遅生の故玩館ブログ

中山道56番美江寺宿の古民家ミュージアム・故玩館(無料)です。徒然なる日々を、骨董、能楽、有機農業で語ります。

『太政官日誌』の役割

2023年05月20日 | 高札

慶応四年三月発行の『太政官日誌第六』には、五榜の掲示の後に、まだ、いくつかの記述があります。太政官日誌は、布告など新政府の法令や政策を知らせるだけでなく、戦争の情勢や朝廷の動向など、新政府側の情報を人々に伝える役目をもっていたのです。

一、東山道官軍先鋒、既ニ戦争ニ及ヒ賊軍敗走ノ旨ニハ候得共東海道亦如何共難計趣言上有之、旁以海軍出帆被差急御出輦被遊候条、各其分相心得、出格勉励可有之旨御沙汰候事
三月十五日・・・・(文1)

一、御親征日限御延引之処、来廿一日御発途、石清水社御参詣、同所御一泊、廿二日守口御一泊、廿三日御着坂其後海軍整備叡覧可被為在之旨被仰出候事
三月十五日
但シ太政宮代被移候儀者先被止候事 ・・・・(文2)

一、今般王政御一新、万機従朝廷被仰出候ニ付而者皇国内遠迩与ナク蒼生安堵致シ候様、日夜御憂慮被為在、断然御親征行幸被仰出、尚海軍整備天覧被遊、関東平定之上者、速ニ還御被為在、大ニ列聖之神霊ヲ被為奉安度、深重之思食ニ付、上下心得違無之様、名々可尽其分御沙汰候事
三月十五日
但シ億兆之君タル天職ヲ被為尽御親征行幸被仰出候処、委キ御趣意ヲ不弁モノ共、只々朝廷之御上ヲ奉按候故カ或者一家之盛衰目前之栄利ヲ相考候故カ全体之御危急ヲシラス、種々之浮説申唱江、彼是疑惑ヲ生シ候儀モ有之哉ニ相聞江甚以如何之事ニ候条、末々ニ至迄、急度安堵致シ生業ヲ可営候事  ・・・・(文3)

(読み下し)
一、東山道官軍先鋒、既に戦争に及ひ賊軍敗走の旨には候えども、東海道また如何とも計り難き趣言上これ有り、旁以って、海軍出帆差し急がされ、御出輦遊ばされ候条、各其の分相心得、出格勉励これ有るべき旨御沙汰候事
三月十五日

一、御親征日限御延引の処、来廿一日御発途、石清水社御参詣、同所御一泊、廿二日守口御一泊、廿三日御着坂、其の後海軍整備叡覧あらせられるべきの旨仰せ出でられ候事
三月十五日
但シ、太政宮代移られ候儀は先ず止められ候事

一、今般王政御一新、万機従朝廷仰せ出され候につきては、皇国内遠迩与なく蒼生安堵致し候様、日夜御憂慮あらせられ、断然、御親征行幸仰せ出され、尚、海軍整備天覧あそばされ、関東平定の上は、速やかに還御あらせられ、大いに列聖の神霊を安度奉らされ、深重の思食につき、上下心得違これ無き様、名々其の分尽くすべく御沙汰候事
三月十五日
但し、億兆の君たる天職を尽され、御親征行幸仰せ出され候処、委しき御趣意を不弁ものども、只々朝廷の御上を按じ奉り候故か、或いは一家の盛衰目前の栄利を相考え候故か、全体を御危急をしらず、種々の浮説申唱え、かれこれ疑惑を生し候儀もこれ有るの相聞え、甚だ以って如何の事に候条、末々に至る迄、急度(きっと)安堵致し生業を営むべく候事

(注)
出輦(しゆつれん): 行幸。
出格:並外れている。
勉励:懸命に努力し、努め励むこと。
御親征:天子みずから征伐に出ること。
言上(ごんじょう):目上の人に申し上げること。
旁(かたがた)以って:いろいろな点からみて。
着坂=着阪
太政宮代:現在の内閣に相当。最初、二条城に置かれた。
万機(ばんき): 政治上の多くの重要な事柄。
遠迩(えんじ):遠い所と近い所のこと。
蒼生(そうせい):民。
断然 (だんぜん):きっぱりと。
還御(かんぎょ):天皇などが外出先から居所に帰還すること。
列聖(れっせい): 歴代の天子。
深重(じんじゅう):幾重にも深いこと。
思食(おぼしめし):お思いになること。
不弁(ふべん):能力のない。

