ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

Peter Brötzmann氏が死去

2023年07月13日 00時29分00秒 | 音楽

 今日(2023年7月13日)になってから知ったのですが、6月22日にPeter Brötzmann氏が死去していました。

 日本のメディアでどの程度報じられていたのかは知りませんが、御存知ない方のほうが多いと思われます。ドイツ出身のリード奏者で、サックス、クラリネットなどを演奏していました。フリー・ジャズ、あるいはフリー・ミュージックの分野で活躍していた人です。

 私は、10代後半から20代前半にかけて、六本木WAVEでFMP(Free Music Production)のLPを探しては買っていました。最初に買ったのはAlarm(FMP 1030)で、これには近藤等則氏も参加していました。それからしばらくして、少なくともヨーロッパのフリー・ジャズでは最高傑作であるといえるMashine Gun(FMP 0090)を購入しました。CDで再発された時も購入したくらいで、一体何度聴いたことでしょう。一時期は車を運転する時に流していたくらいでした。この他、FMP 0130なども繰り返し聴いていたくらいです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アストラッド・ジルベルト氏死去の報道を目にして

2023年06月07日 00時39分00秒 | 音楽

 時事通信社が、2023年6月6日の23時11分付で「アストラッド・ジルベルトさん死去 代表作に『イパネマの娘』」(https://www.jiji.com/jc/article?k=2023060601245&g=int)として報じていました。

 「イパネマの娘」は、あのスヌーピーが登場する漫画「ピーナツ」でもネタにされたほど(ライナスが地理か何かの試験の話題としてイパネマを取り上げています)の有名な曲で、ボサノバと言えばこの曲が代表と言えるでしょう。私も幼少時からこの曲を知っていました。アントニオ・カルロス・ジョビンが作曲したもので、アストラッド・ジルベルトとスタン・ゲッツ(テナー・サックス)の共演盤で有名になったと言えるでしょう。

 一方、私自身は、まだ中学生であった時に、トロンボーン奏者の向井滋春さんとの共演をレコードで聴きました。「SO&SO」というタイトルのレコードです。1980年代前半と言えば、ジャズ・フュージョン系が流行した時代ですが、向井さんはラテン系の曲などもかなり多く演奏していました。そのため、「SO&SO」が発表されたこと自体に驚きはしなかったのですが、「Chanpagne & Cavier」、「Nos Dois」および「Hold Me」でアストラッド・ジルベルトさんが歌っていたことで「なるほど」と思ったのです。ちなみに、LPならA面の3曲目となるNos Doisはポルトガル語の歌詞、その他の曲は英語の歌詞となっています。

 「SO&SO」に参加しているミュージシャンも錚々たる人たちで、例えばベースはアンソニー・ジャクソン、ドラムはオマー・ハキム、ピアノ奏者の1人がエリアーヌ・エリアス、などとなっています。

 報道を目にしてすぐに思い出したのが「イパネマの娘」ではなく「SO&SO」であったというのは、育った時代のためなのか、私個人の音楽環境のためなのか。もっとも、「SO&SO」は、私よりも母が気に入っていましたし、その母は、向井滋春モーニングフライト「ライヴ97」(六本木ピットインでの録音)に収録されている「リカード」をかなり気に入っていました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

本質的には作曲家にして即興演奏家

2023年05月04日 17時40分00秒 | 音楽

 昨日(2023年5月3日)、無伴奏チェロのコンサートが開かれ、聴きに行ってきました。

 実は4月22日にもそのチェロ奏者の演奏を聴いています。ドヴォルザークのチェロ協奏曲の第1楽章と第2楽章との間にファゴット奏者が急にステージを離れ、テクニカルなチェロのソロを聴くことができたのでした。

