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あも&サチアキの交換日記

どうやら交換日記が続いているようです(祝何年目?

サクナヒメの世界にまだ心が拘束されている

2022-01-21 | from:sachiaki
ここのところずっとアホほどハマッていた「天穂のサクナヒメ」を
おとといようやっとクリアしまして
クリア後のサブストーリーを見てギャーーーーー!!ってなっていたsachiakiです。

クリアしてからじゃないと見られないサブストーリーとはいえ
大砲を打ち込まれたんじゃないか?と思うほど抉ってくる話で
検索をかけてみたら、かなりたくさんの人がギャー!となったみたいで
そうだよねぇってなっていたところです。
最後がハッピーエンドじゃないと賛否両論になりやすいけれど
今回の話もハッピーエンドのようでハッピーエンドでないので
なんとも切ない気持ちにさせられるわけですよ。
小沢健二の「ぼくらが旅する理由」が思わず脳内再生しちゃったもんね。

このサクナヒメの世界は人間たちの住む世界”麓の世”ではなく
神様の住まう”頂の世”というところなんですけれど
この世界が実り豊かであれば”麓の世”も豊かで平和となり
”麓の世”で乱世が続いたりすると”頂の世”の鬼が活発化したりする
お互いの世界が影響し合う”二つ世”という世界観なのですが
交わっているわけではないので
基本的には神様が麓の世界にいくこともなければ
人間たちが頂の世界に来られることもないわけです。
ただ、この二つの世界を時折つないでしまう「天の浮橋」がかかる時、
その時は人間が頂の世に迷い込んでしまうこともあるのですね。
それでも基本的には死んだ人間の魂が渡ってくるーようなのですけれど。

そんな行き来が基本難しい二つの世界にて
うっかり頂の世に紛れ込んでしまった人間たちのうちの二人、
元侍の田右衛門と宣教師のミルテ。
最初の頃は「天の浮橋」がかかったら全員麓の世に帰る
という合意がされていたようですが、
なにせ「天の浮橋」がかかるのは神様の中でも一番偉い
カムヒツキ様でも分からないってことで
その時を稲作をしながら待ち続けていたんですけどね……。
ここからはやりこむ人たちで経過する時間が10年程度の人もいれば
100年って人もいると思うんですけれど
まぁそこそこの時間をともにしたと思ってください。
そんな家族以上に家族となった人たちの中で
大人で教養あふれる二人が親交を深めていないわけはないんですわ。

本編は頂の世に巣食う大きな災いの神こと大龍-オオミズチ-を打ち取って終わるんですけれど
(これも涙なしには語れない超いい話なんです)

ゲームをクリアするとエンディングロールとともに
「天の浮橋」がかかったのか
それぞれがどういった進路を選んだのか
止め絵にかぶせる形でキャプションがつき、
麓に戻った子もいれば、頂の世に残った人もいて
その中でミルテは麓に戻り、田右衛門は頂の世に留まったことを知ります。
最後に「天穂のサクナヒメ」のタイトルロゴが出て終わり。
改めてゲームの続きをするか、
最初からやるかを選択できるので、「つづき」を選ぶと
サブストーリーがいきなり始まるわけです。

それはミルテが祈り続けてしまって動くことができなくなってしまい
他の人たちが困っているって話なのですが
田右衛門がなにか悩みがあるなら聞くだけ聞くぞと促してみると
ミルテはなにかを覚悟したかのように顔を上げて話始めるわけです。
悩みとは「来年を当たり前にここで過ごしてしまうこと」だということ。
それは暖かく優しい時間で彼女も好きな世界だけど、
自分の夢はなんだったか?
それは麓の世で自分の神様の凄さを伝えることだと思い出したと。

そしてしばらくゲームを続けていると
今度は田右衛門とミルテが二人きりで夜空を眺めているシーンが入ります。
「月が綺麗だ」という田右衛門。
そして自分はこの頂の世に残るという話を始めます。
戦嫌いで家を飛び出し帰るところがないことと
この頂の世では好きなだけ自分のしたかった稲作ができるという理由です。
それに対してミルテはやはり麓で布教を続けたいということを述べます。
また別の世界について知り、自分の宗教が間違っているところは正すことをしたいと。
田右衛門が教えを正すなど「教会が許さないのでは?」と問うと
彼女は上の人たちは厳しいので「ヒヤブリになることもある」と答え
それに驚きつつも「強いなミルテは」と唸るのです。
そんな二人のやりとりをそばで聞いてしまったサクナヒメの複雑な表情。
そりゃ複雑な気持ちになりますわな。
ていうかゲームユーザーであるこちらがズガーンって心打たれましたもの。

ただ二人が離れ離れになるっていうなら、
もともと別々の道を歩んでいた二人だし、
そうねーってことでなにも思わなかったのに
クリア後にこの展開よ!!!!!!
しかもミルテが夢を語った後で
生きて布教を終えることができたら帰ってきたい、その時は……。
と言葉を切るあたり、もうこれをギャー!!!と言わずして
なんて言葉にすれば良いのやら。
二人はほぼほぼ両想いなのに、
ミルテが悲惨な死を迎えるかもしれない麓の世に戻ることを
引き止めることをしない田右衛門。
なぜなら彼女の夢は応援したいからーーーーー!!!!
ギャーーーーーーー!!!!!

