輝ちゃんつれづれに 

最近はインスタ・LINE、スレッズを始めました。楽しかったこと、残しておきたいことを自分の言葉で書き込みます。

異変なのは自分か 気候か 

2016年10月05日 23時36分47秒 | ことば

あたらしい物語をもとめて

自分を書き留める

やっと自分を冷静に見れる年代に入ってきたようだ。

今まで書き留めていたのは自分に有利なことばかりを残していなかったか。

功績主義だった。

嫌がらせをやったり、いじめたりしたこと、人はいないのか。

お世話になったのに無礼をした人は。

この夏は暑くて本を読む気にならず、「おもいでノート」に書きなぐっていた。

  

「なんでも書いてみよう」と始めてみた。スラスラと出る場合と、「うーん」と考えれば考えるほど浮かんでこない時がある。

私が20歳の時から4年間お世話になった都立田無工業高校の機械科の先生の名前を挙げてみた。すべての先生ではない。記念写真を探し当てた。どうしても名前のわからない先生が一人。「みやちゃん」と呼ばれていたところまで行き着いた。3日ぐらい考えていた。わかった!宮井先生だ。ベレーボーのおもいでから顔と名前が。

(昭和44年 機械科職員室の前で 私は後列の左から二番目 みんな優しい顔をしている)

勉強会に参加

みんなで自由に話し合う会

三鷹市大沢原公会堂(午後2時から4時まで)

「戦中、戦後の生活」と今思うことと題して、①植民地の生活、②敗戦による引き上げの様子、③山梨での生活、④今思うことをOさんが発表した。

朝鮮の小鹿島で1938年に生まれた。敗戦は7歳の時。国立ライ療養所の話もされていた。参加者がそれぞれの8月15日を語った。戦争が終わったという安堵感、空襲の怖さ語っていた。昭和8年生まれと昭和9年生まれとでは生き方が全く違うと誰かが言った。私は8月15日を体験したか、また戦前・戦後で区別している。でも、書くのも辛くなるほど戦争は酷いものである。

日本の歴史を国民の立場から書き残しておかないと。知らないことがたくさん。

小鹿島の半世紀

http://www.eonet.ne.jp/~yokati/hanseiki/syourokuto.htm 

今日の定点 曇り時々晴れ(12時半ごろ)、気温24度、湿度73%。

     

いやらしい天候だった。大沢コートでコスモスセブンの活動日。湿度が高く汗をかく。12時少し前に大粒の雨が降ってくる。自転車で来ているので雨に濡れると風邪をひくので様子を見る。会をはじめて半年が経ったのでかんたんにお茶会。平日のテニス年齢はかなり高いな。いいことだな。


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