 その独奏者がジョヴァンニ・ソッリマさんです。

 4月22日の演奏は、テクニカルな上に自由奔放とも言えるものでしたが、実は計算もされているはずで、その点において本質的には作曲家であり即興演奏家なのであろうと感じました。勿論、チェロ奏者として卓越した技術をお持ちであることは当然で、それがあってこそ、自由闊達な演奏が行われるのです。

 それから10日ほど経過して、昨日です。フィリアホールのリニューアル兼30周年ということでした。当初予定されていたプログラムから変更されており、さらに変更もありうるということでしたが、実際に変更があったようです。

 当日の演奏曲目として、次のように案内されました(括弧の中は作曲者または編曲者)。

 前半

 ・ヘル1(ジョヴァンニ・ソッリマ)

 ・ロマネッラ/タランテラ(ジュリオ・デ・ル−ヴォ)

 ・鶴(コミタス・ヴァルダペット)

 ・無伴奏チェロ組曲第1番ト長調BWV1007(J.S.バッハ)

 ・ナチュラル・ソングブックNo. 1「プレリューディオ」/ナチュラル・ソングブックNo. 6「サティの『ジムノペディ第1番』より再創造」(ジョヴァンニ・ソッリマ)

 (実際には、ナチュラル・ソングブックNo. 6は演奏されていません。別の曲に置き換えられた可能性があります。)

 後半

 ・美しきモレアよ(シチリアのアルバニア系住民に伝わる伝承曲、ジョヴァンニ・ソッリマ編曲)

 ・無伴奏チェロ組曲第4番変ホ長調BWV1010(J.S.バッハ)

 ・田舎の歌 「コロノスのオイディプス」(1975)より(エリオドーロ・ソッリマ)

 ・ラメンタチオ(ジョヴァンニ・ソッリマ)

 ・カプリス・ド・シャコンヌ(フランチェスコ・コルベッタ、ジョヴァンニ・ソッリマ編曲)

 ・聖パウロのピッツィカ(サレント地方の伝承曲、ジョヴァンニ・ソッリマ編曲)

 ・ファンダンゴ ボッケリーニへのオマージュ(ジョヴァンニ・ソッリマ)

 そして、アンコール曲は下の写真の通りです。

 ソッリマさんは、前半で二種類、後半で三種類の弓を使いました。大別すれば二種類で、現代の弓と、バロック期に使われた弓を模したと思われる弓です。形が異なり、持ち方も違うのですぐにわかります。現在の弓は棹が内側(毛が貼られている側)に反るのに対し、バロック期の弓は反らないか外側に反ります。バッハの曲などはバロック期形の弓で演奏されました。

 そのバッハの無伴奏チェロ組曲第1番および第4番を聴いて、先程記したこと、つまりソッリマさんは本質的には作曲家であり即興演奏家なのであろう、と改めて感じました。カザルス、ロストロポーヴィチ、ミッシャ・マイスキーなどの演奏とは全く異なるもので、楽譜に書かれていない音がたくさん入ります(私は或る理由によってモーリス・ジャンドロン校訂の楽譜を持っていたので、完全ではありませんが覚えています)。多くのバッハ愛好者などからは異端と言われかねない演奏でした。

 もっとも、或る時代までは、楽譜に書かれていることが全てではなく、むしろ演奏者に(或る程度の)即興を許すものであったようですし、バッハ、モーツァルト、ベートーヴェンは即興演奏家としても優れていたとのことですから、曲の形を破壊するのでなければ、楽譜に書かれていない音を入れることは許されたのでしょう。

 また、昨日のバッハは全体的にかなり速い演奏でした。その中で、第4番の第5曲、ブーレを聴いた時、バッハの無伴奏チェロ組曲は概ね舞曲で構成されているということを再確認することができました。ソッリマさんの演奏は、ブーレを舞曲らしく弾いたものであったからです。意外に、というべきか、こういう演奏はあまりなく、舞曲であったことを忘れさせてしまうような演奏のほうが多いくらいです。それは、おそらく、無伴奏チェロ組曲が長らく練習曲くらいにしか扱われてこず、それから或る時点を境として古典として崇められたからでしょう。

