源信の著書としては、極楽浄土に関する文章を仏教の経典や論書から集めた『往生要集』が有名ですが、それ以外にも伝教大師と磐梯山麓の慧日寺の僧徳一との間でたたかわされた一三権実論争の一つの帰結として、源信の『一乗要決』は大乗仏教の根本は「一乗真実」と断言したことで知られています。
ともすれば、源信の功績としては『往生要集』ばかりが話題となり、同じく源信の『阿弥陀経略記』の研究は立ち遅れているといわれています。それだけに、村上明成、吉田慈順編の「源信撰『阿弥陀経略記』の訳注研究」が本年3月10日に出版されたことは、画期的な出来事であったと思います。
序文において、龍谷大学世界仏教センターの楠淳證基礎研究部門長は「古典籍・大蔵経研究班」の成果として発表されたことを強調するとともに、対象となった「阿弥陀経略記」は「鎌倉・南北朝時代に成立したとされる『東京大学総合図書館所蔵本』を底本とし、『金沢文庫所蔵本』等の四本を対抗本として読解研究を行った」と解説しています。
『解題』を執筆したのは、村上と吉田の両氏で、冒頭で「本書には、無量寿三諦説をはじめ、無縁慈悲釈(無縁慈悲説とも)や六即阿弥陀仏など、『往生要集』には見られない数多くの思想が示されている」ことに着目するとともに、今後の方向性として「源信個人の教理・教学はもとより、叡山浄土教・日本浄土教といった、より幅広い視点からの解明が行わなければならない」と意気込みを語っています。
源信の『阿弥陀経略記』の序文には『阿弥陀経義記』があまりにも「文章が簡略過ぎて了解し難い」というので、藤将軍という偉い人から、個人的に『阿弥陀経』の解説を頼まれたということが書かれていますから、それで着手することになったのでした。
天台大師智顗に仮託された『阿弥陀経義記』があったために、「天台の立場から『阿弥陀経』に注釈を施した文献は極めて少ない」という事情もあって、源信の『阿弥陀経略記』をどう読み解くかが、学問的な大きなテーマになっているようです。
その一方、「解題」では、これまで多くの仏教学者の『阿弥陀経』の研究によって、智顗の『阿弥陀経義記』は「現在では智顗の仮託偽撰書と考えられているが、少なくとも源信自身は、智顗の真撰書として認識していたことが知られる」と断言しています。文中に「大師の深意」「大師の『義記』」といった言葉があるからです。
しかし、「解題」では、それが「仮託偽撰書」であるかどうかよりも、それを参考にしながら「源信独自の思想を反映・投入」したことを重視したのでした。問われるべきは、源信が思想のそのものであるからです。「解題」のアプローチは、源信の思想的変遷に目を向けます。「『往生要集』の完成が寛和元年(985)であるのに対して、『阿弥陀経略記』は長和3年(1014)の成立であるからです。29年の開きがある。このような観点からも、本当は『往生要集』において結実した源信の浄土思想が、晩年どのように変化していったのかを探究する上で、極めて注目すべき文献である」と位置付けたのです。
見解が分かれるのは無量寿(阿弥陀)三諦説をめぐってです。小山昌純氏は「『無量寿三諦説』は中国天台諸氏の文献をはじめ、日本天台においても源信以前の諸師の文献には見当たらず」ということから、「源信選『阿弥陀経略記』」は「源信が晩年になって発揮した独特の思想と考えられる」と解釈をしたのでした。
これに対して「解題」では、小山氏が述べているような「智顗説灌頂記『摩訶止観』巻一下」の「一念の心は即ち如来蔵の理なり。如の故に即空、蔵の故に即加、理の故に即中なり。三智は一心の中に具して不思議なり」と、源信の『阿弥陀経略記』の「無とは即空、量とは即加、寿とは即中なり。仏とは三智、即ち一心に具するなり」というのがほぼ一致していることは認めつつも、そこに源信に思想的断絶ではなく、『往生要集』から「源信選『阿弥陀経略記』」まで一貫する思想的な流れを看取したのでした。
その「解題」の立場は「対象を限定しない、無条件の慈しみは」を意味する無縁慈悲は、『往生要集』では「二には縁理の四弘なり。是れ無縁の慈悲なり」、『阿弥陀経略記』では「無縁の慈を観ぜよ」とそれぞれ説いており、それを根本に据えたのでした。
私は「解題」の「『阿弥陀経略記』において源信は、阿弥陀の梵語に無量光(無縁慈悲釈)と無量寿(無量三諦説)の二義を担わせ、光寿二無量の観心行と本有己心の六即阿弥陀を結び付ける一大思想を示している」との考え方を支持したいと思います。「対象を限定しない無条件の慈しみ」がなければ、阿弥陀信仰は花開くことはなかったと思うからです。
私なりに「源信撰『阿弥陀経略記』の訳注研究」を読み終えて、まだまだ学ぶべきことがあるのを痛感しました。勉強のためのノートとしてもブログを活用したいと考えておりますので、何卒よろしくお願いいたします。
合掌
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