ここには、3つの文が書かれています(文1、文2、文3)。

(文1)東山道官軍先鋒により、賊軍は敗走したが、東海道はまだ先がわからない中、帝は海軍出帆を急がれ、行幸されるのであるから、各自、分をわきまえ、励むように。 三月十五日

 (文2)御親征は延期になっていたが、来る21日に出発、石清水八幡宮参詣、22日守口一泊、23日に大阪に着かれ、その後、海軍整備をご覧になる予定である。 三月十五日
但し、太政官代の移転は中止となった。

(文3)王政御一新になったのであるから、重要事項はすべて朝廷に従うよう命じられ、国内いずこも国民は安堵するよう心をくだかれて、きっぱりと征伐行幸を発せられ、海軍天覧、関東平定の後は、ただちに帰還されることとなった。この深く厚い御思慮に対し、心得違いが無いよう、各人それぞれの本分を尽くすべく努めよ。 三月十五日
但し、万民の君である天職を尽くし、御親征行幸を発せられたにもかかわらず、この御趣意をないがしろにして、無能の者たちが、ただ朝廷を按じてか、或は目前の栄利を考えるだけなのか、全体の危急を知らず、浮説をながし、疑惑を生じさせるような事も聞こえてきて、大変遺憾である。下々に至るまで、ゆるぎなく安堵し、生業に励むこと。


慶応四年戊辰三月に出された『太政官日誌第六』は、このように、五榜の掲示五札の後に、3つの記述を載せています。いずれも、天皇行幸についてです。
慶応四年一月、鳥羽伏見の戦いで幕府軍を破った新政府側は、東山道官軍先鋒を組織し、関東制圧に向けて兵を進めていました。そんな中で、天皇が京を出て大阪へ行き、海軍を視察する行幸は、政治的に非常に大きな意味をもっていました。ですから、この行幸に対して、御親征の言葉を使っています。さらに、太政宮代も移転することになっていました。また、今回紹介する3つの文や五榜の掲示が出された三月十五日は、新政府軍による江戸城総攻撃の予定日でもありました。

具体的な行幸のスケジュールは、文2の通りです。この大阪行幸は、実は大阪遷都の意味を持っていました。行幸の後、そのまま大阪にとどまる事になっていたのです。発案したのは、大久保利通で、一月の太政官会議に建白書を提出したのですが、京都保守派からの激しい抵抗にあい、廃案となりました。そこで、一時的な大阪滞在の案に変更し、実行することになったのです。慶応四年三月ニ一日、天皇は京都を出発し、三月ニ三日に大坂に到着、天保山で軍艦を観覧するなどして、40日余りの大坂滞在の後、閏四月八日京都に還御しました。なお、太政宮代の大阪移転は中止になりました。


しかし、江戸城が無傷開城され、江戸の町も戦火をまぬがれたため、政治の中心は次第に江戸に移っていくことになります。天皇は、京都から江戸へ行幸し、まもなく京都に環御しました。そして次の行幸以降、東京に滞在する期間が長くなり、天皇の在所は結果的に京都から東京へ移りました。正式の発表がないまま、いわばなし崩し的に東京遷都は行われたわけです。

明治維新以降、大阪は次第に衰退し、現在、東京との差は埋めようもないほどになっています。大阪人が、東京に対して大きなコンプレックスを抱くようになるのは当然のなりゆきでした。そこにつけ込み、人々のネガティブな情念を煽るのがクズ政治家の常套手段です。「維新」という名の政党の子供だまし政策に、人々がコロリといかれる・・・ことの発端は、戊辰戦争のさなか、150年前の幻の大阪遷都にあったのですね。

 

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カニ殻の威力!?超連作でソラマメ大豊作

2023年05月18日 | ものぐさ有機農業

これまで何度も書いてきましたが、私の農法は、有機連作農業です。その理由はただ一つ。輪作で作付けの順番を考えるがめんどくさい(^^;

で、連作の鬼などといきがっているのですが、内心は複雑なものがあります。というのも、毎年、声高らかに、れー・んー・さー・くーーー、というほどの成果が上がるとは限らないからです。成績がイマイチだと、連作王の自信がゆらぎます。

揺れる老人ごころ(^^;

特に、品種改良が進んだ人気品種のソラマメは難物です。

考えてみれば、私の連作の原点は、この場所でのソラマメ。母親が作っていた時からすると、ゆうに35年は経っています。

ここらで、バッと最後の一花を咲かさねば・・・ということで、今年は満を持してソラマメに臨んだわけであります(^.^)

主な作業を順に列挙します。

1.昨年10月末、播種。
2.12月末、不織布で防寒、防風。
3.2月末、不織布撤去。ミカン皮撒(防虫)。
4.3月、ニームオイル散布(アブラムシ対策)。主茎を8本以下に整枝。
5.4月、支柱、紐で倒伏予防。摘芯。
6.5月、収穫

で、結果は・・・

うーん、いけてるぞ。

さあ、収穫!