 バッハの曲に限らず、ソッリマさんの演奏にはリズム感あるいは躍動感が溢れていました。これは、曲によって彼自身の足踏み、あるいはスタンリー・クラークと見紛うまでの打楽器的奏法が行われるためでもありますが、それだけではなく、リズム感と即興感を引き出すのがオリジナル曲であるのかもしれません。

 チェロの可能性を最大限に引き出す名人芸。それがソッリマさんの演奏です。この目で見ることができたのは幸いでした。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

吉松隆:交響曲第6番「鳥と天使たち」op.113

2023年04月23日 23時21分10秒 | 音楽

 昨日(2023年4月22日)のことですが、初めて、タイトルにある曲を聴くことができました。

 作曲者の吉松隆さんの作品は、以前からNHKのEテレ「芸術劇場」やテレビ東京の東急ジルヴェスター・コンサートで、断片的ではありますが知っており、とくに吉野直子さんのコンサートで「ライラ小景」を聴き、すぐにCD「ハープ・リサイタル4」を買って、今に至るまで何度となく聴いています。

 妻と二人で聴きに行ったのですが、私は最初から交響曲第6番を狙っていました。まだ聴いたことはなかったけど、吉松さんの曲なら、と期待していたのです。結果は、見事に大当たりです。私もですが、妻がとくに気に入ったようでした。何せ、聴き終わってからこの曲のことばかり、二人で話していたほどです。

 オーケストラなのにドラムセットが二つも用意されるという編成で、実際に打楽器が大活躍する曲なのですが、私は弦楽などが奏でる、ドローンのような、Dマイナーを基調とした和音の美しさに惹かれました。3楽章のいずれにも登場し、「これなんだな」と気付かされます。そうした弦楽などによる和音の上をピアノやヴィブラフォーンなどが16分音符でオブリガートのように奏でるのです。所々で「ライラ小景」を思い起こさせるフレーズも登場しました。鳥の声を模すのは、オカリナ、バードコールなどで、これがまたスパイスのように聴いています。それにしても、演奏としてまとめあげるのはかなり難しいだろうな、と思わされる曲でもありました。あれだけ、打楽器が、ジャズのように時々裏泊を強調しながら演奏されるし、楽器間のバランスをとるのが難しいであろうからです。また、第2楽章の終わり近くでチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」の第4楽章が引用されており(ロ短調からニ短調に変えられていましたが)、思わず笑ってしまいました。

 会場には吉松さん御本人も来られていました。前半には気付かなかったのですが、客席におられたようです。後半、演奏前にオーケストラガイド役の齋藤弘美さん、指揮者の原田慶太楼さん、そして吉松さんのトークがあり、それでわかりました。トークで話された内容と実際に聴いた曲の印象とは違う部分もありましたが、これは聴く側の自由というところでしょう。

 交響曲第1番のCDを買いましたが、これから集めてみようかと考えています。

 そう言えば、前半ではジョヴァンニ・ソッリマさんの独奏チェロによるドヴォルザークのチェロ協奏曲が演奏されたのですが、第1楽章が終わってすぐに、何故かファゴット奏者がステージを離れました(一体、何があったのでしょうか? 珍しいことでしょうね)。すると、ソッリマさんのテクニカルなソロが数曲演奏されました。少しばかり、ジャズの名ベーシスト、スタンリー・クラークがダブルベースのソロをとる時を思い出します。それからチェロ協奏曲の第2楽章にすんなりと移ったのはさすがです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

坂本龍一氏が死去

2023年04月03日 00時00分00秒 | 音楽

 2023年4月2日、NHKのクラシック音楽館を見ている最中に速報が入りました。テレビではなく、朝日新聞社の速報です。

 坂本龍一氏が死去したのは3月28日のことでした。今年の1月11日には高橋幸宏氏が死去、ということで、イエロー・マジック・オーケストラのメンバーとしては2人目ということになります。このお二人とバンドを組んだ細野晴臣氏はやはり凄い人である、ということですね。

