音信

小池純代の手帖から

雑談21

2021-09-04 | 雑談
      

   故知らね 囁沼に芹を摘む 黄檗の僧ふり向きにけり
         囁沼:ささやきぬま 摘:つ

               岡井隆「鵞卵亭昨今」『マニエリスムの旅』(1980年刊)


「囁沼」は「おさびし山」に類する造語だと思われる。
黄檗宗の修行僧が普茶料理のために芹を摘んでいるというような
のどかな解釈だけに終わらせることは、初句「故知らね」が
許さないだろう。

「芹摘む」は「思いがかなわない、報われないことを表す所作」。
平安時代以後の歌語。
古歌「芹つみし昔の人も我がことや心に物はかなはざりけむ」が
『枕草子』『源氏物語』にも登場する。

芹を召し上がる后を御簾の隙から見て恋に落ちた宮中の
庭掃除の男、芹を摘んで御簾の周辺に置くが、願い叶わず
焦がれ死にしたという故事によるもの。
と辞書にある。

歌論集『俊頼髄脳』などに記され、
謡曲「恋重荷」「綾鼓」の典拠とも言われる。
といったことが白洲正子『西行』に書いてある。


西行の「芹を摘む」歌は次の二首。

 何となく芹と聞くこそあはれなれつみけむ人の心しられて    『山家集』

   〈若菜によせて恋をよみける〉
 ななくさに芹ありけりとみるからにぬれけむ袖のつまれぬるかな 『聞書集』


そういえば『鵞卵亭』に「西行に寄せる断章」があった。

      

   王国はあけぼのの邑芹を摘むむかしむかしの武士にやあらむ

          「西行に寄せる断章・他 一 鴫と噂」『鵞卵亭』(1975年刊)


なんと。芹を摘んでいる。



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