このサイトにもおみえになる何人かの方々と、日本近現代史の本を中学生向けに書こうという話しが進んでいます。中学生というのは厳密な読者対象の設定ではなく、「若い人向け」ぐらいの感じにとらえていますが、なかなか厳しい。もちろん、こちらの知識不足・力量不足は痛感しているところです。そして、「若い人」と日々接していると、めげてしまう部分もあります。
3年生のクラスで、明治維新と美化されているが、倒幕は幼い明治天皇の名を語ったクーデタに過ぎず、正統性が極めて疑わしい明治新政府は民衆から極端に嫌われていた。江戸期よりはるかに悪い支配者があらわれたと感じた民衆は、新政府が押し付けた公教育にも強く抵抗し、各地で学校の打ちこわしが起こった、という話をこの前しました。
みなさん、どうでしょうか。学生時代に「明治維新はクーデタ」などと大学の教室で聞けば、びっくり仰天されたのではないでしょうか。ところがどうもあまり反応がありません。そこでためしに「明治維新を主導したのはどこの藩?」と聞いても、大半の学生は「知らない」。「薩摩藩と長州藩」という答えを得るために、10人ぐらいの学生にあてる必要がありました。「明治維新って何?」と聞いても、「そのことばは聞いたことはあるけれども、詳しくは知らない」と異口同音に答えていました。
どのように評価するにしても、明治維新は日本の国家形成(nation builduing)に関わる重大な出来事です。ある方から指摘を受けてなるほどと思いましたが、フランスの大学生がフランス革命について何も知らないということはありえないでしょう。国歌(ラ・マルセイエーズ)は革命の歌なのですから。日本はアメリカに主権を譲り渡して、経済の成長に専心してきた植民地のような国。豊かな消費生活に満足しきっている若者は、自分のNationの来歴について関心をもたないのではないかと、いささか悲観的な気持ちになっているところです。
3年生のクラスで、明治維新と美化されているが、倒幕は幼い明治天皇の名を語ったクーデタに過ぎず、正統性が極めて疑わしい明治新政府は民衆から極端に嫌われていた。江戸期よりはるかに悪い支配者があらわれたと感じた民衆は、新政府が押し付けた公教育にも強く抵抗し、各地で学校の打ちこわしが起こった、という話をこの前しました。
みなさん、どうでしょうか。学生時代に「明治維新はクーデタ」などと大学の教室で聞けば、びっくり仰天されたのではないでしょうか。ところがどうもあまり反応がありません。そこでためしに「明治維新を主導したのはどこの藩?」と聞いても、大半の学生は「知らない」。「薩摩藩と長州藩」という答えを得るために、10人ぐらいの学生にあてる必要がありました。「明治維新って何?」と聞いても、「そのことばは聞いたことはあるけれども、詳しくは知らない」と異口同音に答えていました。
どのように評価するにしても、明治維新は日本の国家形成(nation builduing)に関わる重大な出来事です。ある方から指摘を受けてなるほどと思いましたが、フランスの大学生がフランス革命について何も知らないということはありえないでしょう。国歌(ラ・マルセイエーズ)は革命の歌なのですから。日本はアメリカに主権を譲り渡して、経済の成長に専心してきた植民地のような国。豊かな消費生活に満足しきっている若者は、自分のNationの来歴について関心をもたないのではないかと、いささか悲観的な気持ちになっているところです。
明治維新が日本という国の中核的イメージを形成していないと言うことなのでしょう。だから、クーデターと言われても、傷つかない。
ところで、アジア諸国の比較をしたらよいと思います。中国は革命がありましたが、韓国、台湾はどのように教えているのでしょうか? とくに台湾が興味深いような。
フィリピンは19世紀末のフィリピン革命、タイはチュラロンコン大王でしょうか? インドネシアはスカルノ大統領を中心に独立戦争か、マレーシアは共産ゲリラを倒して統一なのかな?
ところで、保守派のイデオローグだった司馬遼太郎では明治維新はどのようにかたられているのでしょうか。いずれにせよ、司馬は若い世代には読み継がれていないのでしょうね(笑)ーー司馬の前に人気のあった松本清張も読まれていないだろうな。
ところで、アジア諸国の比較をしたらよいと思います」
上のご指摘卓見と思いました。いまの日本の建国神話といえば、①明治維新、②敗戦=戦後改革、③高度成長期ということになるのでしょうね。②で一度途切れているので、フランス革命のような特権的地位を明治維新はもっていないということなのでしょう。
アジア諸国のことはかつのりさんの方がはるかによくご存知と思います。韓国などのばあい、独立は日本の敗戦によって与えられたものではありましたが、軍事政権への若者を中心とした闘いが、かの国におけるnation builduingの過程なのではないかと考えています。光州事件は一つのクライマックスだったのでしょう。
いやあ、女子学生で司馬遼太郎読んでいる人は知りませんねえ。松本清張はむしろ『ゼロの焦点』などで学生もかなり知っています。山縣有朋を描いた『象徴の設計』など学生たちに読んでほしい本なのですが。
ひろのさま。伝統ある学校だと校歌は随分古い時代に作られていて、歌っている子どもたちにとって全然意味不明のものでした。ぼくの出た小学校の校歌は明治時代にできたものですから、子どものころ、ほとんど完璧にその内容は理解できませんでした。
ハンカチ王子で早慶戦が注目を集めていますが、早稲田の応援歌「紺碧の空」の「みよ この陣頭 歓喜溢れて」という歌詞など、いまの若者にとってはまさに外国語でしかないでしょう。
わけの分からない呪文のようなことばを唱えさせて、なんだかありがたい気持ちにさせる、そのことを通してある価値観を注入していくことが、学校行事の重要な役割なのかと思います。
明治維新の弱いところは、神話にはなっても建国民話(あるいは民族の創生神話)にならないところじゃないでしょうか。どうがんばってもお侍さんの内戦であって、バスチーユ襲撃みたいな庶民性に欠けているように思います。
「ええじゃないか」とか「おかげ参り」をその種の民衆運動に見立てて、強引に幕府崩壊に結びつけようとしたマルクス主義史学者は、もしかして「つくる会」の先達なんじゃないかと疑っています。
その意味では日本の建国神話は、やっぱり「プロジェクトX」でしょうか。これだと全員参加のイメージは持てそうです。
なるほど。たしかに高度経済成長が一番の「建国神話」かもしれませんね。「全員参加」とともに、日本人は経済至上主義にとりつかれていて、経済的成功以外のことは眼中にありません。そうすると一番なつかしい誇るべき時代は、あの「プロジェクトX」の舞台になった時代だということになるのでしょう。
たしかに、私の両親も馬車馬のように?働いていたのでした。
強いていえば万博・オリンピックあたりからでしょうか?しかしどちらも、建設過程では建設労働者のストなどいろいろ揉めていたはずです。
やはり「神話」はしょせん後づけの神話なのでしょうか。その意味では、江戸時代の方がまだ「民話」は豊富だったのではないでしょうか。