 1970年代後半から1980年代前半にかけての、イエロー・マジック・オーケストラの活躍を知っている人にとっては、立て続けという感じでショックを受けることでしょう。私も、1979年に、朝のテレビ朝日の番組でイエロー・マジック・オーケストラの「テクノポリス」を知り(この曲は坂本龍一氏によります)、程なく「ライディーン」を知りました(この曲は高橋幸宏氏によります)。1979年の世界ツアーの様子はテレビ神奈川で中継されており、私も見ていました。

 1981年の「BGM」と「テクノデリック」まではよく聴いていましたが、その頃にジャズやフュージョンに移ってしまったので、散開の頃(1983年)のイエロー・マジック・オーケストラは知りません。ただ、それぞれのメンバーの活躍は、よく知られるところでしょう。

 そのイエロー・マジック・オーケストラの音楽の、或る意味で土台となったのが、坂本氏の「千のナイフ」です。Roland MC-8、Moog Ⅲ-c、Arp Odyssey、Korg VC-10などが駆使されたサウンドは、当時小学生であった私も衝撃を受けました。それ以上に「千のナイフ」のライナー・ノーツに、ということも付け加えておきます。子どもながらに「何と尖った人だろう」に思ったものです。一方で渡辺香津美氏らとKYLYN BAND、カクトウギ・セッションを組んでフュージョンもやっています。1979年に六本木ピット・インで録音された「KYLYN LIVE」も、これまで一体何回聴き返したことか……。

 私は、坂本氏のアルバムというと「千のナイフ」、「B-2ユニット」および「左うでの夢」しか聴いたことがないので(あとはカクトウギ・セッションの「サマー・ナーヴス」くらい)、あまり語ることも書くこともできませんが、イエロー・マジック・オーケストラの曲をよく聴いた世代として、ここで少しばかり記しておこうと思った次第です。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ウェイン・ショーター氏が死去

2023年03月03日 09時00分00秒 | 音楽

 今朝、起きて間もなく、ウェイン・ショーター氏死去のニュースを知りました。

 ジャズ・メッセンジャーズ、マイルス・デイヴィス・クインテットなどで名演奏を繰り広げただけでなく、作曲家としても優れていたのがウェイン・ショーターです。私は1960年代の作品を持っていませんのでよくわからないところもあるのですが、時折耳にすると、ガラリと雰囲気が変わるのを感じることができます。1960年代後半のマイルス・デイヴィス・クインテットのアルバムを聴いてみてください。

 1970年代にはオーストリア出身のジョー・ザヴィヌル、チェコスロバキア出身のミロスラフ・ヴィトウスとともにウェザー・リポートを結成するとともに、ハービー・ハンコックのVSOPクインテットの一員としても演奏をしました。スティーリー・ダン、ジョニ・ミッチェルなどとも共演しており、幅広い活躍を見せたことを御存知の方も少なくないでしょう。

 私は中学生時代にウェザー・リポートを知り、オリジナル・アルバムを全て揃えました。このバンドについては様々なことが言われておりますが、最終作であるThis is Thisを聴いて、やはりウェザー・リポートはウェイン・ショーターがいたからジャズ・フュージョン界で唯一無二のバンドだったのだと思いました。This is thisではショーターが2曲しか参加しておらず、ウェザー・リポートらしさはどこへやら、凡庸なアルバムという印象しか受けなかったからです。同じようなことは、This is thisの一つ前のアルバムSportin' Lifeについても言えます(より強く言える、とするほうがよいかもしれません)。ショーター作曲のPearl on the Half Shellだけがウェザー・リポートらしく、他の曲は「どこのフュージョン・バンドだよ?」と疑いたくなるものでした。

