テアトル十瑠

1920年代のサイレント映画から21世紀の最新映像まで、僕の映画備忘録。

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おもいでの夏」より

スローターハウス5

2017-09-17 | SF
(1972/ジョージ・ロイ・ヒル監督/マイケル・サックス、ユージン・ロッシュ、ロン・リーブマン、シャロン・ガンス、ヴァレリー・ペリン、ペリー・キング/103分)


(↓Twitter on 十瑠 から(一部修正あり))

ロイ・ヒル監督の「スローターハウス5」を観る。先日ネット購入したDVD。主人公が過去や未来に本人の意思に関係なく行ったり来たりする話というのは知ってたけど、SFチックな感じは思ったより少なかったな。重要なエピソードは第二次世界大戦中のドレスデン大空襲だった。
 [ 9月 12日 以下同じ]

昨日が9.11という事で、My Back Page に「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」を挙げていたけど、まさか今日見た「スローターハウス5」もドレスデンを扱っていたとは。原作がカート・ヴォネガット。村上春樹が好きだって言ってた作家だが、確か短編集を大昔に読んだ気がするな。

「スローターハウス」っていうのは「屠殺場」の意味で、ドイツ軍の捕虜となった主人公が元「屠殺場」の5号舎に入れられるから後ろに「5」が付いている。

フィルモグラフィーで調べると、ロイ・ヒル監督としては「スティング」の前作にあたる。SFという触れ込みだったけど、雰囲気としては「ガープの世界」に似て、人生を俯瞰で見ているよう。ただ、僕にはまだ真意は掴めていないので、紹介記事は書けないです。

主人公は時間や場所さえも(本人の意思には関係なく)行ったり来たりするんだけど、本当に身体も移っているかといえばそうでもなく、じゃあ意識だけかというとそうでもない(地球以外の星に行く)シーンもあったりして、左脳で考えるとイラつく感じもある。難しく考えない方がいいんだろう。

第二次世界大戦中の過去エピソードと現代が並行して描かれるが、シーンの切り替えにマッチカットが多用されていて、また、次のシーンの音を先行して流したりするテクニックが使われて懐かしい感じがした。編集はデデ・アレンという女性。「スラップ・ショット」、「レッズ(1981)」など。

「スローターハウス5」2回目を観る。初見後、作者が描きたかった事を色々考えたがよく分からなかった。『万事塞翁が馬』的な事かと考えたりしたが2回目を観て違うと思った。もっと積極的な思想があるんだろうが、はっきりしない。勿論言葉にも出来ない。多分原作を読んでも明確に掴むのは無理だな。
 [ 9月 16日 以下同じ]

映画的テクニックはやはりマッチカットの巧さが光る。オーバーラップや音を先行させるのも結局はマッチカットの効果を狙っているわけだ。一般映画ファンにはなんてことないかも知れないが、マニアックなファンにはお薦めしたい作品だな。

ストーリーは第二次世界大戦での出来事と、主人公の人生のふり返りを並行している。ただ、戦争体験は時系列なのに、ファミリーヒストリーが時系列じゃないのが昨今の時間軸操作の先駆け的で興味深い。

*

 ここからは備忘録。まずは、主人公の人生を時系列に直しておきます。

 ビリー・ピルグリムは優しい母親と厳しい父親に育てられた。父親との思い出は、まだ泳げない幼い頃に水着も着てないままにプールに投げ込まれた事くらい。
 検眼士の専門学校に行ったのは自分の意志で、他人の役に立つし需要が多いと見込んだからだが、この考え方は後に捕虜収容所であった大学教授のダービーに懸命な生き方だと誉められた。
 戦争から帰ると、検眼士専門学校の経営者でもある実業家の娘バーバラと結婚した。彼女からのアプローチだ。
 一男一女に恵まれたが、息子は若い頃は親に反抗的だった。
 バーバラの父親は、当初ビリーには期待してなかったが、やがて認めるようになりビリーも右腕として有能ぶりを発揮した。
 ある時、チャーター機で仕事に向かうも離陸して25分で墜落。義父は亡くなったが事故を予知していたビリーだけが奇跡的に助かった。
 その事故を聞いたバーバラは動転したまま車を運転し、あちこちで交通事故。ビリーが搬送された病院になんとか着くも、壊れた排気管の影響で車内に充満した一酸化炭素を吸って数時間後に亡くなってしまう。
 娘夫婦は退院したビリーを引き取ろうとするが、彼はひとり妻のいない家に戻る。迎えてくれたのは愛犬のスポットだけだった。
 その夜、宇宙の彼方からやって来た光の玉に包まれたビリーは、スポットと共にトラルファマドール星にさらわれる。

 何故か他のシーンでは意識だけが時空を超えているようなのに、異星にさらわれるシーンでは身体ごと移動している。よく分からんですな。
 もう一つのドレスデン空襲に遭遇するまでのエピソードは時系列なのであえて書きません。出演者の紹介の中で部分的に触れていきましょう。

 ユージン・ロッシュは捕虜収容所で知り合う大学教授のダービー。素直な性格のビリーを息子のように気にかけてくれる男だが、ドレスデン空襲の後片付けの時にドイツ兵に誤解を受けて無慈悲な最期を迎える。
 捕虜となった彼らがドレスデンに移送が決まった後、列車で訪れた歴史あるその街は美しい彫刻があちこちに施され(BGMはクラシックの旋律)、一般市民が見守る中ビリーたちが行進するシーンを見ながら、この後の惨劇を想像させて悲しい気分になってしまいました。
 「ホット・ロック」が印象深いロン・リーブマンは、ビリーが捕虜になるときに一緒だったラザロ。もう一人一緒に捕虜となった男の死をビリーのせいだと思い込み復讐に燃え続ける男。後年、有名になったビリーの講演中にも銃を持って現れます。
 この後の「レニー・ブルース (1974)」で主演オスカーにノミネートされたヴァレリー・ペリンはポルノ女優のモンタナ役。ビリーのお相手としてトラルファマドール星にやって来る女性であります。

 お勧め度は、僕の理解度が足りないので★三つ(一見の価値あり)。ただ、映画テクニック的に素晴らしいのでコアな映画ファンにはお薦めしたい★四つという所。

 カンヌ国際映画祭でパルム・ドール候補となり、ジョージ・ロイ・ヒル監督が審査員賞を受賞したそうです。





・お薦め度【★★★★=コアな映画ファンの友達にも薦めて】 テアトル十瑠
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ゼロ・グラビティ

2014-10-27 | SF
(2013/アルフォンソ・キュアロン監督・製作・脚本/サンドラ・ブロック=ライアン・ストーン、ジョージ・クルーニー=マット・コワルスキー、声のみ:エド・ハリス/91分)


