる(同第8条)。

 期間は、開示請求があった日から原則として30日以内とされている(同第10条第1項)。

 〔5〕部分開示決定・不開示決定に対する救済措置

 (1)救済措置を申し立てることができる者

 まず、開示請求者は開示請求権を有するので、不服申立適格(行政不服審査制度)、原告適格(行政事件訴訟制度)を有する。

 その他の個人や法人は、情報公開法によって保護される利益がある限り、行政機関情報公開法第13条・第19条・第20条にいう「第三者」として、不服申立適格(行政不服審査制度)、原告適格(行政事件訴訟制度)を有する。

 (2)救済制度その1 行政事件訴訟

 行政機関情報公開法に特別の規定が存在しないので、行政不服審査制度を利用することなく、直ちに、行政事件訴訟法に定められる抗告訴訟を提起することができる。

 a.取消訴訟 従来から認められている。これは、開示請求者にも「第三者」にも認められる。

 b.義務付け訴訟 行政事件訴訟法の改正によって明文で認められた(同第3条第6項第2号)。

 c.差止訴訟 「第三者」が開示決定について提起することができる(同第3条第7項、第37条の4)。

 (3)救済制度その2

 直ちに抗告訴訟を提起するのではなく、行政不服審査制度を利用することができる。基本的には行政不服審査法の規定によるが、行政機関情報公開法には特別な手続が規定されている。

 a.不服申立てがなされた場合、同第19条に規定されている場合を除き、行政機関の長は「情報公開・個人情報保護審査会」に諮問する。

 b.諮問した旨を、不服申立人などに通知する(同条)。

 c.諮問を受けた審査会は、審査の結果を答申として示すことになるが、答申の写しは不服申立人などに交付され、一般に公表される(情報公開・個人情報保護審査会設置法第16条)。

 d.答申を受けた行政機関の長が、最終的に不服申立に対して裁決または決定を行う。行政機関の長は、審査会の答申に法的に拘束されないが、尊重される必要がある。

 

 4.情報公開に関する判例

 ●最一小判平成6年1月27日民集48巻1号53頁(大阪府知事交際費公開請求訴訟、Ⅰ―34)

 事案:大阪府の住民等であるXらは、大阪府公文書公開条例に基づいて、昭和60年1月から3月までの大阪府知事の交際費に関係する文書の公開を請求した。これに対し、知事Yは一部を公開したが、債権者の請求書および領収書、歳出額現金出納簿、支出証明書について、同条例第8条第1号・第4号・第5号、第9条第1号に該当するとして非公開とした。大阪地判平成元年2月14日判時1309号3頁はXの請求を認めたのでYは控訴したが、大阪高判平成2年10月31日行集41巻10号1765頁は控訴を棄却したので、Yが上告した。最高裁判所第一小法廷は破棄差戻判決を下した。

 判旨:⑴「知事の交際費は、都道府県における行政の円滑な運営を図るため、関係者との懇談や慶弔等の対外的な交際事務を行うのに要する経費である。このような知事の交際は、懇談については本件条例8条4号の企画調整等事務又は同条5号の交渉等事務に、その余の慶弔等については同号の交渉等事務にそれぞれ該当すると解されるから、これらの事務に関する情報を記録した文書を公開しないことができるか否かは、これらの情報を公にすることにより、当該若しくは同種の交渉等事務としての交際事務の目的が達成できなくなるおそれがあるか否か、又は当該若しくは同種の企画調整等事務や交渉等事務としての交際事務を公正かつ適正に行うことに著しい支障を及ぼすおそれがあるか否かによって決定されることになる。」

