drop85.灯り 2023年09月20日 | 星玉帳-Deep Drops 【灯り】 旅の夜に灯す明かりは小さなものがいい 四方の闇に 何処とも無く消えてゆくものたちを見つめるには 小さく仄かに揺れるものがいい drop85『灯り』
drop84.月夜 2023年09月18日 | 星玉帳-Deep Drops 【月夜】 月の宿で一夜 言葉を交わした旅人がいた 堕ちてゆく詩をうたっていた 「果ても知らず堕ちてゆくのは悲哀なのか喜びなのか 情けも解らず墜落に溺れるのは破綻なのか望みなのか」 月の光眩しい夜だった 詩人の墜落は誰知ることも無く 溶けてゆくのを見た drop84『月夜』
drop83.海辺 2023年09月14日 | 星玉帳-Deep Drops 【海辺】 海を眺める人は誰かの帰りを長く祈っているのだと 星間船の船乗りから聞いたことがあった 船乗りと別れた後 海辺の宿で幾季節も過ごし 幾度も別れがあった いつしか旅に出ては海を探すようになった 朝焼けの刻 日暮れの刻 闇の刻 海を探すようになった drop83『海辺』
drop82.永遠の 2023年09月09日 | 星玉帳-Deep Drops 【永遠の】 形ないものを求めた 星の光を頼りに 岸を離れた 形ない故に包む言葉もなく ましてやほどく言葉もなく 追うほどに世界は遠ざかり 永遠に表せない 永遠の美のように drop82『永遠の』
drop81.船影 2023年09月08日 | 星玉帳-Deep Drops 【船影】 長い旅物語を聞かせてくれた旅人と別れた朝 天は灰色の雲に覆われていた 隙間をぬうように銀色の影が風に乗って遠ざかる あれは船 あの旅人が乗ると言っていた 旅人は終わりの始まりを教えてくれた もう会うことはない人との終わりの始まりを drop81『船影』
drop80.宙の欠片 2023年09月06日 | 星玉帳-Deep Drops 【宙の欠片】 砂丘をいくつか越えると 見えてくる 砂の星を旅する人に伝え聞いた「物語を埋める墓所」だ 旅人は物語の伝え人だった 物語を砂の中に埋める するとそれは長い時を経て砂に混じり 風に舞い 宙の欠片になるのだと drop80『宙の欠片』
drop79.灯火 2023年08月30日 | 星玉帳-Deep Drops 【灯火】 夕闇 川の向こう側に灯火が揺れる あれは岸から離れてゆく魂だと言ったのは 誰だったろう では誰の 誰の魂 あなたなのかわたしなのか わたしたちなのか 灯火は彼岸の闇に呑み込まれてゆく あれは二度とはないものなのだと 誰か言う drop79『灯火』
drop78.毎夕 2023年08月19日 | 星玉帳-Deep Drops 【毎夕】 深い森に棲む栗鼠は 夕暮れ時になると「石」を抱く 栗鼠は身体を丸めて すっぽりとそれを包む 遠い星から降ってきた石だという 白濁色をした石は 夜更け 透明に変わってゆく その様をただ見ていたくて 栗鼠は毎夕毎夜 透明を抱く drop78『毎夕』
drop77.青い鳥 2023年07月25日 | 星玉帳-Deep Drops 【青い鳥】 空に飛ぶ鳥は青く 空に溶けるのではないかと思うくらいに青く 日を追う毎に青さは増していった 幾時か過ぎ 青は薄れ 太陽を背に飛ぶ鳥は青ではなくなった 空の下 鳥の守人は青を唄う どこかの星で会えはしないかと あの青に会えはしないかと drop77『青い鳥』
drop76.夕空 2023年07月19日 | 星玉帳-Deep Drops 【夕空】 夕刻の丘 絵描きに出会うことがある カンバスに夕空を映し描く様子を眺めていると 次第に空の色は濃くなり 夜の帳が降りてくる すると彼は消える 絵も消える 突然消える だが夕空の記憶は残る 不確かなものだけを抱くのだと その度に気づき 闇の中 丘の道を下りる drop76『夕空』
drop75.星風 2023年07月16日 | 星玉帳-Deep Drops 【星風】 雨の時節に吹く風は 青い星の方角から吹いてくる 雨を乗せた風は冷ややかに虚空に向かう 打たれた心を たおやかに紡ぎ直すことができるならば 星の青さに近づくことが出来るだろうか 過ごした季節の青さに寄せることが出来るだろうか drop75『星風』
drop74.風の譜 2023年07月05日 | 星玉帳-Deep Drops 【風の譜】 風の谷に棲む楽師は言う 「曲を奏で始めてどれだけの季節が過ぎていったでしょう 何処かに届いているのかいないのか 何もわからないまま……」 楽師はぽろんと音を奏でる 「時たまこれと一緒に連れて行かれそうになるのですよ」 と、風に流れる譜を奏でる drop74『風の譜』
drop73.青底 2023年07月03日 | 星玉帳-Deep Drops 【青底】 星の宿 青い部屋だった 床も壁も寝台も机も椅子も シーツもカーテンも飾ってある絵も みな青かった 遠い海から風が入ってくるのか、 部屋は潮の香りがした ここで見る夢は淀みなく 青い 青さは底に向かう 深く深く沈むために 青く青くなるために drop73『青底』
drop72.風船 2023年06月27日 | 星玉帳-Deep Drops 【風船】 空にひとつ 風船が流れていた 眺めていると 同じようにそれを眺める小さな人に出会った たった今あれと別れてきたのですよ とその人は言い 目を細めたり潤ませたりしながら行方を追っている とても尊い魂でした、と 風船の消えた空の果てを探すように いつまでも それを drop72『風船』
drop71.宙鳴 2023年05月06日 | 星玉帳-Deep Drops 【宙鳴】 何かの鳴き声なのか その音は 小さく大きく 宙に舞い響く 何時の季節からだったろう 鳴き始めたのは 旅の始め、それは既にあったように思う 打ち寄せては引く波のように 森でさざめく木の葉のように 北極星の瞬きのように あれは 今宵も ここに drop71『宙鳴』