「このミッションはイヤな予感がする」 ~ マット・コワルスキー
「宇 宙 な ん か 大 嫌 い」 ~ ライアン・ストーン

*

 2013年の諸々の賞レースで有力候補として騒がれたSFサスペンスですね。宇宙が舞台なのでSFには違いないけれど、ドラマの内容は遭難サバイバル。だから僕は観ながら海洋遭難アドベンチャーの傑作「ポセイドン・アドベンチャー (1972)」を思い出していました。宇宙の遭難ものといえば「アポロ13 (1995)」を思い浮かべそうなのに、「アポロ」は実話を元にしているし、アドベンチャーらしさはそんなには無かった気がしてるのでね。
 そういえば、ジーン・ハックマンとジョージ・クルーニーの役どころにも共通点があったなぁ。

<地上600kmの上空で地球を周回しているスペースシャトル。今回が初めてのミッションとなる女性エンジニアのストーン博士は、ベテラン宇宙飛行士コワルスキーのサポートを受けながら船外での修理作業に当たっていた。その時、ロシアが自国の衛星を爆破したことが原因で大量の破片が軌道上に散乱し、猛烈なスピードでスペースシャトルを襲う。衝撃で漆黒の宇宙へと放り出された2人は互いを繋ぐ1本のロープを頼りに、絶望的な状況の中、奇跡の帰還を信じて決死のサバイバルを繰り広げるが…。>(allcinemaより)

 出演者は実質二人だけ。
 マット・コワルスキー役のジョージ・クルーニーと、ライアン・ストーン博士に扮したサンドラ・ブロックだけだったんですよね。
 冒頭のシーンに船外作業をするもう一人の男性クルーがいたり、船内にいるクルーの声も聞こえてきますが、事故の衝撃で悲惨な結果となりすぐに退場となりました。
 そして声だけ出演するヒューストンの管制官は「アポロ13」でも感動的な管制官を演じたエド・ハリスだったそうです。ウ~ん、なんという鉄壁のチョイス。

 冒頭、スクリーンの大部分に地表から600キロ上空の宇宙から眺めた地球を写しながら、右の方には漆黒の闇がぽっかりと口を開けている。スクリーンからは船外作業をしているストーンやコワルスキー、ヒューストンの管制官の声が聞こえてくるが彼らの姿は見えない。すると、黒い空間の中にポツンと光っていた点がだんだんと大きくなり、スペースシャトル“エクスプローラー”の姿、その周りを椅子型のメリーゴーランドに乗って呑気に眺めているかのようなコワルスキーの姿が大きく見えてくる。
 「アラビアのロレンス」で砂漠の遥か向こうからラクダに乗ってオマー・シャリフがやって来た時のようなゾクゾクするシーンでしたねぇ。

 それにしても驚くのはあの無重力状態の描写をどうして実現できたんだろうということ。
 小さい頃に見たスペースものは、宇宙船の中では人間は普通に直立歩行しているし、手に持っていたものも普通に落ちるし、投げてよこすしみたいな地球の延長だったんですけど、この映画はずべて無重力としてリアルに描き切っている。そこに驚きます。
 youtubeにメイキング映像があって、どうやら人間はピアノ線で吊っていたようです。インナー姿のサンドラ・ブロックもインナーからピアノ線が出てました。体をホールドしてた物は見えませんでしたけど、多分薄くて丈夫なタイツのようなものを履いていたんでしょう。映画の技術の進歩って凄いわ。

 一難去ってまた一難のドラマはエンドクレジットを除いてほぼ80分間緊張しっぱなし。
 監督曰く「映画が描いた逆境は我々人間の日常の暗喩」だそう。人生はままならない。そんな中でストーン博士は最終的に生きることを選択したということだ。

 開幕直後の事故で亡くなったクルーの描写は、「ジョーズ」でサメにやられた漁師などを思い出すようなドキリとさせるショック・ショット。
 「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」も「トゥモロー・ワールド」も見てないけど、アルフォンソ・キュアロンの名前は覚えておこうと思います。

 アカデミー賞では、作品賞以下10部門でノミネート、監督賞、撮影賞(エマニュエル・ルベツキ)、作曲賞(スティーヴン・プライス)視覚効果賞、音響賞(編集)、音響賞(調整)、編集賞(マーク・サンガー、アルフォンソ・キュアロン)を受賞。
 アルフォンソ・キュアロンはLA批評家協会賞、ゴールデン・グローブ賞でも監督賞を獲った模様です。

*

71年のSFを観たので、久しぶりに新しいSFをレンタルした。「ゼロ・グラビティ」。原題はただの「重力」。地球に戻ってきた時に重力を感じるヒロインの表情がイイ。余計なサイドストーリーなど作らずに、パニックを軸にして描ききったのがいいね。お薦め度は★五つの満点。
[10月20日 以下同じ(Twitter on 十瑠 から)]

1回目の鑑賞では会話が煩すぎる感じがあったが、2回目ではそんなでもなかった。そんなの有り?という設定があるだろうとは思うが、詳しくないので僕がツッコミ所と思ってる部分も実際にはどうだか分からない。でもSFだもの、そんな事は抜きにして楽しみましょう。間違いなく面白い映画だった。

ソフトバンクは阪神に敗れたらしい。明日「ゼロ・グラビティ」を返さなきゃいけないので3度目を見てた。やっぱり面白い。これが面白くないって人がいたら「それは残念ですな」としか言いようがない。サンドラ・ブロック、名演だったのにブランシェットに持ってかれちゃったのね。本当に残念ですな。
[10月25日 以下同じ]

サンドラ・ブロックのオスカー受賞作品「しあわせの隠れ場所」って、タイトルがダサくて観るきなかったけど、今回で予定リストにIN。「潮風とベーコンサンド・・・」、「ものすごくうるさくて・・・」、サンドラさんいつの間にかご贔屓女優さんになってたみたい。





・お薦め度【★★★★★=SFファンは、大いに見るべし!】 テアトル十瑠
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アンドロメダ…

2014-10-23 | SF
(1971/ロバート・ワイズ製作・監督/アーサー・ヒル、デヴィッド・ウェイン、ジェームズ・オルソン、ケイト・リード、ポーラ・ケリー、ジョージ・ミッチェル/130分)


