はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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おばか企画・しんぼくかい。 1

2020年05月07日 09時57分00秒 | おばか企画・しんぼくかい。
プレ・しんぼくかい。~行路~

「しんぼくかい?」
「そ。親睦会」
なんのために、という孔明の質問を封じるように、明るく、にっ、と笑顔を見せて、劉備は言った。
用がある、と呼び寄せられて宮城へ来て見たところ、毎度おなじみの自分の主騎の趙雲がすでに来ており、孔明はこの面子なら、なにか内密の重要なことがらを詮議するにちがいない、と踏んでいたのだが。
「西涼の馬一族。あいつら、どうも俺たちのなかでも浮いているだろう」
「あちらには、あちらの流儀というものもございましょうし、客将ということでよいから、ゆっくり馴染んでくれとおっしゃったのは主公でございますぞ」
すると、劉備は大げさなほど目を剥いて言った。
「ゆっくりすぎるだろ。いまもって宴席には滅多に顔を出さないし、ほかの士人と仲良くするわけじゃなし、まあ、職務はきっちりとこなしているから、こちらに不満があるというわけでもなさそうなのは何よりだけどよ、せっかく一緒の仲間となったのだ。もうすこし、打ち解けてくれたっていいじゃないか。そう思うだろう」
「はあ」
宴席にあまり顔を出さないのは、後ろで壁になる練習でもしているのか、妙に大人しい我が主騎も同じなのだが、と思いつつ、孔明が手にした白羽扇をひらひらさせていると、劉備は一人合点して、うんうんと肯きつつ、言う。
「そこでだ、俺らのような爺が押しかけていくのも味気ない、とはいえ芸妓を連れてドンちゃん騒ぎ、というのも、あの若大将の気性なら、あんまり喜びそうにねぇしなあ、ってことで、おまえら、ちょいと行って、馬超と仲良く酒でも呑んでこい」
「はあ」
ちらりと孔明は、背後にひかえる趙雲を見る。
趙雲は、劉備の前だというのに、めずらしく憮然として、壁に背をもたれさせ、腕を組んでいた。
「わたくしが行くよりは、年代の近い武将たちを集めて、向かわせたほうがよろしいかと思われます」
「そりゃあ、俺も考えたさ。けどよ、どいつもこいつも、主役が泣く子も黙る錦馬超、しかも羌族の風習はわからねぇ、てなもんで、断りやがった。おまえらは、そういう悲しいことは言わないだろう?」
「それは、あまり抵抗はございませぬが」
「が?」
「文官のわたくしでは、よい話相手になれるとは思いませぬ。それに、あちらとの共通点もございませぬし、さほど主公のご意向に添えるとは思えませぬ」
というと、劉備は大げさにのけぞって、なーにが、と言った。
「てんで関係のない人間を前にしたら、相手のありとあらゆるところを見逃さずに、針の穴ほどの共通点を見つけ出して、その綺麗な顔でうっとりさせているあいだに、むりやりねじ込んで、いつの間にやら自分の歩調に相手を合わせさせている、っていうのがおまえのやり方じゃねぇか。だいじょうぶ、だいじょうぶ、おまえなら、口八丁手八丁で、あの若大将も上手に丸め込んでいるって」
誉められている、と、思いたい。
「それほどまでに主公がおっしゃるならば、平西将軍のお屋敷へ伺いましょう」
「行って来い、行って来い。仲良くするのだぜ」
そうして、劉備は孔明と子龍に言うと、自分はいそいそと、きらきらと陽光に絹の光沢のまぶしい、らしからぬ派手な当世流行の服を着て、奥向きへ戻っていくのであった。
これは、女だな、さては本当は自分が行きたいのだが、女との約束があるのでいけないから、この面子が選ばれたにちがいない。
おそらく主公は、あとで逐一くわしい話を我らより聞きたがるだろう。
親睦を深めるため、というよりは、相手の様子を探るために行くと考えたほうがよかろうな、と、さほど推理力をはたらかせずに思った孔明であるが、ご機嫌な劉備とは対照的に、さきほどから沈みがちともいえる趙雲の様子が気がかりで仕方がない。





