迦陵頻伽──ことだまのこゑ

手猿樂師•嵐悳江が見た浮世を気ままに語る。

ニッポン徘徊──東海道25 見附宿

2018-11-28 08:17:31 | 旧東海道
さて、天竜川を渡って源平新田を過ぎ、松並木がところどころに残る県道261号線を30分ほど進みます。

香料工場の前を過ぎると上り坂となり、道は二手に分かれますが(↑写真)、右に行くのが旧道。

この坂は行人(山伏)の寺があったことから「大乗院坂」と呼ばれ、また傍らには襲われて命を落とした旅のインド僧を供養したと云う、「くろん坊様」の小祠がまつられています。

大乗院坂から先はしばらく坂の上り下りが続き、やがて古くには宿駅がおかれていたと云う中泉を経て、



JR東海道本線「磐田駅」前を、左に曲がります。

遠江国分寺跡にちなんで「天平通り」と名付けられたこの駅前通りは、再開発で道が拡幅されていますが、人気(ひとけ)が無いため、空虚な感じが否めません。

15分ほど直進し、磐田市役所や電話局などが集まる地域の左手に見えるのが、現在は原っぱの「遠江国分寺址」、



江戸時代に創建された「府八幡宮」を向かい側に見てさらに進み、右手の磐田郵便局の先に緩く左に湾曲している旧道を通って加茂川を渡ったところが、宿の西側の木戸跡にあたります。

そしてその先の「西坂町」信号を鈎の手に右折して、



見附宿の中心へと入って行きます。

ここも再開発で道が拡幅されているわりに、人気や交通量が疎らなせいか、スカスカした感じがありますが、かつては富士山が見られたことから「見附宿」と名付けられたと云うこの旧宿場の雰囲気を盛り上げようと、門だけが保存された脇本陣跡をはじめ、学習塾や、



農協の建物が和風なつくりで一役買っているところは、



ほかではあまり見られない面白さです。

宿場の東側の木戸跡に聳える小高い山は「愛宕山」と云い、



急な石段を上がって愛宕神社の鎮座する頂上から宿場を一望したのち、



山の左脇に伸びる急坂を登り一里半(約5.9㎞)先の袋井宿へ向かいます。


急坂を登り切ると住宅地の平坦な道となり、「泪橋」跡で現道に合流、やがて旧道は右に分かれて「行人坂」を下って行きますが、その手前、左手の丘の上には大強盗“日本左衛門”が処刑された場所と伝わる「遠州鈴ヶ森」があり、



歩道橋の上から振り返り、一見します。

さりながら、そのすぐ裏に住宅が迫っているところに、“現代”を感じます……。
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