音信

小池純代の手帖から

日毎の音 椀 200915

2020-09-15 | 日記

  椀


 おほむねはてのひらに載るおほきさの否ちひささの飯盛るうつは
                飯:いひ


 片方の手にとりもう片方は添へ持ちあぐるなり椀のなかの湯

 
 外黒の溜塗りの椀ひとたびもなにをも容るるなく終はるらし
               外黒:そとくろ 溜塗り:ためぬり


 「椀を“まり”などと読むのはなにゆゑぞ」「鞠をふたつに割りしものゆゑ」

 「うそつきめ鞠は蹴るもの叩くものうそつきまりつきふたつきの椀」






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日毎の音 雨 200914

2020-09-14 | 日記

   雨

 長月の雨の楽団近づきて水の音符を落としてやまず


 ひとしきり雨が夜闇を奏でゐし音を譜面に起こすひとあれ


 うつむいてなほうつむいてうつむいて雨の去来にかるく礼して
                礼:ゐや

 夜の雨迅き黒馬鐘の舌笛の乱立天体の骨
 
 
 風神も雷神もこれ聴きなさい雨神のうたふ天降るアモール
                雨神:うじん 天降る:あもる アモール:amor




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日毎の音 語 200913

2020-09-13 | 日記

   語


 亡き人が未知の言語で語るのをうなづきながらゆめに聞きをり


 大辞林・言海・辞泉・大辞典引かずに終はることばに満ちて


 詩語は死語はなち終はればそのひとは届かぬ過去のそのときのひと


 私語は詩語ひそかに箱に鍵かけてさうして鍵を海に投げ込む


 死後は詩語かたらざるものことごとに解けざるままに二度と死なずに





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日毎の音 紐 200912

2020-09-12 | 日記

  紐


 あやとりの日々の狭間に真乙女は緋色の紐とともに落花す


 紐付けをして読むべきか自歌自注真白き馬はいづこにつなぐ


 いつぽんのひもに左端と右端あり川だとしたら河口はどちら


 雨がふる大工殺しの雨がふるひとりひとりに垂れてくるひも


 耳に紐かけて出でゆくお作法のつつましきかなこの口覆ひ






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日毎の音 卓 200911

2020-09-11 | 日記
  卓


 来よ此処に来たれ皓歯のほほゑみよ国士無双の君を待ちをり


 蛮族の姫君をしも思はしめ万点棒は莞爾ともせず  
            莞爾:にこり

 幾十度看過せりけりたとへ鳥のやうであつても鳴くのが嫌で
            幾十度:いくそたび

 雀卓は箱庭 四方の風の門をくぐりて小さき鳥となりませ
            四方:よも 門:と 小:ち

 独釣寒江雪といふ役満も蓑笠も雪も消えてうつくし
            独釣寒江雪:トウチャオハンチャンシュエ
            蓑笠:さりふ






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日毎の音 水 200910

2020-09-10 | 日記

  水    


晏起に水汲むことものむこともとりあへずわがいそぎなりけり
                 晏起:おそおき    

ねる前の水も起きての水も珠つらぬきとむるわが身なりけり


蛇の口はへびにて水の道はみづ みづへびを手に遊ばする朝
                 蛇:じや  

この水は湖にありしか五位鷺の翼の裏をうつせしか否か
                湖:うみ  

うつしみの水のまとへる水衣誰そぬぎすててこの行潦
                水衣:みづごろも 行潦:にはたづみ




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