夏原 想の少数異見 ーすべてを疑えー

混迷する世界で「真実はこの一点にあるとまでは断定できないが、おぼろげながらこの辺にありそうだ」を自分自身の言葉で追求する

ロシアのウクライナ侵攻で、世界は軍拡競争へ突き進み、日本は平和主義を投げ捨てる。(2)

2024-04-06 15:05:46 | 社会

アメリカの平和集会「ガザとウクライナに即時停戦を」

 第一次大戦時、ドイツ社会民主党が、軍事予算の増加に賛成したことを、ウラジミール・イリイチ・レーニンは、それを知った当初、左派に属する社会民主党が軍事予算の増加に賛成することなど、あり得ないと信じなかった逸話が残っている。なぜなら左派にとって、平等主義とともに、平和主義は決して譲れない根幹をなすものだからだ。その左派に属する社会民主党が、戦争への加担に通じる軍事予算の増加に賛成することが、レーニンには理解できなかったのだ。
 レーニンは、第一次大戦は、帝国主義どうしの戦争であり、祖国防衛のためであっても、戦争には反対する立場を鮮明にした。
 しかし、2022年のロシアの軍事侵攻は、単純に「帝国主義どうしの戦争」とは言えない。そのことが、西側左派の平和主義を大混乱に陥れている。
 

戦争を終わらせる二つの選択肢
 現実に起きている戦闘を終わらせるには、二つの選択肢が存在する。一つ目は、和平交渉により、停戦するというものである。停戦は、確かに戦争終結とは言えないが、それでも、戦禍は治まり、永続的な戦闘停止に導かれる端緒となり、戦争終結への道を開くことができる。そして二つ目は、相手に戦争で勝つことである。
 イスラエルのガザ侵攻の場合は、西側左派の立場は一つ目の選択肢である「即時停戦」で完全に一致している。この戦争の実情が、イスラエルによるパレスチナ人への一方的なジェノサイドとも言うべき大虐殺だからであり、その前提にあるのが、ガザへの「アパルトヘイト」的抑圧体制だからである。しかし、ウクライナ侵攻は、ガザほど単純ではなく、この二つの選択肢の前で、西側左派の平和主義は大混乱に陥っているのである。

(1)「北欧の理想の終焉」
 200年にわたり中立政策を貫いてきた北欧のフィンランド、スウェーデンの2ヶ国は、正式にNATOに加盟した。その過程とそれが意味することをヘルシンキ大学のHeikki Patomäki がThe NationとLe Monde diplomatique紙上で解説している。
 長い間、北欧のこの二か国は、反軍国主義のモデルとして、その理想はNATO加盟と両立しないと主張していた。それが、ロシアのウクライナ侵攻により、180度の方針転換が決定的となったのである。
 両国とも、1920年代頃から社会民主党が政権入りし、福祉国家とともに、中立政策を基本とする平和主義に基づく国際主義を推進してきた。フィンランドは、1948年に西側諸国で初めて、ソ連と友好協力相互援助協定を結んだ。
 ソ連の崩壊後、アメリカ主導の新自由主義が世界中に蔓延する中、多国籍企業の台頭や労働賃金の低下、石油危機などの混乱で経済の低迷が襲い、社会民主党は力を失った。また、ソ連(全体主義)との妥協とされた「フィンランド化」は、徹底的な攻撃を受け、中立政策を否定する動きをは加速された。
 経済の低迷は、新自由主義を加速し、市場統合の動きから1995年に両国はEUに加盟することになる。これは、北欧モデルを捨てたことを意味し、新自由主義の浸透により、従来の社会民主主義は変更を余儀なくされ、緊縮財政、減税、民営化、アウトソーシングなどのさらなる右傾化に進む。
 1994年以来、フィンランドとスウェーデンはNATOの平和のためのパートナーシッププログラムに参加してから、2000年代と2010年代にはNATOの「平和支援」活動に参加し、NATOホスト国支援協定を締結した 。 冷戦期、北欧諸国は各国間で多元的な安全保障共同体を実現し、対外関係において連帯と共通善を推進したが、戦争を防ぐ目的として、軍事力の向上による抑止力重視に変更したのである。
 これらの動きの中で、ロシアのウクライナ侵攻は、ロシアに対する恐怖を増大させ、抑止力重視の観点から、「防衛力」増強の必要性は高まり、正式なNATO加盟となったのである。
 以上が、Patomäki の解説の要旨だが、冷戦後、唯一の超大国となったアメリカは、「テロとの戦争」で中東、アフガニスタンでの軍事行動を推し進めた。その結果、「テロ」は北欧にとっても脅威となり、また中国の台頭で、西側諸国対それ以外の国の対立が進んだことも大きな影響を与えたことは間違いない。バイデンは西側の結束を強調しているが、数十年前から、西側は結束した抑止力を持つ必要に迫られていたのである。結束した抑止力の象徴がNATOであるのは言うまでもない。

 中立の立場にいたこの2か国に、ソ連時代もロシアも直接攻撃するという動きは見せなかった。しかし、NATOに加盟したことは、ロシアにとっては、脅威であり、敵と見なされ、戦争への危険性は増大したと言える。当然、Patomäki は、正当に、最後に「NATOへの加盟を決定したフィンランドとスウェーデンは現在、歴史の誤った側on the wrong side of history にいる。 」と結論づけている。
 
