DALAI_KUMA

いかに楽しく人生を過ごすか、これが生きるうえで、もっとも大切なことです。ただし、人に迷惑をかけないこと。

生きる(65)

2015-06-25 12:12:00 | ButsuButsu


昨夜、80歳になるA先生に電話をした。

学会から賞を出したいのだが、と単刀直入に切り出した。

「数年前にガンが見つかって、治療をしていたんだ。」

「えっ」

「もう、都内だって出歩けない」

元気そうな声だが、ストレートな返事が返ってきた。

「学問はやめたんだ。賞もいらない」

「授賞式への出席は無理でも、賞だけでも受け取ってもらえないですか。功労賞なので」

「いや、私はいいから、他の人にあげてください」

それから四方山話をした。

「先週、田沢湖へ行きました」

「私も昔、東北電力に頼まれて調査をしたことがあったよ」

「そうですか。知らなかったな」

「公表しないという念書があったからね」

「貴重なデータなのに」

「40年も前の話だよ。玉川からの水を田沢湖に入れたからね。透明度が悪くなって、5メートルくらいしかなかった」

「昔は、世界一の透明度を誇っていましたのにね」

「田沢湖へ入る前にため池を作って中和処理するかだね。石灰以外の方法で」

「学会でも前向きに取り組んだほうが良いのでしょうか」

「そうだね」

結局、先生に賞を贈ることはできそうになかった。

1941年より前の田沢湖は、モンゴルの湖のように青く澄んでいたのだろうか。



また宿題がひとつ増えたような気がする。

先生が最後に、ポツリと言った。

「終活をやってるよ」

誰もが通る道だけれども、不思議と暗さがなかった。

「山あり谷ありですよ。学問はやめないほうがいいですよ」

慰めにもならない言葉で、僕は受話器を置いた。

敬愛する人が、また一人去っていく。

世の不条理かも知れない。

出来ることをするしかない。

生きるということが、なんだか難しく感じられてきた。
コメント (1)
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