 ⑵「知事の交際事務には、懇談、慶弔、見舞い、賛助、協賛、餞別などのように様々なものがあると考えられるが、いずれにしても、これらは、相手方との間の信頼関係ないし友好関係の維持増進を目的して行われるものである。そして、相手方の氏名等の公表、披露が当然予定されているような場合等は別として、相手方を識別し得るような前記文書の公開によって相手方の氏名等が明らかにされることになれば、懇談については、相手方に不快、不信の感情を抱かせ、今後府の行うこの種の会合への出席を避けるなどの事態が生ずることも考えられ、また、一般に、交際費の支出の要否、内容等は、府の相手方とのかかわり等をしん酌して個別に決定されるという性質を有するものであることから、不満や不快の念を抱く者が出ることが容易に予想される。そのような事態は、交際の相手方との間の信頼関係あるいは友好関係を損なうおそれがあり、交際それ自体の目的に反し、ひいては交際事務の目的が達成できなくなるおそれがあるというべきである。さらに、これらの交際費の支出の要否やその内容等は、支出権者である知事自身が、個別、具体的な事例ごとに、裁量によって決定すべきものであるところ、交際の相手方や内容等が逐一公開されることとなった場合には、知事においても前記のような事態が生ずることを懸念して、必要な交際費の支出を差し控え、あるいはその支出を画一的にすることを余儀なくされることも考えられ、知事の交際事務を適切に行うことに著しい支障を及ぼすおそれがあるといわなければならない。したがって、本件文書のうち交際の相手方が識別され得るものは、相手方の氏名等が外部に公表、披露されることがもともと予定されているものなど、相手方の氏名等を公表することによって前記のようなおそれがあるとは認められないようなものを除き、懇談に係る文書については本件条例8条4号又は5号により、その余の慶弔等に係る文書については同条5号により、公開しないことができる文書に該当するというべきである。」

 ⑶「本件における知事の交際は、それが知事の職務としてされるものであっても、私人である相手方にとっては、私的な出来事といわなければならない。本件条例9条1号は、私事に関する情報のうち性質上公開に親しまないような個人情報が記録されている文書を公開してはならないとしているものと解されるが、知事の交際の相手方となった私人としては、懇談の場合であると、慶弔等の場合であるとを問わず、その具体的な費用、金額等までは一般に他人に知られたくないと望むものであり、そのことは正当であると認められる。そうすると、このような交際に関する情報は、その交際の性質、内容等からして交際内容等が一般に公表、披露されることがもともと予定されているものを除いては、同号に該当するというべきである」。

 ●最三小判平成6年2月8日民集48巻2号255頁(大阪府水道部文書公開請求訴訟または大阪府食糧費情報公開訴訟)

 事案:大阪府の住民であるXは、大阪府公文書公開条例に基づいて、昭和59年12月に行われた大阪府水道部の会議接待費および懇談会費についての公文書の公開を請求した。これに対し、Yは、この請求に対応する文書を支出伝票、債権者の請求書および経費支出伺と特定した上で、同条例第8条第1号・第4号・第5号に該当するとして非公開とした。Xは異議申立てを行ったがYは棄却の決定を行った。このため、Xが出訴した。一審判決(大阪地裁平成元年4月11日判タ705号129頁)はXの請求を認めたのでYは控訴したが、二審判決(大阪高判平成2年5月17日判時1355号8頁)は控訴を棄却した。Yは上告したが、最高裁判所第三小法廷は上告を棄却した。

 判旨:⑴「本件文書には飲食店を経営する業者の営業上の秘密、ノウハウなど同業者との対抗関係上特に秘匿を要する情報が記録されているわけではなく、また、府水道部による利用の事実が公開されたとしても、特に右業者の社会的評価が低下するなどの不利益を被るとは認め難いので、本件文書の公開により当該業者の競争上の地位その他正当な利益を害するとは認められない」。

 ⑵「本件文書に記録されている情報は、府水道部の懇談会等に関するものであるが、このような懇談会等の形式による事務は、前記のとおり、単なる儀礼的なものではなく、すべて府水道部の事務ないし事業の遂行のためにされたものであって、その内容いかんにより、4号の企画調整等事務ないし5号の交渉等事務に該当する可能性があることは十分考えられる。しかし、右情報は、前記のとおり、懇談会等の開催場所、開催日、人数等のいわば外形的事実に関するものであり、しかも、そこには懇談の相手方の氏名は含まれていないのがほとんどである。このような会合の外形的事実に関する情報からは、通常、当該懇談会等の個別、具体的な開催目的や、そこで話し合われた事項等の内容が明らかになるものではなく、この情報が公開されることにより、直ちに、当該若しくは同種の事務の目的が達成できなくなり、又はこれらの事務の公正かつ適切な執行に著しい支障を及ぼすおそれがあるとは断じ難い」。本件懇談会等に関する文書を公開することにより、大阪府公文書公開等条例8条4号・5号にいう事務の公正かつ適切な執行に著しい支障を及ぼすおそれがあるというためには、「上告人の側で、当該懇談会等が企画調整等事務又は交渉等事務に当たり、しかも、それが事業の施行のために必要な事項についての関係者との内密の協議を目的として行われたものであり、かつ、本件文書に記録された情報について、その記録内容自体から、あるいは他の関連情報と照合することにより、懇談会等の相手方等が了知される可能性があることを主張、立証する必要があるのであって、上告人において、右に示した各点についての判断を可能とする程度に具体的な事実を主張、立証しない限り、本件文書の公開による前記のようなおそれがあると断ずることはできない」。

