テアトル十瑠

1920年代のサイレント映画から21世紀の最新映像まで、僕の映画備忘録。そして日々の雑感も。

■ YouTube Selection (songs & music)


フロスト×ニクソン

2023-07-29 | サスペンス・ミステリー
(2008/ロン・ハワード監督/フランク・ランジェラ、マイケル・シーン、ケヴィン・ベーコン
、レベッカ・ホール/122分)



 ロン・ハワード監督の「フロスト×ニクソン」を観る。
 ニクソンは勿論あのリチャード・ニクソンでありますな。ニクソン大統領が「ウォーターゲート事件」で世の批判を浴び続けてたまらず辞任をした、その後の話であります。
 対するフロストとはイギリスのTV司会者デヴィッド・フロスト。なんでも元コメディアンらしいです。エンターテインメント、バラエティ色の濃い番組の司会者である彼が、アメリカ進出の足掛かりにしようと大物政治家であるニクソンのインタビュー番組を作ろうとするんですね。大統領辞任会見を観たフロストがその視聴率に驚き、色気を出してニクソンの単独インタビューをやろうと。ところがマスコミ各社からのスポンサー料は思うように集まらず、ニクソンからは高いギャラを吹っ掛けられる。更にインタビューの撮影が始まると、集めたブレーンはニクソン憎しの人間ばかりで、フロストの攻め方がぬるいと責められる、という次第。
 資金集めをやりながらのインタビューの撮影が始まるも、ニクソン側からは「ウォーターゲート事件」関連の質問は最終日だけとの契約もさせられる。
 辞任会見でホンの一瞬、心の奥を覗かせたニクソンの表情にインスピレーションを得て企画したフロストだけど、四日間のインタビューの内三日はニクソンにやられっぱなし。さて、最終日、デヴィッドに起死回生の手は生まれるのか・・・。

*

 映画の脚本も書いたピーター・モーガンの舞台が元ネタとの事で、アカデミー賞では作品賞にもノミネートされたそうです。
 地味な題材なんですけどねぇ。流石、ロン・ハワード。これからどうなる?という語り口が面白う御座いました。
 ニクソンを演じたのは懐かしやフランク・ランジェラ。本人よりふっくらしてますが、雰囲気が出てますね。
 ランジェラ共々、フロストのマイケル・シーンも舞台で同じ役を演じたらしいです。
 ケヴィン・ベーコンはニクソンのブレーンのトップの役で、タカ派の感じがお似合いです。

 お薦め度は★三つ半。おまけは無しで、「一見の価値あり」です。
 主人公はフロストなんですが、ニクソンについても唯の悪役に終わらせてなかったですね。全てが終わった後のニクソン邸にフロストがプレゼントを持ってやってくるラストシーンは実話なんでしょうかねぇ・・。 




・お薦め度【★★★=一見の価値あり】 テアトル十瑠
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スリー・ビルボード

2023-04-21 | サスペンス・ミステリー
(2017/マーティン・マクドナー監督・脚本/フランシス・マクドーマンド、ウディ・ハレルソン、サム・ロックウェル、サンディ・マーティン/116分)


 ミズーリ州エビング(架空の町)。7か月前に少女がレイプされた後に殺されるという事件が発生するが、未だに犯人の手がかりを掴めない警察に業を煮やした少女の母親ミルドレッドは町はずれの道路際の看板にメッセージを出す。
 「どうなってるの、ウィロビー署長?」
 癌で余命幾ばくもない署長を案じて部下のディクソン巡査はミルドレッドや看板を貸した広告会社に嫌がらせをするが、そんな中ウィロビーが自殺し、看板が燃やされるという事態になる・・。

*

 DVDジャケットの「衝撃のクライム・サスペンス!」という謳い文句に当然最後は事件が解決するものと思っていたら、肩透かしを食らいました。
 メッセージ看板を出したことによって発生するミルドレッドを中心とした人間模様の軋轢を描いた作品ですな。

 見どころは何と言っても主演オスカーを受賞したミルドレッド役のフランシス・マクドーマンドの演技。悲しみと怒りと後悔を心の奥深くに抱えた母親の表情がどのシーンにも表れていて素晴らしかったです。

 2度目の鑑賞で肩透かし感は消えましたが、振り返っても犯人の事は気になりますな。僕的には事件解決を暗示して終わるのがベストかな。





・お薦め度【★★★★=友達にも薦めて】 テアトル十瑠
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ゴスフォード・パーク

2022-10-09 | サスペンス・ミステリー
(2001/ロバート・アルトマン監督・共同製作/マギー・スミス、マイケル・ガンボン、クリスティン・スコット・トーマス、ボブ・バラバン、ライアン・フィリップ、ケリー・マクドナルド、クライヴ・オーウェン、ヘレン・ミレン、アイリーン・アトキンス、エミリー・ワトソン、アラン・ベイツ/137分)


 多作なアルトマンだが僕はそれ程観ていない。初期に「M★A★S★H マッシュ (1970)」とか「ギャンブラー (1971)」、「ロング・グッドバイ (1973)」を観たくらいで、評判になった群像劇「ナッシュビル (1975)」も見逃していて、以来縁遠くなっていた。群像劇がお得意といわれているが、改めて考えると「M★A★S★H マッシュ」もそうだったな。そして今作「ゴスフォード・パーク」もそうであります。
 まるでアガサ・クリスティの「オリエント急行殺人事件」のような、誰もが犯人になりうるような登場人物が沢山でてくるミステリーで、ちょっと最初はミステリーっぽくない感じで始まるんだけど、登場する人物が誰も皆誰かに悪意を持った人間ばかりで、これはなんか起こるなと段々思えてきて・・・てな展開ですよ。
 終盤には殺人事件が起きて警察が出てくるんだけど、咥えパイプの主任刑事がジャック・タチみたいで、一見切れそうなんだけど実は無能じゃないかと思えるのはアルトマン流のコメディセンスでしょうかね。

