DayDreamNote by星玉

創作ノート ショートストーリー 詩 幻想話 短歌 創作文など    

短編集を出しました

2022年03月31日 | 自由帳
『銀のかけら流れる川のほとり』(しおまち書房)という短編集を出版しました。

星、空をキーワードとした小説10編です。

手にとっていただけるとうれしいです。

今のところネット販売のみですが
実店舗販売が決まれば随時お知らせいたします。

本の詳しい紹介と販売場所(しおまち書房ネット販売部、Amazon、BASE)はこちらから。
紹介文の下に販売について記してあります。
https://shiomachi.com/publications/ginnokakera




それは気まぐれな幻想です

2022年03月06日 | 自由帳
声高に叫ぶなど
おこがましく

小さなふりして
縮むのも恥です

有力も無力も
現(うつつ)の力はマヤカシと添い寝をし

雄弁も無言も
たいがいの言葉はゴマカシに色を塗り

幻想にしなければ
(遠い思いにしなければ)

何もかも(自分も世界も)
壊れてしまう

という
脆弱性は

ひとの思いさえ
一撃でマボロシにする

『つばさ屋』 最終章 つながるつばさ

2022年03月06日 | 創作帳
『つばさ屋』
  第五章(最終章) つながるつばさ


 メイがつばさ屋をおとずれて、二十年の年月がたちました。

 とつぜんふりだした雨の中、ひとりの青年が早足で路地を歩いていました。
 青年の名前は、ショウ。
 手には、地図がにぎられていました。
「ええっと、たしかこのあたりだぞ」
 地図をみながらショウはある店の前で立ち止まりました。
「あった。ここだ」
 古びた店です。
 とびらを開くと、ぎいぃと音がしました。
「こんにちは」
 店の中は暗く、だれのすがたもありません。
「こんにちは。こんにちは」
 ショウは、何度も大きな声をだしました。
「はいはい。そんなに何回も言わなくても きこえていますよ」
 店のおくから、おじいさんが出てきました。
「こんにちは。あの……」
「ちょっと、待ってください。外は雨のようですね。店の中が暗くてよく見えない。今、あかりをつけますから」
 八十才になった、つばさ屋はランプにあかりをともしました。
 店の中がほんのり明るくなりました。
「やあ、いらっしゃいませ……おや? きみは……なんだか、どこかで見たような……」
 つばさ屋は、どこか遠くをみる目をして、必死になにかを思い出そうとしました。
「ぼく、ショウといいます」
「ショウくん? きいたことのない名前だなあ。ええっと……どこかで、お会いしましたか」
「いえ、お会いするのは、はじめてです」
「そうですか……きみはだれかに似ている。ちょっと待ってください。いま、思い出します」
 つばさ屋は、ショウの顔をしげしげと見つめました。
「……あの、ぼくの母はメイといいます。母は、こちらで、つばさを作ってもらいました。
 ぼくのおじいさんも、このつばさ屋さんで、つばさを……」
「あ!」
 つばさ屋は思い出しました。

