“赤い花なら曼珠沙華、阿蘭陀屋敷に雨が降る、濡れて泣いてるじゃがたらお春・・・・・ ”
家の近くの“曼珠沙華”が盛りを過ぎて咲いている。
秋の彼岸に咲くこの真っ赤な“彼岸花”はきれいだが、むこうの世界に近い花という感覚から私はあまり好きでない。
この花を見るたびにKのことを思い出す。
彼とは大学で同じ研究室の同級生だった。
大学卒業後就職、きれいな奥さんと結婚し、二人の娘をもうけ、円満な家庭を築いたが、若くして癌で亡くなった。
我々仲間の初めての死で、すべての同級生、そして研究室の教授と奥さんは動揺した。
後日、皆からの募金をもって、Kがバスケット部で一緒だったSと私は和歌山の彼の家に行った。
娘さん二人は、お父さんが好きだったベートーベンの曲をお通夜の夜にかけようと、小さな町のレコード店を探し回ったという。
お参りをしたあと、奥さんとはほとんど話すこともなく、我々はKの家を辞した。
京都から和歌山までの行きかえり、我々二人はほとんど言葉を交わすこともなかった。
いたるところに咲いている曼珠沙華を私は車中からぼんやり見ていた。
だから、曼珠沙華はすきではない。
20年ほど前から研究室の恩師夫妻をかこんで一泊の旅行をはじめた。先生は7年前に亡くなられたが、奥さんを囲んでまだ会は続いている。
第一回目は高野山だった。このとき、私はKの奥さんをさそった。以来、彼女は足の手術の時以外、毎年この会を楽しみにして参加している。
彼女が述懐するには、「あれが家の近くの高野山でなかったなら参加していなかったかもしれません。本当に幸運でした」
今年の“会”がもうすぐやってくる。
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