*

 1932年の11月、イギリス。
 ある雨の日、郊外に建つカントリーハウス「ゴスフォード・パーク」に親戚縁者が集まってくる。ホストはウィリアム・マッコードル卿とその妻シルヴィア。ゲストはシルヴィアの叔母トレンサム伯爵夫人にシルヴィアの二人の妹ルイーザとラヴィニアとその夫たち、ウィリアムの又従弟にあたる映画俳優ノヴェロとその友人で映画プロデューサーのワイズマンなど。そしてそれぞれには概ね従者が付いていた。表向きは男性陣の明日の野鳥のハンティング・パーティが目的だが、ホストにもゲスト側にも晩餐会でのやりとりに重きを置いている所もあった。
 ゲスト達は上階のそれぞれの客室に入るが、付き人達はハウスの使用人等と同じ階下の部屋に寝泊まりすることになる。
 上階ではお金にまつわる駆け引きで相手の腹の探り合いが始まり、下では使用人たちが忙しく働きながらも主人たちのゴシップに花を咲かせる。
 ホスト夫婦はすっかり氷のような関係だし、姪の旦那の支援が生活の糧なのにどうも打ち切られそうだという噂が気になってしようがない伯爵未亡人。シルヴィアの妹の旦那はアフリカでの事業が軌道に乗らずマッコードル卿からの投資が打ち切られそうでハラハラしている。殆どの来賓者はホストが嫌いなんだが表立っては逆らえないというジレンマを抱えているわけですな。
 そんな中、二日目の夜に事件は起きます。
 ノヴェロがピアノの弾き語りを始め、使用人たちが物陰でうっとりと聴いている時、女性の悲鳴が響き渡る。
 被害者はウィリアム。書斎の机に突っ伏した彼の胸には銀のナイフが刺さっていたのだが・・・。

*

 11月のイギリスですから寒々しい空気感があって、よそよそしい人間関係にぴったりだし、鼻持ちならない伯爵夫人もマギー・スミスにぴったしです。
 オープニングはその伯爵夫人が雨の中を車で出発する所で、彼女にはメアリーというメイドが付いているんだが、このメアリーが物語全体の狂言回しになっていきます。
 映画プロデューサーがカントリーハウスでの人々のやりとりをネタに群像ミステリーを思い付くというのも面白い発想ですね。
 メアリーにはケリー・マクドナルド、ヘレン・ミレンはメイド頭、アラン・ベイツは執事の役でした。

 お薦め度は★三つ半。
 アガサ・クリスティのミステリーのファンには半分おまけです。
 あと登場人物が多いので1回では把握しきれないです。最低2回は観る事をお勧めします。





・お薦め度【★★★★=アガサ・クリスティファンの、友達にも薦めて】テアトル十瑠
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ミュンヘン

2022-09-09 | サスペンス・ミステリー
(2005/スティーヴン・スピルバーグ監督/エリック・バナ、ダニエル・クレイグ、キアラン・ハインズ、マチュー・カソヴィッツ、ハンス・ジシュラー、ジェフリー・ラッシュ、アイェレット・ゾラー、ギラ・アルマゴール、ミシェル・ロンズデール/164分)


 1972年、今から50年前に西ドイツで開催されたミュンヘン・オリンピック。あまりに昔の事なので覚えているのは日本男子バレーボールが逆転で金メダルを獲った事とパレスチナ・ゲリラによるテロ事件が起きた事くらいかな。
 映画「ミュンヘン」は、そのテロ事件を扱ったものだけど、事件そのものはプロローグ的な扱いで、本筋は事件後のイスラエルによる報復事件を追っている。オリンピックで犠牲になったイスラエル選手団員は11人。報復対象は事件に直接関わった者だけじゃなく、指示をしたと思われる者を含めて11人となった。
 主人公はイスラエルのスパイ組織モサドの若者アヴナー。父親もモサドの英雄と云われる人物だけど、家庭を顧みなかった為か奥さんは育児放棄してしまい、アヴナーは養護施設で育った。いわば国に育てられたようなものなのだ。
 事件後にイスラエル側では首相を交えた首脳会議で報復作戦が発案され、アヴナーにチームリーダーとして白羽の矢が刺さった。
 国に育てられたアヴナーには断る理由が思いつかなかった。
 仲間には4種類のスペシャリストが揃えられた。爆弾の製造と処理、車の運転、文書偽造、そして証拠を残さない為の事件の後始末の各専門家だ。

 「ミッション・インポッシブル」みたいにアヴナーに指示をする男も出てくるが、基本的にアヴナーたちはイスラエルとは無関係な人間として活動するので連絡はほぼ取り合わない。唯一といっていい連絡方法はスイスの貸金庫。最初に与えられた情報も殺害対象のパレスチナ人の名前と写真だけだった。居場所などはアヴナー達が調べる事になる。
 この時に出てくるのがフランス人の情報屋だ。
 この情報屋もうさん臭くてねぇ。対象人物の居場所だけでなく、アヴナー達のホテルをとってくれたり爆弾を調達してくれたりもするんだけど、映画の中盤にはアヴナー達とあるアラブ人組織が一つの部屋を共用せざるをえなかったりする。アヴナー達が上手くごまかして事なきを得るが、一発即発のシーンもありハラハラした。