 群青色とオレンジ色のつばさ。
 さくら色とミルク色のつばさ。
 きらきらしたひとみの、少年のカイ。
 幸せそうな、むすめさんのメイ。

「き、きみは、メイさんの息子さんですね」
「はい。思い出していただけましたか」
「あのカイくんのおまごさん……どおりで、ふたりによく似ているはずだ」
 つばさ屋はなつかしそうに、笑顔をうかべショウの肩をたたきました。
「ショウくん、びしょぬれじゃないですか。ちょっと待ってください」
 つばさ屋は、店のおくに行って、一枚の布を手に取ってきました。
「さあ、これでぬれたかみやからだをふいて」
 布を受け取ったショウは、それをぬれたうでや顔にあてました。
 布は軽くさらさらで、肌にあてたしゅんかん
 ふんわりと幸せな気持ちになるような、そんな肌ざわりでした。
「もしかして、これは、つばさの生地ですか。母のつばさの生地に似ています」
「ええ。そうですよ。メイさん……お母さんは、お元気ですか」
「え? え、ええ」
 ショウの顔が少し、くもりました。
 そのとき、空から大きな音がひびきました。
 古いつばさ屋の店はがたがたとゆれました。
 つばさ屋は、窓をあけ雨雲でいっぱいの空を見上げてくちびるをかみしめながら言いました。
「ああ。また戦闘機が空を飛んでいる。いやな音だ。
 数十年前の戦争にこりずに世界はまた戦争を始めてしまったんだ。
 なぜ、ひとは何度もばかなことをくりかえすのでしょう。
 通りの花屋の若主人も、食堂のよくはたらく若者も、菓子屋のひとりむすこも、雑貨屋の店主も
 みな戦争へいってしまいました。ショウくん、もしかして戦地へいく予定が?」
「はい……二、三日中に……前線に……」
 言葉をつまらせながらショウが答えます。
 つばさ屋は、ショウのほうに向きなおり、なんてことだ、と首を横にふりました。
「お母さんは、さぞ、心配をしていることでしょう」
「毎日のように、涙ぐんでいます」
「そうでしょうね」
 つばさ屋は窓をしめました。
「あの、きょう、ぼくがここへきたのは……」
「もしかして、つばさをつくりに? それだったら、もうしわけないけれど、できそうにないですよ。
 空には、戦闘機が飛びかっています。夢見ごこちで、空を飛ぶという時代ではなくなりました。
 それに、わたしも、もう、としです。なっとくのいくつばさを作るには、限界がある。
 店は、代々、わたしの家だけで、やってきたので、あとをつぐものもいないし
 閉じようと思っているんですよ。しかし……せっかくきてくれたのに……ああ……ショウくんのつばさ……」
 つばさ屋は、うでぐみをしたり、片手をひたいにあてたりして、う~んと、うなりました。
「ああ……おわりのつばさ……そんなつばさは、イメージがわかない」
「あの、ぼく、つばさをつくりにきたのではないんです。つばさ屋さんにお願いがあって」
「お願い?」
「はい、ぼくがつばさ屋さんを、たずねてきたのは……」
 戦闘機が、また、ごう音をたてて飛んできました。
 その音で、ショウの声はかきけされました。
「すまないが、ショウくん、もういちど、言ってくれませんか。戦闘機の音がじゃまをして」
「はい。ぼくは、つばさを作る人になりたいんです。
 つばさ屋さんに、つばさづくりを、おしえていただきたいんです!」
 戦闘機の音に負けないようにショウは声を出しました。
「え、なんですって」
 思いがけないことばに、つばさ屋は目をまるくしました。
 ショウは、はなしを続けました。
「小さなころから、つばさ屋さんのことを、母からきいてそだちました。
 母はとても幸せそうに、平和な時代、空を飛んだことを話してくれました。
 母から、おじいさんのこともききました。おじいさんも母とおなじようにそれはそれは楽しそうに
 つばさのはなしを、してくれたそうです」
 ショウの目は、しんけんそのものでした。
 きらきらとかがやいていました。
「だから、ぼく、大きくなったら、ぜったいつばさを作るひとになろうと決めていたんです。
 だれかを幸せにするつばさを、だれかに夢をみてもらうつばさを、作りたいんです。
 お願いします。弟子にしてください」
「そ、それは、とつぜんでおどろきましたよ。なんだか、ショウくんのまっすぐな目をみていると、店をとじるのが、おしくなって……」
 ショウの目が、いっそう、かがやきました。
「じゃあ、いいんですね! 弟子にしてくださるんですね」
 つばさ屋は、大きくうなずきました。
「ああ、いいとも。約束しましょう。つばさの設計図を、だれにも教えないままにするなんてね」
「ありがとうございます!」
 窓の外で、鳥のなく声がしました。
「おや、光がさしてましたね。雨がやんだのかな」
 つばさ屋は、店のとびらをあけました。

「ああ、雨はあがったようだ。雲のすきまに青空がみえる。ショウくん、ほら、見てごらんなさい」
 ふたりは、ならんで空を見上げました。
「きれいな、すんだ青色だなあ」
「あの空に、どんなつばさを飛ばそうかと、想像することから、つばさ屋の仕事は始まるんですよ」
 銀色の雨雲が、風といっしょに、空を流れ、青空が、じょじょに広がっていきます。
「ショウくん、きっと無事に帰ってきてください」
「きっと、帰ってきます」
 ショウは大きくうなずきました。

 つばさ屋は、まるで、空に向かって、話しかけるように
 上を見つめたまま、ゆっくりとした声で言いました。
「ああ、空を見るたび、心が広くなるような感じがしますよ。
 きっと、あなたのおじいさんもお父さんもお母さんも
 そして、わたしの父親も、そうだったのでしょうね」
「ぼくも……ぼくもそうです」
「ショウくん、わたしは、こうも思うんです。ひとが同じあやまちをくりかえすことは
 なげかわしいことです。けれど、ひとは、どんな絶望の中にも、夢を見ることができるんです。
 希望を持つことができるんです。
 家族を失って、絶望の中にいたわたしが、細々とでもつばさ作りをつづけてこられたのは
 それがあったからです。きみのひとみのかがやきを見てあらためて考えました。
 あやまちの中、絶望の中にあってでさえ、ひとは光を感じることも知ることもできるのかもしれません」

 広がっていく青い空に、鳥が飛んでいます。

 鳥は、つばさを、けんめいに、はばたかせながら、どこまでも、どこまでも、つづく空を、飛んでいきました。





  『つばさ屋』fin.