そうして、轡をならべて平西将軍こと馬超の屋敷に向かうのであるが、劉備の前だけかと思いきや、二人になっても不機嫌な顔は変わらない。
怒らせるのはいつものことだが、何も言わずにだんまり、というのは、らしくない。
そこで、くわしく聞こうと、従者たちを下がらせて、二人だけで馬超の屋敷へ向かうことにした。
さて、話のとっかかりは何にしよう。仕事のことは、こちらがつまらないから置いておき、無難なところで天気のことか、それとも共通の知り合いについての近況か、はたまた、世情についてのあれこれか。
となりの不機嫌な武人の表情や態度を気にしつつ、思案をしていると、先に趙雲が口を開いた。
「おまえに対して怒っているのではない」
「では、だれだ」
「だれでもない。気分が悪いだけだ」
珍しいこともあるものだ、と思いつつ、孔明は小首を傾げる。
「具合でも悪いのか。ならば、ほかの者に伴を頼もうか」
「おまえの主騎になれるようなやつなど、ほかにない」
「たいした自信ではないか。そも、これだけ大所帯になって、しかもあなたも桁ちがいの兵卒を率いる立場になったというのに、いまだにわたしの主騎、ということは不自然ではないかな」
いつもならば、趙雲はそれをさらりと流して、てきとうな相槌しか打ってこないのであるが、その日はちがった。
「俺を解任したいのか」
「そうじゃない。ただ、わたしの主騎から外れれば、あなたも、もっと出世が望めるであろうし」
「し?」
いつになく目線が険しいときは要注意だ。
人を訪問する直前の喧嘩ほど、気分の悪くなるものはない。
それだけは避けなければ、と孔明は注意しつつ、らしくもなく、歯切れ悪くつづける。
「ええと、つまりだな、いろいろ世の中が広がるのではないかと。もちろん、これは見聞が狭いという意味ではない。だが、あなたは見るに、公私ともに人との付き合いが狭いというか、家族といえば、兵卒や家人と、あとは馬か? ともかく、それでは成長の枠が狭まってしまうのではないか、と思うのだよ」
趙雲は、しばらく気むずかしい顔をして、馬に揺られつつ、じっと前方を睨みつけていたが、やがて口を開いた。
「へんなやつ」
「いまさらだな」
孔明が答えると、趙雲は肩から力を抜くような仕草をして、ふっと息を吐き出した。
「苛立つのも馬鹿馬鹿しくなってきた。そこまで気を遣わせていたとは知らなかった。す」
「『すまなかった』は、止せ。あなたに謝られるほどの、立派なことは言っていない」
「なら、代わりに言うが、俺がおまえの主騎であるのは、一種の趣味のようなものだ。気晴らしとも言おうか。だから気にする必要はない。おまえが気になる、というのであれば別だが」
「気にするはずはないさ。いまのままであれば、わたしとしても、うれしいのだが」

しばしのあいだ、二人は行路を、気心の知れた友同士の、気詰まりのない沈黙をあじわいつつ、馬を進めた。
二人の姿を認めた町民が、立ち止まって礼をしてくるのを返したり、水牛が人夫に引かれてゆっくり歩いていくのを追い越したり、ときに子供たちの群に出くわして足を止めたり、そうこうしているうちに、やがて人家もまばらな閑静な地域にやってきた。
道沿いに、だれが植えたか芙蓉の花が並んでいる。
その花弁の色合いのうつくしさを愛でているうちに、孔明は、ふとよい考えを思いついた。
「子龍、義兄弟になるか」
「…それこそ、いまさらだな」
趙雲はもうすこし、よい反応を示すかと思ったのだが、むしろ不満そうなので、孔明は内心ガッカリしつつ、尋ねる。
「だめか、義兄弟。わたしと義兄弟になると、いまなら併せて、均やら馬良やらなにやらが、ぞろぞろとあなたの弟になってお得だぞ」
「あまり気がすすまぬ」
「趙範に遠慮をしている、とかいう話ならば、仕方がない。身を引くが」
「あんなやつに遠慮をするか。趙範の名が出たならちょうどいい。つまり、俺にとって義兄弟というのは、その程度の存在なのだ」
「意味が判らぬ」
「つまり、だ」
こほん、と小さく咳払いをしたあと、趙雲は口を開いた。

