はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

実験小説 塔 その38

2019年03月09日 09時53分56秒 | 実験小説 塔


「しかし真っ暗でなにも見えないな。狼がわれわれの焚いた火に当たりたくなって、むこうから、こんばんはとやってくる可能性はないだろうか」
「ないだろう」
「そうだろうな。やれやれ、月のない闇夜というのは困ったものだ。馬も怖がってろくに走ってくれないし、慣れた道ならいざしらず、まったく初めての土地ゆえ、こちらも地理が不案内。狼め、運のよいことだ」
「夜が明けたら、このあたりの住民に、狼の出そうな場所を聞こう。
ところで聞きたいが、あの崖にあった骨は、あんたの目から見て、どうだった」
「龍かもしれない」
「ちゃんと見たか。巧妙な目晦ましかもしれぬぞ。薬の値をつりあげるために、詐欺師が腕のよい職人につくらせたのかもしれぬ」
「その可能性はちゃんと考えて見たよ。信じたいと思って見るのと、信じるものかと思って見るのとでは、印象がまったくちがうものになるだろう。
わたしは信じるものかと思って見たのだが、たとえ龍ではなかったにしても、ではあれはなんだということになると思う。
あんなに大きな生きものの骨はみたことがないよ。水牛の三倍はある」
「全体がか」
「いいや、頭がすこし出てきているところだったのだが、頭だけでそれくらいだ。全体となったら、どれほどの大きさになるのだろう。
人夫頭に聞いたのだが、むかしから、崖の一帯では古い骨がたくさん出るので有名だったらしい。古代の追い込み猟の猟場だったようなのだ」
「追い込み猟というと、魚の群れの行く手をわざと阻み、方向転換してきたところを網で一気に獲る、というのと同じか」
「あれの地上版ともいうべきかな。たとえば鹿の群れがあったとする。これを石で打ったり、あるいは太鼓などの音で脅かして追いかけて、谷底に落ちるように仕向けるのだ。
昔は楽器もれっきとした武器だったのだよ。いまでも祭りのときには楽器を打ち鳴らすだろう。音というものの効果については、いまのわれらより、先祖のほうが、ずっと神聖なものとしてとらえていただろうね。
それはともかく、そうして崖から落ちて死んだ動物のうち、なんらかの事情でそのままにされた、あるいはその場で解体され、不要な部分はそのまま打ち捨てられた動物の骨などがたくさん出てくる。このあたりでは、それを竜骨として珍重してきた。
ところが、掘り進んでいくうちに、いま掘っている、とんでもなく大きな骨が出てきた。村の物知りに聞いたけれども、はて、とんとこれの正体がわからない。
しかし、これだけ大きな動物となると、竜だろう、ということで、ほんものの竜の骨という看板を立てることにしたそうだ。
つまり騙すつもりではなくて、自然と竜だろう、というところに落ち着いたのだな。これは詐欺とはいえまい。実際に、薬の効き目がよいので助かっている命もあるのだし。
それに、もし詐欺ならば、詐欺を仕掛けた人間に、あの大きな骨をどうやって作ったのか、ぜひ後学のために聞いておきたいところだ。
松明を手に近くでじっくりながめさせてもらったけれど、なにかの動物の骨と骨をそれらしく接いだというわけでもなさそうだった」
「俺はその竜の骨らしいものを飲んだというわけか」
「そうなるな。なんであれ効き目は抜群なのだから、やはり買いだめをしておいたほうがいいかもしれぬ。帰りの路銀が尽きてしまうが、どうだろう、竜骨を売りつつ、路銀を稼いで成都へ帰る」
「あのな、あんたみたいな士大夫が、商人の真似事なんぞできるか、というより、商売なんぞ、あんたにさせたくないな」
「商才はないだろうか」
「ないだろう」
「たしかにな。いつだったか劉曹掾(劉巴)に、きみは金がからむと、まるででくの坊だと注意されたことがある。金には不自由してこなかったからなのか、金の流れについて無頓着にすぎる、とね。
いや、わたしの商才はどうでもいい。狼だ」
「狼は、人夫には怪我をさせているが、なぜだかあんたには牙を剥かずに石だけを奪ったのだな。それも妙な話だ。
あんたが骨を見に行ったあと、外でなにやら揉めていたので声を聞いていたのだが、どうやら狼は以前から人夫たちを何人も襲っていたらしい」
「ほんとうか?」
「ああ。それで、人夫たちは、もっと賃金を上げろと怒っていたわけだ。骨を掘るという力仕事に加えて狼からも襲われる危険があるというのだから、当然の訴えだと思うが、どうやら狼があらわれたのは、ほんものの竜の骨が出土してからだという」
「竜の骨と、狼と、石、か。なにか関連があるのだろうか」

「おはよう。疲れているようだから、先に起きて、付近のものたちに話を聞いてきたよ。狼がよく出るのは、酒泉に向かう手前の街道からすこしそれた谷だそうだ。それが聞いておどろけ」
「坊主たちが言った塔のある場所と、狼が出る場所とが一致する」
「そう。さすが勘がいいな。そのとおりだよ。狼と石は不思議なことであるが、まちがいなく関連がある。
行く先が一致したとなると、気も強くなるというものだ。それと、面白い話も聞いてきたのだが、それは朝食を食べながらにしよう。ほら、食糧もすこし分けてもらった」
「手際がよいな。ところで、今日は曇りだよな」
「? おかしなことを。よく晴れているよ」
「そうか。晴れか」
「まだ具合がわるいのか。顔色もよくないな。場所はもう決まったし、武威の太守への薬も、きっと神威将軍たちがちゃんと届けているだろう。
狼を使っている人間がいるかもしれないから、急がないといけないけれど、あなたの具合がわるいのであれば、ここから先は、わたしひとりで行く」
「だから、そんなことが出来るかというのだ。もし相手が一人じゃなくて複数だったらどうする。そのうえ狼。目も当てられぬ状況になるだろう」
「そう決まったわけでもあるまい。と、言い争いをするのは建設的ではないな。もうひとつの話なのだが、その谷というのが、入り組んだところにある谷で、昔はそこに集落があったそうなのだが、水の便がわるいし狼も出るというので、いまではだれも住んでいないし、どころか近づきもしないというのだな」
「ふむ」
「で、聞いたのだよ。どうして水の便もわるい奥まった土地に人が住んでいたのかとね。
人々が言うには、住んでいたというよりも、仮の宿りにしていたらしい。
はるか昔には、その崖から玉が出るというので、多くの人夫たちが仕事をしていたのだが、戦乱がきっかけで一時は絶えた。おそらく、これはわたしが夢で見た者たちであろう。月氏たちだ。
で、そのあとにこの土地に入ってきた羌族が、玉を得るために崖を掘っていたら、出てきたのは玉ではなくて、骨だった」
「動物の?」
「動物や人だったそうだ。そこで羌族は、その骨を竜骨として漢族の商人に売ることにしたのだそうだ」
「待て。動物の骨ならばともかく人の骨だと?」
「おもしろい話があるよ。人間も動物にはちがいないであろうし、粉々に砕いてしまえばわからなかろうと、動物の骨にまぜて売っても、ふしぎとばれてしまうのだそうだ。
しかしそれでもせっかくだからと、人の骨を煎じて飲んだ者がいてね、効用はどうかと効いたら、なんだかあいまいな返事だったな」
「恐ろしい話だな」
「それはともかく、狼が出るようになったのは、骨を掘り出してからなのだそうだ。崖を見ればわかると思うが、よくよく見ると崖というのは層があって、その層ごとに特長がちがう。
玉が出る層と骨が出る層がちがうことから、骨の出る層ばかりを掘っていたそうなのだが、あるときふと思い立ち、まったくなにも出てこなくなっていた玉の出る層を掘ってみたことがあった。そうしたら、大きな骨があらわれた」
「それは」
「竜の骨だ。これはこれで金になるから、みな喜んで骨を掘ったのであるが、しかし時を同じくして狼が頻繁にあらわれるようになって、人夫を襲うようになった。結局は骨を諦めざるを得なくなった。
だれかが狼を神からの使者だと言ったことから、よけいにみな怖じて、谷に近づかなくなったらしい。
で、その谷にある竜の骨はそのまま放置されているのだが、面白いことを言っている者がいた。その骨は、一度掘り出された痕が残っていたと。どうやら、一度掘り出したものを、わざわざ埋め戻した者がいたのだ」
「なんのためだろう」
「わからないよ。ただね、あらわれた狼を神の使者だとみなに告げたのは、ひとりの老人であったのだが、しかしだれもその老人が何者であるかを知らなかったらしい」
「老人」
「うん、その老人は、赤毛だったそうだ」



「おはよう。疲れているようだから、先に起きて、付近のものたちに話を聞いてきたよ。狼がよく出るのは、酒泉に向かう手前の街道からすこしそれた谷だそうだ。それが聞いておどろけ」
「坊主たちが言った塔のある場所と、狼が出る場所とが一致する」
「そう。さすが勘がいいな。そのとおりだよ。狼と石は不思議なことであるが、まちがいなく関連がある。
行く先が一致したとなると、気も強くなるというものだ。それと、面白い話も聞いてきたのだが、それは朝食を食べながらにしよう。ほら、食糧もすこし分けてもらった」
「手際がよいな。ところで、今日は曇りだよな」
「? おかしなことを。よく晴れているよ」
「そうか。晴れか」
「まだ具合がわるいのか。顔色もよくないな。場所はもう決まったし、武威の太守への薬も、きっと神威将軍たちがちゃんと届けているだろう。
狼を使っている人間がいるかもしれないから、急がないといけないけれど、あなたの具合がわるいのであれば、ここから先は、わたしひとりで行く」
「だから、そんなことが出来るかというのだ。もし相手が一人じゃなくて複数だったらどうする。そのうえ狼。目も当てられぬ状況になるだろう」
「そう決まったわけでもあるまい。と、言い争いをするのは建設的ではないな。もうひとつの話なのだが、その谷というのが、入り組んだところにある谷で、昔はそこに集落があったそうなのだが、水の便がわるいし狼も出るというので、いまではだれも住んでいないし、どころか近づきもしないというのだな」
「ふむ」
「で、聞いたのだよ。どうして水の便もわるい奥まった土地に人が住んでいたのかとね。
人々が言うには、住んでいたというよりも、仮の宿りにしていたらしい。
はるか昔には、その崖から玉が出るというので、多くの人夫たちが仕事をしていたのだが、戦乱がきっかけで一時は絶えた。おそらく、これはわたしが夢で見た者たちであろう。月氏たちだ。
で、そのあとにこの土地に入ってきた羌族が、玉を得るために崖を掘っていたら、出てきたのは玉ではなくて、骨だった」
「動物の?」
「動物や人だったそうだ。そこで羌族は、その骨を竜骨として漢族の商人に売ることにしたのだそうだ」
「待て。動物の骨ならばともかく人の骨だと?」
「おもしろい話があるよ。人間も動物にはちがいないであろうし、粉々に砕いてしまえばわからなかろうと、動物の骨にまぜて売っても、ふしぎとばれてしまうのだそうだ。
しかしそれでもせっかくだからと、人の骨を煎じて飲んだ者がいてね、効用はどうかと効いたら、なんだかあいまいな返事だったな」
「恐ろしい話だな」
「それはともかく、狼が出るようになったのは、骨を掘り出してからなのだそうだ。崖を見ればわかると思うが、よくよく見ると崖というのは層があって、その層ごとに特長がちがう。
玉が出る層と骨が出る層がちがうことから、骨の出る層ばかりを掘っていたそうなのだが、あるときふと思い立ち、まったくなにも出てこなくなっていた玉の出る層を掘ってみたことがあった。そうしたら、大きな骨があらわれた」
「それは」
「竜の骨だ。これはこれで金になるから、みな喜んで骨を掘ったのであるが、しかし時を同じくして狼が頻繁にあらわれるようになって、人夫を襲うようになった。結局は骨を諦めざるを得なくなった。
だれかが狼を神からの使者だと言ったことから、よけいにみな怖じて、谷に近づかなくなったらしい。
で、その谷にある竜の骨はそのまま放置されているのだが、面白いことを言っている者がいた。その骨は、一度掘り出された痕が残っていたと。どうやら、一度掘り出したものを、わざわざ埋め戻した者がいたのだ」
「なんのためだろう」
「わからないよ。ただね、あらわれた狼を神の使者だとみなに告げたのは、ひとりの老人であったのだが、しかしだれもその老人が何者であるかを知らなかったらしい」
「老人」
「うん、その老人は、赤毛だったそうだ」





「食糧も水も買ったし、これで、廃墟へ向かう準備は万端だ。ほかになにか必要なものはあるだろうか。狼はなにが嫌いなのだろう。なるべくならば話し合いですませたいところだが、さすが狼、話のわかりそうなやつではなかったな」
「そも、狼が人の話を素直に聞く動物だったら、なにも恐れることはないだろう」
「そうとも言い切れまい。人の話を聞いているふりをしながら、まったく聞いておらずに平気で牙を剥く人間だっているではないか」
「まあな。ところで、赤毛の老人というのは、あんたが言っていた夢のなかに出てきた、塔の住人だろうか」
「わたしが見た塔は、過去の風景だと思うのだけれど、もし塔がそこにあり、ひとがまだいるというのなら、そこに住んでいるのは塔の住人の子孫ではないだろうか。
市場でそれとなく聞いてみたが、やはり廃墟にはだれも住んでおらず、まして赤毛などという目立つ連中は、このあたりには滅多にいないそうだよ。
とはいえ、それは正確ではないな。このあたりにはいたのだが、土地をめぐって争そって、追い出されていなくなったのだ」
「塔はあるのか」
「いいや、見たことがないと言っていた。そもそも、その廃墟となっている村自体が、大昔に打ち捨てられた土の家を補強して住んでいただけの、かろうじて風雨をしのげるもので、まともな家ではなかったらしい。
塔があったのは、まだこの地に月氏がいたころの話だから、相当なむかしだ。あとになってやってきた者たちによって、壊されていたとしても、仕方なかろう」
「狼が神の使者だと告げた赤毛の老人は、意味ありげなことを言いってみなを不安にさせるのが大好きな、人の悪い偏屈な年寄りで、そのうえ浮浪者ということは考えられぬか」
「おおいに考えられるが、しかし偶然の一致だろうかね。石のことを知っていて、狼を手なづけて石を盗ませたのだとしたら、厄介だ」
「ということは、その老人も狼と行動を共にしていたはずだ。赤毛なんぞ目立つであろうし、だれかが見ていたとしてもおかしくないのに、だれも狼と老人を見ていないのだろう」
「狼に乗って逃げた」
「狼が馬くらい大きかったというのならともかく、ふつうの大きさの狼ならば、それは無理だ」
「ふつうの大きさだったよ。ふむ、ナゾは深まる。
しかし狼か老人かわからぬが、石のことを知っていたとすると、どうするつもりなのだろう。石を使うか、それともニキたちのように葬ろうとするか」
「それは当の本人に聞けばわかる。この渓谷を抜けると廃墟の村だな」


つづく……


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