と思った時に、思わぬ来訪者。

どこからやってきたのか、鴨さんです。

おいおい、すぐ横は中山道。車に轢かれてしまうぞ・・・

テトテトと進む鴨さんを安全な所まで移動させて・・・

収穫となりました。

結果は・・・

左、お多福ソラマメ、右、赤ソラマメ。

二つのバケツ、見かけよりずっと重いのです。大バケツ(左)、4㎏、中バケツ(右)、4.5㎏。

それもそのはず、二種のソラマメは、いずれもパンパンに実が入っていました。スカは全くなし(^.^)

豊作の原因は?

ソラマメの場合、豆ですから、肥料らしい肥料は何も入れません。しいて言えば、コンポストで作った家庭生ごみ堆肥。

一年でちょうど満タンになるので、二つを交互に使っています。前年の分は、1年寝かして、秋に鋤きこみます。

家庭生ごみの欠点は、水分が多すぎて出来上がりがベチャつきます。で、途中で、製材所でもらってきたカンナクズを何度も加えます。

でも、このコンポスト堆肥は、ずっと以前から使っていました。

今回、新たに登場したのは、

カニ殻です。

カニ殻が連作に良いのは知っていましたが、殻とはいえ、物がカニ、高価なので二の足をふんでいました。

しかしそれではこのまま鳴かず飛ばずでおわってしまう。一番お値打ちな品(20㎏、5000円)を探し出し、エイっとばかりに注文しました。15㎏を鋤きこんだ結果が・・

なのです。トータルでは、この5倍程になりました。鞘付きとは言え、お多福ソラマメと赤ソラマメ、それぞれ、20-25㎏採れたことになります(^.^)

やはり、殻でも蟹、やってくれますね。ものの本によれば、カニ殻はキチンを餌にする放線菌の良い餌になり、土中の放線菌を増やします。そして、その放線菌が、連作で増えた悪玉菌(キチン質を持っている)を捕食し、退治してくれるのです。

畑は、ソラマメとの格闘がほぼ終わり、種取り用の株だけが残っています(種豆は滅茶苦茶に高価)。

ソラマメの後には、カボチャの苗を植えました。せっかく張った平マルチ、有効に使わねば(^.^)

ps. 赤ソラマメは丈夫で作りやすいです。色が赤いのでアントシアニンも豊富、原種に近いものでしょう。そんなわけで、ダダクサ(岐阜弁、ぞんざい)に扱ってきました。しかし、先日、adikkoumeさんのブログで、「紅淑女」(「初姫」とも)という麗しい名がついたソラマメであることを知りました。これからは、恭しく扱わねば(^.^)

 

 

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五榜の掲示第5札『郷村脱走禁止』

2023年05月16日 | 高札

やっと、五榜の掲示第5札『郷村脱走禁止』まで来ました。

47㎝x106㎝、厚 2.3㎝。重 5.9㎏。明治元年。(故玩館高札No.12)

第4札と同じく、文章が長いので、大きな高札です。駒形ですが、屋根はありません。吊り金具はなく、裏木補強もなされていません。

   覚 

王政御一新ニ付而ハ速ニ
天下御平定萬民安堵ニ
至リ、諸民其處を得候様
御煩慮被為 在候ニ付、此折柄
天下浮浪之者有之候様ニ而ハ
不相済、自然今日之形勢ヲ窺
猥らに士民共本国を脱走致
候儀堅被差留候、萬一脱国之
者有之不埓之所業致候節ハ
主宰之者落度太留ヘく候
尤此御時節ニ付無上下
皇国之御為又ハ主家之為筋
等存込建言致候者ハ、言路を
開き公正之心を以其旨趣を
盡させ、依願太政官代江茂
可申出被 仰出候事 
  但今後総而士奉公人ハ不申及
 農商奉公人ニ至る迄相抱候
 節ハ出処篤登相糺可申自然
 脱走之者相抱不埓出来御厄
 害ニ立到リ候節ハ其主人之
 落度太留ヘく候事 

明治元年三月  太政官 

(裏面) 下組分
         下松倉村

(読み下し)

