よその街で一日のうちに二度、高齢者に道を訊かれる。
一人目はお爺さん、二人目はお婆さん。
お爺さんは、隣のさらに隣の町へ行きたいらしかった。
過去に通ったことのある町なので、だいたいの道順を教へてあげたが、そのお爺さん、復唱するとだうも覚へが怪しい。
「とにかくあっちの方向をめざして下い」
と、遠く“あっち”を指差して、私は離れた。
お婆さんには、回転寿司屋を訊ねられた。
知らんがな。
地元民ではないので知らないといふ旨を傅へると、お婆さんは微かに不満さうな表情(かほ)を覗かせた。
身なりは上品さうに見せても、化けの皮はふとした瞬間に剥がれるものだと思った。
数年前、スマホを片手に向かふからやって来たスーツ姿の月給鳥が、道を訊ねてきた。
ところが、その月給鳥は目的地とは全く違ふ方向へと歩ひてゐるのだった。
私はまずそのことを教へてあげたが、その月給鳥は礼を言ひつつも、さらに真逆の方向へと歩ひて行った。
私はわざとやっているのかと呆れたが、ふだん手許ばかりで周りの世界を見ていないと、ああなるのかもしれない。
……と、私の好きな小咄を思ひ出した。
「あの、墓地へはだう行ったらよろしいでせうか?」
「墓地でしたら、この信号を渡ってまっすぐ行って下さい」
「だうもありがたう」
「……あ、信号が赤のときに、渡って下さいね」