 ●最二小判平成23年10月14日判時2159号50頁

 事案:Xは、平成16年8月9日、行政機関情報公開法第3条に基づき、A(近畿経済産業局長)に対し、「エネルギーの使用の合理化に関する法律」第11条に基づいて同日までに各事業者から提出された定期報告書の開示請求をした。Aは、開示請求に係る行政文書として、最新年度の定期報告書のうち熱管理に関する定期報告書および電気管理に関する定期報告書を特定したが、これらの第1表には各工場の燃料等または電気の使用量等に関する情報が記録されており、行政機関情報公開法第13条第1項に定められる第三者情報に該当するものであったことから、定期報告書を提出した第一種特定事業者に対して意見書の提出を求めた。同年9月24日までに意見書の提出を受けたことから、Aは同年10月8日に246通、同年12月10日に664通の定期報告書のうち、提出者等に関する事項のうち個人情報等に該当する部分については行政機関情報公開法第5条第1号の不開示情報に、法人等の印影については同第2号の利益侵害情報に該当するとして不開示とし、第1表については全て開示するという部分開示決定を行った。また、Aは、平成17年1月6日、52通については上記と同様の部分開示、214通については第1表についても全部または一部を不開示とする決定を行った。なお、第1表の一部を不開示とすることにつき、「法人に関する情報であって、通常一般には入手できない当該法人の事業活動に関する内部情報であり、当該情報を競業他社が入手し、パンフレット等により生産量の情報を知り得た場合、製品当たりのエネルギーコスト等が推測され、製品当たりの製造コストが類推可能となり、競業他社との競争上の不利益や、販売先事業者との価格交渉上の不利益が生じること等が想定される。従って、これらの情報を公にすることにより、当該法人の権利、競争上の地位、ノウハウ等正当な利益を害するおそれがあることから、法第5条2号イに該当するため、これらの情報が記載されている部分を不開示とした」とする理由が付されていた。

 Xは、同年2月23日、B(経済産業大臣)に対し、214通の定期報告書の第1表も不開示とした部分開示決定処分について審査請求を行った。Xは、同年7月29日にこの部分開示決定処分の取消を求め、Y(国)を被告として訴訟を提起した。なお、Aは平成18年5月19日付で部分開示決定処分の一部を変更する旨の処分を行っている。

 一審判決(大阪地判平成19年1月30日判例集未登載)はXの請求を一部認容したが、Yが控訴し、二審判決(大阪高判平成19年10月19日判例集未登載)はY敗訴部分を取り消し、Xの請求の一部を棄却、一部を却下した。最高裁判所第二小法廷は、Xの上告を棄却した。

 判旨:⑴部分開示決定処分に係る非開示情報のうち数値情報(以下、本件数値情報)は、訴外各会社(以下、本件各事業者)の各工場において「特定の年度に使用された各種エネルギーの種別及び使用量並びに前年度比等の各数値を示す情報であり、本件各事業者の内部において管理される情報としての性質を有するものであって、製造業者としての事業活動に係る技術上又は営業上の事項等と密接に関係する」。また、「温室効果ガス算定排出量の公表及び開示に係る制度においては、事業所単位のエネルギー起源二酸化炭素の温室効果ガス算定排出量を算定する基となる本件数値情報に相当する情報が報告及び開示の対象から除外されており、かつ、この情報が情報公開法5条2号イと同様の要件を満たす場合には、各事業者の権利、競争上の地位その他正当な利益(以下「権利利益」という。)に配慮して、事業所単位各物質排出量に代えてこれを一定の方法で合計した量をもって環境大臣及び経済産業大臣に通知し、公表及び開示の対象とする制度が併せて定められている。すなわち、(中略)本件数値情報に相当する情報よりも抽象度の高い事業所単位のエネルギー起源二酸化炭素の温室効果ガス算定排出量についてさえ、事業者の権利利益に配慮して開示の範囲を制限することが特に定められているのであって、このことからも、本件数値情報が事業者の権利利益と密接に関係する情報であることがうかがわれるところである」。

