平和な毎日

ランニング大好き。走るほうは別ブログに書いてるので、ここでは好きなものを中心にあれこれと書いてきます。

いまさらGR DIGITAL

2012年12月31日 | デジカメでも

最近はとんとなくなってしまったけど、気合を入れて写真散歩するとき迷いなくカバンに放り込むのはこのGR DIGITALなのは間違いない。それでもこのデジカメが登場したときはそれほど好きじゃなかった。あまりにも銀塩版を意識したような外観もさることながら、一番の理由は某カメラ評論家のステルスマーケティングもどきの賞賛が嫌いだったからだ。

その評論家自体は嫌いじゃなくむしろクラカメに愛情を注いでいる姿(少々ライカ偏重すぎるとしても)はクラカメファンとして嬉しかったし、ライカ以外では好みの傾向が似ていたので「おぉ!同志」なんて思ったこともあった。

それがいつの頃からか「クラカメ道」みたいなことを書くようになってから心が離れていった。た「かがクラカメに訳のわからない思想など説くな」というのが正直なところだ。

それがこのデジカメではその思想が大手を振って歩いていた。ムック本を読んでビックリ「何じゃこりゃ?」。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」じゃないが、このデジカメまで嫌いになってしまった。

時が流れたある日店頭で見かけ「そういえば」と思い出してお迎えしてから一番のお気に入りになってしまった。

デザインは相変わらず好みじゃないが、一番のお気に入りはサイズだ。流行のカードタイプより大きいけど、カバンに入れるのを前提とするなら、このくらいが取り出しやすい大きさなのだ。カード式だとカバンの中で行方不明になる。当然、持ったときの安定感は抜群。悔しいが銀塩版のデッドコピーとも言えるスタイルは実用では取り回しが実に良い。

短焦点というのもお気に入り。ズームでも良いけど、散歩写真では積極的にズームは使わない。デジカメのズームは操作性が悪いしかえって迷うからズームをするのが面倒くさいというズボラな私なのだ。

それとこれは気のせいかもしれないが、このデジカメはバッテリーの持ちが抜群に良いように思えてならない。スイッチオフの状態で数ヶ月放置していても全くバッテリーが減らない。普通なら一月程度が限度なのに、私のように一度持ち出して数ヶ月ほったらかしにした後でおもむろに電源を入れてもバッテリーがほとんど減ってない。なので充電を忘れて持ち出せなかったという記憶があまりない。どうしてこんなに持ちが良いのか不思議だ。

いざというときは単四電池が使えるというのも素晴らしい。

通常ズームとして使われるレバーを露出補正レバーにするなど、操作性が非常に良いのも素敵だ。とかくコンパクト系はメーカーによって操作がバラバラなうえにオリジナルのモード持つので「どこをどうすればよいのか」さっぱり解らない(そもそも大量にあるシーンモードを使いこなしているユーザーなどいるんだろうか)。とにかく銀塩時代の操作を引きずっている「いつまで経ってもデジカメ初心者」な親父には使いやすいカメラなのだ。

中古しかもってない私が物申すのは失礼千万なんだが、あえて希望があるとすれば次の二つ。

第一に光学ファインダーを内臓式にしてほしい。だってスペースがあるじゃないですか‥ストロボいらないです。ちうか、そもそもこのデジカメを使う人の何割がストロボ使っているんでしょうね。多分「発光停止」にしてるでしょ。どう考えてもファインダーの方が優先度高いはず。

次にこれは無理を承知で希望するのですが「レンズの繰り出し量をもっと少なく」、せめて従来の半分にして欲しい。いや、デジタルだと光の直進性が重要になるので対象式よりレトロフォーカス式の方が光学性能で有利に働くし、まして画質優先を謳ってるこのデジカメにそれを求めるのはないものねだりに等しいことは重々承知してます。でもなぁ、やっはり広角カメラでレンズが飛び出てる姿というのはオールドタイマーには馴染めないんだよなぁ。


Finecam M410R

2012年12月30日 | デジカメでも

購入したのは今から一月以上前だから本当は今日の買物にならないけど、1ヶ月前なら今日みたいなもんだと解釈して書き込むのだ。

この直前に「もうカメラに興味ない」と書き込んでおいて言ってる事とやってる事が全然違うじゃないか。はい、きっと私の守護霊は保守系の政治家なんでしょう。

実はこのデジカメは二代目なんです。つまり同じデジカメを「買い増し」しました(馬鹿そのもの)。最も最初にお迎えしたのは液晶モニターが割れてたのね。だからずーっと欲しかったのよ。

画素数たったの400万。当時でもそれほど綺麗な絵を出す機種でもないのに「何ゆえ?」ですわね。それでも自分にはこの機種に拘りたい理由があるの。

京セラダカラ?ブー

単三使用だから?ブー

このモデルで一番お気に入りなのは「レンズが出っ放し」というところなのだ(爆笑)。

銀塩時代からズームコンパクトはレンズをいかに本体に収めるかに腐心していた。それはデジタルになっても同じ。その甲斐あっていまじゃ10倍ズームをボディとほとんど「つらいち」まで格納できるようになった。技術者魂と匠の技に脱帽。

しかしこの格納式、飛び出たレンズ鏡胴を「つかむ」という行為は当たり前だが「ご法度」なのだ。しかし銀塩時代からカメラに親しんだ親父にはこの鏡胴をつかめないというのは「いかがなものか」なのだ。ライカをみよ!初期こそレンズの突起を指で動かすという方式だったが、そんなことほとんどのカメラ親父はやらない。皆、レンズ鏡胴を「グワシ」とつかんでピントや絞りを調整するのだ。

もともとは一眼カメラの使い方だが、これが最も馴染み深いし安定感も高い。ところが格納式ではこの伝統のホールディングができない。「許しがたい!!!」

M410Rはレンズを出っ放し状態にして外側にカバーをつけるという画期的な手抜き工事でレンズ鏡胴をガッチリつかめるようにしたのだ、えらい!またカバーの一番前にはフィルターアダプター(52mm変換)がつけられている。これは「ぼろ隠し」であるが、フードみたいで実に格好よい(無論フードとしては役立たず)。

さらにこのレンズは「インナーズーム」を採用している。だから広角から望遠までレンズ全長が変化しないのだ。なのでこのデジカメのフォルムは「銀塩短焦点コンパクト」に近いのだ。強いてあげればグリップの存在が現代を感じさせるが、ファインダー(EVF)がボディの端っこに寄せられているところなども非常に嬉しい。

最新のデジカメは最高のデジカメというのは疑いない事実だと思う。ただ、機能と嗜好とは別物だし、既に画質に縛られない私には、画質より雰囲気を取りたいのだ。たとえばミノルタハイマチックとかコニカC35などを操作している雰囲気(本当に雰囲気だけ)を味あわせてくれるだけでもこのデジカメは持ち続けたい。

 


ないとパブ「フラミンゴ」

2012年12月30日 | 散歩写真

そういえば散歩写真をしなくなってから随分たつ。以前は週末ともなれば何はともあれカメラをカバンに放り込んでお出かけしたものだが、いつの頃からかカバンにカメラが入ることがなくなってしまった。

たまに思い出してデジカメを放り込んでも結局何も撮らないままという状態なのだ。ランニングを始めて週末は貴重なLSDに費やされるせいもあって時間がないというのは言い訳に過ぎない。自分でも驚いているのだが、多分「飽きた」んだとおもう。以前はカメラだけは生涯止めないと家族も思っていただけに私の豹変振りには呆れている。

そんななか、たまたま歩いていたら目に止まったのがこのお店。ナイトパブという色あせた看板があるが、1Fは紛れもない普通の商店なんだよね。しかもこのお店は昭和の頃にあった2Fが居宅になってるんだわさ。

もうパブとしては機能していないみたいでお金が掛かるから看板を撤去してないと思うんだけど、こういった風情って笑ってしまって好きなんだよね。

で、思わず写真を撮ろうとして思い出した「カメラ持ってねーじゃん」

んで迷わず携帯で撮りました。以前なら「携帯で撮るくらいなら、写真なぞ撮らない」みたいな意固地なところがあったと思うのですが、もうすっかり丸くなってます。

ただ、スマホはとにかくガラケーで撮った写真をパソコンに移すのが一苦労でした。本当にガrケーに関しては情報弱者ですわ。


クレドールスピーカー CPF-NW001

2012年12月28日 | I love SONY

 

会社帰りにハードオフに立ち寄る。いきなりショーケースに目が釘付けになる私。ケースに鎮座しているのは前から欲しい欲しいと思いつつも、値段の高さに二の足を踏んでいた。ネットワークウォークマン専用のクレドールスピーカー「CPF-NW001」なのだ。

定価29800円というのはクレドールスピーカーとしてはかなり高額。もっともBOSEとかJBLは平気でそのくらいしてたけどね。それが何と2100円。待ってて良かった。安いのには理由がありまして、それは専用リモコンが欠品していること。それが理由なら大歓迎ですね、速攻でお買い上げです。

机の上を片付けて早速セットアップ。電源トランス兼用のヘビー級ウーハーは机の下に置くので、机の上にはそれまであったPC付属のスピーカーよりズッと小さいクレドール兼用のスピーカーだけが配置されます。

んで、音を出してみてビックリというか、さすがに値段だけのことはあるクリアなサウンドが流れてきます。しかし一番気に入ったのはやはり低音。スーパーウーハーの効果は抜群。今までほとんど聴こえなかったベースの倍音が加わって音の厚みがグット増します。

ハービーハンコックのSpeak like a Childを流したときは正直びっくり。というかですね、実はこのアルバム、本では傑作という評価が多いのですが何度聴いても今ひとつ良さが感じられませんでした。それがこのスピーカーで聴いて、今までほとんど聴こえなかったベースが聴こえた事で魅力が倍増。こりゃ素晴らしい。

