残照日記

晩節を孤芳に生きる。

政治力学

2011-07-16 18:39:34 | 日記
【チャンスの前髪をつかめ】
≪「幸福」が来たら、躊らわず前髪をつかめ、うしろは禿げているからね。≫(「レオナルド・ダ・ヴィンチの手記」岩波文庫)

≪首相またひとり相撲──国会で「脱原発」、私の考え」── 菅直人首相は15日の衆院本会議で、「脱原発」社会を目指すと表明したことについて、「私自身の考え方」と述べ、政府の方針ではないと説明した。突然の表明に政権内が混乱し、自ら軌道修正に追い込まれた。次々に繰り出す延命策に同調する政権幹部は少なく、首相の孤立ぶりが際だつ。首相は国会答弁で「私自身の考え方として、これからの日本の原子力政策として原発に依存しない社会をめざすべきだと考えるに至った」と説明。そのうえで13日の記者会見での発言は「計画的、段階的に原発依存度を下げ、将来は原発がなくてもきちんとやっていける社会を実現していく。私の考え方を申上げた」と補足した。辞任時期を明言せずに政権に居座る首相。さすがに求心力低下は目を覆うばかりで、最近はやることなすこと空回りだ。…≫(7/16朝日新聞)

∇今日は「政治改革」は若干横道にそれて、「政治力学」について少々述べておきたい。──上記記事は、菅首相に対する、相も変わらぬ方針の“思いつき”や、政権への“しがみつき”ぶり、それによる“目を覆うばかりの求心力低下”を誹謗・慨嘆する、至極当然なる指摘で、大概の国民も「全く菅さんには困ったものだ」と眉間に皺を寄せ、眉を顰めていることだろう。菅首相のこの唐突な発言は、身内である閣僚からも「総理が重大な発言をする時には事前に説明してほしい」とか、「首相の発言は単なる願望」「ベースは『減原発』ということ、短兵急で出す結論ではない」等々集中攻撃を受けている。こらえきれなくなった 民主党の中堅・若手議員31人が15日、菅直人首相の即時辞任を求めて国会内で集会を開き、「菅内閣の機能は完全に崩壊した」などとする辞任要求決議を採択し、さらに賛同者の署名を募って来週にも首相に提出するという。自民党・公明党は勿論のこと、経済界からは「もう言葉もない」と諦めの吐息が漏れている。そして、唐突であれ、何であれ、首相の「脱原発」発言を擁護・評価しているのは皮肉にも「社民党」「共産党」のみというのが現在の状況である。

∇さて、落ちついて時局を大観してみよう。そも/\、「脱原発」志向は、最早「国民世論」の趨勢に加速がつき始めていることを見逃してはいけない。例えば最新の朝日新聞の世論調査では、段階的廃止への賛成が77%にのぼっている。他紙・TV等の世論調査に於ける傾向値もほゞ変わりない。ゆえに≪計画的、段階的に原発依存度を下げ、将来は原発がなくてもきちんとやっていける社会を実現していく≫とする首相発言の方向性については、異議を申し立てる国民は極めて少ない、と考えられる。福島原発事故収拾はトラブル続き、関西電力大飯原発一号機の冷却系統の不具合発生、九電やらせメール問題等々にみる電力会社不信、農作物・魚類に対する風評被害に加え、福島県産肉用牛から相次いで国の暫定規制値を超える放射性セシウムが検出されている問題等で、国民の原発不信は日増しに高まっている。なのに、やれ「減原発」だ、いや「縮原発」だと言葉尻をいじくり回している与野党の発言は、「国民世論」ではなく、「経済界・マスコミ・永田町世論」を気にしてのことだ。「菅おろし」に自民・公明等がやっきなのは分るが、民主党までが引きずられて「国民世論」に背を向けているとどうなるか。

∇言わずと知れたこと。民主党に待ち構えているのは、「再起不能の自滅」である。大震災が発生する寸前は、もうメタ/\で、解散したら圧倒的大差で民主党は敗退していた筈だ。理由は説明不要であろう。今、実は民主党にとって最大の政治力学的チャンスが到来しているのだ。菅首相や政権への不信が取沙汰されようが「大震災処理を最優先」と開き直り、当初掲げた「マニフェスト」はズタ/\になろうが、それも「大震災処理を最優先するために野党との合意を得るため」、という口上で逃げ切れる。かくして大震災処理ゆえの歩み寄りが続き、菅首相の“辞任3条件”が国会質疑に乗る頃には、与野党間の政策上の差異など殆ど無くなっている。一番の課題は消費税等復興財源問題だけだが、それも財源がもう無いのだから、自然と近似してくる筈だ。そうすると、与野党間で掲げる今後の政策の差別化を何で計るのか。否が応でも「脱原発」又は「原発推進」が浮上してくる。民主党は、菅首相が発言した「脱原発」という「国民世論」に添った“大スローガン”を掲げ、そのゴール目標、そこまでの減原発工程、代替エネルギーの早期事業化等々を懸命に練ることこそが党の救済策にもなるのではないか。もう少し菅首相に居座ってもらって、その間に次期政権を担う人選を着々と進める。今、「経済界・マスコミ・永田町世論」に引きずられて「菅おろし」していると、若手議員、例えば小沢チルドレンなど来期は議員の席がないことを覚悟すべし。それが否なら、まさに「チャンスの前髪をつかめ」!

∇ギリシャ語に「時」を表す二種類の語があるという。カイロス(Kairos)とクロノス(Chronos) である。岩波「哲学・思想事典」によれば、≪カイロスは宿命あるいは神意によって配剤され人間に決定的応答を要求する決定的時点、クロノスは通時的経過において見られた定量的時間を意味する。≫≪「経る時(クロノス)の中に好機(カイロス)は含まれるが、好機には長い時間(クロノス)は含まれない。」(ヒポクラテス「医師のの心得」)≫。ギリシャ神話に「カイロス」を神格化した同名の美少年が登場するが、≪その風貌の特徴として、頭髪が挙げられる。後代での彼の彫像は、前髪は長いが後頭部が禿げた美少年として表されており、「チャンスの神は前髪しかない」とは「好機はすぐに捉えなければ後から捉えることは出来ない」という意味だが、この諺はこの神に由来するものであると思われる。≫(フリー百科事典「ウィキペディア」)。カイロスは今の言葉で言えば「チャンス」に当る。「幸せ」の潮時・ターニングポイントは一瞬にやってくる。掴みそこねると、二度、三度とチャンスはこない。菅首相も右顧左眄してはならぬ。毅然と公言すべし。マキアヴェッリ「君主論」に曰く、≪君主(指導者)は、それをしなければ国家の存亡にかかわるような場合は、それをすることによって受けるであろう悪評や汚名など、いっさい気にする必要はない。なぜなら、一見すれば悪徳のように見えることでも、その結果はと見れば、共同体にとっての安全と繁栄につながる場合もあるからである。≫(塩野七生訳) 少なくとも「脱原発」は、国民と民主党には「安全と繁栄」につながる筈である!