 一般的な映画ファンには「ウエスト・サイド物語」、「サウンド・オブ・ミュージック」の2大ミュージカルの監督としてお馴染みのロバート・ワイズだが、スポーツや戦争を絡めた人間ドラマ、西部劇、犯罪サスペンスなどジャンルを問わない(コメディは見当たらない気がするが)オールマイティの職業監督だった。ホラーやSF作品が多いのも意外で、そういう意味では守備範囲の広さはワイラー以上だったのかも知れない。
 「アンドロメダ…」が作られたのは1971年。日本公開も同年の8月で、僕は高校生だったのでタイトルも良く覚えているけれど何故か観てない。ハリウッド製のSF映画だから田舎町の映画館にも来たはずなんだけど、定期試験の真っ最中だったのか、他に観たいものがあったのか。

*

 1971年、アメリカ。
 政府の肝いりで発足した研究機関のミッションを終えた無人の人工衛星スクープ7号がニューメキシコ州の田舎町ピードモントに着陸する。二人の係員が回収に向かうが、遠方から観察すると夜だというのに空にはコンドルが沢山舞っており、人口70人足らずの町は人気がなく不気味に静まり返っていた。カリフォリニアの空軍基地にあるスクープ管制室と連絡を取りながら二人は車で町に入る。無線は切らずにいるので管制室には彼らの会話が聞こえてくるが、通りのあちこちには村人の死体が転がっていると報告してきた。それはまるで歩いている途中に急に倒れた様だとも。スクープの帰還が関係している事が十分に考えられるので、車から出るのは躊躇われたが、管制室の指揮官は死体には構わずにとりあえず衛星の発見と回収に専念しろと命令した。と、突然車の急ブレーキの音がする。そして「何か白いものが」という言葉とともに二人の悲鳴が・・・。

 オープニングはこんな感じです。まるでモンスター・エイリアンの登場みたいですよね。でも後で“白いもの”はエイリアンでも何でもないことが分かります。

 原題【THE ANDROMEDA STRAIN】は、マイケル・クライトンが書いた原作と同じく「アンドロメダ病原体」。正確には「アンドロメダ菌株」。
 宇宙から衛星にへばりついてやってきた直径2ミクロンにも満たない地球外生命体の脅威をスリリングに描いたSFサスペンスであります。この極小の生命体は瞬時に人間の血液を固まらせて死に至らしめるので、「アウトブレイク (1995)」等と同じパンデミックものと考えてもいいかも知れません。

 スクープが地球外生命体をくっつけて帰ってくることは想定内だったようで、そうした場合のエイリアンの脅威に対応するためのプロジェクトも用意されていました。題して「ワイルドファイア」。
 メンバーは、ノーベル賞受賞者でありワイルドファイア計画の発案者でもあるジェレミー・ストーン博士、引退時期を考え始めている病理学者のチャールズ・ダットン博士、有名な臨床微生物学者でありメンバー唯一の女性ルース・レヴィット博士、そしてマーク・ホール博士は優秀な外科医だが実際のところプロジェクトの内容から言えば専門外の人間だった。もう一人、エール大の人類学者が予定されていたが病気療養中で参加できなかった。

 プロローグの後、「ワイルドファイア計画」に則り秘密裏にメンバーが召集され、まずはストーン博士とホール博士がピードモントで状況確認と衛星の回収を行う。通りの遺体に苦悶の表情はなく、あっという間の出来事だったことが窺える。家の中で亡くなっている人も多く、理髪中の椅子の上で亡くなっている人もいた。妙なのはコンドルが啄んだ傷から出血していないことだった。後で分かった事だが、遺体の血液は粉末状に凝固していた。ひとりお婆さんが家の中で遺書めいたメモを残して首を吊っており、即死でない人が居たことも分かった。
 ストーンとホールが衛星を積んで帰ろうとした時、何処からか赤ん坊の泣き声がしてきた。まさか!
 二人が声の聞こえる家に入ると、確かにベビーベッドに寝かされた赤ん坊が大声で泣いていた。母親は死んでいるんだろう。更に赤ん坊をヘリコプターに吊り上げようとしていると、突然一人の老人が現れた。男は片手に包丁のような持って「お前たちがやったのか?」と威嚇をしてきたが、やがてウッと呻いたと思ったらその場に気を失って倒れてしまった。この老人は白いガウンのようなパジャマを着ていた。
 なんと生存者がいたのだ。しかも2名。どちらからも有益な情報が聞けそうにないのが残念だが・・・。





 ここまでで上映時間は30分強。残り100分のドラマは全てダラスの砂漠の中にある農業試験場の地下施設の中で繰り広げられます。
 原作は<「科学的な危機を正確かつ客観的に記録した報告書」という体裁で成り立って>いるらしく、映画も日時の挿入やら、プリンターの通信記録を打つ文字を捉えたりとドキュメンタリーっぽく見えます。しかし、昨今のそういう(ドキュメントタッチの)演出に比べると、まだまだ“語っている”カメラワークでしたね。
 ピードモントの搜索シーンなどでは「華麗なる賭け (1968)」みたいな画面分割もあったりして。

 ウィルス感染を防ぐために施設は五つのレベルで区分けしてあり、各レベルに移動するために厳重な除染が行われる。最初に観た時はこのシーンが説明過多でしつこく感じられたのだけど、2回目はそうでもなく、当時としてはこういう施設の映像は珍しかったのかもと考えました。後の「バイオハザード」シリーズを思い出す場面も。

 まずはウィルスを見つけること。そして構造や生理を分析すること。最後は、封じ込めること。
 汚染が外部に広がる危険が発生した時には、自動的に施設の自爆装置が働くようになっているのは、「エイリアン」とかでもありましたよね。「アンドロメダ・・・」でも、終盤でこのシステムが緊迫場面を作り出して大いに楽しませてくれます。

 感染への危機感と、未知の生物の正体を探っていくスリル。著名な俳優がいない事でも地味な印象を受ける作品ですが、却って誰が死んでもおかしくないと思わせる効果もあったでしょう。
 女性のレヴィット博士は体調万全では無いし、ホール博士は自爆装置の解除キーを担当させられてソレも気になっている。そんな個別の様子も交えながらラストのクライマックスへと進んでいきます。

 130分は少し長めながら、SFファンには是非とも見て欲しい今作。お薦め度は★四つ。
 尚、1971年のアカデミー賞では、美術監督・装置賞、編集賞(スチュアート・ギルモア)にノミネートされたそうです。





・お薦め度【★★★★=SFファンの、友達にも薦めて】 テアトル十瑠
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「月世界旅行」を観る

2013-03-09 | SF
(1902/ジョルジュ・メリエス監督・製作・脚本/ジョルジュ・メリエス、ジュアンヌ・ダルシー/16分)