 ⑵「本件数値情報は、事業者単位ではなく工場単位の情報であるという点で個別性が高く、その内容も法令で定められた事項及び細目について個々の数値に何らの加工も施されない詳細な基礎データを示すものであり、本件各工場における省エネルギーの技術の実績としての性質も有するものである。しかも、定期報告書は毎年定期的に提出されるもので、前年度比の数値もその記載事項に含まれているから、これを総合的に分析することによって、本件各工場におけるエネルギーコスト、製造原価及び省エネルギーの技術水準並びにこれらの経年的推移等についてより精度の高い推計を行うことが可能となるものというべきである」。

 ⑶「これらによれば、競業者にとっては、本件数値情報が開示された場合、上記のような総合的な分析に自らの同種の数値に関する情報等との比較検討を加味することによって、上記の点についての更に精度の高い推計を行うことができるものというべきであり、本件各工場におけるエネルギーコスト、製造原価及び省エネルギーの技術水準並びにこれらの経年的推移等についての各種の分析に資する情報として、これを自社の設備や技術の改善計画等に用いることが可能となるものということができる。また、需要者にとっても、本件数値情報が開示された場合、上記のような総合的な分析によってエネルギーコスト及び製造原価並びにこれらの経年的推移等の推計を行うことにより、本件各工場におけるエネルギーコストの減少の度合い等を把握することができるものというべきであり、本件各事業者との製品の価格交渉等において、この点についての客観的な裏付けのある情報としてこれを交渉の材料等に用いることが可能となるものということができる」。

 ⑷「本件数値情報の内容、性質及びその法制度上の位置付け、本件数値情報をめぐる競業者、需要者及び供給者と本件各事業者との利害の状況等の諸事情を総合勘案すれば、本件数値情報は、競業者にとって本件各事業者の工場単位のエネルギーに係るコストや技術水準等に関する各種の分析及びこれに基づく設備や技術の改善計画等に資する有益な情報であり、また、需要者や供給者にとっても本件各事業者との製品や燃料等の価格交渉等において有意な事項に関する客観的な裏付けのある交渉の材料等となる有益な情報であるということができ、本件数値情報が開示された場合には、これが開示されない場合と比べて、これらの者は事業上の競争や価格交渉等においてより有利な地位に立つことができる反面、本件各事業者はより不利な条件の下での事業上の競争や価格交渉等を強いられ、このような不利な状況に置かれることによって本件各事業者の競争上の地位その他正当な利益が害される蓋然性が客観的に認められるものということができる」。したがって、「本件数値情報は、これが公にされることにより本件各事業者の競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるものとして、情報公開法5条2号イ所定の不開示情報に当たるというべきであ」り、「その内容、性質に鑑み、人の生命、健康、生活又は財産を保護するために公にすることが必要であるとは認められず、情報公開法5条2号ただし書所定の開示すべき情報に当たるものでないことは明らかである」。

 ●最二小判平成6年3月25日判時1512号22頁(京都府鴨川ダムサイト情報公開訴訟、Ⅰ―36)

 事案:京都府知事Yは、鴨川の河川管理者であり、鴨川の改修計画について幅広く意見を聴くために鴨川河川協議会を設置した。この協議会においてダムサイト候補地点選定位置図が提出された。そして、協議会が終了した後、ダム構想の存在と先の位置図が提出されたことが記者会見で発表された。これを知ったXは、京都府情報公開条例に基づいてダムサイト候補地点選定位置図の公開を請求したが、Yは、これが条例第5条第6号に規定される意思形成過程情報に該当するとして非公開の決定をした。なお、ダムサイト候補地点選定位置図は初期の段階の資料であり、地質などの自然要件や用地確保の可能性などといった社会的条件については全く考慮されていなかった。

 京都地方裁判所は、Yの処分を違法とした。これに対し、大阪高等裁判所は、Yの処分が相当であるとしてXの請求を棄却した。理由として、先の記者会見によって委員や担当課に対して交渉の申し入れや強要があったなどという事実の下では、本件文書が意思形成過程における未成熟な情報であり、これを公開すれば無用の誤解や混乱を招き、さらに協議会の意思形成を公正かつ適切に行うことに著しい支障が生ずるおそれがあると述べている。

 判旨:最高裁判所第二小法廷は、大阪高等裁判所の判断を正当として是認し、京都府情報公開条例第5条第6号が憲法第21条などに違反するというXの主張を退けた。

 

 ▲第7版における履歴:2021年2月13日掲載。

 ▲第6版における履歴:2017年10月25日掲載(「第17回 情報公開法制度」として)。

              2017年12月20日修正。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする