はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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うつろな楽園 その43

2013年10月06日 09時21分47秒 | 習作・うつろな楽園
孔明は、徐庶や劉備に、事件の顛末をうまく説明した。
つまり、夕闇の中に消えていった三人に追っ手がかからないよう、すべてをハマグリの精のしわざに話を仕立てたのである。
趙雲も、機転を利かせて、それにあわせた。
徐庶や劉備が孔明の話を疑う理由はない。
ほぼ一日、眠り続けていて、張飛が真相を知らなかったことも、この場合、さいわいした。
正直者の張飛には、おそらく孔明に合わせて適当なことをいう、ということはできなかっただろうから。





騒動は終わった。
城内には、なにごとも起こらなかったかのような穏やかさがもどり、ひとびとはそれぞれの日常を淡々とこなしている。
劉備はあいかわらず孔明や徐庶と行動をともにし、食事の時はもちろんのこと、寝るときも、ほぼかれらと一緒である。
いや、むしろ、この騒動で、ますます劉備はふたりに熱を入れあげたといっていい。
徐庶はハマグリの中から現れた民、数百名を保護し、徴兵のがれしたことの罪は問わず、ぎゃくにかれらに衣食住をめぐんでやり、おおいに感謝された。
すると数百名のうちの若い男たちは、かえってそれを恩義にかんじ、長を決めて徐庶のまえにあらわれ、兵卒になることを志願してきた。
その兵は、いま徐庶がみずから調練をほどこしている。

孔明はというと、弩の成功に気をよくしたらしく、あれから毎日のように工房に通い詰めるようになった。
劉備もいっしょで、はたからみていると、ふたりは仲の良い父子のように気さくにことばを交し合って、弩についてのあれやこれやを論議しているようだ。
趙雲は、いつものように、庭に面した工房の、その外階段に座って剣を抱く。

季節はうつり、さわやかだった風の中に、湿り気がだいぶ濃くなってきたのを感じ取る。
城内をとびまわっていたつばめの姿もあまり見かけなくなった。
この穏やかで平和な世界を、奪おうとしている人間が、いま、北にいる。
日に日に濃くなるその気配をいやでも感じながら、趙雲は、民に逃げることをすすめ、ぎゃくにかれらを前代未聞の窮地におとしいれてしまった張伸のことをかんがえた。

張伸は、静かな場所で養生すれば、正気にもどるだろう。
しかし、かれの地獄はそこからだ。
純粋で善良であるがゆえに、おのれの犯した罪の重さをこれから何度も思い返しては、おののくにちがいない。
あのときは仕方なかったのだといえるほど、かれはいい加減な人間でもなかった。
おのれの背負うものの重さに、張伸はどれだけ耐えられるだろうか。
睡蓮と武兵たちが、その重さに巻き込まれて下敷きにならないといいなと、趙雲は心からおもった。
そして、妬ましいほどに純粋に生きようとした張伸のこころが、いくらかでも報われる世の中がくることを祈った。

つづく…


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