 ブログ友達のオカピーさんが紹介されていて、16分という上映時間にもしやと思いyoutubeを探したらありましたがな、映画史に名高いジョルジュ・メリエスの「月世界旅行」。
 ジュール・ヴェルヌの「地球から月へ(月世界旅行)」とH・G・ウェルズの「月世界最初の人間」を元にメリエスが脚本を書いたとのこと。「月世界旅行」という本を子供の頃に読んだのは確かですが、どちらが書いた本だったかは判然としません。案外両方とも読んでいたのかも。

 1902年といいますから、今から110年前の作品。
 ある科学者が大砲型のロケットで月に飛ぶ計画を学会で発表、賛同した5人の仲間と共に出来上がったロケットに乗って見事月に到着するが、寒さを避けて大きな植物が生い茂る地下に潜るとそこには月星人ともいうべき原住民がいた。月星人は傘で殴ると煙となって消えてしまうほど弱いものの、多勢に無勢、あえなく科学者達は捕まってしまうのだが・・・という話。

 カメラは固定されていて、舞台劇を見るのと同じ感覚。但し、題材がSFなので、奇抜な背景がまるでCGみたいにも見えます。画面転換にオーヴァーラップを使っているのも印象的。これはメリエスが発明した手法なんでしょうかねぇ。
 科学者達は乗ってきたロケットで月から地球の海に落ちるかのように戻って来るわけですが、その後のシーンは実写とアニメーションの融合みたいで面白いです。

 舞台劇を見るのと同じ感覚と書きました。まだまだクロースアップが生まれてない頃なんでしょう。少し後のチャップリンなんかのサイレントには出てきますから、本当に映画の初期の初期の名作なんですねぇ。
 漫画みたいなお話ですが、SF好きには勿論、映画ファンにも一度は観るべき作品ではあります。




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世界侵略:ロサンゼルス決戦

2012-02-12 | SF
(2011/ジョナサン・リーベスマン監督/アーロン・エッカート、ミシェル・ロドリゲス、ラモン・ロドリゲス、ブリジット・モイナハン/116分)


(↓Twitter on 十瑠 から

息子がレンタルしてきた「世界侵略:ロサンゼルス決戦」を観る。随分前にTVCMだったか、別の映画の予告編だかでチラッと観て面白そうと思ってた作品だけど、ま、そうは言っても特に好評な噂は聞かないので、大したことも無いんだろうとも思ってました。
 [ 2月06日 (以下同じ)]

夕べ息子が観てるのをちょっとだけ覗いてみたらショットの構成が安っぽいTVドラマみたいで期待はガックシ無くなったわけですが、乗りかけた船なので、とりあえず今日が返却日ですが一応観る事にしたというわけ。allcinemaでデータを見たらアーロン・エッカートが主演というのもあったしね。

宇宙人の侵略の話だからSF映画なのかもしれないけれど、ストーリーの骨子は軍人の来し方行く末の葛藤で、つまり完全に戦争映画でありますな。その葛藤も「コンバット」の昔から語られた内容だし。ま、こういう映画を見慣れてない若い人には★三つかも知れないけど、オジサン的には★二つどまりだな。

戦闘が始まってからはハンディカメラで臨場感を出そうとするのはいいけれど、プロローグの段階でゆらゆらと動かすのはセンスが無いね。

女性軍人の役で、ミシェル・ロドリゲスさんがまたも出てました。「アバター」のあの人ですな。軍服じゃなくてドレスも似合うと思うんだけど。

エッカートの扮しているのは「コンバット」で言えば軍曹だけど、過去の仕事の中で部下を死なせている。だけど結果としては手柄を挙げたものだから彼は勲章を貰っている。そこん所の葛藤が本人にも、周りにもあるわけですな。

で、映画がスタートした段階で、軍曹は退役を希望して上官に願書を出している。ところが、そうした中で宇宙からたくさんの隕石が地球めがけて降ってきて、民間人の非難の為に最終任務みたいに駆り出されるわけですが、隕石と思ったものが実は宇宙からの侵略者だったと分かって・・・という展開です。

退職希望をしていたから、軍曹には部隊は無い。で、仮のような格好である部隊に(この時は民間人の非難誘導任務に)付くわけだが、そこに前の戦争で死なせた部下の弟が所属している。そしてこの部隊の小隊長がキャリア上がりの若者という設定。いやいやいや、この辺りも実に既視感満載なのですなぁ。

出演者で印象に残ったのが、エッカートの部隊が与えられた任務、空爆地域にある警察署に非難していて救出される民間人の一人である獣医ミシェルを演じたブリジット・モイナハン。どちらも独身だというような会話を交わしていたから、そういう関係になるのかなと思ったけど、そこは発展しなかった。

ブリジット・モイナハンはデータによるともう40歳を越している。サンドラ・ブロックに似ているけど、もう少し知的で色気がある。「リクルート」とか「アイ・ロボット」に重要な役で出ていて、前者ではコリン・ファレル演じる主人公を翻弄する謎を秘めた女性の役らしい。色っぽいちゅうことかな。

戦闘シーンの画像処理は「プライベート・ライアン」みたい。ざらついた、埃っぽい感じに仕上げてて、飛んでくる弾の音とかもよく似ている。ただ、戦っている地球人と侵略者との位置関係なんかが結構ルーズに扱ってるので、緊迫感が限定的なのが不満だな。この辺りはもっと勉強して欲しいね。
 [ 2月07日]

・お薦め度【★★=映画初心者には、悪くはないけどネ】 テアトル十瑠
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アバター

2011-02-21 | SF
(2009/ジェームズ・キャメロン監督・脚本・共同製作/サム・ワーシントン(=ジェイク・サリー)、ゾーイ・サルダナ(=ネイティリ)、シガーニー・ウィーヴァー(=グレース)、スティーヴン・ラング(=クオリッチ大佐)、ミシェル・ロドリゲス(=トゥルーディ)、ジョヴァンニ・リビシ(=パーカー)、ジョエル・デヴィッド・ムーア(=ノーム)、CCH・パウンダー(=モアト)、ウェス・ステューディ(=エイトゥカン)、ラズ・アロンソ(=ツーテイ)/162分)


 2010年の年間興行収入第1位にして、最新の3D技術を駆使した最大の話題作。歴代興行収入でもキャメロン監督自身の「タイタニック (1997)」を抜いてトップに躍り出たオバケ映画をやっとこさ観ました。実は別のものを借りる目的でレンタルショップに行ったら偶然見付けて、2泊3日80円という安さについ・・・(^^)。
 劇場で観ることを薦める方が大勢いらっしゃいましたが、液晶TV画面でも充分面白かったです。「レッドクリフ」の劇画調CGにはがっくりしたけれど、「アバター」は「エイリアン」などと同じくリアリティを重視したもので、まさに異次元空間を体感できる素晴らしさでありました。

