残照日記

晩節を孤芳に生きる。

牽強付会

2011-07-28 21:12:01 | 日記
【五祖、衆に示して曰く】
 福は受け尽すべからず、
 勢いは使い尽すべからず、
 好語は説き尽すべからず、と。
(「五祖法演禅師語録」より)

【原子力臨調で国民的議論を】
≪福島原発事故の真の原因は何か。この問いに答えるのは容易ではない。だが少なくとも、我々の多くが原子力についての民主的な熟議を怠ってきたという事実は、認めなければなるまい。誤解を恐れずに言えば、この事態は「閉鎖的な専門家システム」と「大半の国民の無関心」の、いわば共犯関係によって生じたのである。そして今や、この国には巨大な相互不信が渦巻く。従って我々は、原発被災地の復興と同時に、科学技術と社会の、あるいは専門家と市民の間の、失われた信頼関係の再構築という難問にも、取り組む必要がある。そのために、まず提起したいのが「原子力臨調」の立ち上げである。…≫(7/27 朝日新聞「ニッポン前へ委員会」委員・東大准教授神里達博氏の解説)

∇「国民的議論」は「流行語」化しつゝある。くれぐれも“世の取沙汰も七十五日”(「毛吹草」)で尻切れトンボにならぬことを願う。朝日新聞が独自に設立した「ニッポン前へ委員会」委員の神里氏が、≪福島原発事故の真の原因≫を、≪「閉鎖的な専門家システム」と「大半の国民の無関心」の、いわば共犯関係≫としているが、かなり「片手落ち」である。突如襲われた、人為上想定外の“天災の脅威”という面と、“人災”面では電力会社(東電)、政府(与野党)、関係省庁官僚、そしてマスコミ・有識者等々にも当然大いなる責任がある。たゞし、神里氏が言うように、≪我々の多くが原子力についての民主的な熟議を怠ってきたという事実は、認めなければなるまい≫。──とは言うものゝ、「国民的議論」を「いつから・誰が・何処で、何の議題を以て、どのように」発足・スタートさせるかが現実上の最大課題である。提言するは易く、実践は難しい。老生の場合は、市の広報や地域新聞等を媒体に、参画できそうな「市議会」「討論会」「サークル」に顔を出すとか、近隣自治会での催しに積極参加することから始めてみようと思っている。又、現在既にやっている、あちこちへの「投書」は今後も継続するつもりである。オリンピックではないが、“参加することに意義”がある、と考える。

∇さて、広義な意味で「国民的議論」に参加するには、「議題」に関する正確な情報を収集・知識化し、自己の見解として駆使できるよう、それを“自家薬籠中の物”としておかねばならない。少なくともその方向の努力は惜しんではなるまい。そしてそのニュースソースに最も手軽で安価なツールが、再々論じているように、どこの家庭でも必ず一紙は取っているであろう「新聞」だと考えている。最近では、小中学校でも新聞切抜を推奨し、それで授業を進めている学校も多いようだ。先日朝日新聞に、当社が発行する「天声人語」の「書き写しノート」が静かなブームを呼び、今年4月末発売後既に20万冊超のヒット商品になっている旨の記事があった。≪国語力アップ、進学・就職対策、社員教育、老後の「頭の体操」に役立つと、学校で、家庭で、世代を超えて広がっている≫由である。某高校では、週4日分の書き写しが課題で、担当教師は、≪高校生がニュースに関心を抱くきっかけになっている。…これから半年間書き写しを続けて、基礎力を養いたい。≫と語っている。確かに「天声人語」は百年以上続く名物コラム。老生も古くは荒垣秀雄→辰濃和男、毎日新聞・高田保「ぶらりひょうたん」、石井英夫の「産経抄」等のコラムを愛読したことを思い出す。