 (2)欧米左派の混迷
 北欧の中立主義は、主に中道左派の社会民主党が主導してきたが、それが大転換したのである。そして、この社会民主党の政策転換の動きは、他の社会民主主義政党でも、同様な傾向が見られる。首相でもあるオラフ・ショルツのドイツの社会民主党は、NATOの強化、軍事力の拡大に踏み切っているし、他の欧州中道左派のフランス社会党、英国労働党なども、GDP2%を超える軍事費増加に賛成している。
 これらの動きは、戦争を終わらせる選択肢の二つ目、相手に戦争で勝つことを、左派の一部である社会民主主義政党が選択したことを表わしている。
EU議会社会民主主義党会派ホームページHome | Socialists & Democrats(参照)
 この社会民主主義勢力の選択は、ウクライナが戦争に勝つための軍事支援を惜しまないという中道右派やさらに右の諸政党と同様の立場である。

 では、欧米の社会民主主義政党より左に位置する、または強固な平和運動は、どのような立場なのだろうか? 
 そこには、上記のような社会民主主義政党の「戦争で勝つことで」ロシアの侵攻を終わらせるというはっきりとした立ち位置をとれない苦渋がにじみ出ている。
 平和への政策を研究するアメリカノートルダム大学クロック研究所のデビッド・コートライトは、その苦渋を言葉にしている。
 「今は平和支持者にとって困難な時期です。ウクライナにおけるロシアの残忍な侵略と、米国および世界中で高まる軍事化に直面して、私たちは何をすべきか悩み、確信が持てません。 」で始まるこの寄稿文は、「20年前、何百万人もの人々がイラク戦争に反対して行進しましたが、今日ではほとんど沈黙しています。この危機においても平和運動は意味があるのでしょうか? 」と続いている。
 その理由は、「ソ連の崩壊とワルシャワ条約機構の解散後、軍事ブロックの拡大は対立的であり不必要」であり、NATOの東方拡大は、ロシアにとっては脅威と見なされ、「それらの懸念が現実 」となった結果がロシアの進攻であったとしても、また、「米国も国際法に違反し、イラクや他の国々に対して侵略行為を行っているのは事実だが、だからといってロシアの侵略が道徳的」にも、国際法に照らしても、許されるわけではない。それ故に、自衛の「ウクライナの闘争は確かに正義の戦争としての資格がある 」のであり、そのウクライナへの軍事力を含む支援は正当かつ必要だと考えられるからである。
 
 この論理は、多くの左派の共通した論理だとも言える。欧州議会内の左派の連合会派European Leftもロシアの進攻には、この立場を表明している。European Leftは、フランス共産党、統一左派(不服従のフランス)、イタリア共産党再建派、ドイツのDie Linkeなどの連合組織である。アメリカでも民主社会主義党も同様である。そして、言ってみれば、日本共産党もこれらの左派政党と同様の立場だと考えられる。
 
 しかし、このウクライナの抵抗が「正義の戦争」という立場は、現実には極めて宙ぶらりんの曖昧な立場に自分たちを置くことになる。ロシア軍が自ら撤退することはあり得ず、NATO諸国の軍事支援を継続させ、ウクライナの受ける戦禍を継続させることに繋がるが、それに賛成も反対もできないということになるからだ。だから、現実に起きている戦争に論評することができない。フランス左派のメディアL'Humanité紙 もアメリカ民主社会党のJacovin紙も、日本共産党の赤旗も、あたかもそんな戦争は起きていないかのように、ロシア・ウクライナ戦争に関する記事は、年に数回しか見られない。立場が曖昧なので、現状では記事にできないのである。
 
(3)欧州左派の変化
 2024年3月11日、ローマ教皇フランシスコが、今月放送予定のスイスの放送局RSIのインタビューで、ウクライナにロシアとの戦争を終わらせるために交渉し、「白旗を揚げる勇気」をもつべきだと発言した(英BBC)と報じられた。この発言には、ウクライナのゼレンスキーだけでなく、NATO諸国の首脳から、特に「白旗を揚げる」という言葉に、批判が殺到した。ゼレンスキーはNATO諸国にさらなる強力な軍事支援を要請し、NATO諸国首脳は、その軍事予算の捻出に苦労している最中だからである。
 
 このローマ教皇の停戦交渉を強く促す言葉に反応して、NATO諸国首脳とは正反対に、欧州左派European Leftの欧州議会議長候補のウォルター・バイアーは、ウクライナ戦争終結を「交渉」する時がきたと語った。
 そこには、ロシア・ウクライナ戦争は2年を超え、NATO諸国が軍事支援を続けても、ウクライナ軍がロシア軍を排撃することが不可能であることが明らかになりつつあるという現実がある。その現実に、フランスのマクロンは、「我が国の兵士をウクライナに送る可能性を排除しない」と発言したが、NATO諸国の軍隊を派兵しなければ、ウクライナ軍は自分たちの力だけでは勝てないことを、マクロンはようやく認識し始めたのである。勿論、マクロンの「地上軍派遣」を他のNATO諸国首脳は強く否定した。それは、NATOが直接ロシアと交戦することを意味するからだ。
 
 現実のロシア・ウクライナ戦争は、戦争拡大の方向に向かっている。NATO諸国は、軍事費を大幅に増加し、さらに強力な軍事支援と自国防衛に力を入れ始めている。ロシアは、大量の兵器・弾薬を製造できる体制に向かっている。
アジアも、「民主主義対権威主義」戦争の準備に突入し始めた。このままの状況は、ひたすら破滅に向かって突き進んでいるかのように見える。だから、ローマ教皇は、「白旗を揚げる勇気」を持ち、戦争終結への交渉を始めるべきだと発言したのだ。
 
 フランスでは、マクロンの発言に左派も反発し、危険な状況を生む出せかねないこれ以上強力な軍事支援に反対する声が増え始めている。ようやく、欧米の左派勢力も、停戦に向けた交渉に向かうべきだと声が主流になりつつある。


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