テアトル十瑠

1920年代のサイレント映画から21世紀の最新映像まで、僕の映画備忘録。そして日々の雑感も。

マクガフィン(映画用語)

2011-06-17 | 十瑠の見方
(↓Twitter on 十瑠 から

「シャレード」の25万ドルの行方がマクガフィンだというコメントのやりとりをしたけれど、最初は“マクガフィン擬き”と書いたんだよね。というのも、マクガフィンって、結構解釈が難しいんだ。定義はウィキペディアのを持ってくる人が多いけど、実例を挙げるとなると、これが巾が広いんだよね。
 [Jun 15th webで:以下同]

<登場人物への動機付けや話を進めるために用いられる仕掛けのひとつである>という定義から、ケイリー・グラントが人違いから事件に巻き込まれる『北北西に進路を取れ』の、<「ジョージ・キャプラン」という名前こそがマクガフィン>という人がいる。僕は部分的マクガフィンと呼びたいけど。

インディ・ジョーンズシリーズの、「クリスタル・スカル」だとか「アーク」だとかをマクガフィンと呼ぶ人もいる。「プライベート・ライアン」の「ライアン二等兵」もそうだとか。こうなると、マクガフィンも単なる動機付けや話のきっかけではなく、ストーリーの軸となる要素と言うことになる。

「シャレード」の25万ドルは、インディジョーンズの「スカル」や「アーク」のような存在で、そういう意味でのマクガフィンですね。要するに、マクガフィンにも色々あると言うことです。

*

 前回の記事「シャレード」のコメントのやりとりの中で“マクガフィン”について云々しましたが、ネット(つまり巷)ではその解釈にかなり巾がありそうなので調べてみました。

 ウィキペディアによると、その概要は・・・
<マクガフィン(MacGuffin, McGuffin)とは、何かしらの物語を構成する上で、登場人物への動機付けや話を進めるために用いられる、仕掛けのひとつである。登場人物たちの視点あるいは読者・観客などからは重要なものだが、作品の構造から言えば他のものに置き換えが可能な物であり、泥棒が狙う宝石や、スパイが狙う重要書類など、そのジャンルでは陳腐なものである>

 このサイトは随時書き直されるので、少し古いバージョンでは後半が、<作品の登場人物は非常に重要なものだと考えているにも関わらず、観客にはほとんど説明されなかったり、説明されたとしても価値が疑わしいような「なにか」のことである>となっていたらしい。

 元々はイギリスのスパイ物を得意とした小説家が使っていた言葉とのことで、映画関係ではヒッチコックが自身の作品を紹介する際に使っていたので有名です。
 トリュフォーがヒッチコックへのインタビューを纏めた本「ヒッチコック 映画術/トリュフォー」(山田宏一・蓮實重彦訳/晶文社)の中で、ヒッチコックが自作の中のマクガフィンの例として上げたのが、「汚名 (1946)」の中の「ウラニウムの入ったワインの瓶」や「北北西に進路を取れ (1959)」の「ジョージ・キャプランという名の男」など。

 「映画術」でのやりとりを綴ったwebページがあったので転載してみます。

*   *   *   *

【トリュフォー】 <マクガフィン>という暗号は単にプロットのためのきっかけというか口実にすぎないのではありませんか。

【ヒッチコック】 そう、たしかに<マクガフィン>はひとつの<手>だ。仕掛けだ。しかし、これにはおもしろい由来がある。
 君も知ってのとおり、ラディヤード・キップリングという小説家はインドやアフガニスタンの国境で原地人とたたかうイギリスの軍人の話ばかり書いていた。
 この種の冒険小説では、いつもきまってスパイが砦の地図を盗むことを<マクガフィン>と言ったんだよ。つまり、冒険小説や活劇の用語で、密書とか重要書類を盗みだすことを言うんだ。それ以上の意味はない。
 だから、へんに理屈っぽいやつが<マクガフィン>の内容や真相を解明しようとしたところで、なにもありはしないんだよ。わたし自身はいつもこう考えている。砦の地図とか密書とか書類は物語の人物たちには確かに命と同じように貴重なものに違いない。しかし、ストーリーの語り手としてのわたし個人にとってはなんの意味もないものだ、とね。
 ところで、この<マクガフィン>という言葉そのものの由来は何なのか。たぶんスコットランド人の名前から来ているんじゃないかと思う。こんなコントがあるんだよ。

 ふたりの男が汽車のなかでこんな対話をかわした。
 「棚の上の荷物はなんだね」とひとりがきくと、
 もうひとりが答えるには、「ああ、あれか。あれはマクガフィンさ」。
 「マクガフィンだって?そりゃ、なんだね」
 「高地地方(ハイランド)でライオンをつかまえる道具だよ」
 「ライオンだって?高地地方(ハイランド)にはライオンなんかいないぞ」。
 すると、相手は
 「そうか、それじゃ、あれはマクガフィンじゃないな!」と言ったというんだよ。