 全体的にスピルバーグらしいハラハラドキドキシーン満載で、心臓の音を思わせるようなBGMも効果的だし、殺害対象の男を爆死させようとして間違ってその男の娘を殺しそうになるシーンではカットバックがバッチリの出来だった。
 題材からドキュメンタリータッチかと予想していたが、しっかりとスピルバーグタッチだったな。

 暗殺対象者を追ってアラブ諸国に入るのは危険なので、あくまでもヨーロッパに滞在する人間を殺す。爆弾によるものがメインだが、最初のはピストルによるものだった。
 民間人の巻き添えなどは出さないのがルールだが、ホテルのマットレスに仕掛けた爆弾は強力過ぎて隣の新婚さんにも大怪我をさせてしまう事もあった。

 やがてパレスチナ側にもアヴナ―達の動きが察知され、一人二人と仲間の命も狙われるようになり、中には神経的に参ってしまう人間も出てきたりする。

 アルジェリア独立紛争を元にした「アルジェの戦い (1965)」ではテロ組織側の視点で描かれていたが、「ミュンヘン」ではイスラエル側が主人公ながらパレスチナ側の考え方も表現されていて観る価値は一枚うわてだと思う。





・お薦め度【★★★★=サスペンスファンの、友達にも薦めて】 
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紙の月

2022-08-09 | サスペンス・ミステリー
(2014/吉田大八 監督/宮沢りえ、池松壮亮、小林聡美、大島優子、田辺誠一、近藤芳正、石橋蓮司、中原ひとみ、平祐奈/126分)


 J-comチャンネルで放送されたので録画して観る。
 「紙の月」=「ペーパー・ムーン」ですな。中身は全然違うけど、主人公が詐欺をするのは同じ。角田光代(「八日目の蝉」etc)の同名小説が原作だ。
 銀行に勤める主婦が横領事件を起すという現実にもあった様な話なんだけど、動機がちょっと変わってるのが異色に感じるね。

*

 まずはストーリー紹介だが、ウィキを一部拝借して加筆修正する。

 バブル崩壊直後の1994年。夫と二人暮らしの主婦、梅澤梨花は、銀行の契約社員として外回りの仕事をしている。細やかな気配りや丁寧な仕事ぶりによって顧客からの信頼を得、上司からの評価も高い。何不自由のない生活を送っているように見えた梨花だったが、自分への関心が薄い夫との間には空虚感が漂いはじめていた。
 そんなある日、デパートで化粧品を買おうとした梨花は手持ちのお金が不足していた為、ふとその日預かっていた顧客の預金に手をつけてしまう。この時は1万円だけで、これはすぐに駅中のATMを使って返却した。
 梨花の担当する一人暮らしの老人で前の担当者も嫌っていた高慢な態度の男の家で、その孫という大学生の光太と逢う。後日駅で何度か再会し、やがて光太の好奇の眼差しを感じる内に彼女から誘うようにホテルに入ってしまう。
 老人から公太が借金を抱えている事を聞いた梨花は彼に返済の手助けを申し出るが断られる。折から老人の現金を預かる事になった梨花は、銀行と老人を欺き、公太に自分からだと渡してしまう。
 『但し、あげるんじゃないわよ、無利子で貸すの。2年間できっちり返してね』
 公太は『こんな事をすると二人の関係も変わっていくよ』と言うが、梨花は『変わらないわよ。なんならお爺様から借りたと思えばいいじゃない』と言う。
 こうして少しずつ彼女の金銭感覚と日常が歪み出し、次第に後戻りの出来ないまでになってしまうのだが・・という話。

*

 梅澤梨花に扮するのは宮沢りえ。ショートカットとスレンダーなスタイルに銀行の制服が似合っていて清潔感が増し増しになっている。おかげで、この後の公太との不倫の展開が少し不自然にも感じるくらいだった。1回目の鑑賞では、洋画で言えばキム・ノヴァクがお似合いの役をオードリー・ヘプバーンにやらせている感じだなと思ったネ。
 <夫との間には、空虚感が漂いはじめていた>と書いてるけど、夫役が温和な印象の田辺誠一なので深刻さが感じられずに、この点も不倫への展開に性急感を覚えた。

 さて、梨花の横領事件は現在の話で、映画では途中彼女の過去のエピソードが所々に挿入される。
 それは彼女がミッション系一貫校の中学校に通っている頃の事で、「愛の子供プログラム」という慈善活動の様子である。それは生徒が自分の出来る範囲で東南アジアの恵まれない子供たちにお金を送るというもので、梨花は「人は施しを受けるよりは与える方が幸せである」というシスターの教えを実感を持って受け止めるのである。
 梨花は後日シスターから叱責を受ける程にこの活動にのめり込むんだが、それは現在の話である横領事件に結び付く。
 つまり、横領事件の始まりが公太への施しになっているからだ。彼女がそれに気付いているかどうかは分からないままだが、作者の意図はそういう事だと僕は思った。

 お薦め度は★二つ半。「桐島、部活やめるってよ」と同じく吉田監督の語り口はちゃんとしてるんだが、肝心の梨花の動機やら心情の動きが不明確に感じるんだよね。
 結末もスッキリしないし。





・お薦め度【★★=語り口は、悪くはないけどネ】 
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パラサイト 半地下の家族

