創作ノート ショートストーリー 詩 幻想話 短歌 創作文など
【淡い光】
集めた欠片を寝床に敷き詰める
欠片には仄かな光があり
それらは不規則な輝きで部屋を照らす
金星の旅人を思う
旅は別れの連続で
別れはそれぞれの淡い光を放つのだと
旅人は言っていた
色とりどりの旅の欠片は夜と共に漆黒となり
別れの淡い光を欲しがる
drop70『淡い光』
人々も世界も
静かに
とても静かに
霧のように消えてゆくものだから
夢幻の中に
霞んだ物語を抱きしめて
霧の星の下に
傷む身体を抱きしめて
drop69『霧の向こうにゆくものは』
【霞】
辺りを覆う静けさは
この白い霞とともに広がるのだろう
遥か向こうに滲む灯り
あれは誰かが持つ灯火なのだろうか
それとも世界の終わりの標なのだろうか
霞の川面で
思い出したように水鳥が跳ねる
向こう岸に置き忘れた記憶がまた流れて往く
drop68『霞』
【幻詠】
詩人は幾年月も星を彷徨っていた
詠う言の葉はおおかた儚い虚言なのですよ、
と詩人は言う
星を渡り続ける彼女は
そっと棘や傷や哀しみの現を
(いわれのない)幻覚で
包むのみなのだ
あの夜
仰いだ漆黒の空に
ひとつ瞬く星を抱くように
drop67『幻詠』
【キサラギ】
冬に交わした約束が
凍ったままだったので
白い小枝に
おみくじのように
結んで
春になって跡形もなくなりますように
(如月の終わりに)
drop66.『キサラギ』
【夜深】
凍てつく夜更け
スープ屋の湯気を探す
辛く甘く苦く熱いスープを
毎夜毎夜作っていた彼女は
もう湯気の下にはいないことを
時に忘れてしまい
探し続ける
「そこ」にいないということは
どこにもいないということだ
と誰が言ったのだろう
深まる夜
湯気は儚く
しかし火傷するほどに熱い
drop65『夜深』
【難船】
浜に打ち上げられた船は
時と共に静かに朽ちていた
ここに彼(魚)は棲んでいた
尋ねていくたび
この船は泳げなくなった魚の好物なのだと
微笑んでいた
私は怖かった
とても、とても怖かった
時も船も彼も
この風景さえも
無となり消えてしまうことがとても
drop64『難船』
【流星】
川辺の鳥は
おそらくは随分昔から川を見つめている
流れを見つめたまま
長い時をそこで過ごしている
ほら直に水底に星が見えますよ、
と鳥は言う
波の随に流れた星は
堕ちて往く刹那に一際輝くという
宙にある億万の星のたった一つが
長い時を経てここに重なる時は
終焉の哀しみなのなのか祝いなのか
drop63『流星』
【宙】
夜に
宙が
浮かぶ
見る星がすべて
過去のもの
であるならば
私は今
どこで漂うのだろう
時の中で失せてしまった
身と心を嘆くことは
それは愚かなことではないと
誰が言う
彼方の宙宙
宙で 誰が
drop62『宙』
【夜行と朝】
夢の欠片が
宵闇のハザマに刺さる時
まるでよく吠える夜行動物のように
夢に泣き絶望にむせび泣き
悲哀の夜の中
旅は明け暮れて
望むらくは
どうか真白な朝を
drop61『夜行と朝』
【氷の森】
樹木は凍りつき
行く手は厚い氷に覆われている
見上げる宙に無数の氷点の欠片が漂う
飛ぶ鳥の鳴き声が空気を切り裂いた後
やがて訪れる静寂の中
記憶の割れる音だけが途切れ途切れに身体に響く
割れた記憶は零度よりも遥かに低く
凍り付くのは
いつもいつも
この足元だけだ
drop60『氷の森』
【瞬き】
北の空に輝く星の瞬きが
この地に降り注ぐと信じた夜
朝など来なければよいと願った
永遠などというものは
どこにもあるはずはないとわかっていたはず
なのに夢見るかのように求めた
瞬く一夜は瞬く間にまぼろしに変わり
あの夜に私は私を置き去りにしたまま
drop59『瞬き』
【言の葉】
落ちた葉を拾い集めては
意味無い言葉をそこに書き溜めていった
溜まった葉をかばんに詰め深い森へ行く
火を起こし一枚一枚燃やす
言の葉はこうして灰にするのが良いと
焚火の番人をしている老詩人から教わった
枯れた言の葉も火になれば暖かい灰になり
やがて冷たい空に舞い消えるのだと
drop58『言の葉』
【架橋】
雨の中
橋を渡った
先も後ろも雨に煙っていた
渡ればどこへゆけるのだろうか
尋ねる人もいない
飛ぶ鳥もいない
雨雲の切れた遠い空に
「虹」が見えた気がした
雨の橋は幻視を招くと聞いたことがある
幻ならば何よりだ
その七色はいつまでも美しい
drop57『架橋』
【碧空】
あの星の森で最初に出会った人は
名前も知らない行きずりの旅人だった
背の高い樹木の隙間から共に空を見た
他愛のない時間
垣間見えた空は
まるで無限であるかのような広がりの青だった
別れが成せるのは
ただ永遠に近づこうとする記憶なのだ
青くどこまでも青く
碧空は
drop56『碧空』