 近未来の異国の星、パンドーラ。
 脊椎を損傷して下半身不随となった元海兵隊員ジェイク・サリーは、双子の兄で科学者であったトミーに替わって、地球から何光年も離れたパンドーラへ向かう。パンドーラでの“アバター計画”に参加予定であったトミーが出発の1週間前に事故で亡くなり、代役としてジェイクが選ばれたのだ。
 パンドーラにはナヴィというおよそ3m近くの背丈を持った人類に近い生物がいて、“アバター計画”とはナヴィと人間のDNAを持つ人造人間(アバター)を作り、その分身をカプセルに入った同じDNAを持つ人間の意識とリンクさせることによって遠隔操作しようというもの。ジェイクにはトミーと同じDNAがあり、高額な費用を使って作られたトミーのアバターを無駄にせずに済むのもジェイクが選ばれた理由だった。
 パンドーラの人類の基地には、トミーと同じく科学者としてパンドーラの生物について研究するチームも居たが、ジェイクと共にパンドーラにやってきた男達の大半は兵隊だった。基地に着いたジェイク達にこの星が地獄以上に過酷な環境であることを力説するクオリッチ大佐。軍隊の指揮官である彼はジェイクと同じく元海兵隊員であり、頭部を横切る傷跡はパンドーラに着いた最初の日に受けたものらしかった。パンドーラでは人類はマスク無しでは外出できず、ジャングルのような森には恐竜並に強大な動物が沢山生息しているのだ。
 そもそもこの基地は特定の国家が作ったものではなく、大企業の利益追求のための出先機関だった。ナヴィの一種族であるオマティカヤ族が暮らす大きな樹の根元周辺には稀少で高価な鉱物が豊富に眠っており、アバター計画も彼らをその地域から追い出すための、いわば手なずけの為の戦略だった。
 科学者達の研究所バイオ・ラボのリーダーがグレース。植物研究が本人のテーマだが“アバター計画”の責任者でもあり、ナヴィの研究もしていて、ナヴィ語についても精通していた。
 トミーの身代わりとしてやって来たジェイクが軍人であり、アバター操作に関しての経験がゼロである事に怒るグレース。早速基地の責任者パーカーに詰め寄るが、パーカーは彼女達のアバターとナヴィとの融和政策が上手くいかなかった事をなじる。ナヴィと友好関係を築くべくグレース達が英語や薬などについて教えていた学校も、今は閉鎖してしまっているからだが、グレースによれば関係悪化の原因はマシンガンを彼らに向ける軍人なのだった。

(一気に観終わってしまったので鑑賞中は気付かなかったのですが、「アバター」は2時間40分の大作。物語の背景を書くだけで(↑)こんなにも掛かってしまいましたがな。)

 アバターとリンクしたジェイクは、久しぶりに走り回れる身体を得たことに大喜び。トミーを良く知るノームやグレースと共に、ジャングルに入っていく。三人とも青い身体と尻尾を持ったアバターだ。植物の調査をしているグレース達と離れたジェイクは巨大なライオンのような肉食獣サナターに遭遇し、命辛々崖から飛び降りて難を逃れるも、右も左も分からないジャングルの中を独り彷徨うこととなる。夜のジャングルで今度は集団で襲ってくるヴァイパーウルフに囲まれ万事休す。そんな彼を救ったのがオマティカヤ族の首長の娘ネイティリだった。
 ナヴィに似た風貌だが何処かまやかしの匂いがするアバターを邪険に扱うネイティリ。ジェイクにこの森から消えるように言うが、フワフワと浮かぶ“木の精”がジェイクの身体にまとわりつくのを見て、彼を村に連れていくことにするのだった・・・。

*

(↓ボソボソと感想を、Twitter on 十瑠 から

今朝は夕べ借りてきた「アバター」を観る。TVだから2D。面白い。ドラマ的には昔の西部劇擬きのシチュエーションで、ナヴィ族が最初に登場するシーンはモロアメリカ先住民を彷彿させたので思わず笑いそうになった。というか笑った。「もののけ姫」も入ってる感じだな。
 [Feb 20th webで(以下同じ)]

序盤で主人公やシガーニー・ウィーバー以外にも沢山のアバターが居たのに、中盤からサッパリ出てこなかったのは何故?最後は戦争でしか解決しなかったのね。キャメロンってすっごい映像が撮れるのに、人間ドラマがスピルバーグに比べて弱いんだよね。クールなのはいいけど、何処かひと味足りない。

「アバター」のジェイクは、眠っている時に人間として覚醒してるようだけど、あれじゃ脳が休む暇がないよね。彼がいつも活動しているので最初は時間の経過が分からなくなりそうだったけど、そんな不安が出た頃に、ジェイクの髪型や髭の伸び方でその辺りを表現していたので安心した。

「パプリカ」、「アバター」と脳内の機能が活躍する映画が続いている。ナヴィ族は動物達と尻尾をつかって交信出来るので、あの恐竜擬きの動物達はアバターを介して人間とも交信するんじゃないかと思っていたけれど、今回はなかったな。続編ではそんなシーンもありそうな気がするが。

星の名前がパンドラというのも意味深。大きな御神木を倒しちゃった人間達は、続編ではどうなるんだろ?既にパンドラの箱を開けた事になってるんだろうな。

「アバター」、呆れられながら昨日2回観る。気付いたのが、ナヴィの手の指が4本なのに対して、アバターは5本あった事。ストーリー上では何も触れてなかったけど、ネイティリは4本だったし、ジェイクは最初から足の指も5本だった。 [Feb 21th webで]

*

 スピルバーグの感覚には子供の視線があり、全てが大人目線のキャメロンがクールに見えるみたい。

 ドラマ的には、色んな人が書かれているように既視感満載だけど、映像が見たこともない世界を魅せてくれるので、それだけで見飽きることはない。ストーリー構成も定石通り。だけど上手いなぁ。
 一回目に観た時は、映像が常に動いているのが五月蠅く感じる所もあった。どのショットもどのショットもカメラが動いてるの。フォーカスしているモノがきちんとしているから、船酔いの感覚は出てこないけど、ホントに移動撮影の多い映画でした。

 考え出すとつっこみ所は呟き(↑)以外にも出てくるでしょう。例えば、アバターの遠隔操作って、多分電気的な要素が必要だと思うんだけど、あの飛行機の計器が効かない磁力の渦の中で何の影響も受けないなんて変、とかね。

 「アバター」で使われたCG技術は、「エモーション・キャプチャー」と名付けられたモーション・キャプチャーの改良版で、コンピューターと繋げた俳優の身体につけた複数のポイントからのデータを読み取り、細かな役者の感情表現までをも描画するモノ。ジェイクの“アバター”だけでなく、映画の中のナヴィ全てがまさに俳優の“アバター”なわけですな。