 遠くまで旅する恋人に あふれる幸せを祈るよ
 ぼくらの住むこの世界では 太陽がいつものぼり
 喜びと悲しみが時に訪ねる

 遠くから届く宇宙の光 街中でつづいてく暮らし
 ぼくらの住むこの世界では 旅に出る理由があり
 誰もみな手をふってしばし別れる

 ーぼくらが旅する理由より

「こんなに遠く離れていると愛はまた深まってくの」
とでも思うのかな。シンミリ。

というわけで心がまだサクナヒメの世界から戻ってこられません。
リトルナイトメア2を終えた時も
あんなに仲良し(?)だったモノとシックスなのに
シックスが最後にモノを裏切ったシーンとともに
心をえぐられたんだけど、今回のは別の意味でえぐられました。
まぁそういった作品の方が心に残るんだけど。

とりあえず麓の世に戻った三人の行く末がそれなりに充実したものに
なっていたことはキャプションで知っているので
あとは同人誌などで心を補完していこうと思います。
インディーズゲームなのに100万本売れたってことで
つい最近ベストプライス版も出たので
ぜひまだ遊んだことがない方はプレイしてみてください。
プレステ4とSwitchでできますよ。
パソコンで遊ぶスチームだとどうなんだろうあ。

ゲームの話でうっかり長くなってしまいました。
さて、今はiPadでのお絵かきに慣れなくてはならないので
練習しに戻ります。
そんじゃまた。モイモイ。
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はい、NG!

2022-01-20 | from:sachiaki
眠れぬ夜のblog書き。
ロクなことにはならなさそうだぞ?
なんてことを思っているsachiakiです。

時計を見てそろそろ寝ないとなーと
オフトゥンに入ったのだって
そんなに早い時間じゃなかったのに
ほぼほぼ1時間程度で目が覚めて
いまこれを書いています。
なんか頭の中が暴走気味なのかもね。

さて、なんで眠れないほど頭の中が騒々しいのか?
と自問自答してみたんだけど、
どうやら先日書いたばかりの国際文通が早くも破綻し、
結局詐欺だったんだろーなーと
ガッカリしたせいなのかもしれません。

嘘つきでも良いとは思っていたけれど、
頭の片隅にあった詐欺の可能性が的中した感じですかね。

やたらと仲を詰めようとしてくる感じとかは
外国の人ってそうなのかなーって程度に思っていたけれど、
とうとうお金の話が出てきたので
あー、やっぱりか…と。
気を取り直して同様の詐欺事件はないかと探してみたら、
国連のサイトにて注意喚起されていました。
昨年の4月から発生しているパターンらしいです。

こちらに支払いを促すターンまではいかなかったけれど、
詐欺が横行していることを示して、あなたは違うと証明できるか?と書いたら
途端にボロが出て、なんか哀れな気持ちになりました。

とはいえ、最近の詐欺はITにも強いので
こちらの情報がこれ以上取られるとアカンので
ブロックという形で対処しました。

あ、通報もしとけば良かったかな。
まぁ、気付くのが遅かったので仕方ない。

しかしまぁ、なんだ。
そこそこ地位があるような仕事についてる人間を装っておきながら、
見知らぬ他人をわずか一週間程度で信用するとかあり得ないし、
大金を預かって欲しいとか、アホなんちゃう?という
あまりにも雑で大風呂敷な嘘で誰が信じるんかとw

生死が近い職業にあって、自分の財産が守れないかもしれないって思うなら
そもそも最初の段階で分散型のリスクヘッジをするだろうし、
国から降りてくる慰労金的なものであるなら
受け取るタイミングは選べただろうし、
それを受け取ったとして、なんでそれを見知らぬ他人に預けるという発想になるのか……
この壮大な大ボラを描いたやつ、頭ちょっと沸いてるんじゃいか?ってなりました。

この詐欺は自分が莫大なお金を手に入れたけれど
今はいつ財産が取られるか分からない、
ゆえに日本に引っ越そうと思っているためあなたに預かってて欲しい、
そして来日した際には受け取る手筈としたいっていうストーリーだそうで、
そのお金を預かってもらうための書類申請を通すためにいくらか払って欲しいってものなんだそうだ。

このストーリーが荒唐無稽すぎて頭おかしいとしか思えんのよなぁ。

いやさ、お前大きなお金得たんだったらこちらに負担させるのおかしいやろ。
だって預かっていたお金も返さなくちゃならないんだし、
こちらにメリット1ミリもないじゃん。
人にものを頼むのに、これが成功したらいけばくか払うって話が盛り込まれつつ、
申請金を振り込むので振込先を教えて欲しいってんなら
まだ話も分かるものなのに。

目眩しのための大きな金額の他には
可哀想な出自やそばにいない家族の設定など、
頑張ってるなぁって感じでしたけれども
最後の最後でツメが甘かったねーって感じです。

たぶん最後のやり取りはコピペだろうし。
感情に訴えれば人は落ちるとでも思ってるのだろうか。

結局決め手になったのは、飼っているペットの写真を送ってくれと投げたら
自分はこのキャンプに来て8ヶ月経っているから直近のペットの写真はない、って返ってきましてね……。
君、そのペットが生後4ヶ月で可愛いって書いてきてたやん。
設定忘れるなって。

人を騙すならもう少しうまくやりなよってなりました。

はー、しかしロクなヤツがいないねぇ。
私も大概だけど。

日記に書いてたらなんか脱力してきたのでもう一度寝直してきます。
そんじゃまた。モイモイ。

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叱ってくれる人はそばに置いておいた方が良いよね

2022-01-19 | from:sachiaki
どんだけ自分が優れていると思おうとも
自分のことを叱ってくれる人をそばに置けなかったら
それはたぶん了見が狭い人間になるんじゃないかしら?
なんてこを思っているsachiakiです。