『つばさ屋』 第四章 未来のつばさ

2022年03月05日 | 創作帳
『つばさ屋』
  第四章 未来のつばさ


 カイがつばさ屋をおとずれて、三十年の年月が流れました。

「ここね。ここが、つばさ屋さんね」
 若いむすめが地図を手に、つばさ屋の店のとびらのまえに、立っていました。
 むすめの名前はメイ。
「お父さんにきいたとおりだわ。古びた店がまえね。ショーウィンドウには、
 すてきなせびろとズボンがかざられてるわ。さすがにガラスにひびは入っていないけれど」
 メイは、店のとびらをあけました。
「こんにちは」
 店のおくには、めがねをかけた男のひとがいました。
 つばさ屋の主人です。ミシンをふんでいました。
「いらっしゃいませ」
 つばさ屋はミシンをふむのをやめて、メイのほうに目をやりました。
「あの、おたずねします。ここはつばさ屋さんですね。つばさを作るという……」
「はい、そうですが……どうしてここがつばさを作るつばさ屋だと? 
 かんばんに、つばさ作りのことは、書いていないのですが」
 つばさ屋はおどろいた顔で、メイをあらためて見つめました。
「父からききました。わたし、カイのむすめです。メイといいます」
「なんと。カイくんのむすめさんですって」
 つばさ屋は、立ち上がり、ぬいかけていた生地を
 床に落としそうになりました。
「はい。父に書いてもらったつばさ屋さんへの地図、それを見て、たずねてきました。
 入り組んだ、路地にあるんですね。少しまよってしまいました」
「よくきてくれました。あれから三十年、まちのようすもずいぶんかわりました。
 新しいきれいな建物が、たくさん、たちました」
「でも、つばさ屋さんは、父にきいたままのお店でした」
 メイは、店の中をぐるりと見まわしました。
 つばさ屋は少し笑って、「そうでしょう」と言いながら
 昔を思い出すように、てんじょうをあおぎました。
「なつかしいなあ。お父さんのカイくんには、群青色のじょうぶな生地に
 すきとおるような明るいオレンジ色をちりばめたつばさを作りました。
 群青色は、夜明け前の空の色、オレンジ色は、朝焼けの太陽の色に見立てたものです。
 カイくんに、希望にみちた朝がくるようにとね」
「わあ、よくおぼえていらっしゃるんですね」
「そりゃそうです。手がけたつばさは、どれも忘れたことはありません。
 つばさ職人として、あたりまえのことです」
 つばさ屋は、せすじをのばし、胸をはって、こたえました。
「カイくん、いや、お父さんはお元気ですか」
「それが……わたしが小さいころ、病気でなくなったんです。爆弾で、受けた傷がもとで」
「ああ……なんてこと……」
「父は、つばさ屋さんに作ってもらったつばさを、それはそれは、大事にしていて
 元気なころ、つばさをつけて空を飛んだことを楽しそうにうれしそうに、何度も話してくれました」
「それは……つばさ屋として何よりうれしいことです」
「ここにきたのは、父のゆいごんなんです」
「ゆいごん?」
「ええ。わたし、もうすぐ結婚するんです。メイが結婚するときには、お祝いにつばさ屋さんに
 つばさを作ってもらいなさいって、つばさ屋さんへの地図を書いてくれていたんです」
「ご結婚を。それはおめでとうございます」
 つばさ屋は、カイが生きていたら、さぞ喜ぶだろうと思いながら
 にじんだ涙をぬぐいました。
「ありがとうございます」
「さあて、メイさんにはどんなつばさが似合うでしょうね。
 好きな色はなんですか。どんな空の日に飛びたいですか。
 希望があれば、話してください」
「好きな色……そうですね。さくら色と……そうミルク色かしら。
 よく晴れて、気持ちのいい、そよ風のふく日に飛びたいわ」
「それでは……さくら色とミルク色、軽い生地をふたえに、かさねましょう。
 こがらなメイさんがふわっと飛べるように」
 メイは両手をくんで、胸の前にあてて、自分のつばさを想像しました。
 さくら色とミルク色がかさなったつばさ。なんてきれいですてきなんでしょう。
「ふわっと飛べるんですね。すごいわ」
「それでは、背中やうでの、寸法をはかります」
 つばさ屋は、まきじゃくをとり、メイの背中やうでにあてて、寸法をノートにかきこみました。
「つばさは、どれくらいで仕上がるんですか」
「そうですね。材料をそろえたり、設計をしたり、生地を染めたり、生地を切ってぬったり……
 ざっと半年はかかります」
「ちょうど半年後に結婚式の予定なんです」
「花嫁さんにぴったりのつばさができそうですよ」
 つばさ屋はそう言いながら、窓をあけました。
 水色の空が広がっています。
 ふわふわの、綿菓子のような、雲が流れています。
 つばさ屋は、忘れることのできない遠い記憶を、きのうのことのように思い出しました。
「このきれいな空に、三十年前、爆弾をつんだ飛行機が飛んでいたなんて、うそのようですよ」
「ええ。ほんとうに。わたしがうまれる前の戦争のこと、父からききました」
「カイくん……お父さんもメイさんの幸せを祈っていることでしょうね。
 メイさん、どうぞ、お幸せに。つばさのできあがりを、楽しみにしていてください」
「はい。つばさをつけてあの空を、飛べるんですね。うれしいわ」
 風が、そよそよと、窓からはいってきます。
 空の高いところを、一羽の鳥が飛んでいます。
 まるでメイの未来を祝うように何度も何度も
 くるりくるりと大きな円をえがきながら、飛んでいました。


(第五章ー最終章ーに続く)











『つばさ屋』 第三章 はじまりのつばさ

2022年03月04日 | 創作帳
『つばさ屋』
  第三章 はじまりのつばさ


 世界じゅうをまきこんだ、大きな戦争が終わった年のことです。
 ある小さなまちの、小さな店の、おはなしです。
 その店は、おもてむきは、紳士服を仕立てる店でした。
 でも、そこには、わずかなひとしか、知らない、ひみつがあったのです。
 少年は、古びた地図を手に、まちを行ったり来たりしていました。
 少年は十才。
 名前はカイといいます。
 この小さなまちには、戦争が終わるまぎわに
 とてつもない大きな力をもった、おそろしい爆弾が落とされました。
 まちにはそこかしこに、なまなましいつめあとがのこっていました。
 もとは家や店やビルがならんでいたところが、広い広い焼け野原になり
 がれきの山が、あちらこちらに、つみあげられています。
 がれきをかきわけて、カイはやっと、めあての、路地を見つけました。
 小さな店数軒ならんでいる通りでした。
 この場所は、爆弾の炎からは、さいわいのがれたようでしたが
 建物はかたむいてたり、窓枠はゆがみガラスは割れたりしていました。
 花屋、菓子屋、雑貨屋、食堂などが、のきをならべていたようです。
 でも、どの店もあいているようすはありませんでした。

「ここだ。まちがいない」
 カイは、路地のおくまったところにある、ある古びた店のまえでたちどまり
 持っている地図とていねいに見くらべました。
 店のかんばんには、今にも消えそうな文字で、
『紳士服仕立てうけたまわります』
 と、書かれていました。
 ぺんきのはげかけた、かんばんでした。
 店のとびらの横にあるショーウィンドウのガラスには、大きなひびがはいっています。
 ウィンドウの中には紳士服がかざられていました。
 いかにも古そうなせびろとズボンでした。
 カイに紳士服のよしあしはわかりません。
 それでも、せびろもズボンも、色はあせているものの、とてもかっこうがよく
 いい生地で作られているように見えました。
 冷たい秋の風が、びゅうと、足もとからふきあげてきます。
 風はショーウィンドウの大きなひびから入りこみ、せびろとズボンのすそを、ひらひらとゆらしました。

「こんにちは」
 カイは、そっと店のとびらをあけました。
 店のおくには、めがねをかけた、三十才くらいの男のひとがいました。
 店の主人のようでした。
 手ざわりのよさそうな、紺色の生地やら銀色の生地やらを、両手にいっぱいかかえていました。
 店の主人は、生地のあいだから顔を出し、
「いらっしゃいませ」
 と言いました。
「あのう、ききたいことがあるんです」
「何でしょう。紳士服の仕立てですか?
 ぼちぼちとはじめたところですよ。
 倉庫のおくにしまっておいた生地を、ひっぱりだしているところなんです」
「おもてに、とてもかっこうのいいせびろとズボンがかざられていましたね」
「ああ、ありがとう。あれは、以前わたしの父がつくったものでしてね。
 店を始めるしるしとして、かざったんです。で、ききたいことって、なんでしょう」
「あの、ぼく、カイっていいます。
 ぼくの父さんから、こちらのつばさ屋さんにと、あずかってきたものがあるんです」
 カイはズボンのポケットから小さな布きれをとりだしました。
 布のはしには、こげたようなあとがついていました。
 すきとおった青色の生地でした。
「こ、これは」
 店の主人はたいそうおどろいたようすで、両手にかかえていた生地を
 あわててそばのつくえの上におきました。
 そして、カイが見せた生地を手にとって、かんしょくをたしかめたり
 窓から入る光にすかしてみたりしました。
「カ、カイくんといったね。これは、つ、つばさの、つばさの生地じゃないですか」
 カイはうなずきました。
「そうです。ぼくの父さんが、こちらで、この『つばさ屋』さんが、作ったつばさで、空を……」
 カイのことばをさえぎるように、つばさ屋は、感がい深い声を出しました。
「つばさ、つばさ屋……ああ、ひさびさにきくことばだ」
「父さんは、この布でできたつばさで、空を飛んだそうです」
「……確かに、これはわたしの父が作った、つばさの布の切れはしです。
 父が作っていたのを少しだけ手伝ったので、生地には、見おぼえがあります。
 特別な地方から仕入れている生地なので、なかなか手に入りにくいのですよ。
 どうして、これを、きみが?」
「ぼくの父さんが、ツバサさんにたのまれたそうです。形見として
 『つばさ屋』にいる、じぶんの息子にわたしてくれないかと」
「ツバサはわたしの父の名前です。飛行士として戦争に行ったきり、もどってきませんでした」
「ぼくの父さんも、飛行機乗りでした。ふたりは、航空基地で知り合ったみたいです」
「そうなんですね……カイくんのお父さんは? ご無事ですか?」
 カイは力なく首をよこにふりました。
「飛行機で南の島沖に行き、行方知れずのままです」
「……そうですか……カイくん、お母さんは?」
 カイはまた力なく首をふりました。
「母は……あの大きな爆弾にやかれて、なくなりました」
 つばさ屋は、長いかなしそうなためいきをつき
 しぼりだすように言いました。
「ああ、なんてひどいことだ。わたしもです。妻も五才だった子どもも……
 家族はみんな、爆弾に焼かれてしまったんですよ。わたしはひとりになってしまった……」
「……これは父さんから、あずかったつばさと地図。すみません。つばさは、ほとんど焼けて、この切れはししか、見つかりませんでした」
「気にしないでください。いいんですよ。こうしてたずねてきてくれただけでありがたいことです」
「地図は、ほとんど読み取れるくらい無事でした。それでここに来ることができました」
「こうして、父とつながりのあるきみに会えて、とてもうれしいですよ」
「父さんは一度だけ、つばさ屋さんのつばさで飛んだことがあるそうです。
 夢みごこちで、空を飛んだことを、とても楽しそうに話してくれました」
「楽しそうに……」 
「でも、ぼく、ひとがつばさをつけて空を飛ぶなんて、信じられなかったんです。
 でも焼けのこった、つばさの切れはしと地図。これを見て、父さんが、最後、つばさのはなしをしていたときの
 とびきり楽しそうな顔を思い出しました。それが本当だったのなら、ぼくも、つばさをつけてみたいなあ、と、」
「そう言ってもらえてうれしいですよ。つばさを作るのは宣伝はしていないんですよ。
 材料をそろえるのも、設計をして仕立てをするのも、複雑でたいへんな作業なんです。
 たくさんは作れないですから。わたしひとりでは、なかなか……」
「そうなんですか。さっきも言ったけど、ぼく、つばさの話なんて信じられなかったんです。
 でも、地図にあったとおり、店がありました。うれしいです。
 父さんの言っていたことは、本当だったんだって」
「戦争中は、ずっと、『つばさ屋』という看板は下ろしていたんですよ。
 父もいないですしね。それに、戦闘機が飛びかう空でなんて、危険だし
 楽しく飛べるはずもないですから」
 つばさ屋は、肩をおとして、つばさの切れはしをカイにもどしました。
「あの……もう、つばさは作らないんですか?」
「まよっているんですよ」
 目をふせて、つばさ屋は考えこんでいるようでした。
「父さんの言っていた、夢みごこちで空を飛べるつばさ、この世にあるなら
 ぼく、見てみたいです。いつか背中につけて飛んでみたいです!」
 カイの、きらきらしたひとみを見て、つばさ屋の、まよっている心がゆれ動きました。
「わたしのなくなった妻も、よく言っていました。いつか、あなたの作ったつばさを見てみたい、わたしも飛んでみたい、と」
 家族を思い出すつばさ屋の目に、うっすらと、涙がにじんでいました。
「ぼく、お金がたまったら、つばさを作りにきます。だから」
「……いや、その必要は、ないですよ」
「え?」
「決心しました。こうして、父の形見をカイくんが持ってきてくれたのも、何かの縁でしょう。
 カイくんには、つばさ屋の再開、いちばんめのお客さまになってもらいたいです」
「じゃあ、またつばさを作るんですね」
 カイはうれしくて、飛び上がりそうになりました。
「ええ、なくなった父親からうけついだ技術を思い出して、がんばってみますよ」
 つばさ屋は、力強く、うなずきました。
「でも、あの、ぼく、お金は……」
「カイくんは、つばさ屋にとって記念すべき、お客さま。お金はいらないですよ。
 さあて、カイくんにはどんなつばさがにあうかなあ……」
 つばさ屋は、店のとびらをあけて、カイを手まねきしました。
「カイくん、いっしょに空を見てみましょうか」
「はい」
「どんなつばさをつけてあの空を飛ぼうかと、想像することから、つばさ屋の仕事は、始まるんだって
 父はよく言っていました」

 ふたりは外へ出て、空を見上げました。
 空は高く、空気は、すんでいます。
 すきとおった青い空が、どこまでもどこまでも、広がっていました。


(第四章に続く)








『つばさ屋』 第二章 出会いのつばさ

2022年03月03日 | 創作帳
『つばさ屋』
第二章 出会いのつばさ


 ぼくが、「その人」と出会ったのは、兵舎に入って、しばらくたった日のことです。
 「その人」の名前は、「ツバサ」といいました。
 この基地から、前線となっている、南の国へと発つ予定のために、他の基地からうつってきたのです。
 ぼくの部屋に、いく日か、滞在することになりました。
 なぜなら、さいしょは、五人いたぼくの部屋の仲間たちは、みな、行方不明になっていて、
 今、部屋には、ぼくひとり。もちろん、ベッドは空いていました。
 「ツバサ」という名前を聞いたとき、まるで、飛ぶために生まれてきたような名前だなあ、と思いました。
 そう言うと、ツバサさんは、人なつこく笑い、うなずきました。
「いい名前だと、自分でも、思っています。空がね、好きなんです。飛ぶのが、好きなんです」
 「空が好きなんです」と、ツバサさんは、どこまでもすきとおる世界を夢中で飛ぶ中で見つけた、
 どこにもないのだけれども、たしかに自分の心にはある、そんな宝ものをいつくしむような、
 いとおしくだきしめるような、なんともいえない、すてきな表情で、そう言いました。

 ―空が好き―
 ―飛ぶのが好き―

 ああ、そうです。ぼくもなんです。
 ぼくも、空が好きなんです。飛ぶのが、大好きなんです。
 思わず、そう答えていました。
 さつばつとした兵舎の生活で、ぼくは、すっかりそんな(何かを「好き」である、と、なんのてらいもなく言うような)
 感情も表現も、なくしてしまっていることに、気がつきました。

