エリクソンの小部屋

エリクソンの著作の私訳を載せたいと思います。また、心理学やカウンセリングをベースに、社会や世相なども話題にします。

悦びの伝染

2015-07-11 09:41:55 | アイデンティティの根源

 

 神様の愚かさは、世間的にはバカに見えるけれども、本当は実に考え尽されて、うまくできてます。神の弱さも、世間的にはミジメに見えるけれども、本当は実に人の心を慮っていて、温もりに満ちた関係に開かれています。実に不思議ですね。

 Young Man Luther 『青年ルター』p211の11行目途中から。

 

 

 

 

 

聖書には一言出てきます。ルターは高らかに言います。それは、extra crucem 「格別な十字架」であり、十字架を思わなくても、理解可能です。それは、パウロが他の聖句で言っている通りに理解できます。 

1. 兄弟方、わたしもあなた方のところへ行くに当たって、すぐれたことばや知恵を用いて神の証をのべ伝えることをしませんでした。

2. それは、あなた方の間で、イエス・キリストのほか、とくに十字架につけられた彼のほか何も知るまいと決めたからです。

3. わたしは弱さと恐れと多くのおののきのうちに、あなた方のところへ行きました。

(前田護郎訳)

 このようにして、ルターは、十字架に関して神学的なコジツケを一切捨てました。聖アウグスティヌスとも意見を異にしましたが、その聖アウグスティヌスの主張は、十字架のキリストが、Deus meus, quare me derelequisti 「私の神よ、どうして私をお見捨てになるのですか」(訳注:旧約聖書「詩編」第21篇2節)と宣言したときに、キリトスは現実には見捨てられていたわけではないし、それは、キリストは神の子として、神の御言葉として、神であったからだ、というものです。

 

 

 

 

 キリストは強さと高さの故に、人々に、心からの悦びを届けたのではありません。弱さに徹し、低さに徹して下すったからこそ、人々の心に、溢れんばかりの悦び、天にも昇るほどの悦びを届けて下すっているんですね。ですから、その悦びを届けたい思った者もまた、パウロがそうしたのと同様に、キリストのバカと弱さに倣って、弱さと低さの中で、その圧倒的な恵みである悦びを伝えたいと思いつつ、日々を過ごすことになる訳ですね。

 愉しいですよ。

 

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世界に通用する、たとえ損しても、人を大事にする気持ち ほか

2015-07-11 08:45:45 | エリクソンの発達臨床心理

 

 人が発達を上手にしていくと、無宗教の人でも、イスラム教の人でも、仏教の人でも、キリスト教倫理という、一見小難しいことを、何気のない日常生活の中で身に着けていくことができる訳ですね。不思議ですね。

 The life cycle completed 『人生の巡り合わせ、完成版』、p58の第2パラグラフ6行目途中から。

 

 

 

 

 

疑り深い、ウィーンで訓練を積んだ(訳注:精神分析学者の)読者諸兄姉は、もちろん、オーストリア皇帝を思い出すことでしょうね。このオーストリア皇帝は、新しいケバケバシイ感じのバロック様式の記念館を視察するように依頼されたときに、「諸君、左下の角に、もっとシッカリ、信頼と希望と愛が必要であるぞ」といかめしく宣言なされました。信望愛のようなキリスト教的に伝統的な価値は、最高度にスピリチュアルな息吹を感じつつ、実際には、そのおぼろげな初めから、人間らしい力が発達する基盤との関係を守ってこなくてもなりませんでした。と同時に、このキリスト教的な伝統的な価値は、様々な伝統と、様々な言葉で、同様な価値を求めようと思えば、一番お役に立つものになることでしょう。

 

 

 

 

 キリスト教的価値は、キリスト教に留まらず、宗教とは無関係に人間らしい発達をする上で、非常に役立つものだ、と言うのがエリクソンの主張です。これは全くその通りで、エリクソンの発達理論と、キリスト教倫理ほど、今私が日々行っている心理臨床のお仕事に役立つことなんぞ、ございませんよ。

 

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無意識に子どもを傷つける母親

2015-07-11 07:51:59 | エリクソンの発達臨床心理

 

 今の小学生は、その半分が「愛着障害」だと言っても、過言ではない、と私は考えています。「愛着障害」の子どもは、愛着が安定していませんし、エリクソン流に申し上げれば、根源的信頼感がものすごく弱いわけですから、自分に価値があることも知らず(知らされず)に、ガラクタ扱いですし、それはまた、子どもがガラクタ扱いされていることの反映なんですけれども、母親はじめ、人に対しても、世間に対しても、「どうせ、当てにならない」と感じる度合いが深いわけですね。

