はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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地這う龍 四章 その17 英雄の帰還

2024年02月11日 09時51分26秒 | 地這う龍



趙雲の行く手に、よく顔の似た、大男二人組があらわれた。
「おれは鍾晋《しょうしん》だ」
「こっちも鍾紳《しょうしん》だ」
似たような声で自己紹介する男たちに行く手を阻まれ、趙雲は小さく舌打ちをした。
というのも、これまでがんばってくれた馬が、そろそろ限界にきていることがわかったからだ。
あまり長くは戦えない。
第一、趙雲自身も疲れ始めていた。
張郃《ちょうこう》という気の抜けない相手と長く戦いすぎたせいである。
あいつさえいなければ、曹洪《そうこう》の首をとれたものを。
そしたら、この惨状に一矢報いることもできただろうに。
そう思うとむかむかした。


大男たちは二手にわかれて、趙雲を右と左で挟撃しようとする。
「もうすこしがんばってくれよ」
趙雲は、馬の首を軽く撫でてから、一気に動き出した。
鍾晋のほうが槍を突きだし、鍾紳のほうは矛を突き立ててくる。
とはいえ、両者の動きは連動しておらず、ばらばらだったのがさいわいした。
趙雲は、まず鍾晋の槍を避けると、自身の槍で薙ぎ払い、そのまま、矛を突き立ててきた鍾紳の刃をも受け止めてから、力任せに払った。
かれらが馬上で均衡を崩したのが見えたので、返す刀で鍾晋の首に斬りつけ、一方で、追いすがってくる鍾紳の胴に槍の柄を叩きつけ、馬から落とした。
鍾兄弟は、もう動かなくなった。


愛馬の足がだんだんゆるくなってきている。
すでに麋竺たちは長阪橋を超えたことだろう。
自分も早く合流しなければ。
曹操が自分を捕えようとしてくれたのは、幸運だったなと思う。
弓矢を射かけられていたら、きっとどこかで倒れていた。
『曹操に感謝する日が来ようとは』
そう思うと、おかしかった。


背後で、どどどどど、と騎兵の追撃してくる音が聞こえてくる。
振り返ると、それぞれ『張』『許』の文字の染め抜かれた旗がひるがえっている。
張、というのは、さきほどの張郃のことか、あるいは張遼のほうか、わからなかったが、許というのは、虎痴将軍《こちしょうぐん》と呼ばれている男のほうだろうと見当がついた。
どちらにしても厄介な追撃相手である。
まともに戦える体力が、さすがに残っていない。


前方にようやく長阪橋が見えてきた。
その橋の中央には、張飛が蛇矛片手に、勇壮な姿で立ちはだかっていた。
近づくと、張飛は大きく破顔した。
「よくぞ生きていたな、子龍! 兄者がお待ちかねだぞ!」
「みなは無事なのだな」
「あらかた、この先の安全な場所へ逃げておる。あとはおれに任せろ」
孔明のいない状況で、たったひとり橋の上にあり、なにか策でもあるのだろうかと趙雲はいぶかしんだが、自信満々の張飛の笑顔を信じることにした。


そして、転げるように橋を渡り、馬を降りると、生き残っていた兵たちや民衆から、大歓迎を受けた。
ちゃっかり生きていた、例の旅装の大男もいて、しきりに、
「すごい御仁だ、まったく、すごい御仁だ」
とほめちぎってくれていた。
おなじく、生き残っていた張著《ちょうちょ》が差し入れてくれた水をおおいに飲んでから、身づくろいする間もなく劉備の元へと向かう。
足取りはふらふらで、視界もぐらぐらしている。
だが、劉備の無事を確かめるまでは、倒れることはできなかった。


劉備は楠木《くすのき》のもとに座っていた。
趙雲の留守のあいだ、陳到が劉備の身辺を固めていたようだ。
陳到はめずらしく涙でぐしゃぐしゃの顔をして、趙雲が身体を引きずって歩いてくると、肩を貸して助けてくれた。


「子龍、よく生きて戻ってくれた!」
劉備は感激で声をふるわせている。
その腕には、阿斗がすやすやと眠っていて、趙雲はこころから安堵した。
麋竺《びじく》も麋夫人《びふじん》も、劉備に会うことができたのだ。
守ろうとしたものを、守りきれたという達成感があった。
劉備はことばが出ないらしく、小刻みに震えていた。
しばらく滂沱と涙をながし、趙雲を見ている。


が、なにをおもったか、とつぜんにその腕の赤ん坊を地面に投げ捨てようとした。
振りかぶったところで、控えていた陳到と、麋竺が劉備の腕をがっしり掴む。
「御乱心か、わが君っ!」
「ええい、放せ、この赤ん坊のせいで、天下無双の士を殺してしまうところだったのだぞ!」
「いいえ、赤ん坊に罪はございませぬっ、我が妹が命を賭けて救った和子です! 
どうぞお心をお鎮めくださいっ」
麋竺もまた、泣きながら抗議する。
すると、劉備は、涙を隠さないまま、叫んだ。
「子供は何人でも作れる! だが、天下無双の勇士は得るのはむつかしい……まして、純忠の士なら、なおさらだ! 
子龍よ、おまえはわしのなによりの宝だ。
その宝を、このつまらぬ赤ん坊のために失うところであった。それがわしには、許せぬのだ」


趙雲は、顔を真っ赤に染めて叫ぶ劉備を見上げ、やがて視界が大きく揺れていくのを感じた。
涙がぽたぽたと地面に落ちる。
これほどまでに、劉備は自分を大切に思ってくれているのだということが、心からありがたかった。
「勿体なきお言葉……!」
声が詰まる趙雲の手を取って、劉備は涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔をして、言った。
「よく生き残ってくれた! つらい戦いであったろうに、ありがとうっ!」
趙雲はその言葉を聞くまで、興奮状態であったこともあり、自分がつらいとか、苦しいとか、そんなことはみじんもおもっていなかった。
だが、劉備のことばで、緊張がほどけた。


つらい戦いをしのいだのだ。
身を削るような戦いだった。
よく生き残れた。
なにより、わが君が喜んでくださっているのが、うれしい。


「この子龍、これからも一身を賭して、わが君にお仕えする所存です」
おのれの手を熱く握る劉備の手を、自分もがっちり握り返し、趙雲は言った。
その目からとめどなく涙があふれてきて、止める術を知らなかった。




つづく


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さて、長坂の戦い、終盤に近付いております。
しかし、まだまだ話は終わらない……!
明日は張飛のエピソードです。
どうぞ次回もおたのしみにー(*^▽^*)


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