2021-02-11 | サスペンス・ミステリー
(2019/ポン・ジュノ監督・共同脚本/ソン・ガンホ、イ・ソンギュン、チョ・ヨジョン、チェ・ウシク、パク・ソダム/132分)


 韓国映画は高評価の多いキム・ギドク監督作品でさえ一本も観ていない僕だが流石にコレはいつか観ようと思っていた。なにせ米国アカデミー賞の作品賞、監督賞を受賞したのだから。それが先月、地上波でノーカット放送されたので迷わず録画した。以前ならNHK以外はなかなか録画もしなかったが、去年買ったレコーダーは再生時にCMをスッ飛ばしてくれるスキップボタンがあるので助かるのだ。

*

 韓国、ソウル。
 かつてソウルでは北朝鮮からの攻撃に備えて集合住宅を建てる際には防空壕として地下に部屋を設ける事が義務化されていた。時と共にその危機意識も薄れていき、また経済的な理由もあって地下室も住居として賃貸することが許されるようになった。外光を採り入れる窓が小さく虫の発生も多い、この半地下の部屋は賃借料が安い為、貧困家庭の象徴的なものとなっていた。
 この映画は、そんな半地下で暮らす貧困家族が主人公である。
 父親のキム・ギテクは何事にも我慢強く温厚な男。その妻のチュンスクは元アスリート。息子のギウは2年目の大学浪人で、美術系が得意な妹のギジョンも浪人生という四人家族だ。
 ピザ屋の配達用紙パックの組み立てアルバイトを家族総ででやっているという家族紹介のシーンが簡潔に描かれた後、ギウの友人でエリート大学生のミニョクが訪ねて来て物語は動き出す。
 ミニョクの用事はこういう事だった。
 長期の留学をすることになったのだが、今英語の家庭教師をしているパク家の長女、女子高生ダヘの後任の先生になって欲しいというのだ。ギウが自分は大学生でもないしミニョクには学生の知り合いが沢山いるだろうに何故?と聞くと、ミニョクは可愛いダヘに性欲旺盛な大学生は紹介したくないし、ギウの英語の実力は学生並みだから問題ないというのだ。自分の紹介ならばあちらの親も疑わないし、なにしろダへの母親はミニョク曰く『シンプルな人』らしい。つまり単純な人というわけ。要するにミニョクはダヘが好きなのだ。
 ダヘの父親はIT企業の社長をしている金持ちなのでアルバイト料も良い。ギウは妹のギジョンに学生証明書を偽造させて、高台にあるパク家の大豪邸を訪ねるのであった。

*

 英語原題は【parasite】。寄生生物ですな。
 邦題では後ろに「半地下の家族」とつけて、ちょっと「万引き家族」を連想させるようなモノになっていますが、この映画には社会的な視点を無理強いさせるような所はないです。単純にサスペンスとして楽しめます。勿論、現代社会の物語ですから世相は反映されていて、ブラック・コメディ的な部分も多くそこも興味深いところではあります。

 さて、この後どの様にキム一家がパク家に寄生していくか、ちょっとだけ書いておきましょう。

 パク家にはダへの下に小学生のダソンという男の子がいて、彼は少し問題児。落ち着きが無く突拍子もない言動を見せる。ただ絵を書くのは好きらしく其方の才能を伸ばそうと家庭教師を付けたんだが、やはり落ちつかい態度に何人も辞めていったという過去がある。壁に飾ってあったダソンの特異な絵画を見たギウは、自分の従姉妹の知り合いにアメリカ帰りのアート系セラピーに強い女性がいるが、彼女ならダソンの力になるかも知れないと言う。
 シンプルなパク夫人はギウの言う帰国子女に逢ってみる事にするのだ。

 勿論、その女性に成りすますのがギウの妹ギジョン。
 ネットでかじったアートセラピーの知識を適当に混ぜてまんまとダソンの絵の家庭教師になる事に成功するのです。ダソンの絵には小さい頃のトラウマが描かれていると言うと夫人は驚く。ダソンがかつて家の中でお化けを見たと卒倒した過去があったからだ。ダへは弟には虚言癖があるというのでトラウマもそういう類のモノかと思っていたら、終盤になって嘘ではなかったことが分かる。

 パク家の父親であるパク氏はIT企業の社長なので専属ドライバーがいるが、このドライバーの職を乗っ取るのがキム家の父親ギテクだ。乗っ取りの段取りについては割愛しましょう。ここでアイデア賞を発揮したのがギジョンだった事だけ書いておきます。

 キム家で無職は後は母親のシュンスクだけ。
 彼女が乗っ取るのがパク家に長年仕える住み込みの家政婦のムングァンです。ダへによるとムングァンには桃アレルギーという持病があり、なのでパク家では桃が一切出てこない。これを聞いたギウが一計を案じる。ま、これも割愛しましょう。
 そうやって、ついにはキム家は全員がパク家に寄生することに成功するわけです。

 ダソンの誕生日、パク一家はテントや食料品を車に詰めてキャンプに出発する。一泊の予定なので寄生家族のキム一家は半地下の部屋から抜け出し、なんの気兼ねも無く豪邸の居間に集まり、酒やおつまみを並べて寄生成功の祝杯をあげる。
 夕方から曇り出した空からは夜になって雨が降り出した。すると何の前触れもなくインターホンがなる。
 やって来たのは少し前に解雇された前の家政婦ムングァンだった。急に首になったので地下室に忘れ物をしたのを思い出し取りに来たという。ダへとはメールのやりとりをしているので今夜パク家が留守なのを知っていたというのだ。
 シュンスク以外の寄生者が陰に隠れて様子を見ていると、ムングァンは地下室に降りていく。なかなか上がって来ないのでシュンスクも降りていくのだが・・・。

