残照日記

晩節を孤芳に生きる。

連帯意識

2011-07-30 19:31:12 | 日記
【原点回帰】
≪宗教でも国家でも、それを長く維持していきたいと思えば、一度といわずしばしば本来の姿に回帰することが必要である。──なぜそれが有益かというと、それがどんな形態をとるにしても共同体であるかぎり、その創設期には必ず、なにか優れたところが存在したはずだからである。そのような長所があったからこそ、今日の隆盛を達成できたのだから。しかし、歳月というものは、当初にはあった長所も、摩滅させてしまうものである。そして、摩滅していくのにまかせるままだと、最後には死に至る。≫(塩野七生著「マキアヴェッリ語録」)

∇一昨日(27日)、朝日新聞主宰の読者の視点から当紙紙面を議論する「紙面審議会」の第二回会合の記事が載っていた。議題は「模索続く震災後の報道」。主に「放射能汚染」「政治停滞」「流言蜚語」に対し、報道のあり方が問われ、委員の中から次々に要所を衝いた指摘が挙がっていた。例えば「政治停滞」。≪「現実見ぬ政治の惨状」「新代表 速やかに選べ」「首相は潔くあれ」等は、復興に対する政治的リーダーシップが見えない中で強く印象に残った紙面だったが、一方で首相が辞めればそれで済むのだろうか。退陣後の展望が欠けているように感じた。≫(古城佳子東大院教授)≪政局中心の政治に、メディアも乗っかっている構図が相変わらず続いていないか。政策の検証にこそ紙面の軸足を移して欲しい。政治のレベルが低いのなら、朝日は政策中心で報じる姿勢を明確にし、思い切った政策提言をどんどん打ち出すべきだ。≫(土井香苗国際人権NGO「H・L・W」日本代表)etc 。世論を育て上げていくというジャーナリズム本来の役割の一つである、肝心の「首相退陣後の展望」や「政策提言」に欠けているのが、朝日に限らず、殆どの新聞・テレビ報道に蔓延している「ジャーナリズム皮相症候群」である。もうひとつこの病の特徴を挙げれば、政治学の「いろは」の欠如、即ち塩野七生女史がマキアヴェッリの思想を見事に喝破したように、≪(彼の)思想の独創性は、まさに政治と倫理を明確に切り離したところにある≫という点である。政治の世界にやたらと道徳論や感情を持ち込むことは、却って本質を見誤ることを、特に政治評論家に提言したい。

∇朝日新聞の悪口ばかりで恐縮だが、今朝の星浩編集委員の「政治考」などがその典型である。題名は「岡田氏の「孤立」──民主は政権党の「奥行き」学べ」。星評論は、岡田幹事長の同情論から始まる。≪社長(菅直人首相)は思いつきでものを言うし、前社長(鳩山由紀夫氏)は現社長の悪口を公言する。社員資格停止となっている元社長(小沢一郎氏)は、現社長を引きずりおろそうと執念を燃やしてきた。若手社員は文句ばかり言う。そんな会社でワンマン社長に仕える専務(幹事長)には、誰もなりたがらないだろう≫。生真面目な岡田氏は党内に特定のグループを持たないこともあって「孤立」している。その岡田氏が尊敬するのが自民党の伊東正義元外相だそうで、その清廉頑固な伊東氏は、「月並会」という懇親会である塩川・奥野・鯨岡・細田(吉)らという、≪タカ派とハト派、官僚出身と党人脈など、立場に違いがあったが、友情で結ばれていた≫、と続く。そして「政治考」はこう提案して論考を締めた。≪いまの民主党に、こんな連帯感があるだろうか。板挟みに悩む岡田氏を冷ややかに眺めている議員たちがほとんどだ。逆風の時こそ励まし合うという作法が民主党には欠けている。せめて、かつての自民党が持っていた連帯感くらいは身につけないと、難しい政権運営などおぼつかない。≫と。

∇先ずこの「政治考」は一体誰に向かって論じているものなのか判然としない。文脈から類推すれば、逆風の時こそ励まし合う民主党であれ→その為には、かつての自民党が持っていた連帯感くらいに身につけよ、ということだろう。だが、民主党に≪連帯感を身につけよ≫ということゝ、伊東正義元外相を側面から支えた、≪古き自民党の「厚み」を示すグループ≫の存在があったことゝどう関係があるのか。星氏によれば、元々「友情」で結ばれたベテラン議員グループが存在したからこそ伊東元外相は支えられたのであって、そのようなグループを持たない岡田氏を支えるには≪連帯感≫をどう≪身につけ≫たらいいのか。そも/\≪連帯感くらいは≫という言葉が間違っている。今の民主党には、最も大切な「連帯感」が全く欠乏していることこそが大問題なのだ。まさにバラバラ状態。その第一原因は星氏が冒頭に述べた如く、菅・鳩山・小沢氏らが、互いの個人的思惑を腹蔵している事による“トロイカ体制”の崩壊に起因する。逆風の時こそ励まし合うべき首脳陣が足の引っ張りを公然と行なう。しかも「菅おろし」と「居座り」が交互作用を起こして、子分議員たちが右往左往している。そこにきて「ポスト菅」に人を得ない。どんぐりの背比べで、皆な“どっこい/\”の状況だ。このような状態での≪連帯感≫欠乏は、星氏が主張する「友情」などというセンチでやわな次元でとらえるべき問題ではない。

∇こゝは寧ろもっと冷徹非情なる「損得勘定」で論じられるべきであろう。このまゝ、民主党議員があっち向いたりこっちを気にしたりして「テンでバラバラに」スタンドプレー宜しく自己主張していたら、「菅おろし」どころか、党員皆がその席を失ってしまう程の大危機に直面していることを自覚しなくてはならない時なのである。危急存亡なのは菅内閣どころか、民主党が再度永久野党化するや否の分岐点にあるのだ。懸命に震災事故処理に取り組んでもはかばかしい進捗状況に至らず、責任与党として日ごとに世論の目は厳しくなっている。しかも与野党接近しすぎてそれぞれの政策に差別化が見られない。「ポスト菅」で新しい政権が成立しようが、根本的な状況は変わる可能性もない。まして、この状態で解散すれば、「民主党よりまだまし」という理由で大惨敗することは必定だ。民主党サバイバル戦略とすれば、“ダメ菅”であろうが何だろうが、菅首相の主張する政・官・財癒着構造壊滅を視野に入れた思い切った「脱原発」推進や、「増税已む無し」を断言し、世論に添った野党との差別化政策を掲げて、民主党が一丸となって「大連帯」することの方が断然得策なのである。≪連帯意識は庇護、相互防衛、目標追及など、あらゆる社会集団活動をもたらす。≫≪指導権は支配能力を通じてのみ存在し、支配能力は連帯意識を通じてのみ存在する。≫ イブン・ハルドゥーンが「歴史序説」(岩波書店)でそう言う如く、党の≪連帯意識≫こそが生き残りの全てだと断言できる。政権を継続する意思があるなら原点回帰すべし。野党時代、「政権交代」の一念に党員全員が結束したように。……