残照日記

晩節を孤芳に生きる。

社会の木鐸

2011-07-26 18:41:30 | 日記

≪首相進退、盆明けに攻防 「3条件」の2次補正成立──東日本大震災の復旧対策を盛り込んだ今年度第2次補正予算は25日、共産党をのぞく与野党の賛成多数で参院本会議で可決され、成立した。菅直人首相が掲げた「退陣3条件」の一つがクリアされたが、残る再生可能エネルギー特別措置法案と特例公債法案は与野党が折り合っていない。首相は少なくともこれらが成立するまでは続投する意向で、進退を巡る攻防は8月後半にもつれ込みそうだ。≫(7/26 朝日新聞)

∇当然の事ながら、今朝の新聞社説はどれも“菅首相退陣”に触れている。産経は≪2次補正成立 「3条件」待たず退陣迫れ≫、読売は≪2次補正成立 政治の停滞打破へ動く時だ≫、毎日は≪2次補正成立 政権移行の作業を急げ≫、日経は≪首相はバトンを渡す準備を≫。朝日は今日の社説にはなく、昨日、紙面の1/3を割いて「長々」論じた、若宮啓文氏による≪菅首相よ、ゲリラに戻れ──さらば暗い政治≫(「座標軸」)だ。思うに、現時点に於けるマスメディアの使命の一つは、政局を概観して、その昏迷・阻害要因を闡明にし、且つ次のステップを語ることであろう。理想的に言えば、国際政治学者坂本義和が言うように、≪知識人には二つの軸が不可欠だと思う。ひとつは現状に対する批判力。もうひとつは構想力(≒提案力)≫。この点、他紙と比較して格段に劣り、下手をしたら朝日新聞の紙価を急落させかねないのが若宮論説にみられる軽薄・不味である。「自分の頭で考える」ことを決意した方々には、皮肉にも実に好適なる参考文献なのだが、全文がくど/\とやたらに長いので、かいつまんで要点を述べ、幾つかを指摘するにとどめよう。朝日新聞を購読の向きには是非全文の検証をお奨めする。

∇論説の趣旨はこうだ。いま、日本の政治は暗い。退陣表明後も辞めない菅首相と大震災・原発事故とが原因で。首相はまさに四面楚歌。彼にとっての憎き敵は4つ。①自民党等野党②「親小沢グループ」③原発を守ろうとする東電・経産省・政治家たち④身内の「菅おろし」勢力だ。菅首相が辞めずに粘っているのは、脱小沢、脱原発をやり遂げたいからかもしれない。…とこゝまではそれなりに納得いく筆を進めている。そして≪だが、それにしても政権運営は見ておられない。≫と後半の主張に移るところから怪しくなる。先ずまさかの暴言と辞任を招いた復興担当相や、自民党議員の一本釣り等の人事上の失態を挙げる。原発のストレステスト導入・「脱原発」発言は≪好ましい内容だったにせよ、野党時代の戦法を思わせる突撃で閣内の混乱をさらけだした。≫と、菅氏の政治手法=ゲリラ戦法と決めつける。こゝから結びまでが若宮論説の言いたいことであるのだが、以下に詳述するように、独り善がりな空論や君子論をかざしながら、一挙に、≪菅さん、この国会できっぱりと官邸に見切りをつけるがいい。バトンは怨念にとらわれない世代に渡し、自らはゲリラ議員に戻って脱原発で動き回る。それがいま、一番ふさわしい道ではなかろうか。≫と即時退陣を迫る、というものだ。

∇若宮氏は、菅首相の「ゲリラ戦法」を否定したいのである。曰く、≪薬害エイズの資料発見で一躍ヒーローになった厚相時代のように、首相になったいまも大きな体制に挑むゲリラの意識が抜けないのではないか。≫と。この発想は、悪い意味で使用される「週刊誌的発想」に過ぎない。仮に若宮氏指摘の“四面楚歌4点説”が正しいとし、菅首相が敵前突破して己の信条を押し通そうとするなら、事の是非は別として、寧ろ戦術的には「ゲリラ戦法」が適切だといえる。≪大きな体制に挑むゲリラの意識が抜けない≫は、他紙や週刊誌がよく使う「常套語」だ。それに嵌りこんでしまっている。何故菅氏が首相の地位に固執するのか、折角4点を抽出して見せたのだから、そこをもっと突っ込んでみる深堀りが決定的に欠けている。それを抜きにして、≪だが、それにしても政権運営は見ておられない。≫と続ける浅はかさよ。そしてゲリラ意識が抜けないことを縷々述べた後、突然論理が飛躍して≪だが、それならここらが潮時だろう。≫と来た。≪権力のトップにある首相には全体を見渡して組織を巧みに動かす意志と能力が必要であり、そうそうゲリラ戦法が通じるものではない。≫からだ、と。