 ところで、ラストでジェイクはアバターじゃ無くなってしまったんだけど、続編のタイトルにも“アバター”って使うの? 今度は多分、悪いアバターが出て来るんだな。ン?! それだと「T2」と同じじゃん。

 2009年のアカデミー賞では、作品賞、 監督賞など9部門にノミネート。撮影賞(マウロ・フィオーレ)と美術賞、視覚効果賞を受賞したそうです。前哨戦となるゴールデン・グローブでは作品賞(ドラマ)と監督賞を受賞したらしいですが。

 お薦め度は★半分おまけして、四つ。




・お薦め度【★★★★=SF好きの、友達にも薦めて】 テアトル十瑠
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メトロポリス

2011-02-17 | SF
(1926/フリッツ・ラング監督・共同脚本/グスタフ・フレーリッヒ(=フレーダーセン)、ブリギッテ・ヘルム (=マリア)、アルフレート・アーベル(=ジョー・フレーダーセン)、ルドルフ・クライン・ロッゲ(=ロートヴァング)、フリッツ・ラスプ/120分)


 (↓まずは、Twitter on 十瑠 から

今日の深夜、BSで「メトロポリス」がある。前回は国会中継か何かでスルーされちゃたけど、今回は大丈夫だろう。今回のは2001年にデジタル復元されたバージョンらしい。フリッツ・ラング!
 [Jan 27th webで]

フリッツ・ラングの「メトロポリス」観る。冒頭のフィルムの4分の1が復元されていないという字幕でガックシ。原作等からのストーリーを字幕で補っているが、映像がないのが如何にも残念なシークエンスが多々ある。完全版は3時間近くあったことになるな。
 [Jan 29th webで (以下同じ)]

「メトロポリス」。観ながら手塚治虫のマンガを思い起こした。シニックなストーリーや設定もそうだけど、人工の片腕をもつ科学者って手塚さんの作品に出てこなかったっけ?チャップリンの「モダンタイムス」を思い出すシーンもあったな。テレビ電話!80年前のサイレントなのに!

「メトロポリス」。地上に支配者層の人間達が行く歓楽街があるんだけど、ソコの名前が「ヨシワラ」って、どう言うこと!?ドイツでも吉原って有名だったの?笑ってまうやろー。

「メトロポリス」のような大昔のサイレント映画を観てて驚くのが、女性の裸が意外な程に大胆に出てくる事。この映画って昭和2年の作品なんだけど、悪いマリアさんがトップレスで身体をクネクネとエロチックに踊ってみせるんだよね。高峰秀子の「カルメン故郷に帰る」だって二十数年後だもんね。

未来都市を描いている「メトロポリス」のあの空間造形も凄いね。「スター・ウォーズ」とか「フィフス・エレメント」とか思い出す。「ブレード・ランナー」とか、要するにその後のSFに出てくる未来都市のイメージが既にこの映画で出来上がっちゃってるって事だ。

それと、ロボット関連の映像も凄いな。マリアの顔に変身する所とかは子供の頃に見たTVのSF番組を思い出す程度だけど、あの光の使い方ってどうよ。終盤のスペクタクルもミニチュアを使ってるにしても、編集が迫力あって上手いなぁ。
*

 1月に観て、2回目が観れずにいるんだけど、いつになるか分からないので呟きを忘れない内に転載しておきます。

 フリッツ・ラングは、ゴダールの「軽蔑 (1963)」にも本人役で出てきたドイツ人の映画監督。
 ウィキペディアの紹介文はこう(↓)でした。

<フリードリヒ・クリスティアン・アントーン・"フリッツ"・ラング(Friedrich Christian Anton "Fritz" Lang, 1890年12月5日 - 1976年8月2日 )はオーストリア出身の映画監督。父母ともにカトリックだが、母(旧姓シュレージンガー)はユダヤ教からの改宗者だった。
 第一次大戦後、映画脚本家として映画会社に売り込みをかけていた。そこをドイツの大手映画会社ウーファのプロデューサーであるエリッヒ・ポマーの目にとまり、映画界入り。当時売れっ子監督だったヨーエ・マイの助監督を経た後、『Halbblut』(1919年)で監督デビュー。
 以後、大長編の犯罪映画『ドクトル・マブゼ』(1922年)、SF映画の古典的大作『メトロポリス』(1927年)、トーキー初期のサスペンス映画『M』(1931年)など、脚本家である夫人テア・フォン・ハルボウとのコンビで、サイレント末期からトーキー初期のドイツ映画を代表する傑作を手がけた。>

 「メトロポリス」もラングと、当時の奥さんのテア・フォン・ハルボウとの共作です。

 NHK-BSの作品解説は、こう・・・

< 権力者が地上の楽園に暮らし、労働者が地下工場で過酷な労働を強いられている未来都市メトロポリス。労使のきずなを説く労働者の娘マリアの影響力を恐れた権力者は、マリアそっくりなロボットを地下に送り込み民衆を支配しようとするが…。巨費を投じて製作されたSF無声映画の金字塔。散逸したオリジナル・フィルムが復元され続けている伝説的作品で、今回は2001年にデジタル復元されたバージョンを放送する。>

 大まかにストーリーを読めば何処かで観たような気がするお話で、どなたかのレビューでH・G・ウェルズの「タイムマシン」に言及してあったので調べましたら、人類を地上組と地下組に分けるという仕組みは確かにそのままでした。なにせ40年以上前に読んだ本なのですっかり忘れておりますな。
 ラストの予定調和的な締めくくりなど、人間ドラマとしては目新しいモノはないが、未来都市の造形にはその後の未来SF作品への影響力の大きさを感じさせるし、作られた年代を考えても、その歴史的価値を思わずに入られません。
 フィルムの4分の1が無くなっているのが残念。3時間の鑑賞というのはチトきついかも知れないが、スペクタクル・シーンだけではない部分も消えているようなので、ソコが観てみたい。





・お薦め度【★★★=歴史的価値を除いても、一見の価値あり】 テアトル十瑠
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華氏451

2008-12-22 | SF
(1966/フランソワ・トリュフォー監督・共同脚本/オスカー・ウェルナー、ジュリー・クリスティ、シリル・キューザック/112分)


 レイ・ブラッドベリは超有名なSF作家ですが、実は何を書いたかもよく覚えていませんし、多分ほとんど読んでないと思います。僕のSF好きもヴェルヌ以降は単発的にあれこれ読むくらいで、特に作家で選ぶことをしなくなったからですね。筒井康隆とか星新一とかは一時期続けて読むことはありましたが、ま、その頃は映画の方が面白かったというわけで・・・。