王政御一新につきては、速やかに
天下御平定萬民安堵に
至り、諸民其のところを得候様
御煩慮あらせられ候につき、此の折柄
天下浮浪の者これ有り候様にては
相済まず、自然、今日の形勢を窺い、
猥らに士民ども本国を脱走致し
候儀、堅く差し留められ候、万一脱国の
者これ有り不埒の所業致し候節は、
主宰の者落度たるへく候
尤も此の御時節につき上下無く、
皇国の御為又は主家の為、筋
等存じ込み建言致し候者は、言路を
開き公正の心を以って其の旨趣を
盡くさせ、依願太政官代へも
申し出すべく、仰せ出され候事 
 但し、今後総じて士奉公人は申すに及ばず、
 農商奉公人に至るまで相抱き候
 節は、出処篤と相糺し申すべし、自然、
 脱走の者相抱え不埓出来御厄
 害に立到り候節は、其の主人の
 落度たるヘく候事 

明治元年三月  太政官

(意訳)
覚 
王政御一新であるので、速やかに、天下は平定され、万民が安心して暮らせるようになった。そのことを、よくわきまえるよう思い煩っておられる。ついては、この時節、天下浮浪の者がうろつくようではならぬ。今日の形勢を窺い、士民達が勝手に本国(郷土)を脱走することは堅く禁じられている。万一、脱国を致す不埒者がいた場合は、主宰者の落ち度となるであろう。
  ただ、この御時節であるので、身分の上下に関係なく、皇国の為や主家の為などに建言を行う者は、その提言を採る道を開き、公正な立場で、その考えを聞き、郷土出国の願い出を、太政官(役所)へ、申し出ることができる。
  ただし、今後、武士の奉公人はもちろん、農民、商人の奉公人に至るまで、すべて雇用を行う時は、出身地をしっかりと調べよ。もし、脱郷者を雇い、とんでもない事態に至った場合には、雇用主の罪となろう。
   明治元年三月  太政官
      

今回の品で一番注目されるのは、高札の発給日が「明治元年三月」と書かれている事です。改元となり明治が始まるのは、9月8日です。ですから、明治元年に三月は存在しません。「慶応四年三月」と書くべきなのです。高札の書き手がウッカリしていたのですね(^^;  と同時に、この高札が、五榜の掲示が出されてから相当後に作られたことがわかります。

五榜の掲示第5札『郷村脱走禁止』は、江戸時代の規則を踏襲しています。集団で村を捨てる逃散については、すでに、五榜の掲示第2札『徒党強訴逃散禁止』で、禁止しています。第5札は、さらに、個人レベルでも村から逃げることを禁じているのです。
この第5札『郷村脱走禁止』は、五榜の掲示5枚の札のうち唯一、高札制度が廃止になる前に撤去されました(明治4年10月4日)。
五榜の掲示の変化や高札制度の廃止については、後のブログで書きます。

 

 

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手にあまる薔薇

2023年05月14日 | 故玩館日記

庭造りが趣味の知人からバラの花をいただきました。

どういう種類のバラかわかりません。

とにかく大きい。

とりああえず、1リットルの計量カップに入れました。

これでも頭が大きくて倒れそう(^^;

これだけ大きな花を入れる一輪挿しは見あたりません。

やむをえず、このままで(^^;

手にあまる薔薇、でした(^.^)

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お酒!で野菜が元気😊

2023年05月12日 | ものぐさ有機農業

昨日の毎日新聞に、とても興味深い記事が出ていました。

「お酒が植物を強くする」という科学記事です。

エタノールが、植物に作用して環境ストレスへの耐性を高める物質(植物刺激剤)であることを、理化学研究所のチームが明らかにし、そのメカニズムを解明しました。

エタノール(お酒)を含む水を与えると、乾燥、高温・低温、塩、病虫害などの環境ストレスに対して、耐える力が増すことが示されたのです。

エタノールによって、環境ストレス下でも、植物が本来持っている機能の低下が抑えられたわけです。

そこですぐに思い浮かぶのが、「ストチュー」です。「ストチュー」は、有機農業で農薬の代わりによく使われます。酢(弱い殺菌作用がある)と焼酎を混ぜ、水で薄めた液を野菜に散布すると、病気や害虫を防ぎ、野菜がすくすく育つといわれてきました。私も良く使います。しかし、半信半疑(^^; というのも、効果がなかなか実感できなかったのです。しかし、この記事で有機勇気百倍。これからは、自信をもって撒きます。

考えてみれば、農薬や化学肥料と違って、有機農業で使う資材はみな、作用が弱く、ゆっくりと効く物ばかりです。ニームオイルもそうですが、1回や2回の散布で効果を出せるはずがありません。ストチューも、気長に、息長く使っていくのがポイントですね。

さて、それみろといわんばかりに意気込む左党の人の顔が浮かびます(^.^) 

エタノールの耐ストレス効果、はたして人間にも?

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