 以前、「幻祭夜話」というアルバムについて書いた記事で、ウェザー・リポートの曲としては「ブラック・マーケット」が最も好きで、アルバムとしては「幻祭夜話」であるということを書きました。「幻祭夜話」にはショーター作のLusitanosとFreezing Fireが入っており、このアルバムの一貫性を高めていることがわかります。また、アルバムの「ブラック・マーケット」にもショーター作の「優雅な人々」が収録されており、アルバムの中でスパイス的な役割を果たしていることがわかります。この他のアルバムについても同様で、ショーター氏の曲がなければウェザー・リポートの完成度が高まらなかったと言えるのではないでしょうか。

 何かの折があったら、ショーター氏が残したアルバムを聴いてみようかと思っています。

 ※※※※※※※※※※

 考えてみると、ウェザー・リポートに加入していたミュージシャンでも、ショーター氏より先に死亡している人がいます。ザヴィヌル、ジャコ・パストリアス、ヴィクター・ベイリー、ドン・ウン・ロマン、レオン・チャンクラーです(私が知る限りです)。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2022年11月6日のクラシック音楽館

2022年11月06日 22時44分30秒 | 音楽

 実は今も放送中ですが、とりあえず前半(?)が終わったので。

 2022年10月16日1時5分付で「マーラーの交響曲第9番を生演奏で聴くことができて」を投稿しました。その時(10月15日、NHKホール)の演奏が、今日、つまり11月6日のクラシック音楽館(NHKのEテレ、21時から)で録画放送されました。

 テレビを見ながら、客席で聴いた時のことをすぐに思い出しました。第4楽章に入ってから目が潤み、溢れてきそうになったことも。そして、指揮者のブロムシュテット氏が、第4楽章を終えてからもしばらく手を完全に下ろさず(指揮棒は持っていません)、まるで消えてしまった音を追いかけているかのように見えたことも。

 生で聴くことができた上に、録画放送でも見ることができた。これは非常にうれしいことではないでしょうか。

 日曜日の20時台から23時台までNHKのEテレを見て過ごすのが、このところの楽しみでもあります。 

コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

マーラーの交響曲第9番を生演奏で聴くことができて

2022年10月16日 01時05分00秒 | 音楽

 私に限らず、マーラーの交響曲第9番が大好きであるという人は多いようです。また、この曲のLPやCDのセットをいくつも持っているという人も少なくないようです。実際、名演と言われるものが多く、或る種の記念の意味をこめて演奏に臨む指揮者もいます。

 この曲を生演奏で聴きたいとかねがね思っていましたが、実現しました。ヘルベルト・ブロムシュテット氏指揮のNHK交響楽団です。

 時折入れられるヴィオラ独奏が非常に印象的でしたが、どの楽章もよく、私の頭の中でもすぐにフレーズが同期します。演奏に入り込んだという感じでしょうか。ニ長調でありながら重々しい第1楽章、レントラーの調子で時に滑稽に、時に荒々しく響くハ長調の第2楽章、激情のイ短調で穏やかさのニ長調を挟み込んだような第3楽章と続きます。この第3楽章の中間部では第4楽章のフレーズが先行して登場しており、そうかと思うと激しい曲調に戻り、強音で終わります。このあたりはかなり巧みだと感じます。そして、変ニ長調の第4楽章が短い序奏とともに始まります。第1主題を聴いて、すぐに目が潤んできたほどでした。このところ、様々なことがあっただけに、思いが溢れてきてしまい、それを何とか抑えようとしたほどです。第4楽章には特に印象的かつ心を動かされる箇所がいくつかあるのですが、そうした部分も申し分のないものでした。

 そして、ヴィオラがG、As、B、Asと弾いて、Sehr langsam und noch zurückhaltendの指示通り、消え入るようにこの曲が終わり、かなり長い余韻がありました。指揮者の腕はなかなか下がらず、消えてしまった音を追いかけているのかのようにも見えます。その後、割れんばかりの拍手が起こり、聴衆が総立ちになりました。それだけ素晴らしかったということでしょう。盛大な拍手はよくあっても、総立ちというのはそうめったにあるものではないのです。