∇ただ、正直なところ、最近の「天声人語」はじめ各紙のコラム、そして新聞社の「顔」とでもいうべき「社説」が見劣りしているのが気になる。「国民的議論」を盛況にすべき素養を涵養するそれらは、文章上の「起承転結」等の技巧はさすがだが、「国民的議論」に関連する記事となる政治・法律・社会(原発・環境・教育etc)等の筆致には問題がある。適宜な「断章取義」を用いるのは筆者の“教養”の然らしめるところで結構だが、内容に「我田引水」「牽強付会」「片手落ち」「両成敗不足」、そして「蛇足」が多々見受けられる。若い頭脳に間違った或は偏った思想の洗脳役とならぬよう、十分注意が必要だ。論説やコラムには、膨大な批判・訂正の「投書」が入るそうだが、老生も何度もそれに参加している。ツイッターやブログでの監視も、最近は増えているが、よいことである。「大辞泉」で上記用語を幾つか説明した後、例題として昨日の「天声人語」を全文下掲するので、じっくり読んで可笑しな点を見つけてみて頂きたい。≪「断章取義」=作者の本意や詩文全体の意味に関係なく、その中から自分の役に立つ章句だけを抜き出して用いること。≫≪「牽強付会」=道理に合わないことを、自分に都合のよいように無理にこじつけること。≫≪「蛇足」=(下の「戦国策」等の故事から)付け加える必要のないもの。無用の長物。≫ 解説は明日又。

【蛇足の典故】
≪楚の宰相であった昭陽が、王命により魏を攻めてこれを破り、八つの城を落した勢いを駆って斉を攻めた。斉王は気をもみ、秦からの使者・陳軫に相談した。説客に立った陳軫は軍中で昭陽に面会した。陳軫は、「貴方様は既に宰相たる最高位のご身分でいらっしゃる。私に一つ喩え話をさせて頂きたい」と申し出て次の話をした。「楚のある屋敷で家来に酒を振舞った者がおりました。家来たちは全員で飲むには足りないが、一人で飲む分には十分だということで、地面に蛇の絵を描いて、一番早くできた者が飲むことにしようと取り決めました。ある男が描き終え、「俺には足だって描けるぞ」と言ってそれを描いているうちに、次の男が蛇を描き終えました。「馬鹿者め、蛇に足などあるものか」と彼は酒を取り返して飲んでしまいました。(蛇足) さて、貴方様は宰相という既に最高位の御方です。魏を殲滅させられただけでも十二分のお働きなのに、これ以上斉を攻められて何の得がございましょう。斉に勝利したところで官も爵位もそれ以上高位になれるわけでもなく、負ければ命を落し、爵位は奪われ、楚国中の謗りを受けられるだけでしょう。いっそ兵を引き上げ、斉に恩をきせる方が賢明で、これこそ“満を持するの術”ではありませぬか」と。昭陽は「なるほど」と言って兵を引き上げた。≫(「戦国策」+「史記」楚世家)

【天声人語)(7月26日)付
≪日本の新聞は「愛国的」で、海外の事件事故をトップ級で伝えることは少ない。先週末、それが珍しく続いた。ノルウェーの連続テロ、中国高速鉄道の衝突事故だ。一報に接した印象は前者は「まさか」、後者は「やっぱり」だった▼乱射と爆破で約80人を殺害した容疑者の男(32)は、イスラム教に敵意を燃やす極右だという。ゆがんだ憎悪は、移民に寛容な現政権に向けられた。平和が薫る国での暴発は不気味だ▼列車事故も悲惨だが、テロほどの意外性はない。ざっくり言えば、メンツで急いだ高速化のツケ。発展の順序を踏まない、国家による「スピード違反」である。雷神の気まぐれで脱線するような代物に、人民を乗せてはいけない▼半世紀で新幹線網を整えた日本に対し、中国はその4倍を数年で敷いた。内外の技術を足し合わせる突貫工事がたたって、自慢の北京―上海間も故障続きという。「日本の技術を盗んでいないことが証明された」。自嘲と怒りがネット上にあふれる▼当局は現場検証もそこそこに、運転を再開させた。原因究明の鍵とおぼしき先頭車両は、運転席ごと埋めてしまった。汚職も絡み、強権体制の下で命を惜しむのは河清をまつがごとし。日本に生まれた幸運を思う▼無論、弱い政権で助かったという意味ではない。福島の原発事故が世界に急報された時、技術力を知る親日家の反応は「まさか」、脱原発派は「やはり」だった。両者は今、政治不在の中でもがく国民にそろって同情を寄せている。≫