*

 お薦め度は★四つ半。
 雨の夜に急に帰って来たパク家とキム家との騒動が、ドリフターズのドタバタコントみたいで少々長いと感じたので★半分減点しましたが、なにより画作りがスマートなのでストレスなく観れるのがいいです。
 伏線が伏線らしくなく語られているのもスマート。
 キャンプの夜の雨が高台の豪邸にはなんの支障も無いのに、半地下家族の本拠地には災害となってしまっていたという展開。
 片やお祝いパーティーの準備でウキウキしているシーンの裏では、降雨災害の被災者が集まる体育館で古着の配給が始まっているという皮肉。
 怒涛のクライマックスに収束させていくワイドな視点も感心しました。
 ホラーストーリーとしてエピローグを設けるという感覚(伏線回収もしている)は良いんですが、内容が内容だけに余韻を残すまでには至らなかったのも減点ですかな。

 タイトル名を知っている「殺人の追憶」「グエムル -漢江の怪物-」もポン・ジュノの作品との事。改めて観たくなりました。





・お薦め度【★★★★★=サスペンスファンなら、大いに見るべし】 テアトル十瑠
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ネタバレ備忘録 ~ 「マッチポイント」

2020-12-27 | サスペンス・ミステリー
 allcinemaでエロチック・サスペンスと紹介された「マッチポイント」の息苦しいまでのドキドキが展開する終盤について書いておこうと思います。
 未見の方には当然“ネタバレ注意”です。

*

 クロエと結婚するもノラの事が忘れられないクリス。
 美術館で再会した後、二人はホテルで密会を続け、時間の無い時にはノラのアパートで情事を重ねます。クリスはただ肉欲に溺れているだけですが、ノラにとっては略奪もいとわない逢びきでした。離婚するつもりだと言いながら全然事が進まないのに業を煮やしてイライラを隠さなくなるノラ。クロエの不妊治療が続く中、ついにはノラが妊娠してしまいます。
 一人の時間に耐えられないとノラはますますクリスに不満をぶつけ、それでもクロエへの不倫告白を先延ばしにするゲス男は帳尻合わせに行き詰り、ついにある計画を実行に移してしまいます。

 冒頭でドストエフスキーの「罪と罰」をクリスが読んでいるので、何か事件が起こるんだなという予感はしていた訳ですが、まさかそれが殺人事件にまでいくとはねぇ。
 離婚をしてノラとの新生活に入るのはあまりにも失うものが多いと計算したんでしょう。ま、そんな事は最初っから明白な事なんですがね。
 ヒューイット家の別荘の地下室から猟銃と銃弾をテニスバッグに詰め込み、仕事帰りにノラのアパートに向かうクリス。ノラには良い報告があると嘘の電話をして帰宅時間まで計画に当てはめていきます。
 クリスは一度見かけた事のあるノラの部屋の向かいに住む老婦人の部屋のドアを叩きます。幸運なことに老婆は彼の事を覚えていて、ノラの部屋のテレビの受信具合が悪いのでこちらのテレビの設定を確かめさせてくれと言って、まんまと中に入ることに成功します。
 観ている僕たちはクリスは一体何を始めるんだろうと思うわけですが、老婦人が別の部屋に移ったのを待っていたかのように彼はテニスバッグの中から猟銃を取り出し、組み立て、弾を込めて婦人の居る部屋に向かい、あっという間に撃ち殺してしまうのです。
 はぁ?!ってなもんですが、この後クリスはまるで強盗が入ったかのように部屋中を散らかし、装飾品をポケットに入れ薬の瓶をバッグに詰め込んでいきます。なんとなく計画が分かってきますね。事件の本筋がこの老婦人の殺害に見せかけて、ノラは巻き添えをくった二次被害者にしようとしているのです。

 猟銃を組み立てるのがスムーズじゃない所を凝視するようにカメラが捉えているのでハラハラしますし、殺人を犯した後の震え慄く殺人者の様子もリアルです。
 帰宅の途についているノラの姿や、この後クリスとオペラ鑑賞を予定しているクロエが会場に向かう様子も挿入され、緩急のリズムが見事なモンタージュですね。

 マンションの上階に住む黒人男性がクリスが銃を持って隠れている老婦人の部屋のドアをノックする(何か買う物はないかという親切な声掛けの)お約束のシーンも入り、その男性が諦めて一階に降りた所でノラと逢って会話するシーンも入ります。
 老婦人の部屋の前で隠れるように待つクリス。
 エレベーターで上がって来るノラ。殺害シーンはあくまでも加害者のショットのみの表現でした。
 その後、クリスはタクシーを拾ってクロエが待つ劇場へ行きオペラを鑑賞するわけです。



 以上が終盤の犯罪シーンですが、この後は僕が結末がどうしても承服できない訳を綴ろうと思います。

 まずは犯罪の杜撰さですね。
 あんな住宅街の真昼間に猟銃を使うっておかしいでしょ。ロンドンの昼間の喧騒が如何程のモノなのか知りませんが、消音器も付けていない銃を使うって大胆ですよね。上の方の階だから通りの人には聞こえないかもしれませんが、同じマンション内や隣の棟には聞こえるでしょうに。
 この通りでは強盗事件が頻発しているとノラが言っていたのはクリスの計画が理にかなっていると思わせる伏線ですが、逆にそんな場所なら住民の危機感も強いわけですから、なにも騒ぎが起きない方がおかしいですよね。
 そもそも麻薬常習者の犯罪に見せかけるのなら道具が猟銃と言うのも変です。例えばサバイバルナイフの方がらしいです。音もしないし、持ち運びの簡単さも猟銃とは雲泥の差。貧乏人が猟銃って・・・。