 「この曲を知ることができてよかった」と思うことが、私には何度もありました。「当然だろう?」と言われるかもしれませんが、「一生付き合おう」と思える音楽に出会うことは、あまり多くないでしょう。私にとっては、今年コンサートで聴いたものとしてブルックナーの交響曲第7番とマーラーの交響曲第9番をあげることができます。その理由は、実際に聴いて判断していただくしかないでしょう。

コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ファラオ・サンダース死去

2022年09月25日 23時32分50秒 | 音楽

 朝日新聞社のサイトで、ファラオ・サンダース氏が死去したというニュースを目にしました。81歳だったとのことです。

 私は、ファラオ・サンダースのアルバムを持っていませんが、コルトレーンの「アセンション」などサンダースの演奏を聴いています。

 上記記事にも書かれているコルトレーンの「ライヴ・イン・ジャパン」は、コルトレーンが一度だけ来日した際の最終公演の模様で、CDで2枚分なのに3曲しかないというものです。私が購入したのは学部生の時で、六本木WAVEで購入し、うちで聴いて打ちのめされたとともに、タイムマシンがあったらこの時の公演を生で見てみたいと思ったものでした(私が生まれる2年前のことなのです)。そう、この時、ファラオ・サンダースはコルトレーン・クインテットの一員として来日し、「レオ」ではコルトレーンとのアルト・サックス合戦も行った訳です。しかし、私が最もよく聴いたのは「マイ・フェイヴァリット・シングス」で、ジミー・ギャリソンのベース・ソロの後に続くコルトレーンのテナー・サックスによるソロこそ最高の「マイ・フェイヴァリット・シングス」だと思っています。とくに、マイナーからメジャーに転じた部分のフレーズの美しさは印象的で、この部分だけでも何度も頭に浮かんできます。そして、サンダーズのソロが続くのですが、ゴリゴリの、怨念が凝り固まったかのようなテナー・サックスの音でした。背後で、おそらくはコルトレーンが叩いていると思えるタンバリンの音なども聞こえてきます。

 訃報を見て思いだしたことを記しました。また聴いてみたくなります。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ベサメ・ムーチョ 何拍子の曲?

2022年09月20日 22時30分00秒 | 音楽

 私の母がラテン・アメリカの音楽(例えばタンゴやマンボ)をラジオでよく聴いていたためか、幼い頃からベサメ・ムーチョという曲を知っていました。

 この曲はかなり有名で、ビートルズもカヴァーしたほどのものですが、私が最も好んで聴くのがウェス・モンゴメリー、そう、あのオクターブ奏法の元祖となるジャズ・ギタリストの演奏です。リヴァーサイド・レコードから発売された初期のアルバムに、オルガン、ドラムとの演奏で収録されています。しかも、かなり速いテンポとなっています。

 おそらく、多くの演奏では4分の4拍子ではないかと思われます。しかし、ウェスの演奏は違い、3拍子となっています。イントロだけ聴くとジャズ・ワルツにしか聞こえませんし、ウェスが弾くテーマを聴いても、ベサメ・ムーチョとわからないかもしれません。

 果たして、原曲は何拍子なのでしょう。

 ちなみに、作曲者はコンスエロ・ベラスケスというメキシコの女性で、作曲時にはまだ17歳だったそうです。

 クラシックで3拍子系(4分の3拍子の他、8分の3拍子、8分の6拍子、8分の9拍子、8分の12拍子、4分の6拍子など)は当然として、ジャズにも3拍子の曲はたくさんあります。ウェス自身の演奏であれば、あのフル・ハウスという名曲があります。しかし、ロック以降、3拍子の曲は極端なほどに少なくなりました。拍子という点では、現在の音楽は貧しくなったのでしょうか。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする