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ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

地方創生についての興味深い発言

2024年09月27日 00時00分00秒 | 国際・政治

 朝日新聞社のサイトを見ていたら、2024年9月25日10時45分付で「『経済、雇用が地方を救うは神話』 地方創生考える講演会」という記事(https://www.asahi.com/articles/ASS9S4FGMS9SUZOB001M.html)が掲載されていました。興味深い記事であったので、ここで取り上げておきます。

 9月21日に、山梨県立大学飯田キャンパスで「地方創生フォーラム」が開かれました。そこで、哲学者の内山節氏が「『地方創生』をリセットする」という基調講演を行いました。

 記事に取り上げられており、私が注目したのは「内山さんは『「地方創生」をリセットする』と題した基調講演で『経済発展で雇用が生まれれば、地域は衰退から免れるというのは神話だ。地方でも東京でも、地域は崩壊している』と従来の地方振興策を批判」したという部分です。

 元々、行政法学や租税法学を専攻している私にとっても、地方創生という言葉には意味不明な部分が多いと思われるものでした。結局は経済発展につながるとはいえ、地方自治との関係、地方分権との関係が見えにくいからです。その意味において、内山氏の発言は核心を突くものではないかと考えられるのです。

 何かの折に、内山氏の講演の全文を拝読したいものです。

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千葉科学大学の公立化の条件?

2024年08月27日 00時00分00秒 | 国際・政治

 このブログで、千葉科学大学の話題を3回取り上げました(「公立化は無理ではないか」、「千葉科学大学の公立化は難航することに」および「公立化か閉校か」)。

 公立化、より具体的には公立大学法人化されるのか、別の道をたどることになるのか。銚子市に「千葉科学大学公立大学法人化検討委員会」(以下、検討委員会)が設置され、これまで5回の会合が開かれました。その結果が2024年8月25日にまとめられ、市長に答申されました。東京新聞が、2024年8月25日の21時36分付で「『公立化は魔法の杖ではない』 千葉科学大の経営『加計学園による継続が望ましい』 銚子市検討委が答申」 (https://www.tokyo-np.co.jp/article/349651)として報じています。銚子市のサイトには検討委員会の記事があり、会議で配布された資料も掲載されていますが、第5回(2024年8月25日)の配付資料は掲載されていませんので、東京新聞の記事を参考にします。但し、方向性は第4回(2024年7月28日)に或る程度示されており、「会議概要」が公表されていますので、これも参照します。

 検討結果は、東京新聞の記事の表現を借りるならば「『公立化は大学再生の魔法の杖(つえ)ではない』として、最善策を『加計学園による経営継続』とし、次善策を『ほかの学校法人への事業譲渡』とした」、いずれも不可能であれば「公立化を考えるべきだとした」のですが「その場合でも、銚子市が経営主体となる前に現行の3学部6学科を2学部2学科に整理し、2210人の定員を10分の1以下の190人未満に減らすことなど、7つの条件を求め」、「運営資金の銚子市への譲渡も含めた」とのことです。

 2学部2学科への整理は、検討委員会の第4回会合でも示されていました。或る委員は、次のように発言しています。

 「まず学部としては、看護学部と危機管理学科を残すべきだと思う。今社会で求められているのは問題解決能力であり、様々な困難に直面したときに、それを打開するためには忍耐力、体力など様々な能力が必要となる。社会に出てから必要となる問題解決能力を身につけるための基礎を大学までの間に身につけるべきだと思う。危機管理学科ではそういうことが学べるように、今の時代に合った内容のカリキュラムにもう一度組み直してもらいたい。今の内容の延長とは考えていないということを付け加えておきたい。また、前回リスキリングの話をさせていただいた。学生だけでなく、社会人も、年齢や段階に応じて学び直す必要があると思っている。そういう機能を既存の学部学科内に作れるか検討していただきたい。」

 別の委員は「市民の方から意見が多かったのは、千葉科学大学は公立化して残してほしいということ。千葉科学大学があった場合となかった場合の経済効果を考えると、公立化して残していただいた方がよいということであった」とした上で、次のように発言しています。

 「何を残すかというスリム化の話では、まず看護学科は残していただきたい。公立化することで市立病院との連携がとりやすくなると思う。学生としても実習などの環境に恵まれるのではないか。地域のことを考えると、以前、外川地区で看護学科の学生と先生が地区を回って何年か時系列を追って実習をやっていただいた。そういうことがあると健康に対する意識が芽生えてくるというプラス効果がある。できればそういう形の看護学科を残していただきたい。危機管理に関しては、地域に根ざすのであれば、銚子沖の風力発電の点検にドローンを使うなど、若い人達に人気のあるような学科を作って、学生を集めるようなことをすれば、公立化になれば学費も安くなるし、集まりやすいと思う。なので、看護学科と危機管理学科、これは残していただきたい。その他の赤字の学科は赤字の金額が大きいので、難しいと思う。」

 委員の氏名が「会議概要」に示されておらず、ABC、甲乙丙などとも示されていないので、それぞれの発言の関連がよくわからないのですが、このような発言も記録されています。

 「1番よいのは、加計学園の経営で千葉科学大学が現状のまま残ることが第一希望だと思う。第1回会議では、現状のままでは募集を停止するという話であったので、次に考えるべきは、別の学校法人に引き継いでもらって、現状のまま若しくは現状の規模で経営してもらう、これが第二希望であろうと思う。現在の規模のまま公立大学法人化して引き受けるというのは、将来市民に財政的負担をお願いするという覚悟があれば可能だと思うが、それは市の財政状況から難しい。そうなると、引き受けるとすれば財政負担のリスクを下げるべきで、これは固定費を削減する以外にない。固定費には建物もあるが、この場合は教員が何人くらい必要となるかということになる。学科の数を増やすと必要とされる教員の数が増えてしまう。1学科作ると最低でも10人以上の教員がどうしても必要になってくる。現在6学科あるので、かなりの規模で教員が必要ということになる。そうすると、学科の数を減らすというのが基本的な路線だろうと思う。銚子市の人口規模を考えると、2学科か3学科、3学科にすれば将来市民に財政負担が生じる可能性が上がる。その覚悟を持って3学科を残すというのは、1つ市民の方の判断だろう。2学科であれば、例え上手くいかなかったとしても、それほど大きな財政負担ではないと思う。(中略)残すならば、固定費の少ない学科を残さないといけない。理科系の多くの設備を必要とする学科、教員を多く必要とする学科は固定費が高く、入学定員から下振れをしたときの赤字幅が大きくなることから、それは避けたい。しかし、公立大学法人にすると逆の面があって、国からもらえる地方交付税交付金は、理科系に手厚い。わかりやすくするためにビジネスの話に例えると、文系の学科は利幅が薄いけど、コストがかからない。理系の学科は固定費が多くリスクが高いけど、利幅が厚い。どうするかというと、固定費の高い学科を1つ残し、もう1つは固定費の低い文系の学科を残した方がよいということになる。2学科を前提にすると、1つは地元からは看護学科のニーズが非常に強い。看護学科を残すとすれば、もう1つは固定費が低くて融通の利く文系の学部、典型的にはビジネス系の学部となる。危機管理学部危機管理学科という名前だが、実質的にビジネス経営学科として運用することは可能であり、ドローンがどうしても必要という話であれば、ドローンの専門家が1人いれば、危機管理の枠の中で含めることができる。ということで2学科体制となる。今ある6学科をどれだけ減らすかというときに、看護学科が必須であれば、もう1つは文系の学科を残すとよいというロジックで、大体皆さんの意見は収束している。与えられた条件の中で常識的に考えると、結論の方向性は大きく違わない。看護学科を残して、危機管理学科を文系のビジネス経営学科のように運用するというのが現実的なセットだろうと思う。」

 そして、委員長(「会議概要」には示されていませんが、淑徳大学地域創生学部長の矢尾板俊平氏です)が委員長が次のように発言しています。

 「皆さんから意見をいただき、看護学部と危機管理学部危機管理学科、学科では2学科、という組み合わせが皆さんの意見となったと思う。高校生のアンケートを見ると、経済経営はそれなりに学生のニーズは高い。看護もそれなりに高い。全国的な傾向も同じである。懸念としては、危機管理学科という名前のままでは0.4パーセントなので、募集のことを考えると、学科名称については、答申の後、公立大学の設計をしていくときに、留意しておく必要があると思う。内容としては、現在の危機管理学科の内容と看護学科の内容というところでスリム化を図っていくということを答申の素案として、今後、答申案を調整していきたいと思う。」

 最後まで公立大学法人化の可能性が残されているということで、委員間の意見の違いも見えてきそうですが、それは脇に置いておきましょう。まずは加計学園による経営の継続、次に別の学校法人への譲渡という結論は、或る程度予想されたことでもあり、常識的な結果と言えるでしょう。しかし、検討委員会の答申には法的拘束力がないはずで、最終的には銚子市長の判断に委ねられていると言えます。

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横浜市の傍聴動員問題に関連した住民監査請求が棄却される

2024年08月06日 15時00分00秒 | 国際・政治

 横浜市教育委員会が、同市の学校教員による猥褻事件の公判に多数の同市職員を動員した問題は、少なくとも神奈川県内では大きな問題として取り上げられ続けています。

 この問題については、昨日(2024年8月5日)付の朝日新聞朝刊6面13版Sに掲載された社説をお読みいただくとともに、横浜市のサイトに掲載されている「検証結果報告書(公判傍聴への職員動員にかかる検証について)」(2024年7月26日付。以下、「検証結果報告書」と記します)を是非お読みいただきたいと考えています。「検証結果報告書」5頁によれば「横浜市教育委員会が公判傍聴への動員を行ったことが明らかな事案」は4つであるとのことです。

 さて、この問題について、横浜市民が住民監査請求(地方自治法第242条)を行っていました。これに対し、横浜市監査委員は2024年8月1日付で請求を棄却しました。今日(2024年8月6日)付の朝日新聞朝刊27面14版川崎版に「傍聴動員で公金返還退ける 監査請求に横浜市監査委員」という記事が掲載されていますので、横浜市のサイトを検索してみたところ、「横浜市記者発表資料」(令和6年8月5日、監査事務局監査管理課)として「住民監査請求(6月3日受付)の監査結果について」(以下、「監査結果」と記します)が掲載されていました。

 結論として、住民監査請求は棄却されました。

 監査委員による判断を示す前に、事実関係に触れておきましょう。「監査結果」の2頁にも「事実関係の確認」があり、それによると、「監査対象局」である横浜市教育委員会事務局は「横浜地方裁判所で行われた本件裁判の公判について、平成31年4月に被害者側を支援する団体(NPO法人)からの要請を受け、児童生徒に関するプライバシー情報への配慮を目的として、法廷の傍聴席を埋めるために事務局職員に傍聴を呼びかけ、本件職員動員を行いました。/傍聴の呼びかけは、平成31年4月9日に教育委員会事務局人権健康教育部人権教育・児童生徒課から教育長に説明の上、公判期日ごとに学校教育事務所から依頼文書(以下「傍聴依頼文書」といいます。)を発出する方法で行われ、学校教育事務所長から関係部長宛てとなっていました。/傍聴依頼文書では、『教育委員会(事務局)としては、以下のとおり応援体制を設けます。』として、各方面別の学校教育事務所、人権健康教育部及び教職員人事部等に対して、応援人数が割り当てられていました」とのことです(/は原文改行箇所。以下同じ)。ここに示されているのは「検証結果報告書」5頁において「平成31年〜令和元年における公判傍聴動員(1事案、動員回数3回)」とされているものです。住民監査請求で対象とされなかったからかどうかは不明ですが、「検証結果報告書」9頁において「令和5年〜同6年における公判傍聴動員(3事案、動員回数8回)」とされているものについて、監査結果は詳しく言及していません(私は、この点が監査結果の内容を左右する点になりえたと考えています)。

 後に傍聴への動員が問題として大きく取り上げられたためでしょうか、「令和6年5月20日付『不祥事事案にかかる公判への傍聴について(通知)』により、今後は、裁判の公益性に鑑み、教育委員会として関係部署への傍聴の協力依頼を行わないことが教育委員会事務局教職員人事部教職員人事課長から各方面別の学校教育事務所長宛てに通知されました」とのことです。

 それにしても、私が疑問に思うのは、「被害者側を支援する団体(NPO法人)からの要請」の本来の趣旨が何であるのかということです。

 この「NPO法人」などについて「監査結果」に詳しいことは書かれていないのですが、「検証結果報告書」の6頁には「当該教員が起訴された後である平成31年4月■日に行われた第3回の意見交換において、NPO法人及び保護者から『NPO法人や教育委員会で多くの傍聴で席を埋め尽くしたい。特に再発防止マニュアルをつくる人には参加してほしい。』との要望が出された」とあり(■は報告書において黒塗りされている箇所)、同じ「検証結果報告書」の5頁には「被害児童生徒の保護者」が平成30年にこの「NPO法人」に相談している旨の記述があります。ただ、「NPO法人」から傍聴の要請が文書で出されたのは第1回公判のみであるとのことですが、第3回公判の後、令和元年8月某日に「被害児童生徒の保護者及びNPO法人関係者3名と、人・生課の指導主事2名及びA部事務所の指導主事3名とで第5回の意見交換が行われ」ており、「この意見交換において、被害児童生徒の保護者からは、教育委員会がたくさんの人数で対応してくれたことに対する礼が述べられ、被害児童生徒の保護者からは、さらなる被害者が出ないように今回のことを生かしてほしいとの意見が述べられた旨の記録がある」と「検証結果報告書」8頁に書かれており、これが「監査結果」に何らかの影響を及ぼしたと考えるのが自然でしょう。

 「監査結果」をもう少し読み進めてみます。6頁には「監査対象局からの報告によれば、本件職員動員による出張について、333件の市内出張命令(以下「本件各出張命令」といいます。)がありました。また、本件各出張命令は、出張した職員の所属に対応した専決権者において行われていました。/なお、本件裁判の傍聴には、本件各出張命令による出張のほか、人事担当部門の職員 が事案の経過の記録等のため出張していました」と書かれています。懲戒処分の対象となる職員について何らかの判断を下すために裁判の傍聴をすることに問題があるとは思えませんが、「監査結果」6頁および7頁の表に書かれている「出張人数(延べ人数)」や「出張命令の件数」を見ると、ここまで傍聴人を増やす必要があるのかと疑問に思われます。抜粋して紹介しておきます。

 令和元年度(3回)、66人、49 件

 令和5年12月(1回)、38人、25 件

 令和6年1月(2回)、87 人、61 件

 令和6年2月(1回)、43人、33 件

 令和6年3月(3回)、131 人、118 件

 令和6年4月(1回)、49 人、47件

 監査対象機関における「本件職員動員により出張した事務局職員に支給され、又は支出命令があった出張旅費の総額は、88,636円でした」。横浜市教育委員会事務局が「検証結果報告書」をまとめた後、2024年7月26日付で横浜市教育委員会事務局から「『旅費相当額については、前教育長をはじめ関係部長以上の職員が自主的に返納する』ことが『公判傍聴への職員動員にかかる検証結果報告書を受けた対応について』において、監査委員に対して報告され、令和6年7月29日に127,622円が横浜市に対して返納されたことが、令和6年7月26日付寄附申出書及び同月29日付の領収日付印のある『納入通知書兼領収書』により確認され」たために、「監査結果」8頁は次のように判断しています。番号は、私が便宜的に付けたものです。

 ①「検証結果報告書」において「本件職員動員は、公開裁判の原則の趣旨に反する行為であり、また、教育委員会として行うべき職務の範囲を逸脱しており、その意味において地方教育行政の組織及び運営に関する法律第21 条に反し、違法であると評価され」ており、「監査対象局の説明によれば、本件職員動員は、児童生徒に関するプライバシー情報への配慮を目的として、法廷の傍聴席を埋めるために行われたものであるから、地方教育行政の組織及び運営に関する法律第21条に掲げる教育委員会の職務権限に直接該当するものではない違法なものであると評価せざるを得ません」。

 ②「教育委員会は、その職務を遂行するために合理的な必要性がある場合には、その裁量により、補助職員に対して出張命令を発することができますが、裁量権の行使に逸脱又は濫用があるときは、当該出張命令は違法となるというべきです。このことは、出張命令が委任を受けるなどして出張命令の権限を有するに至った職員により発せられる場合にも同様に当てはまるものと解されます(最高裁判所平成17年3月10日第一小法廷判決参照)」。このような前提が置かれたうえで、次のように述べられています。

 ③「本件職員動員は、教育委員会の職務権限に直接該当するということはできず、刑事訴訟における被害者情報の保護については、刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)第290条の2第1項又は第3項の規定により当該事件の被害者側からの申出に基づき被害者特定事項(同条第1項に規定する被害者特定事項をいいます。)を公開の法廷で明らかにしない旨の裁判所の決定を受ける等、本件職員動員以外の方法もあった考えられること及び各公判期日において被害生徒児童の氏名や学校名は明らかにされていなかったことが確認されていることから、本件各出張命令に合理的な必要性があったということもできません。」

 ④「監査対象局においては、外部からの問合せにより事実関係を確認し、見直されるまで、本件職員動員による出張命令が組織的に継続して行われており、それについては、令和6年5月22日市会常任委員会で監査対象局も行き過ぎた行為であったと認めて」おり、「本件各出張命令には、裁量権を逸脱し、又は濫用した違法があるというべきです」。

 明確に違法であると認められているのですが、住民監査請求は棄却されました。それについては、次のように述べられています。

 ⑤「本件各出張命令については、(中略)出張した職員の所属に対 応した専決権者において行われているため、権限のある者により行われ、監査対象局からの報告によれば、出張した職員の全員から復命が行われて」おり、「本件各出張命令の法的な課題や公務の位置づけの可否などについて、監査対象局において『検証チーム』で検証を行う必要があったことも踏まえると、本件各出張命令の瑕疵は、何人の判断によっても外形上客観的に明白であるとまでは言い切れません」ので「本件各出張命令は、違法ではあるものの、重大かつ明白な瑕疵があるとまで言うことはできません」。

 行政法学に多少とも取り組んだことのある方ならおわかりでしょう。行政行為の瑕疵です。行政行為が違法であるから言って直ちに無効になる訳ではなく、重大かつ明白な瑕疵があることによって初めて無効と判断されるというものです。しかも、この重大かつ明白な瑕疵については外観上一見明白説が判例の採るところです。

 しかし、監査委員は出張命令などを取り消す権限を有していません。地方自治法第242条第5項は「第1項の規定による請求があつた場合には、監査委員は、監査を行い、当該請求に理由がないと認めるときは、理由を付してその旨を書面により請求人に通知するとともに、これを公表し、当該請求に理由があると認めるときは、当該普通地方公共団体の議会、長その他の執行機関又は職員に対し期間を示して必要な措置を講ずべきことを勧告するとともに、当該勧告の内容を請求人に通知し、かつ、これを公表しなければならない」と定めていますから、何らかの勧告をすれば良いだけのことです。今回は既に自主的な返納が行われているということなので、勧告をする必要性がないということなのでしょう。

 さらに「監査結果」は、次のように述べています。

 ⑥「地方教育行政の組織及び運営に関する法律は、教育委員会の設置、学校その他の教育機関の職員の身分取扱その他地方公共団体における教育行政の組織及び運営の基本を定めるものであるところ、同法では、地方公共団体の長の権限で行うこととなっている財務会計上の事務を除き、教育に関する事務の広範な事項が教育委員会の権限に属する事務となってい」るので、「地方公共団体の長は、独立した機関としての教育委員会の有する固有の権限内容に属する 事項については、著しく合理性を欠き、これに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵の存する場合でない限り、その内容に応じた財務会計上の措置を執る義務があると解するのが相当であって、地方公共団体の長の有する予算の執行機関としての職務権限には、おのずから制約が存するというべきです(最高裁判所平成4年12月15日第三小法廷判決参照)」。

 ⑥「本件各出張命令は、教育委員会又は教育長の権限により発せられたものであり、教育委員会がその独自の権限に基づいて発した出張命令については、市長は指揮監督等の権限を有しないことから、重大かつ明白な瑕疵がない限り、市長は、その内容に応じた財務会計上の措置を執ることになります(最高裁判所平成4年12月15日第三小法廷判決及び最高裁判所平成15年1月17日第二小法廷判決参照)。」

 ⑦「本件各出張命令による出張旅費の支出命令については、出張した職員の所属に応じた 事務局課長又は総務局人事部労務課担当課長により決裁され、関係法規に基づき支給されています。/また、本件各出張命令に従い出張した職員は、地方公務員法(昭和25年法律第261号)第32条の規定に基づき職務上の命令に従い出張したものであり、本件各出張命令 が違法であることを認識していたなどの事情も存在しません。/(中略)本件各出張命令に重大かつ明白な瑕疵はないことから、本件各出張命令に従い出張した職員が出張旅費を受領したことについて、不当に利得しているということはできないし、本件職員動員による出張旅費の支出命令は財務会計法規上の義務に違反するものではありません。 なお、令和6年7月29日に、前教育長をはじめ関係部長以上の職員から本件職員動員に基づく出張旅費に相当する額127,622円が横浜市に対して自主的に返納されたことが確認されました」。

 こうして、「本件職員動員により出張した職員に対する監査対象期間における出張旅費の支給については違法又は不当な財務会計上の行為に該当するとは言えず、請求人の主張には理由がないと判断しました」と結論づけられました。

 この結論が妥当であるかどうかについては議論があるところでしょう。行政行為の瑕疵について重大明白説を採用することの妥当性が問われることでしょうし(私は重大性さえあればよいものと考えています)、職員の動員が違法であると断じられており、その動員のための出張旅費の支給についても違法性を導けるのではないかとも考えられるからです。

 住民からの監査請求は棄却されたとは言え、「監査結果」は次のように述べています。

 ⑧「検証結果において、本件職員動員が、憲法違反ではないが公開裁判の原則の趣旨に反する行為であるとされたこと及び教育委員会として行うべき職務の範囲を逸脱しており、その意味において地方教育行政の組織及び運営に関する法律第21条に反し、違法であるとされたことは、教育委員会において重く受け止めるべきです」。

 ⑨「本件請求に関し、教育委員会は、法第199条第8項の規定に基づく監査委員からの質問及び書類の提出依頼に対して、『検証チーム』の検証中であることを理由にして、法第242条第6項に定める期間間際まで書類を提出せず、また、対応方針も示しませんでした。/このことは、時間的な制約のある住民監査請求の監査において、監査委員が余裕のない中で判断せざるを得ない状況につながり、監査過程に重大な影響を与えたと言わざるを得ず、大いに反省を求めます」。

 ⑩「本件職員動員による出張命令は、外部からの問合せにより調査し、見直されるまで、組織的に継続して行われていました。検証結果において、『教育長及び各学校教育事務所長の本件動員の意思決定』の法的問題については結論を得るに至っていないことから、教育委員会においては、検証結果も踏まえて、本件職員動員の問題点を明らかにし、再発防止に向けた抜本的な改善につながる取組をされるよう求めます」。

 ここに示した⑨および⑩は、監査委員による横浜市教育委員会事務局に対する批判となっています。或る意味において、「監査結果」で最も重要な部分がこの⑨および⑩となっています。重く受け止められるべきでしょう。それとともに、もう少し突っ込んだ結論を出してほしかったと考えるのは、私だけでしょうか。

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空き地の荒廃を防止するための新制度が創設されるか

2024年07月05日 01時10分00秒 | 国際・政治

 地方自治総合研究所が発行している雑誌「自治総研」の485号(2019年3月号)に掲載されている「所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法(平成30年6月13日法律第49号)」(地方自治関連立法動向研究27)を書いた者として、この話題を取り上げない訳にはいかないでしょう。そういうことで、今回は、共同通信社の2024年7月4日21時18分付記事「国交省、空き地荒廃防止へ新制度 自治体に是正勧告権」(https://nordot.app/1181569572272013565?c=39550187727945729 )を取り上げます。

 この記事は短いものなので、あまり詳しいことは書かれていません。もっとも、それは今後の動き次第かもしれません。2025年1月に召集されるはずの通常国会における法律案の提出を目指すということですし、既存の空き家対策特別措置法(正式名称は空家等対策の推進に関する特別措置法)を参考にして検討を進めるとのことですから。

 これまで、政府は空き家や所有者不明土地について法整備を進めてきました。とくに所有者不明土地の場合、所有者不明土地法(正式名称は所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法)の制定および改正、民法、不動産登記法などの法律の改正という形で、複数年度にわたる取り組みを進めています。ただ、空き地となると、空き家や所有者不明土地と重なる部分があるものの、別物ということにもなります。既に、国土交通省に置かれている有識者会議は空き地についての法整備を提言しますし、問題は深刻ですので、法整備が全くなされないよりもなされるほうがよいということになります。、

 人口の減少により、個人が所有している空き地(所有者が明確になっているという点に注意してください)は、2008年で延べ632平方キロメートルであったのに対し、2018年度で延べ1364平方キロメートルになったそうです(国土交通省によります)。実に2倍超となった訳です。しかも、今後も増加する可能性が高いということです。そこで国土交通省が新たな制度を検討するということになりました。上記記事によると「管理が行き届かず、ごみの不法投棄など周辺環境に悪影響を及ぼす恐れがある場合、自治体が所有者に是正を勧告・命令できる権限を与えるのが柱」であり、「有効活用を促す仕組みも整える」とのことです。

 ただ、新制度、つまり新しい法律が制定されたところで何処まで空き地の荒廃を防ぐことができるか、また空き地の有効活用ができるかはわかりません。あまり高望みをしないほうがよいかと思われます。というのも、新制度は所有者が明確になっており、かつ個人たる所有者が生きている、または法人たる所有者が現存していることを前提としています。個人たる所有者が既に鬼籍に入っているということであれば所有者不明土地法で何とかなるかもしれませんが、法人たる所有者が現存していない場合、つまり解散して法人格が消滅している場合にはどうしようもないのです。

 また、新制度が誕生すると過度な期待が持たれがちですが、それは禁物です。むしろ、漸進的に解決されるというのが前提でしょう。否、少しでも改善されるならば御の字であると考えるべきでしょうか。こうした態度を示すのが、法律学者としてあるべき姿であると考えています。私は「所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法(平成30年6月13日法律第49号)」(地方自治関連立法動向研究27)において「相続登記の義務化も必要であるとは思われるが、そもそも日本では登記は対抗要件としての位置づけが与えられているものの、物権変動の要件とはされておらず、公信力が認められる訳でもない。そのため、(登記のコストとインセンティブという問題を脇に置くとしても)義務化のみでは問題の解決につながらないのではないかとも考えられる。登記の位置づけについて民法および不動産登記法の抜本的な見直しが必要であり、社会にも多大な影響が及ぶことは必然であろう」と記したのです。この部分が何年か前に「税理」という雑誌に掲載された、著名なS教授などが書かれた論文の注で取り上げられたのには驚きましたが、少数意見であるということなのでしょうか。

 いずれにしても、空き地の問題は、多少とも時間を必要とするとは言え、何とかしなければならないものです。いかなる制度が作られようとしているのか、注視する必要があります。

 

 Ich bin sechsundfünfzig Jahre alt. / J'ai cinquante-six ans.

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「ふるさと納税」に対する規制(?)が遅すぎる

2024年06月26日 21時45分00秒 | 国際・政治

 「ふるさと納税」の創設時から、私はこの制度に対して批判的な立場、あるいは否定的な姿勢を取り続けていました。もっと早く言えば廃止すべきであるという立場にあります。

 各地方公共団体の税財政を歪めてしまいますし、地方自治なり地方税財源制度なりの在り方として、根本的に誤っていると言わざるをえないからです。そのようなこともあって、週刊東洋経済2024年5月11日号が「喰われる自治体」という特集を組んで「ふるさと納税」の弊害などの記事を掲載しているのを知り、どこか冷ややかに見ていますし、「そんなこと、今更のように騒ぐなよ。もっと早く記事にすべきだっただろう!」とも思っています。もし、「ふるさと納税」制度の食い物にされている地方公共団体があるとしたら、悪い言葉で記せば「ざまあみろ」と書かれても仕方のないところです。

 そもそも、この制度の見直しはこの数年ほど繰り返されています。それだけ弊害が多いということですが、見直しも甘かったということでもあります。「早くやめちまえ」と言いたいところですが、麻薬や覚醒剤の味を忘れられないということと同じようなものなのでしょうか。

 そして、再び、6月25日に総務省が「ふるさと納税」のルールを見直すことを発表しました。朝日新聞2024年6月26日付朝刊24面14版に「ふるさと納税ポイント競争規制 付与サイトで募集 禁止へ」という記事が掲載されています。短いものですが、紹介しておきましょう。

 この記事は「総務省は25日、ふるさと納税のルールを見直すと発表した。利用者にポイントを付与する仲介サイトを通じて自治体が寄付を募集することを、来年10月から禁止する。利用者を囲い込むためのポイント競争が激化しており、規制の必要性が指摘されていた」と始まります。2025年10月というのは遅すぎるとしか言えませんが、やはり禁断症状の問題があるのでしょう。また、「ふるさと納税」で儲けている所のことも考えなければならないからでしょう。

 私も仲介サイトの存在は知っています。上記記事によると、「楽天ふるさと納税」、「さとふる」、「ふるさとチョイス」および「ふるなび」の4社が大手で、これで9割以上のシェアを占めているそうです(「ふるさと納税」制度の導入に反対していた総務省の偉い方は、もしかしたら「ふるさと納税」が商売の場になることを予見されていたのかもしれません)。また、こうした仲介サイトの利用で付与されるポイントの原資の一部が、地方公共団体によって支払われる手数料ですので、その手数料についても規制をかけるようです。ただ、記事には「今回の見直しで、より多くの寄付額を自治体にまわるようにする」と書かれているだけです。

 「ふるさと納税」は、とにかく問題ばかりが目立ちます。例えば、寄附金に対する返礼品は、寄附を受け付けた地方公共団体の地場産品である、というルールがあるのですが、これは守られていないと考えてよいでしょう。例えば、返礼品で家電製品やカメラという所があるのですが、そこに工場があるからというような理由で地場産品にしているが、よくよく見るとMade in China、Made in Thailandなど、要はMade in Japanでないものが多いようです。バーコードさえ貼ればよいということでしょうか。そもそも、地場産品に限定してしまうと、とても市場での競争力がありそうにもないものばかりになる可能性もあるでしょう。「総務省はこのほか、自治体に対し、返礼品を強調した宣伝広告や、寄付先の自治体の地場産品であることを証明できない返礼品を禁止する。返礼品の食品に産地偽装が相次いだことを受け、自治体のチェック体制を整えることも求める。いずれも来年10月からの措置となる」というのですが、やはり遅すぎますし、実効性はないでしょう。同じことは「宿泊施設や飲食店の利用券について、寄付先の地域との関連が認めにくいものは返礼品の対象外とする。1人1泊5万円以上の宿泊券は、その自治体がある県内の施設に対象を限定する」にも言えそうです。

 馬鹿な制度は早くやめて、まともな状態に戻す。

 これが政治なり行政なりの仕事の在り方のはずです。

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川崎市はプール水流出について職員に損害賠償を請求すべきである! 場合によっては住民監査請求、さらに住民訴訟がなされてもよい。

2024年06月20日 09時00分00秒 | 国際・政治

 2023年5月、川崎市立稲田小学校において、プールへの注水作業中のミスで大量の水が溢れるという事件が発生しました。

 今でもNHKのサイトで見られる「川崎 学校プールの水出しっぱなし 教員の損害賠償どこまで?

 常識的に考えれば、当然、普通に考えれば、当然、損害賠償が請求される事件です。川崎市は、2023年8月に校長と教諭に、およそ半額にあたる95万円ほどを弁償するように求めました。時期は不明ですが、校長は支払ったそうです。しかし、教諭は払っていません。

 具体的な事情がわからない部分もあるのですが、一般論として、何故に損害賠償請求の撤回などを求める請願が出されたり、請求の取り下げを求める署名活動が起こるのか、理解できません。請願を出した人たち、署名活動を起こした人は、例えば自分のうちを水浸しにされて何の文句も言わないのでしょうか。

 会社で同じような事件が発生したら、会社は従業員に損害賠償を請求するなど、何らかの措置を採ることでしょう。会社が損害を受けたのですから。

 こんなことを書いたのは、2024年6月19日付の朝日新聞朝刊17面14版川崎版に「プール水流出 教員に賠償求めないで 稲田小の辞令を受け川崎労連が市議会に署名提出」という記事が掲載されたからです。朝日新聞社のサイトには2024年6月19日10時45分付で「プール水流出 教員に賠償求めないで 川崎労連が市議会に請願」(https://www.asahi.com/articles/ASS6L45VZS6LULOB006M.html)として掲載されています。

 この記事によると、「川崎市教育委員会が校長と注水を担当していた男性教諭に上下水道代約190万円の半額(約95万円)を損害賠償請求し、校長側が支払ったことを受けて、川崎労働組合総連合(川崎労連)は18日、今後同様の事例で教員に賠償を請求しないことなどを求める請願署名2194筆を市議会に提出した」とのことです。これは、川崎労連が記者会見を開いて明らかにしたことです。「請願では損害賠償請求の撤回や、納めた賠償金を返金することも求めた」というのです。

 前述のように、詳しい事情がわからないという留保は付けておきますが、この記事を読まれて「ふざけるな!」、「何を考えているんだ?」とお思いの方もおられるでしょう。被害を受けた者が弁償を求めるのが当然の事例であるからです。プールの注水装置が故障していたというような事情があれば話は多少とも変わってきますが、作業ミスということであれば、担当者が、損害賠償あるいは弁償の請求などの形で何らかの責任を問われるのが当然です。

 一般論として、何故に損害賠償請求の撤回などを求める請願が出されたり、請求の取り下げを求める署名活動が起こるのか、理解できません。請願を出した人たち、署名活動を起こした人は、例えば他人に自分のうちを水浸しにされて何の文句も言わないのでしょうか。浴槽に大量の水を入れて風呂場から部屋からが

 地方公務員法には、この事件などのようなケースに関して、地方公共団体が職員に対して損害賠償請求を行うことを禁止する規定がありません。労働法とされる諸法律にもありません。労働基準法第16条があるではないかという声が聞こえてきそうですが、この規定が禁止するのは労働契約の不履行について違約金を定める契約、または損害賠償額を予定する契約を使用者が行うことであり、労働者の責任によって生じた損害について弁償なり損害賠償なりを求めることまでは禁止していません。むしろ、プール水流出については、民法第709条以下や国家賠償法第1条が適用されることになるでしょう。もっとも、国家賠償法第1条第1項は「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる」、同第2項は「前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する」と定めていますので、適用は難しいかもしれません。プール水流出事件で損害を加えられたのは「他人」でなく「公共団体」自身であるからです。しかし、公務員が故意または過失によって「損害を加えた」ことに変わりはありませんし、第1項または第2項の類推適用は可能でしょう。

 川崎市議会は、川崎労連の請願を受けて川崎市が損害賠償請求を撤回する、および既に支払われた賠償金を返還するというような趣旨の議決をするべきではありません。そのような動議などが出されたら否決するのが筋であり、市議会として果たすべき態度です。

 川崎市は、あくまでも損害賠償請求を行い、確実に職員に弁償をさせるべきです。

 仮に川崎市が損害賠償請求を撤回する、および既に支払われた賠償金を返還するということをしたのであれば、川崎市民から住民監査請求が提起されるべきです。その結果によっては住民訴訟が提起されるべきでしょう。地方自治法第242条第1項および同第242条の2第1項にいう「違法若しくは不当に公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実」および/または「違法若しくは不当な公金の支出」に該当すると解されるからです。

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地方自治法改正法案に盛り込まれている指示権

2024年05月19日 00時00分00秒 | 国際・政治

 2024年5月15日付の朝日新聞朝刊2面13版Sに「(時時刻刻)国の指示 拡大に危うさ 地方自治法改正案 非常事態 具体例答えず」という記事が掲載されています。朝日新聞では断続的に採り上げられている問題ですが、行政法学を専攻する者としては、やはり取り上げておかなければならないと考えました。

 そこで、今回は、今国会(第213回国会)に内閣提出法律案第31号として提出された「地方自治法の一部を改正する法律案」の一部を紹介します。

 まずは提案理由です。国会に提出される法律案の最後には提案理由が示されるのですが、今回は都合上、最初に示しておきましょう。

 「地方公共団体の運営の合理化及び適正化並びに持続可能な地域社会の形成を図るとともに、大規模な災害、感染症のまん延その他その及ぼす被害の程度においてこれらに類する国民の安全に重大な影響を及ぼす事態における国と地方公共団体との関係を明確化するため、地方制度調査会の答申にのっとり、公金の収納事務のデジタル化及び情報システムの適正な利用等のための規定の整備を行うとともに、国民の安全に重大な影響を及ぼす事態における国と地方公共団体との関係等の特例の創設、地域の多様な主体の連携及び協働を推進するための制度の創設等の措置を講ずるほか、所要の規定の整備を行う必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。」

 情報システムに関する内容もありますが、ここでは指示権に関係する内容を取り上げます。

 まず、地方自治法の目次が変わることとなっています。現行法では、第11章が「国と普通地方公共団体との関係及び普通地方公共団体相互間の関係」ですが、改正法案では第12章に繰り下げられ(第11章に「情報システム」の諸規定が追加されます)、現行法の第13章を第15章に繰り下げるとともに新たに第14章として「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態における国と普通地方公共団体との関係等の特例」の諸規定が追加されることとなっています。

 その第14章は、次の通りです。該当箇所を全文引用します。但し、漢数字は原則として算用数字に変えました。

 

  第14章 国民の安全に重大な影響を及ぼす事態における国と普通地方公共団体との関係等の特例

 (資料及び意見の提出の要求)

 第252条の26の3 各大臣又は都道府県知事その他の都道府県の執行機関は、大規模な災害、感染症のまん延その他その及ぼす被害の程度においてこれらに類する国民の安全に重大な影響を及ぼす事態(以下この章において「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態」と総称する。)が発生し、又は発生するおそれがある場合において、その担任する事務に関し、当該国民の安全に重大な影響を及ぼす事態への対処に関する基本的な方針について検討を行い、若しくは国民の生命、身体若しくは財産の保護のための措置(以下この章において「生命等の保護の措置」という。)を講じ、又は普通地方公共団体が講ずる生命等の保護の措置について適切と認める普通地方公共団体に対する国又は都道府県の関与(第245条の4第1項の規定による助言及び勧告を除く。)を行うため必要があると認めるときは、普通地方公共団体に対し、資料の提出を求めることができる。

 2 各大臣又は都道府県知事その他の都道府県の執行機関は、国民の安全に重大な影響を及ぼす事態が発生し、又は発生するおそれがある場合において、その担任する事務に関し、当該国民の安全に重大な影響を及ぼす事態への対処に関する基本的な方針について検討を行い、若しくは生命等の保護の措置を講じ、又は普通地方公共団体が講ずる生命等の保護の措置について適切と認める技術的な助言その他の普通地方公共団体に対する国又は都道府県の関与若しくは情報の提供を行うため必要があると認めるときは、普通地方公共団体に対し、意見の提出を求めることができる。

3 第245条の4第2項の規定は、前2項の規定による市町村に対する都道府県知事その他の都道府県の執行機関の資料又は意見の提出の求めについて準用する。

 (事務処理の調整の指示)

 第252条の26の4 各大臣は、国民の安全に重大な影響を及ぼす事態が発生し、又は発生するおそれがある場合において、その担任する事務に関し、生命等の保護の措置の的確かつ迅速な実施を確保するため、当該国民の安全に重大な影響を及ぼす事態に係る都道府県において、一の市町村の区域を超える広域の見地から、当該都道府県の事務(法律又はこれに基づく政令により都道府県が処理することとされている事務であつて、当該生命等の保護の措置に係るものに限る。)の処理と当該都道府県の区域内の市町村の事務(法律又はこれに基づく政令により都道府県が処理することとされている事務のうち、次に掲げるものであつて、当該生命等の保護の措置に密接に関連するものに限る。)の処理との間の調整を図る必要があると認めるときは、第245条の4第2項(前条第3項において準用する場合を含む。)の規定によるほか、当該都道府県に対し、当該調整を図るために必要な措置を講ずるよう指示をすることができる。この場合において、各大臣は、当該市町村に対し、当該指示をした旨を通知するものとする。

 一 法律又はこれに基づく政令により指定都市又は中核市が処理することとされている事務(法律又はこれに基づく政令によりこれらの市以外の市町村が当該事務を処理することとされている場合における当該事務を除く。)

 二 前号に掲げる事務を除くほか、法律又はこれに基づく政令により市町村が処理することとされている事務のうち政令で定めるもの

 三 第252条の17の2第1項の条例又は地方教育行政の組織及び運営に関する法律(昭和31年法律第162号)第55条第1項の条例の定めるところにより市町村が処理することとされている事務

2 前項後段の規定による通知は、都道府県知事その他の都道府県の執行機関を通じてすることができる。

 (生命等の保護の措置に関する指示)

 第252条の26の5 各大臣は、国民の安全に重大な影響を及ぼす事態が発生し、又は発生するおそれがある場合において、当該国民の安全に重大な影響を及ぼす事態の規模及び態様、当該国民の安全に重大な影響を及ぼす事態に係る地域の状況その他の当該国民の安全に重大な影響を及ぼす事態に関する状況を勘案して、その担任する事務に関し、生命等の保護の措置の的確かつ迅速な実施を確保するため特に必要があると認めるときは、他の法律の規定に基づき当該生命等の保護の措置に関し必要な指示をすることができる場合を除き、閣議の決定を経て、その必要な限度において、普通地方公共団体に対し、当該普通地方公共団体の事務の処理について当該生命等の保護の措置の的確かつ迅速な実施を確保するため講ずべき措置に関し、必要な指示をすることができる。

 2 各大臣は、前項の規定により普通地方公共団体に対して指示をしようとするときは、あらかじめ、当該指示に係る同項に規定する国民の安全に重大な影響を及ぼす事態に関する状況を適切に把握し、当該普通地方公共団体の事務の処理について同項の生命等の保護の措置の的確かつ迅速な実施を確保するため講ずべき措置の検討を行うため、第252条の26の3第1項又は第2項の規定による当該普通地方公共団体に対する資料又は意見の提出の求めその他の適切な措置を講ずるように努めなければならない。

 3 市町村に対する第1項の指示は、都道府県知事その他の都道府県の執行機関を通じてすることができる。

 (普通地方公共団体相互間の応援の要求)

 第252条の26の6 普通地方公共団体の長又は委員会若しくは委員は、国民の安全に重大な影響を及ぼす事態が発生し、又は発生するおそれがある場合において、生命等の保護の措置を的確かつ迅速に講ずるため必要があると認めるときは、他の法律の規定に基づき当該生命等の保護の措置について応援を求めることができる場合を除き、他の普通地方公共団体の長又は委員会若しくは委員に対し、応援を求めることができる。この場合において、応援を求められた普通地方公共団体の長又は委員会若しくは委員は、正当な理由がない限り、当該求めに応じなければならない。

 2 前項の応援を求めた普通地方公共団体の長又は委員会若しくは委員は、同項の生命等の保護の措置の実施について、当該応援に従事する者を指揮する。

 (都道府県による応援の要求及び指示)

 第252条の26の7 都道府県知事は、国民の安全に重大な影響を及ぼす事態が発生し、又は発生するおそれがある場合において、当該都道府県の区域内の市町村の実施する生命等の保護の措置が的確かつ迅速に講ぜられるようにするため特に必要があると認めるときは、他の法律の規定に基づき当該生命等の保護の措置について応援することを求めることができる場合を除き、市町村長又は市町村の委員会若しくは委員に対し、他の市町村長又は他の市町村の委員会若しくは委員を応援することを求めることができる。

 2 都道府県知事は、前項に規定する場合において、同項の規定による求めのみによつては同項の生命等の保護の措置に係る応援が円滑に実施されないと認めるときは、他の法律の規定に基づき当該生命等の保護の措置について応援すべきことを指示することができる場合を除き、市町村長又は市町村の委員会若しくは委員に対し、他の市町村長又は他の市町村の委員会若しくは委員を応援すべきことを指示することができる。

 3 前2項の規定による求め又は指示に係る応援を受ける市町村長又は市町村の委員会若しくは委員は、これらの規定の生命等の保護の措置の実施について、当該応援に従事する者を指揮する。

 (国による応援の要求及び指示等)

 第252条の26の8 都道府県知事は、国民の安全に重大な影響を及ぼす事態が発生し、又は発生するおそれがある場合において、第252条の26の6第1項若しくは前条第1項の規定による求め又は同条第二項の規定による指示のみによつてはこれらの規定の生命等の保護の措置に係る応援が円滑に実施されないと認めるときは、他の法律の規定に基づき当該生命等の保護の措置について応援することを求めるよう求めることができる場合を除き、当該国民の安全に重大な影響を及ぼす事態に関係のある事務を担任する各大臣に対し、他の都道府県知事又は他の都道府県の委員会若しくは委員に対し当該国民の安全に重大な影響を及ぼす事態が発生し若しくは発生するおそれがある都道府県の知事若しくは委員会若しくは委員(以下この条において「事態発生都道府県の知事等」という。)又は当該国民の安全に重大な影響を及ぼす事態が発生し若しくは発生するおそれがある市町村の長若しくは委員会若しくは委員(以下この条において「事態発生市町村の長等」という。)を応援することを求めるよう求めることができる。

 2 各大臣は、前項の規定による求めがあつた場合において、その担任する事務に関し、事態発生都道府県の知事等及び事態発生市町村の長等の実施する生命等の保護の措置が的確かつ迅速に講ぜられるようにするため特に必要があると認めるときは、他の法律の規定に基づき当該生命等の保護の措置について応援することを求めることができる場合を除き、当該事態発生都道府県の知事等以外の都道府県知事又は都道府県の委員会若しくは委員(以下この条において「都道府県知事等」という。)に対し、当該事態発生都道府県の知事等又は当該事態発生市町村の長等を応援することを求めることができる。

 3 各大臣は、国民の安全に重大な影響を及ぼす事態が発生し、又は発生するおそれがある場合であつて、その担任する事務に関し、事態発生都道府県の知事等及び事態発生市町村の長等の実施する生命等の保護の措置が的確かつ迅速に講ぜられるようにするため特に必要があると認める場合において、当該国民の安全に重大な影響を及ぼす事態に照らし特に緊急を要し、第一項の規定による求めを待ついとまがないと認めるときは、他の法律の規定に基づき当該生命等の保護の措置について応援することを求めることができる場合を除き、当該求めを待たないで、当該事態発生都道府県の知事等以外の都道府県知事等又は当該事態発生市町村の長等以外の市町村長若しくは市町村の委員会若しくは委員(以下この条において「市町村長等」という。)に対し、当該事態発生都道府県の知事等又は当該事態発生市町村の長等を応援することを求めることができる。この場合において、各大臣は、当該事態発生都道府県の知事等に対し、速やかにその旨を通知するものとする。

 4 各大臣は、前2項に規定する場合において、これらの規定による求めのみによつてはこれらの規定の生命等の保護の措置に係る応援が円滑に実施されないと認めるときは、他の法律の規定に基づき当該生命等の保護の措置について応援すべきことを指示することができる場合を除き、事態発生都道府県の知事等以外の都道府県知事等又は事態発生市町村の長等以外の市町村長等に対し、当該事態発生都道府県の知事等又は当該事態発生市町村の長等を応援すべきことを指示することができる。この場合(前項に規定する場合において、各大臣が指示するときに限る。)において、各大臣は、当該事態発生都道府県の知事等に対し、速やかにその旨を通知するものとする。

 5 事態発生都道府県の知事等以外の都道府県知事等は、第2項若しくは第3項の規定による求め又は前項の規定による指示に応じ応援をする場合において、事態発生市町村の長等の実施する生命等の保護の措置が的確かつ迅速に講ぜられるようにするため特に必要があると認めるときは、当該都道府県の区域内の市町村長等に対し、当該事態発生市町村の長等を応援することを求めることができる。

 6 事態発生都道府県の知事等以外の都道府県知事等は、第4項の規定による指示に応じ応援をする場合において、事態発生市町村の長等の実施する生命等の保護の措置が的確かつ迅速に講ぜられるようにするため特に必要があり、かつ、前項の規定による求めのみによつては当該生命等の保護の措置に係る応援が円滑に実施されないと認めるときは、当該都道府県の区域内の市町村長等に対し、当該事態発生市町村の長等を応援すべきことを指示することができる。

 7 第2項から前項までの規定による求め又は指示に係る応援を受ける事態発生都道府県の知事等又は事態発生市町村の長等は、これらの規定の生命等の保護の措置の実施について、当該応援に従事する者を指揮する。

 (職員の派遣のあつせん)

 第252条の26の9 普通地方公共団体の長又は委員会若しくは委員は、国民の安全に重大な影響を及ぼす事態が発生し、又は発生するおそれがある場合において、生命等の保護の措置を的確かつ迅速に講ずるため必要があると認めるときは、他の法律の規定に基づき当該生命等の保護の措置について職員の派遣のあつせんを求めることができる場合を除き、当該国民の安全に重大な影響を及ぼす事態に関係のある事務を担任する各大臣又は都道府県知事に対し、第252条の17第1項の規定による職員の派遣についてあつせんを求めることができる。

 2 第252条の17第3項の規定は、前項の規定によりあつせんを求めようとする場合について準用する。

 3 市町村長又は市町村の委員会若しくは委員が第一項の規定により各大臣に対しあつせんを求めるときは、都道府県知事を経由してするものとする。

 (職員の派遣義務)

 第252条の26の10 普通地方公共団体の長又は委員会若しくは委員は、前条の規定によるあつせんがあつたときは、その所掌事務の遂行に著しい支障のない限り、適任と認める職員を派遣しなければならない。

 

 こうした諸規定が入っている地方自治法改正法案は、衆議院総務委員会で5月14日になってから実質審議入りしたということです。内閣から衆議院に法案が提出されたのは3月1日ですが、衆議院が総務委員会に付託したのは5月7日になってからのことでした。

 この改正案については、既にいくつかの問題点が指摘されており、議論もなされています。これについては、機会を改めて述べることとします。

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箱根町の増税論議

2024年05月09日 00時00分00秒 | 国際・政治

 私は神奈川県民です。とは言え、今回の舞台である足柄下郡箱根町は県の南西端に近い場所、川崎市は県の北東端ということで、かなりの距離がありますし、横浜市青葉区や東京都世田谷区などと違って気が向いたら散歩がてらに出かけるというほど身近さはないのですが、町税の話題となれば、取り上げない訳にもいきません。毎日新聞社のサイトに、2024年5月6日9時2分付で「ごみ処理や救急出動…観光客への経費かさむ箱根 宿泊税など町が検討」という記事(https://mainichi.jp/articles/20240506/k00/00m/040/016000c#:~:text=%E7%94%BA%E3%81%AF%E6%B8%A9%E6%B3%89%E5%85%A5%E6%B5%B4%E3%81%AB,%E3%82%89%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E3%83%87%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%88%E3%81%8C%E3%81%82%E3%82%8B%E3%80%82)が掲載されているので、今回はこの記事を基にします。

 箱根町は、全国的に有名な観光地です。人口は1万人程度なのですが、観光客は年に2000万人ほどが訪れるそうです。こうなると、町政には様々な問題が生じます。上記毎日新聞社の記事から引用しますと「人口規模を上回るごみや下水道処理、救急出動などの経費がかさむ」ことであり、「観光施設の整備や運営に加え、ごみや下水道処理、救急出動など一部でも観光客が関わるサービス経費は多額だ。コロナ禍前の2019年度で入湯税の収入をあてても23.6億円が必要だった」とのことです。

 箱根町は、2019年に有識者からなる検討会議を設置しています。COVID-19の影響でしばらく中断されていました、2023年10月から議論が再開されました。

 上の引用文で23.6億円という数字が出てきますが、これは同町にとって巨額な経費です。何故なら、1996年度の町税収入が78.4億円しかなかったのです。しかも、この年度がピークであって、2015年度の町税収入は59.7億円です。町税収入のかなりの割合を「一部でも観光客が関わるサービス経費」が占めることになります。箱根町は地方交付税交付団体ですし、令和6年度箱根町一般会計予算第1条第1項によれば歳入歳出予算の総額は10,847,000千円、すなわち108億4700万円ですが、それでも20%を超える額がサービス経費のために必要であるということでしょう。

 このような事態を迎え、箱根町が何もしなかった訳ではありません。2016年度に、同町は固定資産税の税率を0.18%引き上げたとのことです。上記毎日新聞社記事では詳しいことがわからず、2015年度までは地方税法に定められる標準税率よりも箱根町の税率が低かったということなのかもしれませんが、おそらく違うのでしょう。参考までに、現在の箱根町町税条例第20条を紹介しておきます。

 第1項:「固定資産税の税率は、100分の1.4とする。」

 第2項;「国際観光ホテル整備法(昭和24年法律第279号)の規定により登録を受けたホテル業又は旅館業の用に供する家屋に対して課する固定資産税の税率は、前項の規定にかかわらず当該家屋が登録を受けた日の属する年度の翌年度から次に掲げる年度の区分に応じ、それぞれに定めるとおりとする。

 第1年度 100分の0.7

 第2年度 100分の0.84

 第3年度 100分の0.98

 第4年度 100分の1.12

 第5年度以降の各年度 100分の1.26」

 (記事の内容などからすれば、第2項に定められる税率が引き上げられたということでしょう。)

 観光客が多いとはいえ、人口減に見舞われる可能性が高く、将来的に財源不足が解消される可能性は非常に低いでしょう。そこで、検討会議は他の税に目を向けました。

 まずは入湯税です。この税については私も「地方目的税の法的課題」(日税研論集46号に掲載)で取り上げたことがあります。この税は目的税であり、地方税法第701条によると「鉱泉浴場所在の市町村は、環境衛生施設、鉱泉源の保護管理施設及び消防施設その他消防活動に必要な施設の整備並びに観光の振興(観光施設の整備を含む。)に要する費用に充てるため、鉱泉浴場における入湯に対し、入湯客に入湯税を課するものとする」というものです。つまり、入湯税の収入の使途は限定されている訳で、「人口規模を上回るごみや下水道処理、救急出動などの経費」に充てることはできないということになります。同条にいう「消防活動に必要な施設の整備」や「観光の振興(観光施設の整備を含む。)に要する費用」にごみ処理、下水道処理、救急車の出動などのための経費を読み込むことも不可能ではないでしょうが、文言解釈の範囲を超えてしまうと考えるほうが自然です。あくまでもごみ処理、下水道処理、救急車の出動などの経費は一般的な行政サーヴィスの領域に属するものであり、観光客云々は結果的に含まれるに過ぎないからです。敢えて記すなら目的論的解釈または拡張解釈によって「観光の振興」に必要な費用のうちに読み込むことも可能でしょうが、限度があります。救急車の出動などの経費であれば「消防活動に必要な施設の整備」のための費用に含めることもできますが、やはり限度があります。

 おそらく、その点を検討会議もわかっていたのでしょう。一時は入湯税の増税も検討されたようですが、地方税法によって限定される使途を念頭に置けば、入湯税の税率を引き上げたところで一般的な行政経費に入湯税の税収を向けることができません。可能であるとしても一部でしかありません。さりとて、箱根町町税条例第3条第1項に同町が課する普通税として列挙される町民税、固定資産税、軽自動車税、町たばこ税および特別土地保有税の税率を引き上げることは、住民の負担が増えるだけであって、観光により生ずる経費への対策としては筋が違います。上記毎日新聞社記事によると、箱根町の入湯税の「税収、入湯客ともに1987年度以降、日本一をキープしており、19年度は約6億2000万円の収入があった」とのことですから、地方税法が目的税という形で市町村の条例制定権に枠をはめていることになり、予算編成権にも制約をかけていることになるのです。

 〔せっかくのことですから、箱根町町税条例第37条を紹介しておきましょう。次のような条文です。

 「入湯税の税率は、入湯客1人1日について、それぞれ次の各号に掲げる区分によるものとする。

 (1) 宿泊を伴うもの 150円

 (2) 宿泊を伴わないもの 50円」〕

 入湯税に限度があるとなれば、地方税法に税目として示されていない税、すなわち法定外税の出番です。最近の法定外税の定番といえば宿泊税でして、このブログでも導入論議のいくつかを紹介していますが、箱根町の検討会議も宿泊税に目を付けました。現在、神奈川県には宿泊税を課している地方公共団体が一つもありませんから、関東地方に旅行される方は東京都ではなく神奈川県の川崎市や横浜市などに宿泊されることを強くおすすめいたしますが、箱根町が導入すれば神奈川県で初の例ということになりそうです。

 法定外税の場合、例えば箱根町が宿泊税の賦課徴収を定める条例を制定した後(町税条例の改正でも同様です)、施行の前に総務大臣との事前協議を行う必要があります。これまでの宿泊税の導入例はいずれも目的税ですから地方税法第731条以下によることとなりますが、箱根町が目的税として宿泊税を導入しようとするならば、町税条例を改正して宿泊税に関する規定を設けるか、町税条例とは別に宿泊税条例を作って町議会の可決を得た後に、地方税法第731条第2項により、総務大臣との事前協議を行う必要があります。その上で、総務大臣の同意を得る必要がありますが、同法第733条により、総務大臣は、宿泊税が「国税又は他の地方税と課税標準を同じくし、かつ、住民の負担が著しく過重となること」、「地方団体間における物の流通に重大な障害を与えること」または「前二号に掲げるものを除くほか、国の経済施策に照らして適当でないこと」のいずれかに該当しない限り、同意をしなければなりません。これまで同意されなかった例がありませんから、箱根町が宿泊税を導入することについて総務大臣が同意しないことはないでしょう(同意がないというのは、条例に余程の問題があるということになりますが、事前協議は地方税法に規定がなかった時代でも実際には行われていましたし、前例に従わないような条例を制定して施行しようとする地方公共団体はまず存在しないでしょう)。総務大臣の同意を要する事前協議は、箱根町が普通税として宿泊税を導入する場合でも必要であり(地方税法第671条)、私は普通税としての宿泊税の導入も可能であると考えています(異論がある方は是非とも御意見などをお寄せください)。勿論、目的税にするとしても条例で目的を示せばよい訳です(広く示しても許されるでしょう)。

 ただ、宿泊税というものは、あくまでもホテルや旅館に宿泊する観光客を納税義務者として課する租税です。上記毎日新聞社記事にも「観光客の7割以上を占める日帰り客からは徴収できないというジレンマがある」と書かれている通りです。

 それならば、例えば太宰府市の「歴史と文化の環境税」(普通税)のように、駐車場利用者を納税義務者とする租税を課するなど、手はあります。場合によっては、宮島訪問税のようなものを課することも考えられます(この場合には特別徴収義務者となりうる企業、例えば箱根登山鉄道の意向も聴取する必要があります)。もっとも、日帰り客に対する課税の場合、町内の複数の観光施設を訪れる観光客からはその都度税を徴収することになるので、この点は問題でしょう。

 さらに、上記毎日新聞社記事には「これまでの検討会では、山梨県と静岡県が実施してる富士山の入山料『富士山保全協力金』などについても意見が交わされた。1人1000円で、環境配慮型トイレの整備などに充てられているが、任意という課題がある」と書かれています。租税でない以上、任意であるのは当たり前であり、町の財源確保の観点からすれば弱いということでしょう。

 上記毎日新聞社記事は「議論の方向性は見えておらず、検討会は26年9月までに報告をまとめる。町側は『最も望ましい負担のあり方を模索したい』と見守っている」という文で締めています。確かに、箱根町という地方公共団体の状況を考えると難しい問題でしょう。しかし、観光客も当該地方公共団体による行政サーヴィスを多少なりとも受けているという事実を考慮すれば、箱根町が観光客に対して何らかの税負担を求めるというのは、何らおかしなことではなく、むしろ自然な流れであることも否定できません。箱根町の場合は、宿泊税とそれ以外の法定外税の二本立てという方法で臨むのが現実的であると考えられます。

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公立化か閉校か

2024年04月17日 14時00分00秒 | 国際・政治

 千葉科学大学の公立化の話が浮上したのは2023年10月1日です。これは、千葉科学大学の側から銚子市に出された要望でした。このブログでも2024年2月2日0時0分付で「千葉科学大学の公立化は難航することに」として取り上げましたが、その続きというべき内容になります。読売新聞社が、2024年4月16日の16時54分付で「千葉で大学運営する加計学園『公立化無理なら撤退』…検討委の委員『我々の議論に圧力』『聞き違いかと思った』」として報じています(https://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/kyoiku/news/20240416-OYT1T50064/)。

 4月14日に、銚子市で公立大学法人化検討委員会の第1回会合が開かれました。当初は1月に開催されるはずでしたが、詳しい事情がわからないものの、上記読売新聞社記事によれば「市と加計学園の事前協議が整わず、1月予定の開催がずれ込んでいた」とのことです。

