はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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臥龍的陣 涙の章 その76 はじまる混乱

2022年12月04日 10時02分15秒 | 臥龍的陣 涙の章


「隠れて」
強ばった声で花安英《かあんえい》がいい、孔明は素直に物陰に身をひそめた。
廊下を進む孔明と花安英の前に、兵士たちが数人、束になってこちらへ向かってくるのが見えた。
さきほどから城内が騒がしい。
ばたばたと兵士たちは早足に駆け去っていく。

「さきほど、賊が、劉州牧の部屋を守っていた連中を皆殺しにしたらしいぞ」
「おかしいではないか。賊が門を突破したらしいとしらせがあったのは、ついさっきなのに」
「賊が二手に分かれているのだ」
「いや、三つだろう。正門で暴れているのと、そいつを囮にして城内に入り込んだのと、すでに城に入り込んでいるやつの三つだ。
しかし、俺たちのほかに、城をうろついている若い連中は、いったい何者なのだ?」
什長《じゅうちょう》らしき年配の男が、首だけを動かして兵士たちを振り返る。
「詮索無用だ。われらは賊を捕らえることのみに集中すればよい」
「はあ」
納得しかねるというふうに、兵士たちは返事をかえした。

薄暗がりに隠れる孔明は、遠ざかりつつある足音に安堵しつつ、考える。
すでに城内にいる賊とは、ほかならぬ自分たちのことであるが、ほかに二手?

正門で闖入者《ちんにゅうしゃ》があり、潘季鵬《はんきほう》の兵士たちと衝突したらしい。
兵士たちの話からすれば、闖入者は二人で、ひとりが囮になり、もうひとりが別の門から侵入したようだ。
詮索するまでもなく、それは趙子龍と|斐仁《ひじん》、あるいはあの老人であろう。

「あのばか」
物陰で兵士たちの話を耳にしつつ、孔明はつぶやいた。
あれほど新野へ帰れと言ったのに。
たった三人で、この城内全員を相手にするつもりか。

孔明は、手にした長剣の柄を、ぎゅっと掴んだ。
人を殺したことはない。
しかし、やらねばならぬ。

ふと気づくと、花安英が傍《かたわ》らに立ち、見下すような視線を送っていた。
「ここでじっとしていれば、あんたの助けが来るかもしれないね」
血に汚れた花安英の顔は、思わず目を背けたくなるほどに、みにくく歪んでいる。
かつて襄陽城の花として、その美貌と才智をもてはやされた、可憐な少年の面差しはどこにもない。
孔明は、自分に向けられる嫉妬の視線を、まっすぐに受け止めた。

「そうかもしれない。しかし、わたしは助けられるために、ここにいるのではない」
「でも結局、あんたは誰かの助けがないと、どうにもならない人間のひとりなんだ」
「だれの助けもなくやっていける人間なんぞ、この世にいるものか」
「すべてのものに例外はありますよ」
ここで答えのない、平行線をたどるばかりの問答をして、時間をつぶすつもりはない。

先へ進もうと促《うなが》そうとした孔明であるが、はっと口を閉ざした。
行ってしまったとばかり思っていた兵士たちが、またこちらに戻ってきたようだ。
ふたたび身を低くして物陰にかくれると、什長の苛立った声が聞こえた。

「侵入者を捕らえろというだけではなく、消えた子供たちも捜せだと? 
我らをなんだと思っているのだ!」
孔明がそっと覗くと、兵卒たちは、だれかを両脇から抱えるようにして、引きずるように歩いている。
什長は、部下たちにてきぱきと指示を下しながらも、あきらかに感情的になっていた。

かれらに捕らえられていたのは、劉表の部屋で琴を弾いていた、白髪《はくはつ》の者であった。
白く濁った目をさまよわせ、兵卒たちに引きずられるようにして廊下を行く。

「隊長、なんだって劉琮公子のお遊び相手まで逃げ出しているんです?」
「俺が知るか! ともかく命令どおりにするのだ」

そこへ、ばたばたと兵士が駆け込んできた。
「伝令! 賊はすでに城内へ侵入した模様! 内門の衛兵が全滅!」
「全滅?」
鸚鵡返《おうむがえ》しした什長のことばに合わせるように、兵士たちも顔を見合わせる。

「逃げたのではないのか? 全滅なのか?」
「全滅でございます! 城内を守る部将はすべて打ち倒された模様。
外門に援護を要請しておりますが、外門でも叛乱が起こった様子」
「叛乱? だれがだ!」
「東門を守っていた部将たちが、こぞって賊に味方して、正門はいまや乱戦状態でございます。
城内の兵卒をまとめる者がおりませぬ。
混乱し、逃亡をはかる兵卒どもが掠奪をはじめた模様」
「なんということだ。城内に、ほかに人はおらぬのか?」
「わかりませぬ。蔡将軍は行方知れず、劉州牧は伏せっておられ、ほかの将軍方も姿をお見せになりませぬ」

逃げたか。
伝令の話を聞きつつ、孔明は、自分のことのように苛立った。
腐り始めていた襄陽城の内部が、いま激しく音を立てて崩れだしている。
蔡瑁の命令がないために兵士は動揺して暴走し、蔡瑁に与していた武将たちも、身の安全を考えて、隠れてしまっているのだ。
本来ならば、先頭に立って城内の混乱を収めねばならない立場にあろう者が、だ。

もちろん、この状況は、孔明には歓迎すべきことではある。
しかし、かつての襄陽城の様子を知っているだけに、怒りもおぼえる。
とくに蔡瑁の腰抜けぶり。
平時は威張り散らすだけ威張り散らしておいて、戦時はこれか。


つづく


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「小説家になろう」のほうは、一気読みしてくださった方がいたようです、これまたありがたい。
どうも落ち着くかと思っていたら、ぜんぜん落ち着かない状況がつづいていて、創作に本腰を入れられないでいます;
でも! きっと戻ってきます。がんばりまーす!(^^)!


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