「孔明さま、貴方様は劉表が流民の子だけを虐げたと思っておられますか」
「どういうことであろうか」
白髪《はくはつ》の者は悲し気に顔を曇らせる。
「『壷中』というのは、単に荊州を守る刺客を育てるための組織ではございませぬ。
劉表は、自分の権威をたしかなものにするために、ある策を立てました。
それは、豪族たちの子弟を人質として『壷中』に差し出させることです。
劉表は、われらを使って豪族たちの秘密を嗅ぎ出し、それをネタに脅迫して、豪族たちを思うように操ったのです。
だれしも後ろ暗いところはあるもの。
『壷中』がなんらかの秘密を嗅ぎ出すことができなかったのは、あなたの叔父君をはじめ、ごく少数の者たちであったそうでございます。
わたくしは、長兄によって『壷中』に差し出されました。
わが一族は中原では蔑まれておりましたので、長兄はこの地に根付こうと必死だったのでしょう。
わたくしの言う『兄』とは、次兄のこと。
あなたさまもよくご存知の者でございます。
わたくしはこのような姿に変わり果ててしまったので、分かりにくいかもしれませぬが、兄とは面差しが似ているとよく言われておりました。
お分かりになりませぬか?」
まさか。
孔明は、光を失った双眸を持つ、白髪の子を見つめた。
少女のような面差しをした顔。
しかし意志の強そうな顔つきをしている。
わずかに横に長い顔、大きめの瞳が、よけいに少女のような印象を強めているのだろう。
これがもうすこし男臭くなり、髯を生やしたらどうなるか。
この顔が、屈託のない明るい笑顔を浮かべたら、似ていないか。
「もしかして」
咽喉がひりつく。
「君は、崔家の人間。つまり、崔州平の弟なのか?」
ちがう、という返事をどこかで期待していた孔明は、白髪の子が、こくりと肯いたのを見て、めまいをおぼえてよろめいた。
ふらつく体をがっしりと抑えるものがあり、みると、趙雲であった。
孔明は反射的に言っていた。
「ありがとう」
「わたくしは『壷中』の命令を受け、鄴都をさぐっていましたが、途中で捕らえられてしまいました。
『壷中』はわたしを見殺しにして、助けてはくれなかったのです。
命は助かったものの、光を失い、若さを失くした異形に成り果ててしまいました。
次兄はそのことを知るとはげしく怒り、ことの原因である『壷中』を滅ぼすのだといいました。
わが姉も『壺中』の女にされておりましたので、よけいに次兄は『壺中』を恨んだのです。
姉も『壺中』でひどい目に遭いましたから」
「州平に君たちのような妹弟がいたとは知らなかった。
しかもふたりも『壺中』の犠牲になったというのなら、それは怒って当然だ。
しかし、なぜ、きちんとわたしに相談してくれなかったのだ?
もしもっと早くに教えてくれていたなら」
「教えていたなら、どうなさいましたか?
あなたさまはおそらく、ご自分の叔父君のこともかんがえて、責任をとろうとなさったのでは?
そして劉豫州のもとを辞去し、単身で『壷中』をつぶすべく、襄陽城に乗り込んだのではありませぬか?
次兄は、そうなることを、一番恐れていたのです。
たったひとりで潰せるほど、『壺中』は、やわな組織ではありませぬ。
それに、次兄は『壷中』を潰すため、いえ、劉表を滅ぼすために、曹操の前に膝を折りました。
もはやあなたさまとは道が違ってしまったのです」
孔明の脳裏に、新野の酒場で困ったように笑っていた親友の顔が浮かんだ。
「借金の相手とは、曹操なのか。決起するために、金と武器と力が必要だったと」
「左様でございます」
「どうして」
真実を教えてくれなかったのか。
孔明は、新野の酒場で崔州平が握ってきたおのれの手を見下ろした。
死ぬなと言った。
かならず生きろと。
そこまで身を案じてくれる男が、どうして、曹操の元へ行ってしまったのか。
一方で、子供たちの話はまとまったようである。
年長の子が言った。
「我らの心はひとつにまとまりました。
孔明さま、あなたさまを信じます。
どうぞ我らをお救いください。
代わりに『壷中』の者のみに許された間道をお教えいたします。
そこを抜ければ、城外に出ることが可能です」
「しかしその道は、ほかの『壷中』も知っているのだろう?」
趙雲のことばに、白髪の子がうなずいた。
「ですが、抜け道は一本道ではございませぬ。
道は迷路のように分かれておりまして、敵に侵入されたり、待ち伏せをされたりしないようにしてあるのです。
間道の入り口は地下牢の真下、劉州牧の部屋、蔡将軍の部屋、西の門の井戸にございます」
「わかった。おまえたちは、先に間道を抜け、外に出たなら、一路、新野を目指せ」
「あなた方は如何なさるのです?」
「花安英《かあんえい》を止め、『狗屠《くと》』を捕らえる」
つづく
※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、感謝です、ありがとうございます!
そして、ブログ村及びブログランキングに投票してくださった方も多謝でーすv
さらにはBookWalkerで発行している電子同人誌をお買い上げくださった方も、ありがとうございます!(^^)!
おかげさまで、明日で「臥龍的陣 涙の章」が一区切り!