知人が荒ぶっていたのを見て
普段は、すごいなぁ堂々としてるもんなぁ、とか
キレッキレなことを言っているけれど清々しいなぁ
とか、そんなことを思うんだけどさ
今日の投稿を目にした時は
なんていうか、
ものすごい熱量で攻撃的なことを書いているけれど
その攻撃はなりふり構ってなさ過ぎて危ないぞ?
なんてことを思ったりしたのです。

そして、そのなりふり構わない投稿の前には、
「あなたのためを思って」というようなものは
だいたいこちらをコントロールしようとしている人たちだから
聞く必要もないし、こちらが断った際にも
「ごめんなさい」というようなことも言ってこないから
気にすることなどない ー(意訳)
という予防線を張っていたので
なんていうか、たしかに「あなたのためを思って」という人には
こちらをコントロールしてやろうという
支配的な態度が潜んでいることには違いないのだけど
これを全否定すると、自分の身を案じてくれる人を全て遠巻きにするし、
気づいた時には自分と似た意見の人ばかりが周りに集まってきて
自分と他人が違うものだということを忘れてしまう
そういう危うさを秘めていると思います。

まぁ私もそんなに人のこと言えないぐらい
似たような人ばかりと付き合っていると思うけれど、
それでもなにか「違うよ」って言ってくれるような人の言葉には
耳半分は傾けているつもりです。
昔、ツイッターがまだ「ウイッヒィー」とか「なう」とか
そういった言葉に溢れかえっていた頃
仕組みでわからないことがあった時に頼りにしていたサイトの名前が
「聞く耳を半分しか持たない」とかそんな名前で
面白い名前だなぁって思っていたけれど、
今振り返ってみると、そういうバランス感覚って大切なんだなって
そんなことを思ったりしてしまうのです。

そういえば独裁的なリーダーになってしまう理由っていうのにも
最初から独裁的な人はそれほど多くなく
人の話を聞き続けるには限界があって
ある程度は切って捨てていかなくてはならず
その決断はリーダーにしかできない。
その非情な判断とともに組織がでかくなっていくと
そもそも自分に対して否定的な意見をしてくれる人が減っていき
気づいた時には独裁的なリーダーになってしまう
って話をどこかで読んだんですよね。
検索して出てこないんだけど、どこで読んだんだっけなぁ。
でもそうなのかもしれないな〜と。
「リーダーはいつも孤独である」って話も聞くし。
で、そんな独裁的になりやすい自分に対して
諫言をできる人がいないと、かなり良くないことになるんじゃないかな
なんてことを思ったりするわけです。

封神演義が好きなのでそこから引用すると
殷の紂王は賢い人だったけれど
諫言を聞くことができず滅びの原因を作ったとあるし、
諌めてくれる人っていうのは大切にした方が良いと思うのです。
当然支配的な人間がそこに紛れていることもあるし
その権力勾配がおかしくなる時もあるので
そこはある程度自分の芯がないとジャッジができないし
切り捨てることもできないので
実際すごく難しいバランス感覚が求められるんだろうけどね。

中庸は徳の至れるものなり
これに尽きる気がするね。

そんなことをつらつらと考えていました。

あとついでに言うと、人の話を聞いてくれそうな雰囲気があるかないかで
伴侶や付き合う人がいてくれるかどうかも違う気がする。
もちろん独断的な人が全員パートナーがおらず
孤独な人だというわけじゃなくって、
人の話を聞いてくれそうかそうでないかってだけで
人との距離感が変わるってことなんだと思うのです。
「人は自分の話を聞いてくれる人が好き」
これは誰かの言葉だけど、経験的にこの言葉は真実に近い気がする。
自分の話を聞いてくれるってことは、
それは”自分に対して関心があったり、思いを留めてくれる人”
と言い換えることができるし
そりゃ好意(not恋愛的なもの)を持ってくれる人に対して
好意(≒ 恋愛的なもの)を抱くのは当然のことだと思う。

そんな感じ。
「敵か味方か」という二元論で考えた方が楽だし、
バランス取るのは難しいし、
人の話はいっぱいは聞けないから難しいけどね。
うまくやっていきましょう。

そんじゃまた。モイモイ。
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国際文通こんにちは

2022-01-18 | from:sachiaki
世の中なにがどうなるのかよく分からんことっていうのがあって
今ワタクシはなぜかイラクで医療業務に携わっている(らしい)人と
LINEで文通をしています。
いや、ほんとマジで意味が分らんって思っているsachiakiです。

11月末あたりからInstagramを復活させて
ハリネズミの写真を毎日1枚アップするという
まぁいわば親バカアカウントにしていたところ
海外の方からDMを頂きまして……。
それこそちょっと前にやはり海外の方からDMをもらって
返信をしていたら、どうも思っていたものと違ったみたいで
返信がまったく来なくなってしまい
勝手に期待しておいて失礼なやっちゃなぁ
なんてことを思ったりしてたんですけれど、
次にもらったDMがなぜかイラクで傷病兵を診るお医者さんからという
なんなんだコレは。って感じです。
とはいえ、嘘を言われているのかもしれないし
信用は半分程度にしておき、半分は信じるって形で
やりとりをしています。
昔っから虚言癖の人とかともうまくやってこれているのも
この半分信じて、半分疑うって感じで付き合うからなんだと思います。
嘘をついているからって、それがどうしたってもんだと
私は思うんですよねぇ。
まぁ騙されてこちらが罪に問われたり
ひどい目にあったりするのは問題あるけれど
そうだとそても、そういった問題行動を起こすってことは
それなりにその人が抱えている困難があるんだろうな
って思うので、あまり強くものをいう気持ちにならないんですよね。