 「ツバサ」という名前と「空が好き」「飛ぶのが好き」という、心ひかれる言葉たちに、
 ずいぶん長いこと、心のいちばん、おくの、おくの、目につかないところに、おきざりにしてしまい、
 そのまま忘れてしまっていた、きらきら光るものを、ふたたび見つけたような、そんな気分がよぎり、
 かがやいていた夢を思い出しかけていました。
 ツバサさんは、ぼくより、ずいぶん、年上の男の人でした。
 すらっとした体型のツバサさんは、飛行士の制服を、とてもおしゃれに、着こなしていました。
 聞けば、飛行士の養成所を卒業したのちは、家業の、紳士服の仕立て屋をついで、
 紳士服をデザインしたり、仕立てたりしているということでした。
 なるほど、となっとくしました。
 服のデザイン、仕立てをやっているという、そのせいなのか、制服もそうですが、
 飛行士が首にまくスカーフのまきかたひとつにしても、とてもスマートで、かっこうがよくて、
 自分に似合う身につけ方を知っているような、そんな感じにみうけられました。
 ツバサさんが、出発(「出撃」という言葉は、ぼくは好きではないので、使いたくありません)
 するまで、ぼくたちは同じ部屋で寝起きすることになりました。
 出発の命令は、いつ出されるかわかりません。
 もしかしたら、ぼくのほうが先かもしれません。
 それまで、ぼくたちは、いっしょです。


 目を閉じても、どうしても眠れないある晩のこと。
 ツバサさんも、そんなようすでした。
 となりのベッドで、いくどもねがえりをうっているようでした。
 月あかりが、まどから、差しこんでいて、夜もおそいというのに、部屋の中は決して暗くはなく、
 やわらかい色の電球に、ふんわりと包まれているような明るさでした。
「写真を見ているのですね。まいばん、見ているようですが」
 ぼくが、毎夜毎夜、妻と子どもの写真をなでては、なにやらぶつぶつと
 となえているのが、ツバサさんにも、わかったみたいです。
 同じ部屋で、夜を過ごすのですから、そっと流したつもりの涙も
 もしかしたら、気づかれているのかもしれません。
「妻と子どもです」
 ぼくは、ツバサさんに、写真を見せました。
「やさしそうなおくさまと、かわいらしい子どもさんですね」
「ツバサさん、ご家族は?」
 ツバサさんは、うなずきました。
 彼も、ぼくと同じように、胸ポケットに写真をしのばせていました。
 とりだして見せてくれました。
 「つばさ屋」という、かんばんを、かかげた店の前で、三人家族が
 ほほえみ、肩をよせあい立っていました。
「妻と息子です。息子は、今、店をつぐために修行中ですよ。やはり、わたしとおなじように
 飛行士養成所へ通っていましてね、やっと卒業したところです。
 もうすぐ、戦争への出動命令が出るかもしれませんね」
「そうですか」
 と返事をして、ぼくはひとつ、ぎもんに思いました。
 仕立て屋さんをつぐのに、飛行士養成所へ? なぜ?
「どうも今夜は月がまぶしくて、眠れませんね。
 どうです。ふたりで、こっそり、外で、お月見でもしませんか」
 ここへツバサさんがやってきてから、空が大好きだった自分を思い出していたぼくは
 むしょうに、じっくりと、空をながめたくなっていました。
 すぐにうなずきました。