 さて、そのブラッドベリの原作をトリュフォーが映画化した、トリュフォーとしても珍しいSF映画です。トリュフォーなのに使われた言語が全編英語というのも希有な作品ではないですかね。数十年ぶりの再見です。

*

 本を所有することも読むことも禁じられた未来社会が舞台。
 オスカー・ウェルナー扮するモンターグの仕事は“ファイアー・マン”。字幕では消防士となっていたが、この未来社会では耐火建築が充実していて火事がない。だから“ファイアー・マン”は別の仕事をしている。法律で禁止されている本を隠れて読む者を見つけ出し、取り上げた本を焼き払うという文字通りの“ファイアー・マン”だ。『昔、消防士って火を消してたってホント?』なんて会話も出てくる。
 ほぼ全家庭の屋根にはアンテナが付いていて、人々の楽しみはTVだけ。だから40年前の映画なのに、既に今風の大きな画面の壁付きのテレビがあり、視聴者が家に居ながらにして参加できるTV番組まである。未来像がピッタシ!!
 ある日、吊り下げ型のモノレールでの通勤途中でモンターグは妻に瓜二つの女性クラリス(クリスティ~二役)に出逢う。モンターグの近所に住むという彼女は不確かな理由から小学校の先生の職を失いそうになっていて、そんな彼女の相談に乗るうちにモンターグは本に興味を持つようになり・・・という話。

 書物は人心を乱すので良くないものだとされ、本を読んでいる隣人を見つけたら通報するようなシステムもあるし、長髪の若者などは『だらしない格好をして・・・』と取り締まられる。ここに描かれている未来社会は、ちょっと前の東ドイツやソヴィエト、ルーマニア等の社会主義国家のようです。寒々しい住宅街の風景からもそんな感じが漂ってきます。
 SF映画と言っても近年のようにメタリックな街並やビルディングが出てくるシーンはなく、モノレールの走る所も緑が多い。この辺は『ウィキペディア(Wikipedia)』で<優れて叙情的な作風が特徴>と書かれた原作者の味が出ているのかも知れませんね。

 多分子供の頃からの教育により書物を忌み嫌ってきたモンターグは、仕事ぶりは真面目で上司の受けも良い。序盤では昇進の話も出ていたのに、徐々に違法と知りながら本にのめり込んでいくのがサスペンスフル。クラリスが書物を持っているらしいことは観客にはすぐに察せられるので、その後の展開も薄々分かるのだけど、さてそれでは彼の運命はどうなる? という興味が持続する。実は結末を忘れていたので、そうくるかってなもんです。数十年ぶりに見てもやっぱり面白かった。

 CG使いまくりのド派手な最近のSF映画を見慣れた方々には“ちゃちい”と見えるかも知れませんが、サスペンスたっぷりなモンターグの運命に注目して、更に書物に対する原作者の深い思いを感じながら観れれば、今でも十分に面白い映画だと思います。allcinemaの解説通り、<雪降り頻る中の詩的なエンディング>が印象深いです。

 原題もそのまま【(華氏)FAHRENHEIT 451】。451とは紙が燃える温度、つまり発火点のことです。因みに、華氏(F)を摂氏(C)に変換する【C=(F-32)÷9×5】という換算式を使うと、華氏451度は摂氏約233度になる。

 トリュフォーと一緒に脚本を書いたのはジャン=ルイ・リシャール(「黒衣の花嫁」、「アメリカの夜」etc)。
 撮影は後に監督に進出するニコラス・ローグ。
 音楽はヒッチコックでお馴染みのバーナード・ハーマンでした。この後「黒衣の花嫁」でもトリュフォーと組んでいます。



・お薦め度【★★★★=友達にも薦めて】 テアトル十瑠
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ジャンパー

2008-11-10 | SF
(2008/ダグ・リーマン監督/ヘイデン・クリステンセン、ジェイミー・ベル、レイチェル・ビルソン、サミュエル・L・ジャクソン、ダイアン・レイン、マイケル・ルーカー、トム・ハルス/88分)


 他人の心が読めるテレパシー、封筒の中身や部屋の中の様子が外から見える(洋服の上から裸が見えるという言い方もある)透視能力、未来の出来事が分かる予知能力などなど超能力にも色々あるが、子供の頃に一番欲しかったのは手を触れずに離れた所にある物を動かせる念力(サイコキネシス)だった。
 映画「ジャンパー」はそんな超能力の一つ、テレポートと言われる瞬時に遠く離れた場所へ自分を移動させる事の出来る少年が主人公。最新のVFXを使った超能力SFアクションだ。

*

 5歳の時に母親が家を出て以来父親と二人暮らしの内気な高校生デヴィッドは、ひょんな事から自分に超能力(テレポート)があることに気付き、ニューヨークへ出て、テレポートした銀行の金庫からお金を盗み豪華なマンションに住むようになる。10年後、故郷に帰ったデヴィッドは片想いだったミリーを彼女の憧れだったローマに連れて行くが、コロッセウムで彼と同じ能力を持つ“ジャンパー”グリフィンに出会い、更には“ジャンパー”達を抹殺しようとする組織“パラディン”にも遭遇し危うく殺されそうになる。グリフィン曰く、世界中に昔から“ジャンパー”は何人もいたし、“パラディン”も昔から有った、彼らは“ジャンパー”を人類の敵だとして抹殺を使命としており、“ジャンパー”だけではなく関係者の命も狙うとのこと。グリフィンの両親も“パラディン”に殺害されたのだった。
 デヴィッドの存在に気付いた“パラディン”は、やがてデヴィッドの父やミリーにも近づいていく・・・。

*

 ローカス賞という権威ある文学賞も獲ったスティーヴン・グールドのSF小説『ジャンパー 跳ぶ少年』を映画化したものだが、ストーリーはかなり違っているらしい。

 監督はマット・デイモン扮するジェイソン・ボーンシリーズの第一作目の監督で、続編からは製作にまわっているダグ・リーマン。ブラッド・ピットとアンジーの共演で話題になった「Mr.&Mrs. スミス(2005)」も作っており、確かにスリリングなアクションの描写は上手いし、テレポート能力を徐々に身につけていくシーンも面白かった。
 豪華なマンションを借り、ロンドンでガールハント、フィジーでサーフィン、スフィンクスの上で昼食を摂るデヴィッド。テレポートをエンジョイしているシーンにもそれなりに夢があった。
 序盤の高校生時代の話は、ひ弱な男子生徒と片想いの彼女といじめっ子という設定で「バック・トゥ・ザ・フューチャー」を思い出す。後半は“パラディン”と“ジャンパー”との戦いがメインのアクション映画となり、デヴィッドとグリフィンがテレポートする都市には東京も出てくる。

