パンセ(みたいなものを目指して)

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このタイミングでの「ペンタゴン・ペーパーズ」

2018年04月01日 17時49分06秒 | 見てきた、聴いてきた(展示会・映画と音楽)

「ペンタゴン・ペーパーズ」を見に行った
この映画を見に行った人は、この一月の間に日本で起きた朝日新聞がスクープした
森友学園の公文書改ざん事件をつい連想してしまうだろう
当然ながら自分もその1人だ

日本の事件は、朝日新聞が森友学園との決裁文書が改ざんされていることを確認したとスクープした件で
この記事の内容が本当のものか、フェイクなのか疑問に思うのは当然で
朝日新聞の証拠は見せずに「確認した」の表現が憶測を生んだ
仮にこのニュースが真実であったとしても、これはおそらく内部告発によるもので
その場合は国家公務員の守秘義務に違反する、国家に損害を与えるなどのややこしい問題もは発生し
簡単には収まらないことも予想された

この映画も状況はそっくりだ
アメリカ国防総省(ペンタゴン)は泥沼化したベトナム戦争の詳細で客観的な文書を作成していた
その内容は、公にされているものとはまったく違っており衝撃的なものであったが
ある人物が文書をコピーしメディアに届けた(ニューヨークタイムス)

このネタと同じものが映画の舞台となっているワシントン・ポストも手にすることになったが
これをスクープとして扱って良いかどうか、、を悩むことになる
それは冒頭にあげた朝日新聞の例と同じく、国家秘密を暴露することは国家に損を与えることで
司法から違法との判断を受ければ新聞社の存在は保証されず、そこで働く人たちも路頭に迷うことになる

ワシントン・ポストは地方新聞で経営も脆弱
その為に他企業とか銀行とかに資本調達を要した
そしてこの新聞社のオーナー(最終決定賢者)は政権と食事をしたり誕生日会、結婚式などにも出席し
友達付き合いもしていた
友達付き合いをしていた人びとを裏切ることになる、、、もし、司法の場で違反の判決を受けると
企業としての存在が確保されなくなる、、、どうすべきか、、、

映画なので(実際の話らしいが)最終的には落ち着くところに落ち着くが、映画の上だとしても司法が
キチンと判決を出したのは、仮に今の日本に置き換えると果たして司法がこの様な結論を出しうるか疑問を覚えてしまうので
少しばかり羨ましく思ってしまった
それと競合するメディアが日本のような読売・産経新聞の朝日新聞に対する態度とは違って
普段は競争相手だが、この事件に関しては国民の知る権利を共同して訴えている

繰り返すが映画の上とは言え、羨ましい
現在の日本のメディアのお偉いさんは政権と定期的に食事をして「同じ釜の飯を食う」関係になっている
そうすればどうしても情が移り厳しい記事・放送はできなくなる
日本独特の記者クラブの存在も馴れ合いの素地をつくっている
そして記事は「発表報道」とか「うちわのある意図をもったリーク」が元となる
果たしてそれが真に人びとに益するものか、、、

この時期、このタイミングでこの映画が日本で上映されるのはあまりにも偶然の一致
そこにはある種の啓示があると思いこんでしまうのも無理からぬ事だ
だが、映画を見に来ている人は年配者が多かった
若い人は今日見た限りでは多くない、、これが少し心配

ところで思いっきり話は飛ぶが、映画の中でトム・ハンクスの演じる人物が
机の上に脚を載せてるシーンが多かったが、なんかみっともないな、、と思うのは自分が
日本人だからだろうか、、
俳優さんや大統領も座ってインタビュー・対談に応えるとき脚を組んでるのを見かけるとき
少し嫌だな、、と思ってしまうが、、あれはあちらでは当たり前のことなのかな、、

映画の評価としては、、言いたいことはわかるけど、イマイチかも知れない
(自慢じゃないが俳優さんは殆ど知らなかった)






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