∇急に「政治家君子論」が飛び出して、≪そうそうゲリラ戦法が通じるものではない≫⇔≪それならここらが潮時だろう≫と言うのだが、若宮氏には「ゲリラ戦法」の意義が全く分っていない。こゝが「退陣の潮時」なら、「ゲリラ戦法」など使う必要は無い。「引くわけにいかない潮時」だから、ゲリラ戦法を使うのである。若宮論説はその後、被災地のがれきの未処理、放射線の波紋、節電不安拡大、欧米経済危機等深刻な局面にある事柄を羅列し、エピローグに入る。≪菅さん、この国会できっぱりと官邸に見切りをつけるがいい。バトンは怨念にとらわれない世代に渡し、自らはゲリラ議員に戻って脱原発で動き回る。それがいま、一番ふさわしい道ではなかろうか。≫と。先ず震災後に残された数々の未処理課題は、若宮氏が殊更あげつらう必要がないほど自明のことだ。しかも、この論調の裏に、毎日新聞「風知草」で山田孝男編集局員が指摘している次の風潮こそが、菅首相一人に責任の全てを被せ、当事者の責任の所在をうやむやにしてしまう危険思想なのである。≪四代目・柳亭痴楽の「綴り方狂室」に「郵便ポストが赤いのも、電信柱が高いのも、みんな痴楽が悪いのヨ」という自虐ギャグがあった。いまの国会論戦がそれだ。震災も、政争も、円高も、財政赤字も、みんな菅直人が悪いのヨである。野党も与党も「菅さえやめれば万事解決」の胸算用。…≫

∇若宮氏が大声で叫ばなくとも、菅首相が≪この国会できっぱりと官邸に見切りをつける≫方向に進行しているし、仮令多少延命したところで、退陣が時間の問題であることは変わりない。それよりも、肝心の≪バトンは怨念にとらわれない世代に渡し≫云々とは、具体的にどうすればいいのかが、少しも語られていない。ましてや≪(菅氏)自らはゲリラ議員に戻って脱原発で動き回る。それがいま、一番ふさわしい道ではなかろうか。≫などという提案は、どうでもよいこと。菅氏が決めることであり、読者に面白がらせるように言ったつもりであろうが、ギャグにもならない。──今朝の他紙の主張はこの点だけ絞れば、余程優れている。感情的菅首相退陣論のみに終わらず、次のステップや与野党同時責任論を説いている。読売:≪民主党執行部による今回の謝罪(マニフェスト不履行の)を、特例公債法案を成立させるための「方便」にしてはならない。党内の反対・慎重論を抑え、子ども手当に限らず、高速道路無料化や農家の戸別所得補償などのバラマキ政策の大幅見直しの具体案を明示すべきだ。自民、公明など野党も、参院で多数を占めている以上、反対のための反対では困る。子ども手当の修正協議などで、民主党がより踏み込んだ案を示したら、積極的に合意点を探る責任がある。それが、「ポスト菅」政権に向けての与野党協議を充実したものにするだろう。≫

∇産経:≪民主党執行部や自民党などは、国益が日々損なわれる状況をいつまで放置するつもりなのか。他の重要法案が審議中であることを理由に、首相の延命を容認するような姿勢はおかしい。一刻も早い退陣に動くべきだ。≫ 日経:≪8月末に会期を迎える今国会中に、代表選を実施し、国会で新首相を選ぶ必要がある。首相はバトンを渡す準備を進める時だ。≫ そして今回は、毎日新聞の冷静な現状動向を踏まえた菅首相退陣論が、バランスのとれた言説に思えるがどうだろう。毎日:≪自民党もいたずらに合意を拒み、政争に走るような対応を取るべきでない。党内にはこのところ、強硬策で首相を解散に追い込む意見も強まっている。菅内閣の支持率が落ち込む中、首相退陣よりもこのまま衆院選を戦った方が得策という計算が働いているのかもしれない。だが衆院選は新首相の下、ほとんどの被災地で選挙の実施が可能となり、各党が政策の一定の対立軸を打ち出せる環境で行うべきだ。首相に本当に退陣を迫るのであれば「3条件」を速やかに決着させ、続投の大義名分を奪うことが最も効果的なはずだ。仮にそれでも首相が地位に居座るのであれば内閣不信任決議案を再度提出し、退陣を迫ることも決して暴挙とは言えまい。…政権の幕引きを真剣に急ぐ時だ。そのためにも次期内閣のあるべき姿について、与野党は責任を持って議論を進めなければならない。≫ 笠信太郎「社説」については次回とする。