前項の「なぜ水痘ワクチンが帯状疱疹を予防するのか?」という疑問に答えてくれるのが小豆島スタディです。
対象年齢の住民の70%以上が参加したというのも驚きですが、この研究の優れているところは、水痘に対する体液性免疫と細胞性免疫を評価しているところだと思います。
その結果、加齢とともに水痘・帯状疱疹ウイルスに対する「細胞性免疫は低下」「体液性免疫は増強」することが判明し、帯状疱疹発症には体液性免疫より細胞性免疫の関与が大きいことが示唆されたのでした。
■ VZV特異的細胞性免疫の低下が帯状疱疹を招く
〜大規模前向き疫学調査,小豆島スタディの知見から
(2015.12.08:メディカル・トリビューン)
帯状疱疹と帯状疱疹後神経痛(PHN)は激しい痛みをもたらす疾患だが,高齢化の進行で患者数が増え続けており緊急の対策が求められている。米国では高齢者の帯状疱疹予防に高力価の水痘ワクチンが用いられており,日本でも水痘ワクチンの適応拡大が申請中である。水痘と帯状疱疹は同じウイルス(varicella -zoster virus;VZV)によって起こるとはいえ,病態の異なる2疾患がなぜ同じワクチンで予防可能なのか。その理論的背景として,香川県の小豆島で行われた大規模前向き疫学調査The Shozu Herpes Zoster Study(以下,小豆島スタディ)があった。同調査のフィールドワークを中心的に担った阪大微生物病研究会観音寺研究所所長の奥野良信氏に,調査結果の概要と帯状疱疹予防の展望を聞く。
◇ 小豆島スタディ;50歳以上の島民の72%が参加!
小豆島スタディは,小豆島の50歳以上の住民を対象に,2008年4月〜13年3月にかけて実施された。調査に協力の意思を示した12,522人は,同島の50歳以上人口のなんと72.3%に当たる。登録者をA調査の6,837人,B調査の5,320人,C調査の365人(60歳以上)に振り分けた。調査期間は登録時より3年間で,月1回,帯状疱疹症状の有無などを尋ねる電話調査を全例で行い,B調査では登録時の皮内テスト,C調査では登録時および1,2,3年後の皮内テストと血液検査を追加した。
皮内テストとは,水痘抗原「ビケン」0.1mLを皮内接種し,48時間後に接種部位の紅斑,浮腫の大きさを測定するもの。VZVに対する細胞性免疫を調べるため行った。VZV特異的細胞性免疫の測定には,ELISPOTアッセイが国際的に行われるが,多数例の検討は容易ではない。これに対して皮内テストは,安全で,特別な機材や高度の技術を要しないため,大規模疫学調査に適した方法だと奥野氏は語る。ただし,皮内注射と判定は皮膚科医の訓練を受けた看護師2名が専属で行った。一方,採血施行例(C調査群)では抗体価を測定,液性免疫を調査した。
◇ 小豆島スタディ/結果1;帯状疱疹の年間発症率は1.07%
調査を行った3年間の帯状疱疹発症者は396人,年間発症率は1.07%だった。これは米国のOxmanらの報告に近似した数値である。PHNの発症者は56人で,帯状疱疹からの移行率は14.1%だった。性別では,男性137人(年間発症率0.83%),女性259人(同1.27%)と,女性の発症が多かった。年齢層で検討すると,男女とも70歳代にピークがあり,80歳以上で低下していた。
皮内テストで紅斑長径を測定できたのは5,527例で,平均値は14.24mmだった。男女間で差はなかったが,年齢上昇にしたがって紅斑は有意に小さくなっていた。また,過去の帯状疱疹罹患歴で比べると,「なし」例で有意に小さかった。奥野氏はこれらの結果から「VZVに対する細胞性免疫は加齢で弱まり,帯状疱疹罹患で増強する」とした。
一方,C調査群では対照的な結果が得られた。gp ELISA法,IAHA法,NT法でVZV特異的液性免疫を評価したが,いずれの検査法でも60歳代<70歳代<80歳代と,加齢に伴い液性免疫が有意に強まっていたのである。C調査群ではELISPOTアッセイによるVZV特異的細胞性免疫の評価も行ったが,皮内テストの結果と同様,加齢による低下が見られた。すなわち,VZVに対する細胞性免疫は加齢で弱まるが,液性免疫は増強することが確認された。
