迦陵頻伽──ことだまのこゑ

手猿樂師•嵐悳江が見た浮世を気ままに語る。

道に迷へど我に迷はず。

2019-05-25 22:09:39 | 浮世見聞記


よその街で一日のうちに二度、高齢者に道を訊かれる。


一人目はお爺さん、二人目はお婆さん。


お爺さんは、隣のさらに隣の町へ行きたいらしかった。

過去に通ったことのある町なので、だいたいの道順を教へてあげたが、そのお爺さん、復唱するとだうも覚へが怪しい。

「とにかくあっちの方向をめざして下い」


と、遠く“あっち”を指差して、私は離れた。



お婆さんには、回転寿司屋を訊ねられた。

知らんがな。

地元民ではないので知らないといふ旨を傅へると、お婆さんは微かに不満さうな表情(かほ)を覗かせた。

身なりは上品さうに見せても、化けの皮はふとした瞬間に剥がれるものだと思った。



数年前、スマホを片手に向かふからやって来たスーツ姿の月給鳥が、道を訊ねてきた。

ところが、その月給鳥は目的地とは全く違ふ方向へと歩ひてゐるのだった。

私はまずそのことを教へてあげたが、その月給鳥は礼を言ひつつも、さらに真逆の方向へと歩ひて行った。

私はわざとやっているのかと呆れたが、ふだん手許ばかりで周りの世界を見ていないと、ああなるのかもしれない。




……と、私の好きな小咄を思ひ出した。



「あの、墓地へはだう行ったらよろしいでせうか?」

「墓地でしたら、この信号を渡ってまっすぐ行って下さい」

「だうもありがたう」

「……あ、信号が赤のときに、渡って下さいね」


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