数十年前までは、初めての女の子が生まれたとき、
立派な段飾りの雛人形を買うことが多かったのですが、
いまでは住宅も狭くなり、五段飾りを買う家は少なくなりました。
長女だった姉は戦争直前というご時世だったにもかかわらず、
母の実家からたいそう立派な五段飾りをもらいました。
その後私も生まれたのですが、
家にはその五段飾りのお雛様だけがあるのだと思っていたのです。
子どもなので、誰のお雛様かなどという関心は特になく、
梅が咲くころに五段飾りの準備をするのは、毎年とても楽しみでした。
五段飾りともなると調度品の多さは大変な種類になり、
そのうちだんだん、出したり仕舞ったりの手間に根を上げ、飾る機会も減っていきました。
五段飾りを最後に見てからずいぶん経ったころ、いまから10年ほど前でした。
“これはあなたが生まれたときに買ってもらった雛人形よ“と、
実家で、姉が木目込みの立雛を渡してくれたのです。
子どもの頃は、おそらく五段飾りの横に申しわけ程度に並べてあったのでしょう。
豪華な五段飾りに目が奪われてか、どうにも見覚えがないのです。
それだけに、初めて出合ったような新鮮な驚きがありました。
しかもそれが、私のために誂えられたものだったなんて。
持ち主からも忘れられて、長い間、かわいそうなことをしました。
「まぁ、なんて綺麗!」
木目込みの小さな内裏雛セットはそれは美しく、一目でその魅力に惹かれました。
自分の嗜好がはっきりとしたいまの目で見ると、それは大変素晴らしいと感じます。
現代の雛にはない、ほのぼのとした優しい目鼻立ち。
パステルカラーが主流の現代では考えられない鮮やかな衣裳で、
やわらかな色は使われていません。
柄は、古風な松と藤と椿。
雛人形にはめずらしい鮮やかなピンク、赤、朱、紫、緑の配色に、強いインパクトがあります。
昭和20年代の古風で斬新な意匠センスにすっかり魅了されました。
台座の裏には「日本玩具統制協会」「登録番号○○○○」のラベルがあり、
桐の箱に入っています。
毎年2月になるとこのお雛様を飾りますが、
長い間仕舞い込んでいたお詫びに、我が家で一番目立つ特等席を提供しています。