◇ 結果2;皮内テストの紅斑長径は帯状疱疹の発症リスクを予測する
登録時の皮内テストで紅斑長径を測定した5,527人からは,期間中に170人が帯状疱疹を発症した。この発症の有無で平均紅斑長径を比較すると,発症者の8.411mmに対し未発症者は14.425mmと発症者の紅斑が著明に小さかった。両者の差は,性,年齢,帯状疱疹罹患歴を共変数とする共分散分析でも有意であった(P<0.0001)。PHNについて検討を行うと,発症者29人の平均紅斑長径は5.788mm,未発症者は14.285mmと,帯状疱疹と同様の結果が得られた。
そこで,全例(5,527例)を紅斑長径5,10,15,20,25mmで6群に分け,帯状疱疹の発症率を比較した。すると,全例の発症率は1.03%だったが,5mm未満例は2.49%,25mm以上例は0.33%と,紅斑が小さいほど発症が多いことが確認された。同様に,PHNの発症率は全例では0.17%だったが,5mm未満例では0.61%と著明に高い値だった。この成績から,VZV特異抗原を用いた皮内テストが,帯状疱疹発症を予測するマーカーとなりうることが示されたと,奥野氏は指摘する。
さらに,帯状疱疹発症者の皮膚症状と痛みの重症度をスコア化した検討からは,重症度と皮内反応(紅斑,浮腫)の強さが逆相関することが確認された。
◇ 水痘ワクチンは皮内反応を増強する−見えて来た帯状疱疹予防の道筋
以上の結果は,VZV特異的細胞性免疫の低下が,帯状疱疹の発症と重症化,PHNへの移行に強く関わることを示唆している。加齢に伴い帯状疱疹の発症が増えることは広く知られ今回の研究でも確認されているが,VZVに対する細胞性免疫は加齢で低下し,液性免疫は逆に増強することが見いだされた。液性免疫が重要な水痘とは異なり,帯状疱疹の発症には細胞性免疫の低下が決定的である点が示されたのである。
この点からは,帯状疱疹予防におけるVZV特異的細胞性免疫増強の重要性が見えてくる。2003年に高橋らは,50歳以上の被験者に水痘ワクチン(岡株,微研)を接種。前後で皮内テストを行った結果,接種前に陰性(紅斑長径5mm未満)であった被験者の88%が陽転し,66%が10mm以上になったと報告した。すなわち,水痘ワクチンがVZV特異的細胞性免疫を増強する点は確認されている。
奥野氏は,小豆島スタディと高橋らの成績から,水痘ワクチン接種が高齢者の帯状疱疹予防に有用であることが推測されるとする。「小豆島スタディは,地域の医師会のみならず,行政や自治会など多数の市民の協力なしにはなしえなかった。帯状疱疹予防の道筋を拓くことで,その貢献に応えたい」と述べている。
対象年齢の住民の70%以上が参加したというのも驚きですが、この研究の優れているところは、水痘に対する体液性免疫と細胞性免疫を評価しているところだと思います。
その結果、加齢とともに水痘・帯状疱疹ウイルスに対する「細胞性免疫は低下」「体液性免疫は増強」することが判明し、帯状疱疹発症には体液性免疫より細胞性免疫の関与が大きいことが示唆されたのでした。
■ VZV特異的細胞性免疫の低下が帯状疱疹を招く
〜大規模前向き疫学調査,小豆島スタディの知見から
(2015.12.08:メディカル・トリビューン)
帯状疱疹と帯状疱疹後神経痛(PHN)は激しい痛みをもたらす疾患だが,高齢化の進行で患者数が増え続けており緊急の対策が求められている。米国では高齢者の帯状疱疹予防に高力価の水痘ワクチンが用いられており,日本でも水痘ワクチンの適応拡大が申請中である。水痘と帯状疱疹は同じウイルス(varicella -zoster virus;VZV)によって起こるとはいえ,病態の異なる2疾患がなぜ同じワクチンで予防可能なのか。その理論的背景として,香川県の小豆島で行われた大規模前向き疫学調査The Shozu Herpes Zoster Study(以下,小豆島スタディ)があった。同調査のフィールドワークを中心的に担った阪大微生物病研究会観音寺研究所所長の奥野良信氏に,調査結果の概要と帯状疱疹予防の展望を聞く。
◇ 小豆島スタディ;50歳以上の島民の72%が参加!