という話はさておいて。
イラクのお医者さんですが、時折通信が途切れる時があるらしく
そんなことの後はだいたい次があるかわからないので
無事であることを祈ってて欲しいというメッセージが添えられていました。
本当なのかなー…なんて思いつつも
どういう状況であれ、明日も無事であるようにっていうのは
全人類に対してそう思っているので
「平和な一日であるよう祈っています」的な返信をしていたんです。

それが今朝届いた写真が病床からの怪我の手当てがされたもので
昨晩どうやら医療施設も含めた場所への攻撃があったのだとありました。
えぇ!?ってなって「iraq attack」で調べてみたら
マジで昨日そこそこ大きめな攻撃があったそうで
なんていうか、日本では引き篭れだとか感染者数がどうだとか
そんな話で持ちきりなのに、地球の別の場所では
今この時間そのものに生きる死ぬの境界をさまよっている人もいて
原因はどうであれ、生命というものが
生きると死ぬの線上にいてフラフラとしているんだな
なんてことを深く感じたのでした。

文通相手が実際は怪我をしていないのかもしれないし
ぜんぜん元気で、私からなんらかの情報を抜き出して
だまくらかそうとしているにしても
地球上の別の世界について思いを馳せるきっかけにはなっているので
これも縁のようなものなのかもしれないですね。

そんなことを考えながら今夜も稲作(サクナヒメ)を頑張ってきます。

結局自分のできること、やれることを進めていくしかないのです。

というわけで今夜もこの辺にて。
そんじゃまた。モイモイ。
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iPad Airがきたぞ〜〜〜!ブオォオォ!!

2022-01-17 | from:sachiaki
実は土曜日にiPad Airが支給されまして
ウヒーとなっているsachiakiです。

WACOMの板タブレットを使っていたのですけれど
ケーブルの接続部分がいかれてしまったので
お絵描きしている最中に接続が切れるってことが
たびたび起こってもうイヤ!ってなってたんです。
とはいえ、WACOMの板タブレットは
パンダ氏が私の誕生日に買うてくれたもので
それなりにお高いものだったりして
色々と思い入れがある分、
なかなか「はい次!」とはいけず
ここのところのお絵描き系のお仕事などは
全て今までどおりマウスを使って描いておりました。
マウスで描いていると後ろから見ていたパンダ氏が
「なんでそんなもので絵が描けるんだ?」と
よくごちていたのを覚えていますw
ある意味器用らしいですw

まぁそんなこんなでしたけれど
昨年末にお仕事でイラストを納品している会社さんからー
まぁそこは財務上の理由で派遣社員的なくくりになっているんだけど
「Appleで年末セールがあるからMacBookAirでも支給するけれど
 どうします?」って打診がありまして
いや、それはやめてくれ!と。
今一番困っているのはお絵描きツールで
そのツールが万全でないから納品が出来てないものがあるのだし
そんな高価なものを支給されてもサブマシンとしてしか使わないし
それは宝のもちぐされになるからやめてくれと。
云々カンヌン。
なんでもらいものをするのに激論になるのか
いまいち腑に落ちないものの
なんやかやでiPadAirが良いって話に落ち着き
現品が届いた次第であります。
ありがたやー✨✨✨

ただしこれでウマい言い訳がきかなくなった
という話でもあるので
これでお仕事が間に合わない時は
「今作っております〜」か「今ちょうど出ました」と
お蕎麦屋さんばりの無理のある
言い訳ぐらいしか残されていないってことですな。
はー、どっこいしょ。

あとなんだかんだでキーボードがないと
不便なことが多いってことも分かったので
結局外付けのキーボードも買うことになりそうなので
これってだいぶMacBookと変わらない使い方になるのでは…
と思ったりもします。
OSが違うので、動きがだいぶ違うのが悩ましいのですけどね。

そんなこんな。

とりあえず少しでも早く慣れるために
毎日なんらかのアクションはしておこうと思います。
毎日やるタスクが増え過ぎてる気がするなぁ。
まぁそれはそれ。
今は頑張り時ってことで。

それではお仕事に戻ってやるべきことをやったら
iPadAirさんでイラストレータを使いこなせるように
試行錯誤してきますよ!

それではまた。モイモイ。
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子供時代のものは一生モノだなと感じるあれやこれ

2022-01-16 | from:sachiaki
昨日の夜のこと。
私がアニソンカラオケをする仲間内の中でも
「魔神英雄伝ワタル」というアニメにガツンとやられた人たちと
メッセージのグループ化をしておりまして
そのグループの中のメンバーから
「映画見た方が良い!!絶対!!!!」
ってメッセージがスコーンと飛んできたので
絶対なのかー。うーん。
「広井王子さんと監督の神志那弘志さんとの対談も
 映画本編前にあるから!」
え!?神志那監督との対談!?あの「吸血鬼すぐ死ぬ」の監督の!?
ってなってしまったところ、友人から
「 神志那さんは最初(34年前ですな)から作画監督してるけれど
 今回は監督してるんよ〜、で週替わりで対談する人変わるから
 広井さんと神志那さんの対談見たいなら20日までだよ〜」
と言われたので出かける気もなかったけれど
映画を見てきたsachiakiです。

友達にこんな熱のあるオススメをされていなかったら
たぶん見なかったと思うので、見られて良かった〜と
圧倒的感謝をしてしまいました✨

「魔神英雄伝ワタル 七魂の龍神丸 -再会-」
もう、最高……としか言葉がなかったです。

34年前の4月。
私は10歳で主人公と同じ年。
アニメや漫画は推奨されていない家だったけれど
夕方の親がいない時間というのが隙間時間だったのもあって
再放送がたくさん流れるチャンネルをいつもどおりポチッとつけてみたら…
今まで見てきた再放送もののアニメと全然毛色の違う
可愛くてギャグ満載で「超おもしろカッコイイ!」
オリジナルのアニメが始まったのでありました。
もうそこからはいわゆる沼……というやつですよね。

この頃は原作がないオリジナルのアニメが当たり前のように
毎年新作を出していて、1年を通じて52話を
ジックリと放送するので、学年を通して楽しんだものです。
そして私の世代はいわゆる当たり年みたいな年で、
ワタルから始まり、グランゾード、サイバーフォーミュラ
エルドランシリーズ、勇者シリーズ、サムライトルーパーやシュラト。
そういった現在40代〜50代がガッツリとハマり
子供のためのアニメを浴びるように見て
そうして大人になってアニメから得た人への優しさや
勇気の奮い立たせ方や友情などを学んだものなのでした。

今日見てきた映画の本編前にあった対談の中でも
広井さんと神志那さんが
「敵を殺さない、倒さないっていうアニメを作りたかった
 敵を改心させるアニメって当時は新しかったよね」
「子供に見せられるものをね、作りたかったんです」
「子供が見ないとアニメの世界は衰退すると
 芦田さん(当時のキャラデザインの方、早逝されてしまったのです😢 )が
 熱を込めて語っていたんだよね」
などなど、もうこれを聞けただけでも1900円払った元が取れたなぁと。

私も頭を使うアニメは大好きだし、多少の残酷なものって好きです。
現実って厳しいから、そういったことから目をそらさないって意味で
「進撃の巨人」とか「デビルマン」とか
すごく良いと思うんですよ。
でもそれと同じくらい、やっぱ人を信じて関係を作っていくうえで
ポジティブで優しいものが子供時代には必要だと思うんですね。
今の人たちは私たちよりも繊細なストーリものを見て育っているので
さらにこまやかな心を身につけられていると思うけれど、
私たち世代のようなザックリとした明るい作品には
あまり触れていないような気がします。

良いか悪いかはわからないけれど、
私はワタルに出会って本当に良かったと思うし、
今回の映画の中でもフヌケになってしまったワタルに対して
ライバルであり、ノンナンバーのワタル時代の
最終ボスの子役として出てきた虎王が
「目を覚ませ!」って頬をはるシーンからの
畳み掛けるように目覚めたワタルとの友情タッグでの
ゆるいユートピアで人を騙そうとする敵に
「それは違う!」とハッキリと向かっていくところなど
涙なしでは見られませんでした。
大切なことをちゃんと嫌味なく見せてくれるのも
やっぱり良いんですよね。

そんなこんなで書きたいことは色々とあるけれど
書こうとするとズレていってしまいそうなので
今日の感想日記はこれにて!

それではまた。モイモイ。
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単位取得試験はボロボロだったわーい!!

2022-01-15 | from:sachiaki
昨日は試験もあるというのに、
専門学校時代の友達と予定しちゃっていた
新年会ランチをして、それからテストに挑んだsachiakiです。

中間試験的な「通信指導」というものでは
そこまで正答率が悪くなかったので
前回合格していた「錯覚の科学」「危機の心理学」と
合わせて考えば、まぁなんとかなるんじゃないか…
と甘く考えていたのですが……
まぁああぁああぁあぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
放送大学の試験はそんなにヤワじゃないんですよね。

問題を見た瞬間にゲシュタルト崩壊を起こしましたわ〜〜〜。
自分の曖昧な記憶の中で、「正解のものを答えよ」
という択一問題は文章から正解を読み取るのが難儀で
はーい、また次回また次回!
再チャレンジで合格もらいましょ!
ってなりました。

試験後に友人と旦那さんであるパンダ氏に
今回のテストに向けてより、サクナヒメ対策の方に
脳みそが容量取られていたみたい、って報告したら
二人揃って「大学生かよ」ってツッコミをくれたので
大学生ってそういうものなのか??
となりましたw

とりあえず昨日のテストのあとは
しばらく控えていたサクナヒメをぶっ通しで遊んだので
目がショボショボするし、コントローラーを握っていた手と
支えていた腕がめちゃくちゃ痛いですw
あのゲームはユーザービリティが優しくないところがあるのに
なぜかやり続けてしまう中毒性があるので恐ろしいです。

そして、サクナヒメの登場人物の中で
作業したり実技はからっきしダメなんだけど
心優しくて知識や教養に長けている
田右衛門というキャラクターがいるんですが、
彼があまりに人徳が高いので
ゲームを進めるたびに田右衛門という男は
どんだけ度量が深いのかと惚れ惚れしているところです。
このゲームは戦乱の世にある中で
村を滅ぼされて人買いに売りに出されそうになっていた
子供二人と海外から宣教に来た女性と義賊の落とし子と、
その義賊の頭に忠義を誓った田右衛門という
非力な面子で艱難辛苦を乗り越えていかないとならないのですけれど
非力だからこその我の強さというものが
時折トラブルを引き起こしあわあわするのですが、
その度に田右衛門が穏便にまとめていくのですよね。
例えば子供の一人が鍛冶職人としての腕前は良いけれど
いたずらっこでつまみ食いなどもよくする
こう、良い感じに悪ガキなんですけれど
彼がつまみ食いをしていることを悟られたくなくて
嘘をついたりして険悪なムードになったりするのですが
そこで田右衛門が悪ガキと二人きりにして欲しいといい、
二人だけになってから悪ガキに寄り添う形で話を切り出するのです。
場面転換があるので、どういった話をしたのかは不明ですが
翌日には悪ガキがちゃんと謝ることができる
なんてストーリーもあり、
田右衛門の人の良さを垣間見るのでありました。