 外へ出たツバサさんとぼくは、兵舎からは見えないように
 走路のわきの木かげに、こしをおろしました。
「満月ですね」
 ツバサさんがしみじみとした声で言いました。
「ええ。月のあかりがこんなにまぶしい」
「いい夜空だ」
「ええ、いい夜空です」
「こんなにいい空を、戦闘機に乗って飛びたくはないものです」
「ぼくも、そう思います」
 やはり。ツバサさんも、ぼくと同じ気持ちだったのです。
 争うためではなく、飛びたい。空の無限の広さにまけないくらいの
 夢をもって、空を、飛びたい。
 ぼくが、そんなことを伝えると、
「いつか、戦争が終わったら―そういう日がきますよ。いや来なければならない」
 ツバサさんは、月を見つめたまま、自分に言い聞かせるように
 「きっと」と、力強く、言いました。
 実は、ツバサさんには、明日の朝、出発の命令が出ていました。
 行き先は、最前線の、南の島でした。
 島の近辺の海にうかんでいる「敵国」の艦隊への爆撃を、命じられていました。
「わたしは、もう、帰ってこられないでしょう」
「ツバサさん、なにをおっしゃるんですか。きっと、帰ってきてください。
 おくさんや子どもさんも、待っていらっしゃるでしょう」
「この島へ向けて飛び立った飛行機が、帰ってきたためしがありますか」
 ぼくには、こたえようがありませんでした。
 どの飛行機も、いや、飛行士も、片道の燃料だけで行き
 二度と基地にもどってくることはありませんでしたから。
「さいごに、同じ部屋になったよしみで、ひとつ、話を聞いてくれませんか」
「はい。なんなりと」
「実は、これなんですが」
 ツバサさんは、ズボンのポケットから何やらとりだし、地面に広げてみせました。
「こ、これは?」
 それは、どうみても、鳥のつばさのような形をしていました。
 透明感のある青色です。月のあかりをうけて、金色の粉をまぶしたように、きらめいていました。
「さわってみてください」
 おそるおそるさわってみました。
 布だということがわかりましたが、なんという、手ざわりでしょう。
 今までにさわったことのない、ぼくの知らないかんしょくでした。
 やわらかくふんわりとして、肌にすこぶるなじみのいい、そんな感じでした。
「こ、これは、なんですか?」
「ごらんのとおり、つばさです。わたしは、つばさの仕立ても、やっているんですよ」
「つばさの仕立て……」
「ええ、人がそれを背中につけて、空を飛べるつばさです」
 そんなばかな、とぼくは思いました。
 人がつばさをつけて空を飛べるなんて。
「信じられませんか?」
 ぼくはうなずきました。
 そんなりくつや理論は、飛行士養成所では学びませんでした。
「理論より実践です。やってみましょう」
 ツバサさんは、地面においたつばさを、ぼくの背中に当てました。
 つばさがぼくの背中にあたったしゅんかん、ぼくは、またおどろきました。
 あまりにも背中やうでの骨や筋肉に、しっくりとなじんだからです。 
 ツバサさんが、後ろでなにやら、くくりつけたり、こすったりしているようでしたが
 ぼくには見えません。
「飛んでみてください」
「え」
 あっという間に、ぼくのからだは、重力などまるでないかのように
 うかんでいました。
 うでにそって、つばさがのびているので、うでを、ぱたぱたとすれば
 飛べるのがわかりました。
 気がつくと、ぼくは、夢中で、満月の夜空を飛んでいました。
 月が近づきました。
 星が近づきました。
 ビロードのような夜の空が、目の前に広がりました。
 味わったことのない、気持ちのよさでした。
 夢のようだ。
 夢を見ているのではないか。
 どのくらい、飛んだでしょうか。
 時間がわからないくらい、夢中でした。
 下で、ツバサさんが手をふっているのが見えたので
 ずいぶん、自分は飛んだのだと思い、やっと着地しました。
 ぼくの心臓は、どきどきと波打っていました。
「どうでしたか?」
「ええ、すばらしい。夢なら覚めないでほしいなあ」
「これで信じてもらえましたか」
 ツバサさんは、ぼくの背中から、つばさをはずし、ふたたび小さくおりたたみました。
「実は、あなたに、お願いがあるのです」
 ぼくは、まだ夢をみているようでした。
つばさをつけて空を飛んだという、心地よさの冷めないまま、なかば、上の空で
 なんでしょうか、とツバサさんにたずねました。
「これをわたしの形見として、妻と息子に届けてもらえないでしょうか」
「形見……」
「ええ、これは、わたしの中でも自信作です。息子には、もっともっと、おしえたいことがありました。
 わたしと息子が飛行士養成所へ通ったのは、飛ぶ、ということについて、理論を学ぶためと、深く考えるためです。
 つばさ屋は、わたしの家だけで、代々つづいている老舗なのです。わたしが帰らなかったら
 息子はさぞ、ざんねんがることでしょう。わたしの知識は、書き置きして、手わたしてあるのですが……
 できることなら、いっしょに、いいつばさを作りたかったなあ」
 ぼくは、すっかりわれにかえりました。
 そうです。
 ツバサさんは、明日、二度ともどってこられないかもしれないところへ、発つのです。
「これが地図です。つばさ屋への地図です。どうかよろしくお願いします。夢を持って飛べる日はきっ来ると思います」
 ツバサさんは、事前に用意していたのか、鉛筆でていねいに書かれた、つばさ屋への地図と
 おりたたんだつばさを、深々とおじぎをしながら、ぼくに、さしだしました。

 次の日の朝早く、ツバサさんは、飛び立って行きました。
 そうして、ツバサさんの消息は絶たれました。

 それからしばらくして、ぼくにも出発の命令が下されました。
 行き先は、ツバサさんと同じ、南の島沖でした。
 
 幸い、ぼくの上官は、とても情けの深い人でした。
 出発の前、妻と息子が面会にきてくれることを、許してもらいました。
 二度ともどれないかもしれない最前線に行くことは秘密です。
 妻は、この再会を飛び上がるようにして喜んでくれました。
 息子も笑顔でした。
 ツバサさんとの約束が頭をよぎります。
 果たさねばなりません。
 が、明日出発するぼくに、約束を果たす望みは、うすそうです。
 あずかったつばさと地図は、理由を言って二人にたくしました。

 妻と息子の笑顔を胸に、ぼくは次の日、飛行機に乗りこみました。
 夢をもって飛べる日は、きっと来る。
 ぼくに、消えそうだった夢を思い出させてくれた、ツバサさんのことばを
 口に出し、操縦桿をにぎりました。

 ―行ってきます。


 ぼくの飛行機は、朝焼けの中、離陸しました。

………………   ………………  ……………

 ぼくの話は、ここまでです。
 この続きは、子どもたちが、つむいでくれることを、信じています。
 つばさの物語のとびらを、
 未来の、きみが開いてくれることを願って。


(第三章に続く)





