「……!?」
まさに、“泣きっ面に蜂”状態でした。
あ、なにを笑ってんですか。
もう、あの時はホントに恥ずかしかったんですからね。
ヒロインが客席通路でリアルにコケるなんて、ダサすぎもいいとこですよ。
しかも衣裳の裾がめくれて、思いっきりスネが見えちゃってたし…。
幸いだったのは、鬘をどこにもぶつけなかったことと、コケたのが最後列だったお陰で、舞台の方を向いて座っているお客たちの視界に、殆ど入らなかったことです。
それでも、ドタッて音はしましたから、何人かはこちらを振り向きましたけどね。
「あ、大丈夫!?」
と、傍へ駆け寄って来たのは琴音さん…、ではなくて、意外にもあの綺麗な青年の方でした。
琴音さんは、既にそこからいなくなっていました。
「はい…」
わたしが体を起こすと、青年は乱れた衣裳の裾をサッと直しました。
そして、何だ何だとこちらを振り向き始めるお客たちの視線を遮るようにわたしの前へ回って、
「ケガは、ない?」
「はい。大丈夫です、すみません…」
「よかった」
青年は辺りに散らかったグッズに気が付くと、それらを素早く拾い集めて、わたしに手渡してくれました。
「どうぞ」
「あ、すみません、ありがとうございます」
わたしはこの時初めて、はっきりと青年の顔を見ました。
「……」
改めて、綺麗な人だと思いました。
カッコイイとか、カワイイとかって云う男のコなら、わたしだっていくらでも見たことがあります。
でも、“綺麗な”と云う表現が当てはまる異性に会ったのは、この時が初めてでした。
鮮烈でした。
なんて言ったらいいんだろう…、女性的な顔立ちで…。
髪もちょっと長めだったので、余計にそう見えたのかもしれません。
さっきも言ったシンプルでカジュアルな服装といい、その垢抜けた雰囲気は明らかに、ここの土地の人ではないことを思わせました。
わたしはすぐに立ち上がると、
「ありがとうございます…」
と、この劇団で覚えた営業スマイルで応対するはずが、泣き笑いのような表情になってしまっていることが、自分でもわかりました。
綺麗な青年は、さらに言葉を返そうと口を開きかけましたが、いい言葉が思い付かなかったのか、黙ったままでした。
わたしも、ついつられて、
「……」
すると青年も、
「……」
沈黙はほんの一瞬だったはずです。
でもその間が、まるで時間が止まったかのように、とても永く感じられたのは何故でしょう?
そして場内のざわめきが、まるで遠くの世界から聞こえてくる音のように感じられました。
その遠い世界と、今わたしが立っている世界との間のエアーカーテンを吹き払ったのは、
「ハルちゃんちょっと、だいじょうぶ?」
との、杏子さんのやけに芝居がかった声でした。
「アンタ、ずいぶんハデにドテーって転んでたけど…」
キャッヒャッヒャッ…、と品の無い笑い声を上げて、杏子さんは青年からわたしを隠すかのように、無理矢理に間へ割って入って来ました。
芝居の扮装のままだったこともあって、それは二幕目で本人扮する“四十女”が若い男女の恋仲を引き裂くシーンをそのまま見るようで、たまたまなのか計算なのか、どちらにしても邪魔くさいことする人だな、とシラケる思いがしました。
それを見て青年も我に返ったように、整った唇にちょっと笑みを湛えて軽く頭を下げると、自分が座っていた席へと戻って行きました。
「はーい、ありがとうございました。では、みんなもそろそろ戻りましょうかね…。ではですね、これをご縁に、劇団ASUKAはこれからも、みなさんに楽しいお芝居を見せていきたいと思っていますのでね、どうぞよろしくご贔屓に…」
と座長が舞台でつないでいる間に舞台へ戻って、そしてあの青年がいた席を見てみましたけど、彼の姿は、もうそこにはありませんでした。
