10年前、最初の単著を出した時のぼくは、心身ともにタフな人間だった。同僚の病気の話を聞くと、「なんで人間は病気になるのだろう」と不思議に思ったものだ。「ストレス」とか「鬱」ということばはもちろん知っていた。しかしそれがどんなものか実感できなかった。病気とは無縁の人間だと思っていた。ところがその翌年、ぼくは大病をしてしまう。
骨髄移植を受けてからは心身の両面で下り坂だ。欝と思しき経験も数年前にした。短いし軽かったが非常に苦しかった。ぼくは、今回の出版にまつわる心の動きを自分で「小心」と茶化している。しかし自分の仕事が突然無意味に感じられたり、あらぬ不安や妄想にとりつかれているのである。欝かどうかはともかく、心が弱っていることはたしかだ。
最近のぼくの楽しみは月曜日夜の亀山郁夫先生の出てくる教育テレビの番組をみることだ。この前の月曜日は『カラマーゾフの兄弟』のお話。受験の終わった骨子と夜更かしの太郎も一緒にみていた。ぼくがこの小説を読んでいたので、太郎は興味をもったのだ。ドストエフスキーは、この小説を書き上げた2ヶ月後に亡くなっている。太郎はそのことにいたく感心していた。
その翌日のこと。ぼくは何をする気力も湧かず、ほぼ終日寝転っていた。夕方のことだ。骨子と太郎のこんな会話が聞こえてきた。「びんちゃん、最近寝てばかりいるね。どうしたんだろう」と太郎。それに桜が答えていわく。「びんちゃんはね、『カラマーゾフの兄弟』みたいな大きな本を書いたから、疲れているんだよ」。太郎はなんといったか。「じゃあ、2ヶ月後に死ぬの?」。
おとといは自分が書いた本が届いた。立派な本だ。内容も素晴らしいと思えた。そして今日、骨子が見事、県立S高校に合格を果たした。骨子に合格のお祝いと、ぼくの本を『カラマーゾフの兄弟』にたとえてくれたお礼とをいった。後者について骨子は「皮肉にきまってるじゃない」と笑っていた。わが家に春が来た。
骨髄移植を受けてからは心身の両面で下り坂だ。欝と思しき経験も数年前にした。短いし軽かったが非常に苦しかった。ぼくは、今回の出版にまつわる心の動きを自分で「小心」と茶化している。しかし自分の仕事が突然無意味に感じられたり、あらぬ不安や妄想にとりつかれているのである。欝かどうかはともかく、心が弱っていることはたしかだ。
最近のぼくの楽しみは月曜日夜の亀山郁夫先生の出てくる教育テレビの番組をみることだ。この前の月曜日は『カラマーゾフの兄弟』のお話。受験の終わった骨子と夜更かしの太郎も一緒にみていた。ぼくがこの小説を読んでいたので、太郎は興味をもったのだ。ドストエフスキーは、この小説を書き上げた2ヶ月後に亡くなっている。太郎はそのことにいたく感心していた。
その翌日のこと。ぼくは何をする気力も湧かず、ほぼ終日寝転っていた。夕方のことだ。骨子と太郎のこんな会話が聞こえてきた。「びんちゃん、最近寝てばかりいるね。どうしたんだろう」と太郎。それに桜が答えていわく。「びんちゃんはね、『カラマーゾフの兄弟』みたいな大きな本を書いたから、疲れているんだよ」。太郎はなんといったか。「じゃあ、2ヶ月後に死ぬの?」。
おとといは自分が書いた本が届いた。立派な本だ。内容も素晴らしいと思えた。そして今日、骨子が見事、県立S高校に合格を果たした。骨子に合格のお祝いと、ぼくの本を『カラマーゾフの兄弟』にたとえてくれたお礼とをいった。後者について骨子は「皮肉にきまってるじゃない」と笑っていた。わが家に春が来た。