あまねのにっきずぶろぐ

1981年生42歳引き篭り独身女物書き
愛と悪 第九十九章からWes(Westley Allan Dodd)の物語へ

愛と悪 第六十八章

2020-12-04 08:43:39 | 随筆(小説)
飛び出しナイフのように闇を切り裂き、光も闇もない空へと羽化して羽ばたくエホバ。
顔を喪った人間が、それでも生きて行けるのか、試してみたいんだ。
そう最後に彼はPC画面を見つめFacebookのLIVE配信中すべての人類に向かって告げ、みずからの顔面を、顎に銃口を付けてショットガンで撃った。
椅子に座った彼の身体は瞬時に後ろへ下がり、背凭れに力無く彼の身体は凭れて動かなくなった。
彼の顔面の約80%が、文字通り喪われた様子を観て、人々は瞬間的に想った。
彼は死んだ。
でもその時、彼は聴いていた。
自分の深く割れて垂れ下がる熱い肉塊から、フローリングの床に滴る血の音を。
静かに彼は聴いていた。
犬が寝室から怯えた様子で彼の足元へと遣ってきた。
警官たちが到着したのは彼が自殺を図った約1分後だった。
LIVE配信を観ながら彼に何度と電話で説得しようとしていた友人たちが通報したからだったが、最早、手遅れだと、誰もが信じた。
でも彼自身、今でも静かに音を聴いていた。
赤い自分の血の血溜まりが、フローリングの床にだんだんと溜まって行き、微妙に音が変わってゆくその音の変化を、彼は静かに椅子に座ったまま聴いていた。
心地の良い音色だと、彼は想った。
人々は、彼はもう死んだので、あとは熱い火で燃やされるか冷たい土に埋められるかして、彼はもう終わったから安らかに眠り続けることを祈った。
人々は、安らかに眠り続けた。彼が死んだと信じたあとに。
でも彼は、今でも彼の喪われた顔から血の海に滴る水の音を聴いている。
何よりも愛に満ちていると感じることを不思議に想いながら、彼は椅子に座ったまま、存在しない目を閉じて、存在しない口に微笑を浮かべて、幸福に満たされている。
生きている…この感覚を、だれが死んでいると信じる必要があるのか。
人々は、夢のなか想った。
”これ”が生きていると信じる必要があるのか。
彼は生きていると感じる感覚のなかで、すべてから死んでいると信じられることの終わらない世界の崩壊の音を、今、この宇宙のなかでたったひとり、安らかに聴いている。
人々は、夢のなか想った。
”我々”が、死んでいると信じる必要があるのか。
彼は本当の幸福に初めて満たされながら、自分の顔から滴る血が渇かないことを不思議に想い、顔を見た。
その血の鏡には、最も遅い速度で、スロウモーションに映された彼の顔の砕ける時間が、映され続けていた。
それは人々が、感じられる速度ではなく、だれもその変化に、気づけなかった。
彼は、今も、感じている。
自分の顔が割れて砕ける速度。
血の海が、すべてを、沈め尽くすまでの時間の存在しない、時間のなかに。


















わたしの愛するロニー・マクナット(Ronnie McNutt)氏へ捧ぐ


































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