「義兄弟になって、だからなんだ、というのだ。たしかに義兄弟となれば、世間は我らを判断するに、義兄弟だということで括りやすくなるであろうが、正直なところ、俺にはそうなることの良さが、さっぱりわからん。祭壇を用意して、供物をささげて、なんだか大仰な誓いの言葉をのべて、酒を喰らって、大騒ぎをするわけだ。そうしてなにが楽しいわけでもないのに、しょっちゅうしょっちゅう、お互いに顔をあわせては、兄弟、兄弟と呼び合って絆を確かめ合うなんぞ、暑苦しくてかなわぬ。第一、俺はおまえに、まちがっても『兄上』などと呼ばれたくない。単に先に生まれたというだけで、おまえに兄事されるようなことはしていないし、たとえおまえがそうだと肯定したとしても、俺が納得していないのであるから、同じことだ。主騎とはあくまで職務上の者であるから、単に趣味だという理由で、俺がいつまでもおまえの主騎を務めているというのは、おかしな話かもしれん。おまえが義兄弟になろうと言うのも、そのあたりを配慮したものだろう。だが、俺がたとえおまえの主騎をやめたとしても、それで疎遠になると恐れているのなら、そうならないように努力すればいいはなしであろう。俺とおまえが義兄弟になれば、主公とていろいろ妙に気を遣われるようになるであろうし、主公以外の周囲も同じことだ。おまえはもっともっと上に行けるやつだ。それに対して俺が、コブのようについていって、義兄だからという理由で、なんとなく高位に挙げられる、という状況になるのだけは避けたい。これはなにも周りの人間に理由を押し付けるまでもなく、俺自身の誇りの問題なのだ。どうあれ、傍目から贔屓されたとみられるような出世の仕方などしたくないのだ。もちろん、おまえがそんなことはしないとわかっているが、たとえ公平に俺が今より高位に就いたとしても、『諸葛孔明の義兄だから』と世間はどこかで思うにちがいない。それは俺だけが我慢できる問題ではなく、おまえ自身の名誉にもかかわってくることだ。それに、義兄弟だと世間に言わなかったとして、いまさら、そんな名前を使って、いちいち助け合わなくちゃいけないものなのか? いまのままで十分であろう。むしろ過剰なほどだと不安になることすらある。それともおまえは、主公たちのような関係をうらやましく思うわけか? たしかにあれはあれで良いとは思うが、俺たちはほかの者よりも、悪い面も見えているはずであろう。義兄弟というのはたしかに絆を約束するが、同時に束縛を呼び込むものでもある、と思う。つまり枠にはまる、とでもいおうか。惰性になってしまうのだ。それで話は元に戻るのだが、義兄弟になったとして、俺はおまえに兄と呼ばれ、おまえは俺に名を呼ばれるようになる、というわけだ。だが、それだけではないか。ほかになにが変わる? 似たもの同士があつまって、俺もおまえも身寄りは少ないし、親族同士の付き合いのやかましい礼節にもさほど関係ないし、むしろかえって煩わしいだけであろう。俺はおまえを兄という看板だけで従わせるような真似はしたくない。俺に孝行する、ななどと絶対に言ってくれるなよ。どうも当世は、ちょっとでも気が合うと、義兄弟になってしまう風潮があるようだが、俺はそんな軽薄な流行に乗る必要はないと思う。あれは、結局、これほど乱れた世の中で、裏切らない味方を多くつくるための手段にすぎぬ。であるから、俺が趙範と義兄弟になったのは、単に同郷であるからと、やつが桂陽太守であったからというだけで、ことを穏便にもっていくためには、義兄弟になるのが手っ取り早かったからだ。とりあえず、いまでも手紙のやりとりはしているが、やはり絆というのは、お互いに繋げていく努力をしないかぎり、どんどん薄くなっていく。ほかにも場の雰囲気で義兄弟になった、とかいう連中をいろいろ知っているが、ふつうの友と呼び名が違うだけではないかと思う者のほうが多い」(著者注・全部お読みになる必要はありません。ともかく趙雲は嫌がっています)

「わかった、わかった、A4まるまる一枚にフォント10.5で文字がびっしり埋まるほど、あなたが義兄弟をうさんくさく思っていることは、よくわかった。もう言わないよ」
「すべてがすべて、そうだとは思ってない」
「それもわかった。いちいち、約束なんて必要ない、ということだろう」
「そのとおりだ」
ふむ、と趙雲が一気に述べた言葉を思い返しつつ、孔明は言った。
「孔明と呼んでよいぞ」
「なんだ、いきなり」
「亮でもいいが」
「いやだ」
「なぜ」
「おかしいだろう。義兄弟でもないのに。俺はおまえの部下に当たる男だぞ。叔至が俺のことを子龍だの雲だのと呼ぶようなものだ。みなが奇異に思うようなことはやめるがいい。よからぬ憶測を招く」
「あなたは本当に慎重だよ、子龍。でも、なんだかおもしろくない」
「なぜむくれる。まったく、やはり今朝の凶兆は、ぴたりと当たったというわけか」
趙雲が吉兆を気にする、などというのは珍しい。
眉を上げて、もの問いたげな孔明に、趙雲はゆっくり口をひらいた。
「朝、寝台から落ちた。なにかひどく悪い夢をみたのにちがいないのだが、内容を思い出すことができぬ。以前にも同じようなことがあり、今日はきっと、ろくでもないことが起こるであろうと覚悟していた。だから機嫌が悪かったのだ」
「ふむ? 以前の結果はどうだった」
「今日と、とてもよく似ている。主公より呼び出され、おまえの主騎になることが決まった日だ」
「なんだ、凶兆どころか吉兆ではないか。そうして、いまもわたしがあなたの隣にいるのだよ。ありがたがれ、子龍。きっと今日は、良い日になるにちがいない」
「そうか? すでに嫌な予感がしているのだが」
つぶやく趙雲と、孔明の目の前に、目的地の馬超の屋敷が見えてきた。
趙雲は、ため息にも似た息を吐くと、
「では、西涼の錦馬超のご機嫌伺いにまいりますかな、軍師」
と言って、馬から下りると、それに続こうとした孔明の隣に立ち、下りる手助けをしてくれる。
そうだ、なんで趣味になったのか、聞くのを忘れたな、つぎに聞けばよいか、と思いつつ、孔明は趙雲の先導にしたがい、馬超の屋敷の門前に立った。

つづく……

(サイト「はさみの世界」 初掲載年月日・2005/06/05)


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