 犯罪の多い通りということからも一つ気になるのは、あの通りに防犯カメラは無かったのか?
 今の日本なら数十メーターおきにカメラがあって、大きなテニスバッグを抱えてビルに入っていく男の姿は確実に映っていただろうし、犯行後に慌てたようにして走り去っていく所も捉えていたでしょう。
 2005年のロンドンだって防犯カメラはあったはずなんですが、アレンのこのお話の時代設定はいつなんでしょうかね?
 まるで、ヒッチコックの映画のお話の様です。

 クリスが犯行を済ませた後に、僕らはノラのお腹の赤ん坊が決め手になるんだろうなと思うわけですが、警察のクリスの事情聴収の際に明かされた彼女の日記の存在にそれ見た事かと思ったのもつかの間、担当刑事からノラの妊娠の話は出てきません。
 つまり、あの妊娠の事はノラの作り話だったという事ですね。
 ま~、これもクリスの計画の穴の一つですよね。
 たまたま妊娠はノラの嘘だったけど、あれが本当だったら、しかも日記に二人のやりとりが詳細に書かれていたらどうなっていたでしょう。

 鋭そうでなんか間が抜けている感があるのがあの警察ですね。
 なんで犯行時間のクリスのアリバイを確認しない?
 被疑者ではなくとも、少なくとも日本の犯罪ドラマでは『念のためですが、この(事件が起こった)時間、あなたは何をされていましたか?』ぐらいは聞くでしょう?
 『テニスをしていました』何て言えばすぐに嘘だとバレるし、アリバイは無いのですから。

 なんか重箱の隅をつついたような印象を持たれるかもしれませんが、それもこれもアレンさんの本の結末がクリスの罪が何の疑いもなく過ぎ去ってしまっているからです。
 「陽のあたる場所」のような裁判で死刑を申し渡されるシーンが無いにしても、彼の人生が音を立てて崩れていく明確な予感を残して終わってくれてたら、上記の疑問はチャラになってしまうはずなんですけどネ。
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マッチポイント

2020-12-26 | サスペンス・ミステリー
(2005/ウディ・アレン監督・脚本/ジョナサン・リス・マイヤーズ(=クリス・ウィルトン)、スカーレット・ヨハンソン(=ノラ・ライス)、エミリー・モーティマー(クロエ)、マシュー・グード(=トム・ヒューイット)、ブライアン・コックス、ペネロープ・ウィルトン、ユエン・ブレムナー/124分)


 マンションの共同アンテナのサービス・チャンネルで放送されていたので録画しました。コロナ禍の中、レンタルにも行きづらい所に以前から観たかった作品だったのでラッキーでした。

*

 アイルランド出身のプロテニスプレーヤーが競技生活に疲れ、ロンドンの高級テニスクラブで会員相手のコーチの職を得る。彼の名前はクリス・ウィルトン。アンドレ・アガシなど一流選手とも対戦したことはあるが勝利に対する執念からして劣っていると感じたし、過酷なツアーにも馴染めなかったのだ。
 市内にちょっと高めの部屋を借り、クラブでは早速大企業の御曹司のお相手をすることになった。御曹司の名前はトム・ヒューイット。
 汗を流した後の雑談で気に入られ、ヒューイット家の別荘に誘われる事になった。けっして裕福な家庭で育ってはいないが卑屈ではなく、礼儀正しい態度が気に入られたようだった。オペラが好きという所もヒューイット家に合った。
 トムにはクロエという妹がいたが、彼女もクリスに好感を持った。
 別荘にはトムの恋人も呼ばれていたが、彼女はノラというコロラド出身のアメリカ人だった。肉感的な唇のセクシーな女性ノラ。女優の卵らしいがトムの母親からは息子の嫁に相応しくないと毛嫌いされているようだった。
 クロエの彼氏という地位を確実に手に入れながら、ノラの官能的な魅力にも惹かれるクリス。
 2度目の別荘訪問の際、トムの母親に才能について侮辱されたと感じたノラは雨の中に出て行き、それを見つけたクリスは追いかけ、どちらが誘うでもなく麦畑の中で愛し合うのだった。
 将来、義理とはいえ姉弟の関係になるやも知れないのでノラはクリスとの距離をとろうとしたが、クリスは尚も未練を残していた。
 クロエの口添えもあってクリスはヒューイット家の経営する会社に厚遇で採用され、やがて二人は結婚する。
 その後、トムからノラとは婚約解消したことを知らされ、改めてノラの消息を探したが電話も繋がらず諦めかけていた頃、偶然に街中で二人は再会する。
 強引に連絡先を聞くクリス。請われるままに教えるノラ。
 理性では抑えられない愛欲だけが引き鉄の二人の逢瀬は、この後破滅への道を辿っていくしかないのだが・・・。

*

(↓Twitter on 十瑠 から(一部修正あり))

ウディ・アレンの「マッチポイント」を観る。結構新しい作品と思ってたけど2005年、15年前なんだね。序盤でドストエフスキーが出てくるから「罪と罰」辺りが参考になるかと思いきや・・、なるほど「陽のあたる場所」か。ただなぁ、語りがストレート過ぎない? それに結末も呆然としてしまうし。
 [12月 8日 以下同じ]