まだまだつづく物語、どうぞこれからも見ていただけるとさいわいです。
さらに、昨日は「なろう」も当ブログもたくさんのお客さんに来ていただけました。
いやー、うれしいですねえ、同人作家冥利につきるというか…
これからもがんばりますので、引き続き閲覧しに遊びに来ていただけると、さらにうれしいです(^^♪
「どういうことであろうか」
白髪《はくはつ》の者は悲し気に顔を曇らせる。
「『壷中』というのは、単に荊州を守る刺客を育てるための組織ではございませぬ。
劉表は、自分の権威をたしかなものにするために、ある策を立てました。
それは、豪族たちの子弟を人質として『壷中』に差し出させることです。
劉表は、われらを使って豪族たちの秘密を嗅ぎ出し、それをネタに脅迫して、豪族たちを思うように操ったのです。
だれしも後ろ暗いところはあるもの。
『壷中』がなんらかの秘密を嗅ぎ出すことができなかったのは、あなたの叔父君をはじめ、ごく少数の者たちであったそうでございます。
わたくしは、長兄によって『壷中』に差し出されました。
わが一族は中原では蔑まれておりましたので、長兄はこの地に根付こうと必死だったのでしょう。
わたくしの言う『兄』とは、次兄のこと。
あなたさまもよくご存知の者でございます。
わたくしはこのような姿に変わり果ててしまったので、分かりにくいかもしれませぬが、兄とは面差しが似ているとよく言われておりました。
お分かりになりませぬか?」
まさか。
孔明は、光を失った双眸を持つ、白髪の子を見つめた。
少女のような面差しをした顔。
しかし意志の強そうな顔つきをしている。
わずかに横に長い顔、大きめの瞳が、よけいに少女のような印象を強めているのだろう。
これがもうすこし男臭くなり、髯を生やしたらどうなるか。
この顔が、屈託のない明るい笑顔を浮かべたら、似ていないか。
「もしかして」
咽喉がひりつく。
「君は、崔家の人間。つまり、崔州平の弟なのか?」
ちがう、という返事をどこかで期待していた孔明は、白髪の子が、こくりと肯いたのを見て、めまいをおぼえてよろめいた。
ふらつく体をがっしりと抑えるものがあり、みると、趙雲であった。
孔明は反射的に言っていた。
「ありがとう」
「わたくしは『壷中』の命令を受け、鄴都をさぐっていましたが、途中で捕らえられてしまいました。
『壷中』はわたしを見殺しにして、助けてはくれなかったのです。
命は助かったものの、光を失い、若さを失くした異形に成り果ててしまいました。
次兄はそのことを知るとはげしく怒り、ことの原因である『壷中』を滅ぼすのだといいました。
わが姉も『壺中』の女にされておりましたので、よけいに次兄は『壺中』を恨んだのです。
姉も『壺中』でひどい目に遭いましたから」
「州平に君たちのような妹弟がいたとは知らなかった。
しかもふたりも『壺中』の犠牲になったというのなら、それは怒って当然だ。
しかし、なぜ、きちんとわたしに相談してくれなかったのだ?
もしもっと早くに教えてくれていたなら」
「教えていたなら、どうなさいましたか?
あなたさまはおそらく、ご自分の叔父君のこともかんがえて、責任をとろうとなさったのでは?
そして劉豫州のもとを辞去し、単身で『壷中』をつぶすべく、襄陽城に乗り込んだのではありませぬか?
次兄は、そうなることを、一番恐れていたのです。
たったひとりで潰せるほど、『壺中』は、やわな組織ではありませぬ。
それに、次兄は『壷中』を潰すため、いえ、劉表を滅ぼすために、曹操の前に膝を折りました。
もはやあなたさまとは道が違ってしまったのです」
孔明の脳裏に、新野の酒場で困ったように笑っていた親友の顔が浮かんだ。
「借金の相手とは、曹操なのか。決起するために、金と武器と力が必要だったと」
「左様でございます」
「どうして」
真実を教えてくれなかったのか。
孔明は、新野の酒場で崔州平が握ってきたおのれの手を見下ろした。
死ぬなと言った。
かならず生きろと。
そこまで身を案じてくれる男が、どうして、曹操の元へ行ってしまったのか。
一方で、子供たちの話はまとまったようである。
年長の子が言った。
「我らの心はひとつにまとまりました。
孔明さま、あなたさまを信じます。
どうぞ我らをお救いください。
代わりに『壷中』の者のみに許された間道をお教えいたします。
そこを抜ければ、城外に出ることが可能です」
「しかしその道は、ほかの『壷中』も知っているのだろう?」
趙雲のことばに、白髪の子がうなずいた。
「ですが、抜け道は一本道ではございませぬ。
道は迷路のように分かれておりまして、敵に侵入されたり、待ち伏せをされたりしないようにしてあるのです。
間道の入り口は地下牢の真下、劉州牧の部屋、蔡将軍の部屋、西の門の井戸にございます」
「わかった。おまえたちは、先に間道を抜け、外に出たなら、一路、新野を目指せ」
「あなた方は如何なさるのです?」
「花安英《かあんえい》を止め、『狗屠《くと》』を捕らえる」
つづく
※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、感謝です、ありがとうございます!
そして、ブログ村及びブログランキングに投票してくださった方も多謝でーすv
さらにはBookWalkerで発行している電子同人誌をお買い上げくださった方も、ありがとうございます!(^^)!
おかげさまで、明日で「臥龍的陣 涙の章」が一区切り!
まだまだつづく物語、どうぞこれからも見ていただけるとさいわいです。
さらに、昨日は「なろう」も当ブログもたくさんのお客さんに来ていただけました。
いやー、うれしいですねえ、同人作家冥利につきるというか…
これからもがんばりますので、引き続き閲覧しに遊びに来ていただけると、さらにうれしいです(^^♪