 検討委員会のメンバーは10人で、学識経験者や経済界代表などから構成されています。銚子市のサイトに千葉科学大学法人化検討委員会のページがあり、14日の会合は公開で行われていました。また、千葉科学大学法人化検討委員会のページには資料3として「千葉科学大学公立大学法人化検討委員会スケジュール(案)」が掲載されており、次のような予定が書かれていました。

 第1回(4月14日):千葉科学大学の公立大学法人化に関する要望について/千葉科学大学の現状とこれまでの取組について/今後の検討委員会の進め方について

 第2回(5月12日):千葉科学大学を取り巻く環境について/千葉科学大学誘致の検証について

 第3回(6月30日):他の公立大学の運営状況について/公立大学法人による運営の可能性について

 第4回(7月中に予定):これまでの議論の総括/最終とりまとめ案の審議

 第5回(8月中に予定):最終とりまとめ

 検討委員会の委員には千葉科学大学関係者、つまり加計学園関係者が入っていませんが、当事者ということで第1回の会合に参加していました。そこで、加計学園側は次のように説明したとのことです。

 (1)2022年度までに公立化した11の大学の全てで、2022年度の入学者数が定員が上回った。公立化することによって「授業料が引き下げられ、大学のブランド力が上がり、学生が集まる」。千葉科学大学についても「公立化すれば、30年度には8億円超の黒字を確保できる」。

 (2)千葉科学大学では定員割れが続いており、収支は2022年度まで7年連続の赤字となっており、公立化がなされなかったら学生募集を停止し、在学生の全員が卒業したら閉校する(記事では「撤退」と書かれています)

 まず、(1)についてですが、検討委員会の資料6-2「千葉科学大学の現状とこれまでの取り組み(2) - 銚子市と共に歩む大学、千葉科学大学-」(千葉科学大学が提出)には次のように書かれています。

 「5.公立化の意義

 ▷公立大学になることで、ブランド力が高まり、地域からだけでなく全国から入学志願者の応募が期待できる。 また、銚子市のブランド力の向上に貢献できる。

 ▷銚子市の政策や地域の要請に応えた教育プログラムの見直しやコースの設定、大学院研究科の充実、地域を志向した 「地育地就」の推進などにより、地域の発展に貢献できる人材育成や産官学金連携を強化することができる。

 ▷地域の特色を生かした魅力ある教育・研究プログラムを提供することで、地域の優秀な人材の流出を抑制するとともに、 市域外から銚子市への若者の流入や定着が期待でき、地域経済規模の拡大や活気ある街づくりに貢献できる。

 ▷銚子市と千葉科学大学が一体となることで、市のシンクタンクとしての機能をさらに果たすことができるようになると ともに、学生による地域における社会貢献活動の強化など、学生による主体的な街づくりへの参画が期待できる。

 6.公立化した場合の運営の考え方

 ・公立大学法人となった場合は、総務省から設置者である銚子市に地方交付税が交付され、銚子市から大学に運営費交付金(定員充足した場合約28億円)の交付が見込める。

 ・公立化後は、授業料等の学生納付金と運営費交付金を主要な財源として運営するが、教員の教育研究力の強化により、 外部資金の獲得に努める。

 ・私立大学より低額の授業料設定により、従前の奨学制度は概ね廃止とするが、地域限定の奨学制度については内容を見直し継続する。

 ・学生確保により収容定員を充足させることによって収入増が見込まれ、安定経営(黒字経営)により財政基盤の確立を図ることができる。」

 しかし、公立化のメリットの根拠がほとんど示されておらず(別の資料も参照しましたが、公立化によって入学検定料、入学金、授業料がどうなるのかということが書かれているものの、どのような理由によってそうなるのかということは示されていません)、検討委員会の委員から疑問が出されました。公立化をしたからといって直ちに学生数を確保できるとは考えられず、加計学園側の努力(定員減、学部再編など)を求める意見が出てもおかしくはありません〔但し、これまでいくつかの学科や専攻(大学院)の募集停止が行われていました〕。また、千葉科学大学の場合、2023年度における薬学部の定員充足率が36%、危機管理学部が51%、看護学部が44%となっており、委員からは原因についての分析を求める声が出ました(「ここまで(入学定員充足率が)下がるのは見たことがない」という指摘がなされたそうです)。

 さらに、上記読売新聞社記事には「校舎などの老朽化に伴う将来の修繕、建て替え費用の確保についても、懸念の声が出た。『大学の資産はどれくらいあるのか。その情報がないと議論にならない』として、加計学園に貸借対照表などの財務資料や、修繕費の将来試算を提出するよう求めた」と書かれています。千葉科学大学が提出した資料には「大学・学部設置に伴う銚子市及び加計学園の支出額」というページがあり、「千葉科学大学 資金収支計算書」には2004年度から2022年度までの収支が図示されているのですが、「貸借対照表などの財務資料」や「修繕費の将来試算」は示されていません。

 次に(2)についてです。これまで私立大学から公立化された大学としては、このブログでも取り上げた福知山公立大学(公立化前は成美大学)、高知工科大学などがあります。それぞれの事情について私は存じませんし、論文ではなくブログ記事に過ぎませんからここで調べた後に書くつもりもありませんが、私立大学側が「公立化が無理なら撤退」という趣旨の発言をした例はあったのでしょうか。

 4月14日の会合では、千葉科学大学、つまり加計学園は明確に「公立化が無理なら撤退」を述べたそうです。やはりというべきか、委員からは不快感が示されたそうですし、委員長も「我々の議論を制約する」と述べたそうです。ただ、加計学園の態度はかなり明確にされたとも評価できます。公立化であれ閉校であれ、加計学園が千葉科学大学から手を引く意向であることは明らかです。ここは銚子市の態度如何によると言えます。

 ただ、銚子市としても、公立化にそう簡単に手を出すこともできないでしょう。さりとて、千葉科学大学の閉校後の跡地利用も頭を悩ませる問題です。他の大学との合併という選択肢もあるとは思うのですが、現実的、非現実的のどちらでしょうか。

 4月16日には高岡法科大学の募集停止も報じられました。同大学については公立化の動きなどがなかったようです。

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川崎市の人口が155万人を突破した

2024年04月12日 00時00分00秒 | 国際・政治

 川崎市に生まれ育った私は、実のところ、三代続けば江戸っ子というのと同じ意味で川崎っ子であるため、やはり川崎市のことが気になります。

 溝口に住み始めて14年が経過しました。その間、高津駅や二子新地駅の周辺の人出が多くなっているような気がしていましたが、どうやら、これは私だけが感じていたことではなかったようです。神奈川新聞社のサイトに、2024年4月11日の18時30分付で「川崎市の人口155万人突破 30年には160万人の見込み 増える要因は」という記事が掲載されています(https://www.kanaloco.jp/news/government/article-1070086.html)。

 残念ながら、上記神奈川新聞社の記事は会員でなければ全文を読めませんので詳細はわかりません。ただ、川崎市が4月11日に(4月9日現在での)人口155万人突破を発表したことが書かれていました。今後もしばらくは人口が増えると予想されており、2030年に160万5000人ほどにまで達するであろうとのことです(その2030年がピークであるとも予想されています)。

 川崎市の公式サイトを見たところ、上記についての直接の情報は掲載されていませんが、「川崎市の世帯数・人口、区別人口動態、区別市外移動人口(令和6年4月1日現在)」によれば、次の通りです。

 世帯数:779,004。

 人口:1,548,254。

 対前月増減人口:3,206。

 対前年同月増減人口:6,614。

 さらに、「令和6年3月中の人口動態を見ると、自然動態は409人減少し、社会動態は3,615人増加しました。区別の人口を見ると、全ての区で増加しました」と書かれています。

 上記神奈川新聞社記事には、川崎市の「人口は、市制を施行した1924(大正13)年の約5万人から100年間で約150万人増加し、155万242人となった。21年に、死亡者数が出生数を上回り自然減に転じたものの、1997年から2023年まで27年連続で転入を理由とする社会増が続いていることが、人口増の要因となっている」と書かれています。

 地元民が書くのもどうかとは思いますが、川崎市は物価、交通費などを考えると住みやすいと考えられます。面積は決して広くないのですが、7つの区にそれぞれの個性があり、選択の幅が広いのではないでしょうか。どう見ても馬鹿らしいランキングの一つに「住みたい街ランキング」がありますが、いかにあてにならないものであるかがわかります。

 ※※※※※※※※※※

 以下はテーマと関係のない、どうでもよい話。

 昨日、地方税共同機構のeLTAXのサイトを使って川崎市の固定資産税・都市計画税の納付を行いました。クレジットカード、インターネットバンキング、スマートフォン決済アプリのいずれかを利用することができますが、納付額が多い場合には最も現実的であるのがインターネットバンキングであると考えられるため(全く逆がスマートフォン決済アプリ)、インターネットバンキングを利用しました。意外なほどに簡単に済みました。

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