ガラパゴス通信リターンズ

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地上の星

2007-06-04 13:21:10 | Weblog
 史上最悪のテレビ番組は何かと問われれば、迷わず「プロジェクトX」と答えたい。この番組が放送されたのは、00年代の前半。「失われた10年」の後遺症から、日本人の自信喪失が続いていた時代です。

 経済成長を可能にする条件はとうの昔に消えてしまっているのだから、それに変わる方向性をこの国の人々は模索しなければならなかったはずです。ところが、この番組は高度経済成長を成し遂げた「男たちの物語」を流し続けた。がんばれば、まだまだ過去の栄光を取り戻すことができるとみる人を鼓舞し続けたのです。このメッセージじたいが妄想めいたものですが、この番組には事実の尊重というジャーナリズム精神がまったく欠けていました。おぞましい捏造のオンパレードだったのです。

 大阪の淀川工業高校の男声合唱部を取り上げた回がありました。この部の指導者の先生が、80年ごろにこの高校に着任して部の創設を職員会議で訴えた時、「工業高校に音楽などいらん!」という反対にあったという場面が出てきます。ところが、この高校には当時すでに全国にその名を轟かせている吹奏楽部があった。そんな高校の職員会議で「音楽はいらん」という発言が出てくるはずがない。

 合唱部が大阪府のコンクールに出た時に、淀工は札付きのワル学校だからということで、会場にパトカーが来ていたというエピソードも出てきた。しかしこれがまたとんでもないデタラメ。そもそもこの高校は昔もいまも、およそ荒れた学校などではなかったのです。

 人々の先入見を打ち破っていくことがジャーナリズムの仕事のはずです。ところが「プロジェクトX」は、「工業高校と芸術は無縁」だとか「工業高校=落ちこぼれ=ワル」というステロタイプから出発して、それを強化するような番組を垂れ流していました。工業高校とそこで学ぶ人たちを貶めているのだから、これは「あるある大辞典」などより、はるかに悪質な捏造ではないのか。ぼくが「プロジェクトX」を史上最悪のテレビ番組と断じる所以です。 ついでにこの番組のテーマソングを歌っていた、中島みゆきも大嫌いになりましたまる

6 コメント

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Unknown (ひろの)
2007-06-05 00:15:21
加齢さん、「プロジェクトX」や戦国武将をもてはやす「大河ドラマ」はテレビをもっていない私が喫茶店などでちらと見ただけでもムシズが走ります。でもNHKでもラジオはかなり違います。戦争体験や戦争責任をめぐるルポやインタビューなど、これが同じNHKかと思うほどです。それにNHKの番組で庶民に一番愛されているのは、「ラジオ深夜便」でしょう。私の亡父も晩年の楽しみにしていました。問題はテレビが装置産業でカネ食い虫であることです。カネがかかるからNHKは予算を握る自民党の顔色を伺い、民放との視聴率競争に血道をあげる。テレビ番組の製作は管理職によって「日経」や「プレジデント」と似たようなものになるよう厳しくコントロールされている筈です。ラジオ番組は付けたり扱いだから現場がより自由に作れる。だからNHKはラジオだけの局にしてしまうべきです。予算は国の防災対策費から出せばいいでしょう。
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NHKのテレビでも (加齢御飯)
2007-06-05 08:49:20
 ひろのさま。不思議なもので、同じNHKテレビの似たような番組で、「その時歴史が動いた」というのがあるのですが、こちらからはそれほど変な印象を受けません。お殿様(松平)アナウンサーがやっておられるせいか、品格があります。「プロジェクトX」のチーフプロデューサーはぼくと同い年。番組放映中は40代で、出世コースに乗りたいという野望ぎんぎんでやっていたのでしょう。それとあの主題がシンクロして、モーレツエグイ(キモい?)テーストが生まれたのだと思います。あと、教育テレビの子ども向け番組もものすごく楽しい。出世から見放された人のアジールのような空間になっているようです。えらい人はぜったい「おかあさんといっしょ」なんかみませんし。NHKのようなところで組織内ドロップアウトした人たちが、現在の文化やジャーナリズムを支えているのかもしれません。
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テレビ廃止 (まつもと)
2007-06-05 13:01:16
ベネズエラではチャベスがテレビ局の免許を取り消しましたね。ほんとはラジオ局だけにでもしたかったところかもしれません(チャベス自身も大衆政治家ではあるようですが)。

チリのクーデターでのマスコミによる煽動を教訓としたのかも、とは思いますが。
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マクルーハンを疑う (加齢御飯)
2007-06-05 15:24:46
「ベネズエラではチャベスがテレビ局の免許を取り消しましたね」。

 これには驚きました。やはり独裁者なのですね。彼は。しかし、ユーゴ紛争の時に、「民族浄化」の扇動にテレビが一役買ったとも聞きます。そこで疑わしくなるのが、ラジオはホットなメディアで、人をたきつける力があるからそこからヒットラーが出てきた。ところがテレビの時代になると、映像がすべてをとらえてしまうので、ヒットラーはたんなるヒゲをはやしたさえない小男とでしかない。だからテレビの時代にヒットラーは出てこないといっていましたが、これはまったく疑わしいですね。

 1960年のケネディ・ニクソンのグレートディベートで、テレビをみた人はそのみてくれにひかれてケネディが勝ったと思い、ラジオを聴いた人は政策の内容でニクソンの勝ちだと思ったという有名なエピソードがあります。ニクソンの方がいいとも思いませんが、テレビは印象操作が可能で、ラジオの方がよほど理性に働きかける力があります。ことばに耳をすませるわけですから。テレビの映像は真実を映し出すというのは神話でしかありません。

 
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感想 (かつの)
2007-06-06 13:30:31
淀川工業の話は本当に驚きました。そこまで悪質なことをやったのですか!

ところで過去を懐かしむのは普遍的な話だと思います。カンボジアの奴らも昔はすごかったんだと自慢ばかりしているそうです。フィリピン人は独立直後(50年代前半?)はアジアでGNPが日本に次いで2位だったのだと、よく文献に書いてあります(笑)。マレーシア独立以前、台湾は台湾なので無視、南北朝鮮は戦争で疲弊しているので貧しい。というわけでアジア2位、そう言う数字になってしまうのですが、オカシイです。

日本もカンボジア、フィリピンのようになってしまったのでしょうか。
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アンポン (加齢御飯)
2007-06-07 09:36:26
 「フィリピン人は独立直後(50年代前半?)はアジアでGNPが日本に次いで2位だったのだと、よく文献に書いてあります(笑)」。

 ものはいいようというか、数えようというか(笑)。フィリピンといえば昔テニスでアンポンという選手がいました。強烈に印象に残る名前でした。日本の選手がころころ負けていました。フィリピンに勝っても次はインドにぼこぼこにやられる。「アジアの壁」といわれた時代が長かったように記憶しています。スポーツでもいまや完全に「脱亜入欧」しちゃいました。

 過去の栄光にすがるのはみっともない限りで、落ちぶれるなら潔く、かっこよく落ちぶれたいものです。
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