〈続〉
まさに、“泣きっ面に蜂”状態でした。
あ、なにを笑ってんですか。
もう、あの時はホントに恥ずかしかったんですからね。
ヒロインが客席通路でリアルにコケるなんて、ダサすぎもいいとこですよ。
しかも衣裳の裾がめくれて、思いっきりスネが見えちゃってたし…。
幸いだったのは、鬘をどこにもぶつけなかったことと、コケたのが最後列だったお陰で、舞台の方を向いて座っているお客たちの視界に、殆ど入らなかったことです。
それでも、ドタッて音はしましたから、何人かはこちらを振り向きましたけどね。
「あ、大丈夫!?」
と、傍へ駆け寄って来たのは琴音さん…、ではなくて、意外にもあの綺麗な青年の方でした。
琴音さんは、既にそこからいなくなっていました。
「はい…」
わたしが体を起こすと、青年は乱れた衣裳の裾をサッと直しました。
そして、何だ何だとこちらを振り向き始めるお客たちの視線を遮るようにわたしの前へ回って、
「ケガは、ない?」
「はい。大丈夫です、すみません…」
「よかった」
青年は辺りに散らかったグッズに気が付くと、それらを素早く拾い集めて、わたしに手渡してくれました。
「どうぞ」
「あ、すみません、ありがとうございます」
わたしはこの時初めて、はっきりと青年の顔を見ました。
「……」
改めて、綺麗な人だと思いました。
カッコイイとか、カワイイとかって云う男のコなら、わたしだっていくらでも見たことがあります。
でも、“綺麗な”と云う表現が当てはまる異性に会ったのは、この時が初めてでした。
鮮烈でした。
なんて言ったらいいんだろう…、女性的な顔立ちで…。
髪もちょっと長めだったので、余計にそう見えたのかもしれません。
さっきも言ったシンプルでカジュアルな服装といい、その垢抜けた雰囲気は明らかに、ここの土地の人ではないことを思わせました。
わたしはすぐに立ち上がると、
「ありがとうございます…」
と、この劇団で覚えた営業スマイルで応対するはずが、泣き笑いのような表情になってしまっていることが、自分でもわかりました。
綺麗な青年は、さらに言葉を返そうと口を開きかけましたが、いい言葉が思い付かなかったのか、黙ったままでした。
わたしも、ついつられて、
「……」
すると青年も、
「……」
沈黙はほんの一瞬だったはずです。
でもその間が、まるで時間が止まったかのように、とても永く感じられたのは何故でしょう?
そして場内のざわめきが、まるで遠くの世界から聞こえてくる音のように感じられました。
その遠い世界と、今わたしが立っている世界との間のエアーカーテンを吹き払ったのは、
「ハルちゃんちょっと、だいじょうぶ?」
との、杏子さんのやけに芝居がかった声でした。
「アンタ、ずいぶんハデにドテーって転んでたけど…」
キャッヒャッヒャッ…、と品の無い笑い声を上げて、杏子さんは青年からわたしを隠すかのように、無理矢理に間へ割って入って来ました。
芝居の扮装のままだったこともあって、それは二幕目で本人扮する“四十女”が若い男女の恋仲を引き裂くシーンをそのまま見るようで、たまたまなのか計算なのか、どちらにしても邪魔くさいことする人だな、とシラケる思いがしました。
それを見て青年も我に返ったように、整った唇にちょっと笑みを湛えて軽く頭を下げると、自分が座っていた席へと戻って行きました。
「はーい、ありがとうございました。では、みんなもそろそろ戻りましょうかね…。ではですね、これをご縁に、劇団ASUKAはこれからも、みなさんに楽しいお芝居を見せていきたいと思っていますのでね、どうぞよろしくご贔屓に…」
と座長が舞台でつないでいる間に舞台へ戻って、そしてあの青年がいた席を見てみましたけど、彼の姿は、もうそこにはありませんでした。
〈続〉