op's weblog

文字通りのログ。経験したことや考えたことの断片のアーカイブ。

実験の途中経過 散髪

2009年10月29日 20時28分28秒 | Weblog
床屋に嫌がれるのではないかといささか過剰な心配をしながら久しぶりに散髪しに行ったが、実は実験開始当初より、頭髪から脂っ気がかなり減っている。シャンプーによる脱脂が行われないことに体が慣れてきて、皮脂の補給量が再調整されてきたのだろう。髪を湿らせてから櫛を通しても、とくに粘ったり余計にひっかかる様子もない。もちろん整髪料をつけた状態と同様、ホコリはつきやすいが、気になるのはそれぐらいである。
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世界は広い

2009年10月29日 20時08分50秒 | Weblog
巨大な十字架とアダルトワールド:ベイエリア在住町山智浩アメリカ日記

山羊や豚や羊って…

イエールジ・コジンスキーの「異端の鳥」(アマゾンで検索したら、絶版でコレクターアイテムになっていて驚いた)を思い出したが、もしかしたら女性用もあるのか?…
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幕張

2009年10月29日 00時04分39秒 | Weblog
水曜日ということもあったのか、噂どおり東京モーターショーは混んでおらず、会場も小さくなっていたので、ゆっくり廻ったつもりなのだが2時間足らずで見終えてしまった。ジャパンパッシングの顕著な事例のようで、国際ショーとは呼べないラインナップとなっている。それでもホンダの頑張りなど、目についたし、楽に観て廻れたのはそれはそれで有り難かった。

90年代中頃から終りまで、まだマックワールドがやっていた頃は出展者側だった。開発者時代昼夜逆転スケジュールで体をぶっ壊してからホテル特有の匂いが嫌いになり、会期中はわざわざ実家から車で来ていたことが多かったのだが、いつも1時間ぐらい早めに来て、幕張の海岸でぼんやりしているのが好きだった。

今日も、本当に久しぶりに海岸に出てみたのだが、なぜか海水浴が禁止されていて、以前あった屋根つきの休憩所もなくなったようだった。

僕は、親戚があったこともあり、海辺の町の風景や匂いは好きなのだが、実は海自体はずっと苦手だった。寒がりのため、単に冷たい水に入ることが好きでないからだろうと思っていたのだが、今日波打ち際で波に触れているうちに、「海の密度の高さ」に気がつき、それも苦手な理由であることに気がついた。

海の水は、飲用水や川の水とは程遠い、およそ「水」とは呼べない粘度を持っている。それが打ち寄せてくるのを見ているうちに、海とは地球の血液であり、生命でできたエキスであることが、単なる科学的事実や文学的表現としての認識ではなく、初めて実感を持って意識できたのだ。

普段人一倍“密度の低い”環境に好んで身をおいている僕が、海を苦手としてきたのは当然だった。僕が普段居る環境は、自然に近くはあっても非常に静的で、特に僕の周りは何故か時の流れも遅い。それに対して、海は高度に動的な存在。密度が高く、人間なぞより高次の自律性を備える、ダイナミックな環境に翻弄されることが嫌だったのだ。

僕は今、海を必要としているのだろうと、そういうタイミングなのだろうと、思った。
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実験の途中経過 抜け毛はやはり

2009年10月27日 10時41分23秒 | Weblog
脱ケミカル類入浴実験、25日ほど経つだろうか。

やはり体毛の抜けが少なくなっているようだ。季節的な要素は不明だが、1ヵ月半ほど床屋に行っていないので髪は長くなっているにもかかわらず(経験上、長くなると抜けやすい)、湯船や風呂の排水溝に溜まる本数は明らかに少ない。居間や階段、廊下など板の間に落ちている毛髪も結構目立って気になるものだったが、これも以前ほど目につかなくなった。また、昔から微妙な体調の崩れが顔の吹き出物、唇の乾燥とともに、フケに現れるほうなのだが、これも頭皮関連は安定してきている。ただし、洗髪自体はしないとだめ。
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X Day

2009年10月23日 10時47分31秒 | Weblog
ブログの方では時々意見誘導的な“曲解”が問題になるが、この池田信夫氏のコラムは読んでおくべきかもしれない。

日本郵政の社長人事が暗示する財政の「Xデー」:ニューズウィーク日本語版
 今回の日本郵政の社長人事は、これに備えたものと考えることもできる。国債が市中で消化しきれなくなった場合、まず日銀に買い入れを要請するが、これも金融政策としての節度を超えられない。日銀に国債を強制的に引き受けさせることは財政法で禁じられているが、国会決議があれば可能だ。しかしこれは政治的なリスクが大きいばかりでなく、そんな決議をすること自体がバブル崩壊のきっかけになる可能性もある。

 そこで日本郵政が出てくる。今でも保有資産の8割が国債で、西川社長はこれを減らして効率的な運用や融資に変えようとしていた。それを大物の大蔵省OB に変えた背景には、日本郵政の企業としての合理性を無視して、国債を最大限に引き受けるねらいがあるとも解釈できる。これは実質的には、郵政民営化を白紙に戻すに等しい。

オバマ氏が大統領になることを予測していた副島隆彦氏も同じことを言っていそう。もちろん、日本国家の財政状況/財政破綻は(お金の話なので)“相対的”なものであり、予算以外にも色々な要因で決まることなので、何とも言えない部分はある。

で、それゆえに、それをエクスキューズにして国家運営がされていることを全面的に非難することも難しい。現在、特に日本では(人間自体を含む)商品カテゴリによっては“お祭りとしてのデフレ”が流行になっており、金融危機で失われたお金の補填対策として公的資金の投入が全世界で行われているものの、元々かなり前から世界的に金余りの問題が叫ばれてきたからだ。

(毎度のことながら陳腐な結論だが)個々人が国家を、どう定義し、どう使って、どう生き残ってゆくかを選択しなければいけない、“成人式”が迫っているのかもしれない。
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