小豆島スタディは,小豆島の50歳以上の住民を対象に,2008年4月〜13年3月にかけて実施された。調査に協力の意思を示した12,522人は,同島の50歳以上人口のなんと72.3%に当たる。登録者をA調査の6,837人,B調査の5,320人,C調査の365人(60歳以上)に振り分けた。調査期間は登録時より3年間で,月1回,帯状疱疹症状の有無などを尋ねる電話調査を全例で行い,B調査では登録時の皮内テスト,C調査では登録時および1,2,3年後の皮内テストと血液検査を追加した。
皮内テストとは,水痘抗原「ビケン」0.1mLを皮内接種し,48時間後に接種部位の紅斑,浮腫の大きさを測定するもの。VZVに対する細胞性免疫を調べるため行った。VZV特異的細胞性免疫の測定には,ELISPOTアッセイが国際的に行われるが,多数例の検討は容易ではない。これに対して皮内テストは,安全で,特別な機材や高度の技術を要しないため,大規模疫学調査に適した方法だと奥野氏は語る。ただし,皮内注射と判定は皮膚科医の訓練を受けた看護師2名が専属で行った。一方,採血施行例(C調査群)では抗体価を測定,液性免疫を調査した。
◇ 小豆島スタディ/結果1;帯状疱疹の年間発症率は1.07%
調査を行った3年間の帯状疱疹発症者は396人,年間発症率は1.07%だった。これは米国のOxmanらの報告に近似した数値である。PHNの発症者は56人で,帯状疱疹からの移行率は14.1%だった。性別では,男性137人(年間発症率0.83%),女性259人(同1.27%)と,女性の発症が多かった。年齢層で検討すると,男女とも70歳代にピークがあり,80歳以上で低下していた。
皮内テストで紅斑長径を測定できたのは5,527例で,平均値は14.24mmだった。男女間で差はなかったが,年齢上昇にしたがって紅斑は有意に小さくなっていた。また,過去の帯状疱疹罹患歴で比べると,「なし」例で有意に小さかった。奥野氏はこれらの結果から「VZVに対する細胞性免疫は加齢で弱まり,帯状疱疹罹患で増強する」とした。
一方,C調査群では対照的な結果が得られた。gp ELISA法,IAHA法,NT法でVZV特異的液性免疫を評価したが,いずれの検査法でも60歳代<70歳代<80歳代と,加齢に伴い液性免疫が有意に強まっていたのである。C調査群ではELISPOTアッセイによるVZV特異的細胞性免疫の評価も行ったが,皮内テストの結果と同様,加齢による低下が見られた。すなわち,VZVに対する細胞性免疫は加齢で弱まるが,液性免疫は増強することが確認された。
◇ 結果2;皮内テストの紅斑長径は帯状疱疹の発症リスクを予測する
登録時の皮内テストで紅斑長径を測定した5,527人からは,期間中に170人が帯状疱疹を発症した。この発症の有無で平均紅斑長径を比較すると,発症者の8.411mmに対し未発症者は14.425mmと発症者の紅斑が著明に小さかった。両者の差は,性,年齢,帯状疱疹罹患歴を共変数とする共分散分析でも有意であった(P<0.0001)。PHNについて検討を行うと,発症者29人の平均紅斑長径は5.788mm,未発症者は14.285mmと,帯状疱疹と同様の結果が得られた。
そこで,全例(5,527例)を紅斑長径5,10,15,20,25mmで6群に分け,帯状疱疹の発症率を比較した。すると,全例の発症率は1.03%だったが,5mm未満例は2.49%,25mm以上例は0.33%と,紅斑が小さいほど発症が多いことが確認された。同様に,PHNの発症率は全例では0.17%だったが,5mm未満例では0.61%と著明に高い値だった。この成績から,VZV特異抗原を用いた皮内テストが,帯状疱疹発症を予測するマーカーとなりうることが示されたと,奥野氏は指摘する。
さらに,帯状疱疹発症者の皮膚症状と痛みの重症度をスコア化した検討からは,重症度と皮内反応(紅斑,浮腫)の強さが逆相関することが確認された。
◇ 水痘ワクチンは皮内反応を増強する−見えて来た帯状疱疹予防の道筋
以上の結果は,VZV特異的細胞性免疫の低下が,帯状疱疹の発症と重症化,PHNへの移行に強く関わることを示唆している。加齢に伴い帯状疱疹の発症が増えることは広く知られ今回の研究でも確認されているが,VZVに対する細胞性免疫は加齢で低下し,液性免疫は逆に増強することが見いだされた。液性免疫が重要な水痘とは異なり,帯状疱疹の発症には細胞性免疫の低下が決定的である点が示されたのである。
この点からは,帯状疱疹予防におけるVZV特異的細胞性免疫増強の重要性が見えてくる。2003年に高橋らは,50歳以上の被験者に水痘ワクチン(岡株,微研)を接種。前後で皮内テストを行った結果,接種前に陰性(紅斑長径5mm未満)であった被験者の88%が陽転し,66%が10mm以上になったと報告した。すなわち,水痘ワクチンがVZV特異的細胞性免疫を増強する点は確認されている。
奥野氏は,小豆島スタディと高橋らの成績から,水痘ワクチン接種が高齢者の帯状疱疹予防に有用であることが推測されるとする。「小豆島スタディは,地域の医師会のみならず,行政や自治会など多数の市民の協力なしにはなしえなかった。帯状疱疹予防の道筋を拓くことで,その貢献に応えたい」と述べている。