はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

おばか企画・しんぼくかい。 2

2020年05月07日 09時58分59秒 | おばか企画・しんぼくかい。
※このページは、いつになくキャラの破壊度が進行しており、そりゃあもう大変な騒ぎです。なにがあっても大丈夫、というフタバの物置並に心の強い方に特にオススメするものであります。

馬超の屋敷は意外にも閑静で、清潔、かつ落ち着いた雰囲気に満ちていた。
建物のたたずまいも簡素ながら趣味がよく、植木の配置もわるくない。
孔明と趙雲が来意を伝えると、羌族の者とおぼしき老人は、髯をきれいに剃って、漢風の衣裳をまとっていたが、漢風の儀礼にかなった丁寧な礼をとって、しずしずと奥へと入っていった。
「初めて見たな」
趙雲がぽつりとつぶやくのを、孔明は聞きとがめる。
「羌族を見るのが?」
「そうではない。羌族やほかの遊牧を生活の旨とする民族というのは、長時間、馬にまたがるために、年を経ると不能になる者がいる。そういった者は、馬から降り、宦官として過ごすのだ。いまの老人もそうなのであろう」
「いろいろ勉強をしているのだな」
「成都にはさまざまな民族がいるし、俺のあたらしい部隊も出自がばらばらだ。民族間の仲が悪いこともあるから、最初にいろいろ調べて編成しないと、あとで厄介なことになる。それで俺なりに、見聞を広げているのだ」
「現場の苦労だな。おや、屋敷の主がきたようだ」

ほどなく、背のすらりと高く痩せぎすで、特長的な腰の細さをもつ馬超があらわれた。
その日、馬超はご機嫌で、いつもならば、孔明と趙雲という取り合わせを見ると、警戒して顔を曇らせるのであるが、酒でも入っているのか、満面の笑顔で出迎えてきた。
「軍師将軍、それに翊軍将軍、よくぞ参られた。拙宅へようこそ、なにもないが、歓迎しよう」
客は歓迎する、というのは民族に関係なく、礼儀として共通するところであるが、その日の馬超は本当に機嫌がよい様子である。
馬超は、容姿から鎧から言動から、なにもかもが派手な男であるが、屋敷は対称的に静かで、調度品のなかには、孔明が思わず足を止めたくなるほどのめずらしいものも稀にあり、おおむね、漢族の上流階級の屋敷と、肩を並べることができるほどに趣味がよかった。
馬超という男の本質が、意外に上品な落ち着きをそなえたものということなのではないか。
屋敷に足を入れて、はじめて孔明は馬超に好感を持った。
それまでは、嫌いだったというわけではないが、馬超の言動はとかく派手すぎて、寡黙な趙雲に慣れてしまっている孔明としては、どこか警戒してしまう相手だったのである。
「よきお屋敷であるな」
孔明が誉めると、馬超は嬉しそうに相好をくずして、顔を振り向かせた。
「そうか。貴殿にそう言ってもらえると、俺としても自信が持てるというものだ。この屋敷の調度やしつらえは、すべて従弟の馬岱が選んだものなのだ。あれはなかなか目利きなのでな」
「馬岱どのと、共に住まわれておられるのか」
「百を超える数を有したわが一族も、いまや、俺と従弟だけになってしまった。俺と馬岱は従弟というだけではない。あれが生れ落ちたときから、常に共にいることを運命付けられた、いわば対の者なのだ」
それにしては、馬岱の姿がない。
あいにく入れ違ってしまったのだろうかと孔明が考えていると、やがて客間に通された。
そこには石造りの立派な卓と椅子があり、見事な芙蓉の花の飾られた壷がある。
この屋敷にくる途中、道沿いに芙蓉の花の咲く道があったが、もしかしたら、この屋敷の者が手入れをしたのだろうかと孔明は感心した。
ちらりと隣を見ると、趙雲も、悪くない、というふうに、素直に感心しているようである。
黒を基調にした、派手でも地味でもない、ほどよい加減の衣を着こなした馬超は、孔明と趙雲に席につくように促すのであるが、その段になって、はじめて孔明は、卓の上に、ちいさな、場の雰囲気にまるでそぐわぬ粗末な壷が置いてあるのに気づいた。
そっそっかしい家人のだれかが置き忘れたものなのだろうか。だとしたら、あえて指摘するまでもなかろう。
気づかない振りをするのが礼儀というものだ。
そうして孔明が気を遣って黙っていると、馬超は、二人が席につくなり、卓の上の、ちいさなみすぼらしい壷を手に取り、なにやら大切そうに、まるで赤子を抱くような手つきで、顔をほころばせた。
「軍師は、すぐにこれに気づかれたようであるが、やはり良いものは、ひと目につくらしいな」
「よいもの?」
誤解である。
孔明の目には、馬超の手のなかにあるのは、ただの粗末な壷にしか見えない。
「これは今朝、市場にて俺が見つけたものなのだ。商人曰く、かの光武帝の愛用していた由緒ただしき壷という。この壷にはふしぎな力があり、人を人外の遊里に導いてくれるという」
とくとくと答える馬超を前に、孔明と趙雲は、思わず顔を見合わせた。
「…市場の取締りを強化して、悪徳商人を追い出さねばなるまいな」
「純朴な羌族を騙すとは許しがたいものがある」
二人の会話を聞きとがめた馬超は、太い眉を大きくしかめて声を尖らせる。
「なに? 詐欺ではないぞ。この壷は、本物だ。現に、馬岱はこの中だ!」
と、壷の差し口を、二人に向ける。
「派手な法螺を吹くな。大の男がそんなちいさな壷に入るものか。切り刻んで押し込んだとしても無理だ」
「子龍、そういう血なまぐさい喩えは、止めてくれないか。想像してしまったじゃないか」
「疑い深い漢人め。この『みんなウットリ。本物の壷中』の素晴らしさが、なぜわからぬ」
「こちゅー?」
孔明も趙雲も、その言葉を聞くなり、顔をしかめて、くるりと馬超に背を向けた。
「おい、どこへ行く、無礼者」
「嫌な名を久しぶりに聞いたな。やはり、子龍の予感は当たったというべきか」
「すまぬが、壷中と名のつくものに対しては、よい印象が皆無なのだ。その壷、早々に処分されるがよい。では、また日を改めて参る」
「馬岱がこの中にいるというのに、処分などできぬ。それに、俺をほら吹きと言う、その根性が気に入らぬ。おい、翊軍将軍、軍師将軍!」
するどく名を呼ばれ、ついつい振り向いた孔明と趙雲であるが、その瞬間、ごう、という強風と共に、視界が真っ暗になった。


つづく……

(サイト「はさみの世界」 初掲載年月日・2005/06/05)


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