 ストーリーは?マークが付く所も結構あるし、何しろデヴィッドは窃盗犯であるし、“パラディン”をただの悪役にしてしまうのもどうかと思う。突然出てきたダイアン・レインがデヴィッドの母親で、彼女の家出の訳が終盤で分かるが、あんまり活きてない。なんだか、続編があるような終わり方も締まりがないなぁ。
 “パラディン”のリーダー、ローランドに扮するのがサミュエル・L・ジャクソン。“パラディン”にも過去から培われた“ジャンパー”狩りの道具や術があり、その辺もアクション的には面白かった。

 デヴィッドには「スター・ウォーズ」のヘイデン・クリステンセン。その父には「クリフハンガー」のマイケル・ルーカー。「アマデウス」のトム・ハルスが出演しているようだが分からなかった。最初の方の高校の先生だったかも。




・お薦め度【★★=アクション・ファンには、悪くはないけどネ】 テアトル十瑠
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ミクロの決死圏

2008-03-04 | SF
(1966/リチャード・フライシャー監督/スティーヴン・ボイド、ラクエル・ウェルチ、アーサー・ケネディ、エドモンド・オブライエン、ドナルド・プレザンス、アーサー・オコンネル、ウィリアム・レッドフィールド、ジェームズ・ブローリン/100分)


 “ドラえもん”の道具にスモールライトというのがあって、この懐中電灯のようなモノの光を浴びると、人も物もたちまちにして小さくなる。「ミクロの決死圏」は、このドラえもんと同じように、ミクロサイズに小さくなった人間が出てくる実写映画だ。
 漫画みたい?

 ミクロ化の技術についてのアレコレを語ると漫画みたいなお話になっちゃいそうだけど、これはミクロサイズになった科学者達のスリルとサスペンスに満ちた60分の冒険の旅を描いた作品であります。【原題:FANTASTIC VOYAGE

*

 東側の要人が貴重な情報を持ってアメリカに亡命してくるが、アメリカに到着したところで東側工作員の襲撃を受け、脳内に血塊を生じさせて重体に陥る。
 外科手術では危険が大きすぎるということで、新しい技術によって血塊除去の措置を執ることになる。すなわち、特殊潜航艇と共に治療チームをミクロサイズにして患者の頸動脈に注射し、血管を通って脳の患部に近付き、レーザー光線で血塊を溶かそうというのだ。乗組員は、潜航艇のパイロット(レッドフィールド)、レーザー治療を行う脳外科医(ケネディ)とその女性助手(ウェルチ)、総合的な判断をする科学者(プレザンス)、そして東側からの亡命を手助けしたエージェントも急遽この旅の警護に当たることになる。
 スティーヴン・ボイド扮するこのエージェントが映画の主人公だ。

 まるで宇宙のような人間の体内。
 ミクロ化した人や潜航艇は60分経つと元の大きさに戻るという特性があり、まずはこの制限時間内に事を終えなければならないという前提条件がアドレナリンの分泌を促す。そして、人間の体内に入り込むという新しい試みの為に、予期しないアクシデントにも見舞われる。

 頸動脈から脳血管に向かうつもりが、途中で静脈と血管壁がくっついている所があって肺静脈に取り込まれてしまう。そこから脳に向かうには、一旦心臓を通過しなければいけないが、ミクロ化したモノには心臓の拍動はもの凄い衝撃となる。手術室では、エージェントの上官が指揮を執っており、潜航艇とは無線で連絡をとっている。ここで中止するわけにもいかず、上官の判断により患者の心臓を一時停止させて、蘇生に可能な時間内に心臓内を通過することとする。ここが一つの山場だ。

 その後、時間のロスを挽回するために、内耳のリンパ管を通ることになるが、患者の耳に外部からの大きな物音が入ってくれば、これまたミクロ人間達には津波のような衝撃になる。患者が横たわる手術室のベッドの周りには、ノーマルサイズの医療チームがとり囲んでおり、『大きな声や音は出すなよ』と言われているにもかかわらず・・・なんていう、お約束ですがスリリングなシーンもあるわけです。

 更に、人間の身体には、外部からの侵入物に対する抗体や白血球という防護機能もあり、これらも容赦なくミクロ化した彼らに迫ってくる。と、まさに人間の体内は危険な海か宇宙のようであります。
 そしてそして、しっかりと固定していたレーザー光線銃が台座から落ちて不良ヶ所が発生したり、潜航艇の酸素が漏れたりと不測の事態が次々と起こり、乗組員の中に敵側のスパイがいるのでは、なんていうサスペンスも入ってくる。



*

 なんと言ってもこの映画の面白さはハリー・クライナー(「栄光のル・マン」、「ブリット」)の脚本によるものでしょう。オープニングクレジットでは、医学関連の情報提供者に対する感謝の言葉も流されておりましたが、特殊な状況下での一難去ってまた一難のストーリーはお見事でした。

 リチャード・フライシャーは「海底二万哩(1954)」や「絞殺魔(1968)」、「トラ・トラ・トラ!(1970)」など、何でも屋の職人監督さんというイメージがある。こちらもまずは無難な演出だったというところでしょうか。

 ナイスバディのラクエル・ウェルチさんは、当時のピンナップガールの代表格だった女優さんです。厚手のウェットスーツでも、お色気はしっかり出ておりましたな。

 アカデミー賞を受賞した(美術監督・装置賞、特殊視覚効果賞)、人体内部の映像が“らしくて”しかも美しい! 大スクリーンで観れば、★がもう一つ付くかも知れませんね。

・お薦め度【★★★★=友達にも薦めて】 テアトル十瑠
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■ YouTube Selection (予告編)


「追想」とはまた古風なタイトルで。
『つぐない』の原作者イアン・マキューアンの「初夜」の映画化らしいです。

■ Information&Addition

※gooさんからの告知です:<「トラックバック機能」について、ご利用者数の減少およびスパム利用が多いことから、送受信ともに2017年11月27日(月)にて機能の提供を終了させていただきます>[2017.11.12]
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●映画の紹介、感想、関連コラム、その他諸々綴っています。
●2007年10月にブログ名を「SCREEN」から「テアトル十瑠」に変えました。
●コメントは大歓迎。但し、記事に関係ないモノ、不適切と判断したモノは予告無しに削除させていただきます。
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◆【管理人について】  HNの十瑠(ジュール)は、あるサイトに登録したペンネーム「鈴木十瑠」の名前部分をとったもの。由来は少年時代に沢山の愛読書を提供してくれたフランスの作家「ジュール・ヴェルヌ」を捩ったものです。
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