 どうして、日本は、こんなに「愛着障害」だらけなのか?、 

 それは、すでに繰り返しご指摘している通り、日本の親たちが、低賃金、長時間労働、不安定な非正規雇用、長い通勤時間、などのために、子どもの目の前から奪われていることが非常に多いからです。こういう状況下では、親が3次保育まで準備しても、結局は、ネグレクトになりますし、心理的虐待をしているのも同然なんですね。

 これでも十分深刻なんですが、一番深刻なのは、親が子どもを毎日、刻々と、傷つけているのに、その自覚がないケースです。これは心理をそれほど学んでこなかった教員にも、親たちにも、なかなか理解してもらえない点なんですね。一見「親は子どものために一生懸命だ」と見えますし、親本人も、「できるだけのことはしている」と意識の上では考えている場合が少なくないからです。それでも、心理の立場から、母親に対す心理教育と心理的支援の必要性を言い続ければ、「学校現場に対する無理解」、あるいは、「親の努力に対する無理解」と誤解される場合が少なくありません。

 私の言わせれば、理解が出来てないのは、お母さんであり、教員の方ですね。ゴメンナサイね。無理解なのは、無意識の恐ろしさに対する無理解です。

 無意識って、どういうことでしょうか? 無意識は、自分では意識できないことですから、意識的なコントロールがきかないし、コントロールがきかない事さえ、気が付かない場合が多い、という事です。

 1番深刻なのは、母親自身が子どもの頃に、大切にされなかったり、ひどい育てられ方をされたり、イジメや虐待の中でむごい育てられた方をしているケースです。既にカウンセリングを受けて、心理的な課題が解決していればいいですけれども、解決していない事の方が、遥かに多いです。解決していない場合、恐ろしい事が、毎日、刻々と、起こることになります。それは、” 母親が、意識の中で、我が子を大切にしようと思えば思うほど、無意識の中では、我が子を深く傷付けている” 、という事が、起きてくるからです。にわかには信じがたいことかもしれません。私も、渡辺久子先生のお話を聴くまでは、文献を読むだけでは、実感が持てませんでしたからね。でも、渡辺久子先生が、ご自分の臨床事例の、母と子のことをお話しくださったので、「ガッテン」となりました。これを、「虐待の世代間連鎖」、「赤ちゃん部屋のオバケ」などと呼ばれます。虐待と言うと、手を挙げたり、蹴ったり、タバコの火を押し付けたり、風呂に沈めたり、あるいは、レイプしたり、と本当にヒドイ事例を考えると思います。あるいは、食事も与えず、親は外で遊びほうけている、という酷いケースですね。日本でもそういうケースは、残念ですが少なくないんですね。でも、一番多いのは、三食を与え、小ざっぱりした服装も身に着けさせ、学校にもやっている、外から見れば、親は親なりの務めを果たしているように見えるケースです。それでも、親が「仕事だから…」と言って、子どもと向かい合って、心と心を通わせる温もりのある時間を持たない、罪滅ぼし的に、お休みの日にだけは、レジャーランドに連れ出したり、お小遣いやプレゼントをしたりするケース、あるいは、忙しさにかまけて、子どもと接する時には、「宿題やんなさい」、「ゲームをいつまでもやってんじゃぁないわよ」などと言って、子どもとの時間が、禁止の言葉と命令する言葉を言う時間になっていたり、あるいは、我が子が80点をテストでとっても、残りの20点の方を取り上げて、「もうちょっとガンバんなさい」などと、子どもを否定する言葉を投げかける時間になっている、というケースです。そして、この禁止・命令・否定をいつの間にか口にしていて、それとは気付かないし、気付いても、止められないケースですね。前段のひどいケースはもちろん、後段のケースも、子どもにとってもむごたらしいケースなわけで、子どもにも、親にも、心理的支援が必要なケースです。

 対策はあるのか?

 労働環境を北欧・オランダ並みに、週35時間以下、同一労働同一賃金同一福利厚生にするとともに、残業させる企業にこそ、罰金・罰則を課す、厳罰化の法的整備をしなくてはならないでしょう。それとともに、あまりにも心の傷付のある子どもが多すぎるので、今のような知育中心なのに、知育さえ世界にもとるような日本の学校教育制度を、子どもと教員の関係そのものから問い直し、看護師、保育士、ソーシャルワーカー、臨床心理士、を正規職員として学校現場に入れていく必要があるでしょう。管理職も、教員でない人(看護師、保育士、ソーシャルワーカー、臨床心理士)が、半分以上を占める体制にする必要があるでしょうね。

 

 

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