「マッチポイント」。序盤から不倫話になっていくのは見え見えで、『はぁ、「ハンナとその姉妹」の二番煎じか』と思って観てて、中盤以降は同じような局面の繰り返しでダレてきたが、終盤、allcinemaのエロチック・サスペンスというジャンル設定が納得の展開にドキドキしてきた。

ただなぁ。最初のツイートにも書いたけど、時系列通りの展開で語っては新鮮味がないよね。ラストはこちらの予想をイイ意味で裏切ってくれて面白いんだけど「女と男の観覧車」のラスト程の納得感はないわな。定石通りの展開なのにあのラストは中途半端。定石通りが正解と思うけど。

主人公が持ってた携帯、所謂ガラケーだったので調べたら、iphoneって2007年の発売だった。そんなに古い映画だったんか。

映画はストーリーを語るものだが、同時に人間を描くものだ。「マッチポイント」の主人公にラスコリニコフを投影しようとするのなら、もっとバックボーンもちらつかせた方がいい。と、僕は思う。とは言いながら「罪と罰」は読んでないんだけど・・。

「マッチポイント」3回目を観る。ま、2回目は途中で邪魔が入ったので実質2回目かな。2回目だからやはりポイントは上がる。終盤の息苦しいまでのサスペンスに持っていくプロットの巧さ、細かな演出の冴、伏線の数々にも唸るけど、どうしてもラストは承服できないな。
 [12月22日 以下同じ]

ウディ・アレンの作品で愛欲がドラマの動機になってるのって僕には強引すぎる感が残るんだよね。「ハンナと・・」とか「マッチポイント」も不倫が強引なのよ。後先全然考えてないし。ただ、後者が前者より面白いのは犯罪サスペンスとなって盛り上がるからだ。運が強すぎる嫌いはあるけれどネ。

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 2週間もかかってたんですね、2回観るのに。
 どうしても2回観ないと掴み切れないレベルの映画なんですが、サスペンスなので終盤の展開と僕が納得できない理由をこの後のネタバレ備忘録に書くことにします。

 観終わってしばらくすると幾つか疑問も出てくるのに観ている間はアレンの巧い語り口にそのまま乗せられたって感じ。

 アカデミー賞では脚本賞に、ゴールデン・グローブでは作品賞(ドラマ)、助演女優賞(ヨハンソン)、監督賞、脚本賞に、フランスのセザール賞でも外国映画賞にノミネートされたそうです。





・お薦め度【★★★★=サスペンスファンの友達にも薦めて】 テアトル十瑠
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いのちの紐

2020-01-16 | サスペンス・ミステリー
(1965/シドニー・ポラック監督/シドニー・ポワチエ、アン・バンクロフト、テリー・サバラス、スティーヴン・ヒル/98分)


 1965年製作のアメリカ映画「いのちの紐(ひも)」を観る。
 2005年に書いたアン・バンクロフトの訃報記事で、彼女の出演映画の中で見逃していて残念な作品の一つとして挙げていたもので、この度ツタヤの(発掘良品として)棚に並んでいたのでレンタルしてきました。
 漠然と監督はアラン・J・パクラと思っていましたがシドニー・ポラックでした。それまでTVドラマを手掛けていたポラックさんの劇場用映画の監督デビュー作らしいです。

*

 物語の舞台は西海岸北部の港町シアトル。
 当時のアメリカでは2分に一人の割合で自殺未遂が発生していて、それを防ごうと「自殺防止協会」という組織を作り、「いのちのダイヤル」を開設して一人でも自殺志願者を減らそうとしていたのです。
 この映画は、「いのちのダイヤル」に電話を掛けてきた睡眠薬自殺を図る一人の女性と彼女の命を救おうと必死で説得を続けるボランティアの黒人大学生との或る一夜の物語であります。【原題:The Slender Thread】

 黒人大学生アラン・ニューウェルに扮するのはなんと当時38歳のシドニー・ポワチエ。2年前の「野のユリ」で主演オスカーを獲った彼の、同じくヒューマニズム溢れる演技がドはまりしている役でした。
 睡眠薬自殺を図る女性インガ・ダイソンにはアン・バンクロフト。彼女も3年前の「奇跡の人」でオスカーを受賞した名女優でした。
 そして、「自殺防止協会」の所長をテリー・サバラスが演じています。

 オープニングはシアトルを俯瞰で捉えた映像が続いて、その中に愁いを帯びた表情で街角に佇むインガの姿も見えます。大学のキャンパスから出てきて「自殺防止協会」のあるビルに向かって車を走らせるアランも挿入されて、BGMのクインシー・ジョーンズのジャズが軽快なリズムながらもサスペンスドラマの序章らしいムードでした。

 でも何と言ってもこのドラマの成功の最大要因はスターリング・シリファントの脚本でしょうね。(但しオリジナルではなく、『ライフ』誌に掲載されたシャヴァ・アレクサンダーの実話が元ネタらしいです)
 インガが電話を掛けてきた時には既に睡眠薬を大量に飲んだ後で、あと何時間か後には絶命するかもしれないという状況。なのでアランは電話での会話をなるべく伸ばして逆探知をして彼女の居場所を探ろうとするんですね。つまり時限サスペンスの要素があるんです。
 逆探知をするには電話局の協力が必要ですが、その辺の仕組みは出来ていて、局の動きもカットバックされながら描かれます。
 また「自殺防止協会」の所長はその夜家族と外出する予定で、但し緊急の場合は戻ってくると連絡先をアランに知らせています。電話局との連携で所長に連絡が取れたり、「自殺防止協会」の仲間も集まってくれたり、アランも孤軍奮闘ではなくなっていくんですが、所長曰く『彼女は君と話をしている。いま他の者に代わると電話を切る可能性が高い』
 あくまでも独りで対応していると思わせるべくアランは受話器を握り続けるのです。
 警察、電話局との連携の様子も当時は目新しい感覚で見られたでしょうし、なかなかインガの居場所が特定できなくて、今見てもハラハラしますね。