 この小話は<マクガフィン>というのはじつはなんでもないということを言っているわけだ。

*   *   *   *


 プロットのためのきっかけ、或いは口実、そんな所からでしょうか、今や“マクガフィン”はかなり広義に解釈がなされているようです。改めて「映画術」のヒッチコックの話を聞いていると、ヒッチコックの考えたモノは既に狭義の“マクガフィン”となっているような気もします。

 英語版のウィキペディアに挙げられた“マクガフィン”の具体例は以下の通り。
 『三十九夜』の国家機密
 『マルタの鷹』の鷹の彫像
 『カサブランカ』の通行許可証
 『北北西に進路を取れ』の国家機密
 『シャレード』の****(=ネタバレだったので伏せ字にしました。“25万ドル”の事で良いです)
 『キッスで殺せ』の白熱する光を放つ箱
 『レイダース』の聖櫃(アーク)
 『レポマン』の車のトランクに入ってたモノ
 『パルプ・フィクション』のブリーフケース
 『RONIN』のスーツケース
 『スパニッシュ・プリズナー』の“プロセス”
 『グリーン・デスティニー』の碧銘剣
 『M:I Ⅲ』の“ラビット・フット”
 『パイレーツ・オブ・カリビアン デッドマンズ・チェスト』のデッドマンズ・チェスト
 『トゥモロー・ワールド』の妊婦
 『トランスフォーマー』のオールスパーク・キューブ

 MYブログでリンク中の「映画≠日誌」さんでは、「マクガフィン」の説明で、<アルフレッド・ヒッチコックの用語で、特にサスペンス映画で観客の注意を引きつけたり、プロットの論理を作動させたりする仕掛け、あるいはプロットの一部を指す。ヒッチコックにしたがえば、マクガフィンは目的を達したらすぐに無視されてよい。その例として『北北西に進路をとれ』のはじめの部分人違いと、『サイコ』におけるジャネット・リーの副筋全体が挙げられる。>と、プロットの一部もそうだと仰有る。
 なかなか手強いですな。

 別のサイトでは、「インディ・ジョーンズ・クリスタル・スカルの王国」のプログラム内の文章として、脚本家のデビッド・コープが「このシリーズでは、実際にある神話を基にして、自分たちの物語に組み込むことが大切なんだ。マクガフィンとして、クリスタル・スカルは素晴らしいよ。なぜなら説得力があり、明確にどこからきたという説明もなく、自分たちでそれを作り上げることが出来るからね」と語ったと紹介しており、更に、ジョージ・ルーカスも「スカルに関しては多くの伝説が世界中にある。今回、インディ・ジョーンズが追うのには完璧なマクガフィンだと思ったよ」と言ったよし。
 ルーカスもそうくるか、ってなもんですネ。

 ことほど左様に“マクガフィン”の解釈はボーダーラインが曖昧になっているようです。ヒッチコックは経験から“マクガフィン”は極力無意味であることを良しとしてきましたが、後輩達は、登場人物への動機付けや話を進めるための“仕掛け”として積極的な意味合いを持たせる傾向にあるようです。いずれにしても、「インディ・ジョーンズ」の関連でルーカスまでもがああいった発言をすると言うことは、ハリウッドの“マクガフィン”の解釈は上記の英語版ウィキペディアの具体例のレベルが共通認識になっていると考えた方がよいのでしょうね。

 既述したモノ以外の“マクガフィン”を考えた時に、パッと僕が思いついたのは、「暗くなるまで待って」の「ヘロイン入りの人形」、「おしゃれ泥棒」の「チェリーニのビーナス」、「スタンド・バイ・ミー」の「森の中の死体」、「ブロークン・フラワーズ」の「手紙の送り主、或いは息子」など。

 さて最後に、“マクガフィン”に関連して、僕ら観客の鑑賞態度として注意しなければいけないのは、“マクガフィン”があるか無いか・・・では勿論無くて(笑うところです)、“マクガフィン”でしかないのに、その説明が不十分であると作者の怠慢を酷評する事。ま、そこが気になるのは肝心なところが巧く作られていないという事でもありますがね。
 最近の広義の“マクガフィン”には物語の軸となるモノもあるようです。しかし“マクガフィン”はあくまでも“仕掛け”。作者の狙いは“枝葉”にあるのです。軸をぶらさずに、枝葉をどれだけ充実させているか、そこを観るべきでしょう。だって、美しい花や美味しい実は、枝葉につくものですから。
 

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