いくら頑張ってもスピーカーは「大きいことが絶対正義」というのは変わりません。このスピーカーを部屋のメインにするなど無謀だし、デスクトップとしてももっと良い音を出せるスピーカーはイッパイあります。

ただし「このサイズで」となるとこれまた別。このサイズでは間違いなくダントツの音を出します(というかこのサイズにはオモチャみたいな製品しかないので比較対象となるライバルがそもそも存在しない)。

何しろこのサイズで総合出力25Wという桁違いのパワーを誇ります。一般的なデスクトップ用のアクティブスピーカーは総合で10W程度しかありませんから規格外です。当然、机上で最大出力にするようなユーザーはいないと思いますが、10Wで8Wを出すのと25Wで8Wを出すのでは余裕が全然違う。オーディオファンはこの余裕が欲しくて大出力のアンプを求めてます。

またスピーカーもこの出力を受け止めるよう重くできています。特に低音を受け持つウーハーは頑丈にできていてボリュームを上げてもびくともしません。素晴らしい。

またソニーもこれ以降、このサイズはサブウーハーが付属しないオモチャみたいなモデルしか出さなくなりました。だから机の上に大きなスピーカーは置きたくないという人には今でも唯一無二の音質重視モデルなんですよ。

期待以上の音に満足した私ですが、そうなると気になるのが肝となるクレドールのコネクタ部分。汎用性を持たせているために背もたれが可動式になっているので曲のスキップなどの操作はウォークマン側で行う必要があるのですが、頻繁に行うとコネクタにガタが出てきそうです。

なので結局、SSにリモコンを注文してしまいました、1575円。これで曲のスキップだけじゃなくアルバムもスキップできるので選曲時にコネクタに負担をかけることがなるなります。

このリモコンでは本体ではできない、サラウンド機能オンやベース・トレブル調整も可能になるので結構使えます。ボタンの押す感触は「最悪」ですけど(笑)。

 

 

 

 


NW-MS77DR

2012年12月25日 | I love SONY

少し前だが、いつものようにセコハンショップを眺めてたら目に飛び込んできたのがこれ。お値段1300円。もう速攻でゲットゲット!

いまでこそデジタルオーディオはMP3の天下となってますが、黎明期にはAppleに対抗心を燃やすSony様がAtracという独自の規格で勝負を挑みました。

ただしですね、当時はまだMDプレーヤーが主流でして、その本家でもあったSonyは軸足を完全にシリコンオーディオに移せず「二兎を追う」商品展開をしていました。

そして出てきたのが2002年に発売されたNW MS70Dというモデル。本体内蔵メモリーモデルが多い中でメモリースティックも使えるという「拡張可能」なのが特徴でした。

そしてこれは後継モデルで2004年発売。初代からの改良点はクレドールで外部から直接録音可能ということです。

スペックは本体の内蔵メモリーが何と256メガバイト。旦那たったの256メガでっせ。しかも拡張用のメモリースティックは何と128メガまでしか対応しない(当時既にもっと上の容量が発売されていたのに)。つまり最大でも400メガまでいかないというものでした。

まぁ当時はメモリーはとても高価で、たとえ対応してても512メガのメモリースティックを買うお客はほとんどいないと思います。

そんな使い物にならない物を何故お迎えしたのか。それはいかにもSONYという尖がったデザインに他なりません。

iPodのデザインは今も昔も変わらないシンプルイズベストを具現化したもの。ある意味ライカに近いものがあります。一方、ウォークマンはモデルごとにデザインを猫の目のように変えてます。これは丁度ライカに対抗したコンタックスを彷彿とさせます。

造りこみもまさしくコンタックス。iPodと比較にならないくらい手間隙を掛けてます。深絞りによる金属ボディにはチタンカラーコーティングがされてます。これに比べると簡単なつくりのiPodはまさにライカ。

 

そして営業面でもコンタックスと同じようにiPodの前に敗北しMSシリーズは本モデルを持って姿を消す。

しかし今このモデルを手に取ると現代では考えられない手の込んだ造りとなっている。スカイセンサー以来の「メカのSony」という雰囲気がビシビシ伝わってくる。007の秘密兵器、SF映画の小物として使えるくらい先進的で未来感覚溢れるスタイリングに惚れ惚れする。

大柄な操作ボタン、完全にデザイン優先のロックバー、放熱フィンみたいなクレドールとの接合部など、見れば見るほど細部までメカニカルなスタイルへの拘りが感じられる。手にするだけで幸せにさせる物なのだ。

クレドールのスタイルもまた素晴らしい。先代はもっとデザインに拘ったものだったが、これだって負けていない。一体化させた姿がまた惚れ惚れさせる。これに比べたらiPodのコネクターなど「おもちゃ」だと言い切るのだ。

これだけのモデルをポータブルMDを平行して開発販売したのだから当時のSONYは力があったんだろう(この無駄使いでエネルギーを消耗しiPodに敗北したかもしれないが)。何にせよ古きよき時代だから出せたSONY渾身のモデルであることは疑いない。