 アランとインガの会話の中、彼女の人生が折々に過去映像として挿入され、自殺に辿り着いた原因についても謎解きのシークエンスになっていて映画的です。
 全体としても2時間TVドラマの感覚で観れるコンパクトな作品ですね。

 カメラのロイヤル・グリッグスはあの「シェーン」でオスカーを獲った人。今作はモノクロでした。
 お馴染みのイーディス・ヘッドはここでも衣裳デザイン賞にノミネートされたそうです。





▼(ネタバレ注意)
 インガを自殺未遂にまで追い込んだ問題について書いておこうと思いましたが、つまびらかにするのは止める事にしました。自身への備忘録としても、ヒントで宜しかろうと。
 12歳の息子も巻き込みかねないシリアスな夫婦の問題であり非はほぼインガにあるのですが、この映画はサスペンスドラマなので、その問題の評価はさておいて、彼女を病的にさせてしまったことだけ受け入れるのが鑑賞者としては正しい態度でしょう。
 形式上はハッピーエンドですが、彼らの今後の人生を考えると素直に喜べないところもありますね。

 この2年後の「卒業」のミセスロビンソンにアン・バンクロフトはキャスティングされるのですが、この作品が影響を与えたのではあるまいかと観ていてふと思ったりしました。
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セイフ ヘイヴン

2019-11-05 | サスペンス・ミステリー
(2013/ラッセ・ハルストレム監督/ジュリアン・ハフ、ジョシュ・デュアメル、コビー・スマルダーズ、デヴィッド・ライオンズ/116分)


ラッセ・ハルストレム監督の「セイフ ヘイヴン」を観る。2014年に「HACHI 約束の犬 (2008)」を観て以来だな。ま、「アンフィニッシュ・ライフ (2005)」は何回か再見したけれど。

アメリカ、ボストン。警察に追われた若い女は当てもなくアトランタ行きの長距離バスに乗り込み、途中トイレ休憩に立ち寄った港町サウスポートの様子に惹かれバスを降りることにした。ケイティと名乗った女は森の中の古びた小屋を借り、海辺のレストランで働き始める。バス停留所近くの雑貨屋の店主アレックスは二人の子持ちで、長距離バスから降り立った彼女が町に残ったのが気になった。ケイティの通勤路にアレックスの店はあり、徒歩通勤の彼女の為にアレックスは中古の自転車をプレゼントする。初めは断るケイティだったが、ケイティの小屋の近くに住むという女性ジョーに諭され彼の好意を受ける事にした。レストランの女性オーナーによると、アレックスは数年前に奥さんを癌で亡くしたばかりで失意の中にいたが、長男のジョシュが父親に反抗的な態度をみせるのにも悩まされていた。ジョシュも母親が恋しいのだ。ジョシュの妹レクシーは母親の記憶が薄いおかげか明るい女の子で、入学前なのに店番も出来るおしゃまな子だった。他人との距離をおくケイティだったがそんなアレックス一家とのふれあいが続いて仲良くなれた頃、アレックスは警察署でケイティの指名手配写真を見つけるのだった・・・という話。

冒頭はサスペンス風。サウスポートに着いてからはボーイ・ミーツ・ガールからのラブ・ロマンス。それでも序盤の犯罪絡みの続きが細切れに語られて、先行きが気になるミステリアスなムードも有る。全体の設定が掴めてからは終盤にスリラーっぽい展開もあるのかと思わせつつ、最終的にはハルストレム監督お得意のお伽噺ムードも漂ってきて・・という不思議な作品。

これ以上書くと作者がせっかく秘密にしておいたモノがネタバレしてしまうので止めておきますが、個人的には全体の設定はそれほど目新しくも無いし、面白さの半分以上は監督の語りの巧さによるもので、人物描写もそれほど個性的ではない。
 家族の愛情というのが大きなテーマなんだけど、ミステリー風に語られる犯罪が暗すぎて不統一感を感じるな。

全ての俳優さんが初めての人ばかりで、ヒロインのジュリアン・ハフはちょっとメグ・ライアンを思い出す可愛いらしさだけど、アレックス役のジョシュ・デュアメルと共に過去にラジー賞の受賞者だった。なんとなくこの映画の人物描写の浅い感じがあるのは演技者のせいかも。

お薦め度は★二つ半。監督の語りの巧さと、俯瞰撮影を絡めた独特のムードは好物なので★半分おまけです。

原作者のニコラス・スパークスは「きみに読む物語(2004)」の原作者でもあるし、ハルストレム監督は「親愛なるきみへ (2010)」というベストセラーの映画化も手掛けている。


▼(ネタバレ注意)
先立った者の残された者への愛情の深さが裏のテーマでしょうか。
 それにしても、ジョーさん。ケイティと二人だけの所に現れるのは構わんけど、群衆の中に出没するのはどうなんだい。知ってる人も沢山いるでしょうに。
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