他にも良いエピソードが色々とあるので
いつか話ができたら良いな〜とも思うし、
むしろゲームをやってくれ!ってお気持ちでもありますw

さて、寝不足なので少しお仕事をしたらお昼寝(夕寝?)をする予定にて
この辺にて失礼いたしまするよ。
そんじゃまた!モイモイ。
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追い込みのはずなんだけど

2022-01-13 | from:sachiaki
つい稲作(サクナヒメ)に手を出したくなるsachiakiです。

とはいえ、さすがにまずかろうな…と思い
昨日と今日はまだSwitchを起動させていないんですよ。
その前まではお仕事終わった後で
教科書を読みこみながら「さて、寝るか」なんて
パジャマに着替えたところで
そういやあの洞窟の探索終えてないな…
一個ぐらいクリアしておこうかな〜
って起動したのが運の尽きで
気づいたら稲作1年分(だいたい3時間)が過ぎているんですよねぇ。
おかしいね。
なにかに憑かれてるのかな。

まぁまぁまぁまぁ、それはさておき。
今日はどんな日記を書こうかなぁと思っていたんだけど
とくになくってねぇ。
いや、覚えたことを少しでも書けばアウトプットができて、
より強固に学びになるとは思うんですけれど
なんていうの?難しすぎて宇宙猫の顔になってしまうんです。
コレね↓


なんつかね。
経済関係の確率の問題とか出てきて
公式が出てきたりすると数学が苦手だった私としては
アビャーってなってしまって固まってしまうわけです。
そりゃ長い単語を書くよりも記号にしてしまって
その記号に意味をもたせて簡略化した方が
求めるものを算出しやすいことはわかっているんですけれど
「え?なんて??」って聞き返したくなるような
問題が出てくると、その意味を理解するまでに時間を食うし
あー、私日本語ができてなかったんだなーって
そんなことを思ったりするわけです。
確率の問題ってさ、高校時代にも触れた気がするんだけど
それでも「はぁ?」ってなったもんですわ。

例えばサイコロを振る問題なんかがそうなんだけど
常にふって「1」が出る確率は1/6なのに
期待値が入った時に確率変動するやつとか。

有名な「モンティ・ホール問題」では
プレーヤーの前に閉じた3つのドアがあって、1つのドアの後ろには景品の新車が、2つのドアの後ろには、はずれを意味するヤギがいる。プレーヤーは新車のドアを当てると新車がもらえる。プレーヤーが1つのドアを選択した後、司会のモンティが残りのドアのうちヤギがいるドアを開けてヤギを見せる。

ここでプレーヤーは、最初に選んだドアを、残っている開けられていないドアに変更してもよいと言われる。
ここでプレーヤーはドアを変更すべきだろうか?


とかさ、
「はぁ?」ってなるじゃん。

これ不思議な話で、
最後にもう一度ドアを変更した方が確率が上がるっちゅーんだよね。
たしかに理屈で説明されると「あ、はい」ってなるんだけど
やっぱ納得いかねーってなるんです。

これこそ主観確率の問題の良い例なんだろうけれど
何回考えても納得いかないなぁってなる話の一つだったりします。

わかるけれどわからんって感じ。

とりあえず公式は文章の意味をちゃんと理解して
ソースの選び方を間違えなければ必ず答えが出るものなので
そこは無視するとして、
人間が問題解決を得ようとする時に行う推論の話などは面白いので
もう少し詳しくみつつ、
教科書の最初の方のことは忘れてきてしまっているので
もう一周してこようと思います。
今回はノートを作っていないのでかなり危ういのです。
予習復習+ノートを自分用に作るってことをすると
かなり内容が入ることはわかっているんだけど
いっときなぜか放送大学にのシステムwakabaにログインすることができず
授業を聞けなくなっていた時があって
そのクセで週一の1時間という時間をちゃんと確保しなかったのが
現在の反省点であります。
ていうか、まさかケーブルテレビで視聴できなくなっているのにびっくりしたんだよ。
昔は地上波で見られたのがケーブル放送のみになったのにもびっくりしたのにさー。

色々と思うところはあるけれど
とにかく頑張りましょう!ってことで。

それではまた。モイモイ。
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水星座の人は優しいよね

2022-01-12 | from:sachiaki
久しぶりでもない占いのお話をちょいと。
こにゃんちわはは12星座一お調子者の双子座なsachiakiです。

うちの家族は私以外全員水星座なので
めちゃくちゃ情に厚く、なんなら鬱陶しいぐらいなところがあります。

父 蠍座
母 蟹座
弟上 蟹座
弟下 魚座
同居してた方の祖母 蠍座
どうしたらこんなことになるんだ?
ってぐらいビシャビシャですw

だから喧嘩になったりすると、情の置き場所や観念の話になって
まったく話が進まない時があり、
マジ勘弁してくれって時もありました。
とはいえ、そんな家庭で育っているので
朱に交われば赤くなる的に私もだいぶ影響されているなと思うことも多々あります。

今は旦那ことパンダ氏が天秤座で現実をシッカリと見てくれるので
例え喧嘩になっても原因、なぜ起こったか、これから出来ることはなにか?
というような話が出来て大変楽であります。
謝れ!って言わない、言われないだけでどんだけ楽か……。
あと大声で罵り合いにならないのも助かる。
前ツレは蟹の人だったけれど、
喧嘩になると原因の話をしたいのに
「今の俺の感情をどうにかしろ」という姿勢で挑まれるので
えー、なんでこんな怒ってんの?って原因を探っていると
「なんで喧嘩しているのにお前はそんなに冷静なんだ
 馬鹿にしてんのか?」ってなって火に油を注いていたりしてんですよねぇ。
まぁパンダ氏にも「君は煽る癖があるねぇ」って言われてたので
なんか言い方が悪かったのだと思います。

