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江夏《こうか》にいる孔明は、陳到に託されたはやぶさの明星《みょうじょう》の面倒を見ていた。
鄧幹《とうかん》とやらの使者のひとりに、ねずみの干したのはないかと尋ねたが、そんなものはない、干し肉でがまんしてくれ、と言われた。
そこで、贅沢だなと思いつつ、明星に干し肉を与えることにした。
明星は、こんどこそうまそうに肉をつついている。
「いつになったらわが君のところへ戻れるのであろうか」
ひとりごとをつぶやきつつ、江夏の河岸に目をやる。
江夏の港では、船が波に揺られて浮いていた。
船乗りの数もじゅうぶんなようだ。
江夏太守である劉琦《りゅうき》さえ動かせれば、いつでも出発することができる。
しかし、かれはいま、江夏城の奥底に隠され、なぜか名の知られていない土豪の鄧幹が江夏を仕切っている。
事情をよく吟味してみれば、関羽が足止めを食ったのも仕方のない話であった。
仮に関羽が腹を立てたついでに江夏城に突入していたとしても、勝手のわからぬ城の中で乱戦になり、多くの死傷者が出ただろう。
さらには、恩人の遺児ともいうべき劉琦に刃を向けたとして、世人は関羽と、そのあるじたる劉備を許すまい。
かといって、ほかに助けを得られそうな勢力に心当たりはないのだ。
劉備は、いざとなれば蒼梧太守《そうごたいしゅ》の呉巨《ごきょう》を頼りにしたいと言っていたことがあったが、交州は遥か南方の土地で、遠すぎる。
がつがつ干し肉を平らげてしまった明星は、顔を上げて、孔明を見て鳴いた。
その声は甲高く、美しいとはお世辞にも言えないものであった。
「おやおや、おまえは鳴かないほうがかわいいね」
孔明が言うと、明星は、きぃいぃ、とまた甲高く鳴いた。
一方で、孔明の背後では、宴の支度が着々と進められていた。
芸人たちと舞姫たちにあわせ、退屈しきっていた関羽の将兵たちが力をあわせて場の設営をしている。
芸人たちと将兵はよく働いていたが、舞姫たちは手伝うフリをするだけで、身内だけできゃっきゃと遊んでいるのが目立った。
例の目のひときわ大きな、山猫のような娘だけは、舞姫たちとは別行動で、なにやら周りを観察して回っている。
孔明は、さきほどからその娘を視界から逃さぬようにしているのだが、向こうもそれと気づいているようだ。
たまにこちらに顔を向けては、なにやら意味ありげな笑みを浮かべて見せる。
それが色っぽい合図だと思い込んでいる関羽と孫乾《そんけん》は、着々と準備が進む宴を前に、憤然として、文句ばかり言っていた。
「軍師は何を考えておられるのかっ」
と関羽が言えば、
「この危急存亡のときに、遊び惚けるつもりとは、わたしもとんだ見込み違いをした」
と孫乾が応じる。
「とんでもない曲者じゃ」
と、また関羽が言うと、
「左様。われらは騙されていたのかもしれぬ」
と、孫乾がさらに応じた。
そこまで言うなら、こちらが到着する前になんとかしてくれればよかったのに、というのが孔明の本音だ。
だが、それを言ったらまちがいなく関係が壊れるので、黙っている。
つづく
江夏《こうか》にいる孔明は、陳到に託されたはやぶさの明星《みょうじょう》の面倒を見ていた。
鄧幹《とうかん》とやらの使者のひとりに、ねずみの干したのはないかと尋ねたが、そんなものはない、干し肉でがまんしてくれ、と言われた。
そこで、贅沢だなと思いつつ、明星に干し肉を与えることにした。
明星は、こんどこそうまそうに肉をつついている。
「いつになったらわが君のところへ戻れるのであろうか」
ひとりごとをつぶやきつつ、江夏の河岸に目をやる。
江夏の港では、船が波に揺られて浮いていた。
船乗りの数もじゅうぶんなようだ。
江夏太守である劉琦《りゅうき》さえ動かせれば、いつでも出発することができる。
しかし、かれはいま、江夏城の奥底に隠され、なぜか名の知られていない土豪の鄧幹が江夏を仕切っている。
事情をよく吟味してみれば、関羽が足止めを食ったのも仕方のない話であった。
仮に関羽が腹を立てたついでに江夏城に突入していたとしても、勝手のわからぬ城の中で乱戦になり、多くの死傷者が出ただろう。
さらには、恩人の遺児ともいうべき劉琦に刃を向けたとして、世人は関羽と、そのあるじたる劉備を許すまい。
かといって、ほかに助けを得られそうな勢力に心当たりはないのだ。
劉備は、いざとなれば蒼梧太守《そうごたいしゅ》の呉巨《ごきょう》を頼りにしたいと言っていたことがあったが、交州は遥か南方の土地で、遠すぎる。
がつがつ干し肉を平らげてしまった明星は、顔を上げて、孔明を見て鳴いた。
その声は甲高く、美しいとはお世辞にも言えないものであった。
「おやおや、おまえは鳴かないほうがかわいいね」
孔明が言うと、明星は、きぃいぃ、とまた甲高く鳴いた。
一方で、孔明の背後では、宴の支度が着々と進められていた。
芸人たちと舞姫たちにあわせ、退屈しきっていた関羽の将兵たちが力をあわせて場の設営をしている。
芸人たちと将兵はよく働いていたが、舞姫たちは手伝うフリをするだけで、身内だけできゃっきゃと遊んでいるのが目立った。
例の目のひときわ大きな、山猫のような娘だけは、舞姫たちとは別行動で、なにやら周りを観察して回っている。
孔明は、さきほどからその娘を視界から逃さぬようにしているのだが、向こうもそれと気づいているようだ。
たまにこちらに顔を向けては、なにやら意味ありげな笑みを浮かべて見せる。
それが色っぽい合図だと思い込んでいる関羽と孫乾《そんけん》は、着々と準備が進む宴を前に、憤然として、文句ばかり言っていた。
「軍師は何を考えておられるのかっ」
と関羽が言えば、
「この危急存亡のときに、遊び惚けるつもりとは、わたしもとんだ見込み違いをした」
と孫乾が応じる。
「とんでもない曲者じゃ」
と、また関羽が言うと、
「左様。われらは騙されていたのかもしれぬ」
と、孫乾がさらに応じた。
そこまで言うなら、こちらが到着する前になんとかしてくれればよかったのに、というのが孔明の本音だ。
だが、それを言ったらまちがいなく関係が壊れるので、黙っている。
つづく
※ いつも閲覧してくださっているみなさま、ありがとうございます!(^^)!
そして、ブログ村に投票してくださった方も、ありがとうございました、とても励みになります(^^♪
今後も精進して創作に励んでまいりますv
さて、最終章のはじまりです。
どうぞじっくりおたのしみくださいませ!
次回も展開がありますよー、どうぞおたのしみにー(*^▽^*)