『つばさ屋』 第一章 空と夢

2022年03月02日 | 創作帳
『つばさ屋』
  第一章 空と夢

 空を飛ぶことが、おさないころからの、ぼくの夢でした。
 朝焼けの輝く、群青色の空。
 太陽が力強く燃える、真昼の青い空。
 しずむ夕陽にそまった、あかね色の空。
 きらきらと星々のきらめく、群青色の空。
 あわくかすんだ、やさしい春の空。
 すぐに泣きだす、しっとりとした梅雨の空。
 ぎらぎらたくましい光を放つ、夏の空。
 高く澄みきった、深呼吸したくなる秋の空。
 銀色のドレスをまとった雪の女王さまが降りてきそうな、冬の空。
 あの空も、この空も、どの空も、ぼくは大好きでした。
 どこまでも、いつまでも、終わりを感じさせない空が、始まりの予感の空が、
 いつでも、どこへでも、行きたいところにつながっていこうとする空が、ぼくは大好きでした。


 学校を卒業すると、ぼくは、心配する両親をときふせて飛行士の養成所にはいりました。
 そこで、飛行機をそうじゅうするためにいろんなことを学びました。
 空を飛ぶために、夢中で勉強しました。
 飛行機のそうじゅう方法はもちろん、飛行機の仕組みや整備についても、くわしく学びました。
 そしてたくさんの実地訓練。
 何百時間も空を飛んで、教官にきびしくしぼられ
 むずかしいといわれる卒業試験もなんとか合格し
 ようやく一人前の、飛行士の資格を、もらうことができました。
 ぼくは無事に養成所を卒業しました。
 そして、ある航空会社の貨物機のそうじゅう士としてつとめることが決まりました。
 しばらくして、ずっと気になっていた幼なじみの気立てのやさしい女性と結婚をしました。
 かわいい子どももできました。
 妻は、ぼくが事故をおこして飛行機が落ちてしまわないか心配でしかたないようでした。
 もちろん、ぼくだって事故をおこしたくはありません。
 天候の悪い日や、自分の体調の悪い日は、決して無理をしないよう
 仕事のスケジュールを調整したりしています。
 そうじゅうには自信がありますが、自信過剰にはならないように
 じゅんぶん、こころくばりをしています。
 そして、妻を安心させるためと自分に言い聞かせるために
 だいじょうぶだよと言って、毎回、笑顔で家を出ます。
 ぼくが、長期間飛行の仕事から無事に帰ってきたときには
 今度は、妻が、満面の笑顔で、むかえくれます。
 ぼくたちは、決してゆうふくとはいえませんが幸せな生活をおくっていました。

 そのやさきに、「それ」は、始まりました。
 「戦争」です。
 戦争が始まったのです。
 国と国とが、戦いを始めたのです。
 飛行士養成所の卒業生、そして、生徒たちはほとんど戦争にかりだされました。
 もちろん、ぼくも例外ではありません。
 航空基地の兵舎で、訓練、待機するよう、国から命令がきました。
 ぼくは、これまでに見たことのない不安げな顔の妻に、いつものように、だいじょうぶだよ、と
 やっとのことで、笑顔を作り家を出ました。

 そうして、妻と子どもとはなれて、航空基地の兵舎でくらすことになりました。
 兵舎にいる「兵士」たちは、空中戦の行われている空へ飛び立つためや
「敵」(と言われている)の艦隊につっこむためや、「敵」の町をこうげきするために、
 訓練をしたり、出発の時間まで待機したり、飛行機の整備をしたりしているのでした。
 空中戦に出発した多くの仲間たち。その半分以上がもどってくることは、ありませんでした。
 たとえ今回は無事にもどってこられたとしても、次回はわかりません。
 ぼく自身も、なんどか、空中戦にいきました。
 が、幸い、仲間の飛行機に助けられたり、運よく引き返しの命令が出たりして
 かろうじて、ここまで命拾いをしていました。
 空中戦だけではなく、燃料切れか飛行機の故障で、広い海原か、どこかの砂漠か、平原か、町なかか、
 どことも知れない場所に墜落して発見もされず、
 もちろん助けてももらえず、行方知れずになった仲間たちもいます。
 こういった、非常事態の世界では、救助命令など出たりしません。
 行方知れずは、行方知れずのままなのです。
 片道の燃料だけ積んで、そのまま「敵」の艦隊や「敵国」の陣地につっこんでいった仲間たちもいます。
 上からの命令は、ぜったいです。
 どこへ行ってどんなことをするのか、自分で決めることはできません。
 ぼくは、毎夜毎夜、ポケットにしのばせた妻と子どもの写真を、ながめながら、
 ―きっと帰るから、きっと帰るからね、戦争は終わるから、終わるんだよ。終わらなきゃいけないんだ。
 とそればかりを、願っていました。
 口に出して言うと、上官からいさめられますから、そっと心の中で願うしか、ないのでした。
 もはや、子どものころからの夢だった、空を飛びたい、大好きな空を―
 などというのは、甘くはかないマボロシとして、いつのまにか、ぼくの心の中から、消え失せていました。
 大好きだった空は、「戦争」によって、ぼくが感じた、色も季節も太陽も月も星も、すべて変わってしまい、
 美しいものは、うばわれてしまっていたのです。

 ぼくは、ただ、「戦争用の飛行機乗り」として、ここに存在しているだけでした。
 何のために、飛行機のそうじゅうを学んだのか、少なくとも、何かを、はかいしたり、うばうためではないはずでした。
 なのに……

 ぼくは、心ならずも、こうして、「戦争用の飛行機」に乗るために、ここにいなければならないのでした。



(第二章に続く)