とりあえずパン氏は感情に訴えかけてこない代わりに
淡々と怒ってくるんで、これはこれで怖いのですけれど
その時でさえ、自分の非がある場所を交えて話してくれるので
この人は人を対等に扱ってくれるのやなという安心感があります。

代わりに超ドライなので、人の誕生日とかにわざわざ何かをしようと思わないし、
なんなら私や自分自身の誕生日も忘れてる時もありますw
それはそれで全然構わないし、
私は誕生日は自分でハッピーバースデートゥーミーとやっているので
変なことしてるなぁと笑われたりしつつ、
はいはいおめでとぅ、ぐらいは言ってくれます。
あと日付を忘れているだけで祝う気がないわけではないので
こちらが忘れた頃にデカイプレゼントをくれたりします。あれ謎。
実家のころでは考えられないぐらい変則的だけど
それはそれで良いかなって感じ。

まぁ、そんなことはさておいて。
水星座の人が優しいと思うのは、その義理堅さを感じる時だったりします。
なんていうか、家族や仲間として認めてもらうと
謎のボーナスが発生する感じですね。
良くも悪くも絆を大切にされているからだと思います。

クリスマスバカの会をしているスタッフ的な仲間も
一人は蟹座でもう一人は魚座。
二人とも私がなんも言わなくても周りの人にとって
良いものになるように工夫してくれるし、
人の傷の部分に敏感なおかげで、ふざけたことしてても
誰かを攻撃してしまうようなものは選ばないでくれるのが助かります。

ちなみに義妹も蟹座なので(もう一人の義妹は天秤座)
私の実家が困っている状況に見える時は
率先してお手伝いに来てくれるからありがたいです。

そして、今はもうこの世界にいないおひげちゃんも蟹の人でした。
グループ展をやれば駆けつけてくれるし、
お店にもよく飲みに来てくれました。
ぱっと見は暗殺者みたいな強面なのに、いつもニコニコしてて
「さちネエ、あれは良かった」「これはどうかと思う」と
感想をその都度くれたりしてかなりお世話になったものです。
差し入れのセンスがピカイチで、
いつも美味しいお菓子をくれたのもありがたかったなw
グループ展の最中におひげちゃんが来るとわかった日には
みんなー!いい菓子が来るぞー!
って盛り上がったりしたしw
結束が固くなりやすいが水属性の持ち味なんだろうなーと。

ちなみにゲスラジメンバーはほとんど風星座なので
こちらは非常にサッパリしていて動きやすいです。
スケジュールの管理や誰がなにをやるのか、
そういったことの分担がよく出来ていて、
互いの仕事に口出ししないプロフェッショナルなところがカッコいいです。
もちろんダメ出しはするけれど、指示表的なものでくれるので
これも淡々と仕事に専念できるところがいいですね。
全員興味の方向が同じ時は一緒の席につくけれど
そうでない時はてんでバラバラで
なんも気にしてないってところが最高です。

それにしても私の周りの異様なほど蟹率高いのはなんなのだろうか。
専門学校時代は風ばかりだったけれど
ちょっと離れたら蟹ばかりになって「およよ」って感じです。
そういや蟹の人から見ると双子は「なんか放って置けない」という
保護欲を掻き立てるそうなのでそのせいなのかもしれない……。

と、こんなことを昼間お店に到着する前に下書きで書いてたので
そのままアップ。

とにもかくにも、水星座のみなさんにはお世話になってますってことで。
双子ちゃんというか、風星座の人たちって
ちょっと意地悪(もしくは調子こき)に思われることが多いみたいですが
いわゆるバランサー思考の人が多いんじゃないかな〜って思います。
主体がずれているように感じたりするし
いつも言ってることが違うってこともあったりするけれど
それは空気を見て「今はこの言葉は違うな」みたいな
カメレオン的なところがあるだけで
割とその人個人のみの動きを見ていると
意外な頑固さなどあって面白いと思います。
うちのパンダも人に合わせ過ぎて調子崩した人だけど
一緒にいると大概なマイペースっぷりを発揮してますしなぁ。
ただ人に強要をしないだけで。
合わせてくれる時はとことん合わせてくれるけれど
合わせる必要がないなと感じている時は
とことんなんもしないって感じなところが
ん〜〜〜〜〜〜!天秤!!!って感じですw
まぁそのぐらい息抜くところがないと
本当に合わせっぱなしでシンドそうだもんねぇ。
自分の意見がないわけじゃないけれど
控えることができる社交の人だなぁって思います。

と、最後なんか変な相方褒めになってしまった。

とりあえず水星座の人には感謝してるってことを
書きたかっただけなので。

ではでは今日はこの辺にて。モイモイ。
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その方が面白いだろ

2022-01-11 | from:sachiaki
「進撃の巨人」のファイナルシーズン2が始まりましたね。
というわけで昨晩やっと見ることができたものの
ファイナルシーズンはいきなり全然違ったスケールの話になっているため
すっかり前回の細かい部分を忘れてしまっていて
まったく話についていけなかったsachiakiです。

