猫と千夏とエトセトラ

ねこ絵描き岡田千夏のねこまんが、ねこイラスト、時々エッセイ

節分の鰯

2007年02月07日 | Weblog
 節分に、鰯を買った。
 普段は下調理が面倒臭くて、よく切り身の魚を買うのだけれど、たまに鰯のような丸々一匹の魚を買ってくると、まな板の上のその姿が、金魚鉢の中でゆらゆら泳いでいる金魚のそれと重なって、少しばかり敬虔な気持ちになる。この鰯は私が食べる為に死んでしまったのだから、残さないように、大事に食べなければいけないなあ、と思う。
 クリスマスに、鶏一羽を丸々使ったローストチキンを食べたときも同じであった。魚にしても鶏にしても、普段パックに入って売っている切り身の状態では、生前の姿がわかりにくい。
 子供と一緒に教育テレビの人形劇を見ていたら、劇中の子供たちが、どうして食べる前にはいただきますと言わなければならないの、と問いかける場面があった。年配の登場人物がそれに答えて、調理してくれた人や、素材となる食べ物を作ってくれた人、さらには、食べ物となる植物や動物は生きているのだから、食べ物それ自体に対して、感謝の気持ちでいただきますと言うのだよと、子供たちに言い聞かせた。
 子供が見る教育番組として、なかなかいい話だと思った。
 給食費を払っているのに、なぜいただきますと言わなければならないのか、と言う保護者がいるという。そういう大人には、ぜひこの人形劇をみてもらいたい。


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4 コメント

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今日は抑えるぞ! (のり)
2007-02-07 20:37:38
私がよく覗きに行くtak-cさんの『襲雷的心意気』と云うブログで、給食費問題のネタが書かれていました。
「世直し侍」と称して、馬鹿親を斬っていました。
 
ドラマ『食いタン』や『ギャルサー』でも、食べれる事への感謝を忘れてはいけない。的なシーンが何回もありました。そういったシーンを親は子に強調して教えて欲しいなぁ。と。
昔『二千年の恋』ってドラマの中で、日本人は遠慮なく未だ食べれる食べ物を捨てれる人種として描かれていました。
自給自足の出来ない国土なのを忘れる程、物が溢れて、金さえ出せば、何時でも手に入る。そんな環境の所為なのでしょうね。
 
食料に限らず、物を大事にしなくなったなぁ。と。
直せば使える物も「買い換えた方が早い(安い)」と、メーカーの思惑通りに浸透してしまってます。
だからと言って、ゴミ屋敷は賛同出来ませんけどね(笑)。
 
魚、キレイに食べれる人は、心の中で評価が上昇します。お箸の使い方も見てしまいます。
 
鯨を乱獲し、鯨油だけ採って他を捨てていた米国に捕鯨禁止を言う筋合いはない。そう思う私はハリハリ鍋が好きでした。今は高価過ぎて食べれません。
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Unknown (チナツ)
2007-02-07 23:56:51
最近、多くできすぎてしまったキャベツなんかの野菜を廃棄するのはもったいないという声があがっているらしいですね。
同感ですが、不二家の製品についても、私は食品の賞味期限が少しくらい過ぎていても平気なほうなので、関係のないお菓子までがお店から撤去されるのはもったいないと思いました。
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過剰反応 (のり)
2007-02-08 19:05:04
不二家はメディアに潰されてますね。
私が小さい頃は落とした物でも砂を掃って食べてましたよ。少ない小遣いだったので、落としたから捨てるなんてのは勿体無いって考えでした。
きっと今より道路の上って汚いと思います。でもそのお陰か幼少の頃は抵抗力が強かったと思います。
 
消費者も賞味期限・消費期限を間違って認識してるし、過剰反応し過ぎなんだと思います。死人出てないやん!と。メディアに踊らされてるなぁ。で、そのメディアがヤラセを放送したら、今度はメディアを批判する。
一体何を信じて生きてるんだか。。。
 
着なくなった洋服も、少し傷んだ布団なんかも、捨てるのではなく、救援物資や後進国なんかへの支援・補給物資に出して欲しいです。
日本人は何時から簡単に物を捨てる人種になったんだろう。だから犬や猫の生きものも飽きたら簡単に捨ててしまうのだろう。そう思えて仕方が無いのです。
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Unknown (チナツ)
2007-02-13 10:53:41
現代社会の潔癖な傾向が、アレルギーの増えている原因のひとつなのでしょうね。
ノーベル賞受賞者のマータイさんもすばらしいと言ってくれている「もったいない」という精神が日本文化にはあるのですから、私たち日本人が率先してそれを大切にしたいですね。
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