小さな島で巨人と国民の小競り合いであったはずの物語が
突然メタ視点も入って巨人とはなんだ?
みたいなことを第二次戦争とともに振り返る。
みたいな展開になっているので
けっこうポカーンとしてしまうところが多いうえに
かなり細かい伏線が散っていたものを
一つ一つ回収しているシーズンなので
全体像を掴めないまま続きを見ようとすると
なんで内戦してるんだっけ?とかなったりするので
人間関係とか複雑に絡み合っているものを
解きほぐしていかないとなんですよね。

で、もう綺麗に以前の話を忘れてしまっているので…
というよりも欠如しているぐらいならマシで
自分の中で記憶を補完していたりして
話が捏造されている可能性があるから困るんですよね。

サシャは誰に殺された?
大陸マーレにいる同種の子供ガビに。
ではサシャはどこでどのタイミングで殺された?
っていうと、たしかミッションである
飛行船を誘導するための誘導灯を仕掛けている時で
飛行船に戻って来られたものの、
最後に戻ってくるはずの兵士がガビに殺されて
ファルコとともに飛行船に入ってきて
ガビはサシャを見た時に、自分の住んでいた場所の
馴染みのおじさんを殺した人だと気づいて
反射的に銃の引き金を引いた…
ーだったと思うけれど。

さて、それはどんな銃だった?
なぜ中世時代で時間が止まっているエルディア島の人である
調査兵団が飛行船を持っているのか、とか
そういった細かいところが抜け落ちているんです。

そういった細かいところを思い出そうとする時に
つじつまが合うように自分で記憶を捏造してしまっているんですね。

いわゆる記憶改変ってやつです。

で、これぐらいなら
ソースモニタリング(記憶の源が何であったか判断すること)が
あやふやだってぐらいだけど
ここで別の人に
「サシャを殺したガビは悟られないように軍人の格好であったよね?」
なんて聞かれて、服装なんかに注意が向いておらず
記憶に残っていなかった場合、この新しい偽物の刺激情報が上書きされて
サシャを殺したガビはエルディア島内偵部隊として入島しているから
軍人の格好をしていたし、サシャを殺した時はそのミッション中だった。
みたいなありもしない話を作り上げてしまうようなことがあるわけです。
こういったものをフォールスメモリー(虚偽記憶/過誤記憶)というんだけど
マジで人間の記憶なんてそのぐらいあやふやで頼りないものなんですよね。

この手の人間の記憶の曖昧さを丁寧に描いた小説といえば
芥川龍之介の「藪の中 」や森鴎外の「高瀬舟」がまさにそれですね。
「藪の中」では記憶の順序の曖昧さなどで矛盾が生じること
「高瀬舟」の方では下手人がなんども犯行を供述しているうちに
ストーリーが出来上がってしまい真実とずれてしまっていることが描かれている
と言われてもいます。
そういった意味では勝手に意味づけしてしまっている
中島敦の「山月記」もそれに近いかもしれません。
なにせ虎は出てきているものの虎の姿がなくなってから
李徴が激白をするので、
李徴=虎というものの事実性は著しく危ういわけですから。
ただまぁ「山月記」はカフカなどに影響を受けたとある中島敦のことなので
普通に創作の一環として楽しむのが野暮でなくていいですね。

とにもかくにも。
人間の記憶の曖昧さ、理解の乏しさなんてそんなものなので
「解かった!」とというのはだいたい誤りで
むしろ「なんも解からん」の方が正しいというものに似ているね
なんてことを思ったりです。

そしてどんなものでも記憶のみの情報は
かなり確度の悪いものである可能性があるので
頼りにできる客観情報をたくさん備えておいた方がいいね〜と。
聞いたものはなるべくメモに書き留める。
レコーダーに入れておくとなお良し。
事実解析をする時は思い込みのない第三者に見てもらう。
などなど。
事実でさえ解釈でいかようにもねじ曲がることは
数年前のメンタルがヤバい人とのやりとりで
骨を折りまくる経験をしたので
本当に気をつけないとなぁと思うところです。
いや、メンタルがヤバい人が悪いんじゃなくって
その人の言葉は信じるものの、整合性が取れるように
ちゃんと裏取りをして、周りがボロボロにならないように
サポートできるようにするってことですね。
認知の歪みというのは本人ではどうにもできないので。

自分の認知の歪み=スキーマについては
自分がどういった歪みを持っているのか
時々チェックをしておくと良いかもしれません。
ネットでもチェックできるし、
そういったチェックできる本を一冊持っておくのも良いかも。
いつも自分が損をしているって思ったり、
私にこんなことができるわけないって思ったりするのも
認知の歪みなので、客観評価を大切にしましょうね。

と。
なんか「進撃の巨人」からだいぶズレてしまった。
今回の話で良いなと思ったのは
裏切り続けられた調査兵団が牢屋から出られるきっかけとなった
オニャンコポンに対して疑心暗鬼なコニーが
「裏切り続けるのはもうたくさんだ!」と胸ぐらを掴んでブチギレている時に、
アルミンが「いろんな奴がいた方が面白いと君はいった」
「それはジークの思想と相反する。だから君を信じる」
という人を信じる論拠を持っていることでしたね。
誰の言っていることが正しいのか
そういったことがわからなくなった時に論拠を持っていることは
とても強いと思うし、
その論拠が根拠になるまで信じられるのは
メンタルが強い証拠だなぁと思いました。
そういやアルミンは人の普段の言動をよく見て
その人の動く指針のようなものを分析するのに長けているよなぁ。
人を信じるというのは、どれぐらいその人をよく見ているか。
ということなのかもしれないですね。
それも冷静に。

今日も今日とてわかりにくい書き散らした日記だったけれど
自分の脳内はある程度整頓できたのでヨシ。
そんじゃまたお勉強に戻ります。モイモイ。
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