夏原 想の少数異見 ーすべてを疑えー

混迷する世界で「真実はこの一点にあるとまでは断定できないが、おぼろげながらこの辺にありそうだ」を自分自身の言葉で追求する

ロシア・ウクライナ戦争:勝てないウクライナに、NATOの全面参戦が一歩手前まできた

2024-05-20 11:28:29 | 社会

ウクライナの戦死者の埋葬は、毎日続く(BBC)

 2024年5月、ロシア軍はウクライナ北東部の国境から進軍し、ハリコフ州北部の10以上の集落を占領した。ロシア軍は、ウクライナ東部のドンパス地域などでも攻勢を強めているが、さらに北東部でもウクライナ軍を圧倒し、進軍を続けていることを示している。ロシア・ウクライナ戦争は、全体として、ウクライナの劣勢が際立ち、ロシア軍は、じわじわと占領地域を拡大しつつある。
 このウクライナ軍劣勢の要因は、兵員不足と砲弾不足だとウクライナの軍部高官も認めている。それは、ロシアとウクライナの、徴兵のための人口と軍事産業の大きさにおいて、ロシア側が圧倒的に優位にあることことから、容易に想像がつく。そこで、「砲弾不足」つまり兵器・弾薬等の供給支援を強化すれば、二つの要因の内、一つは解決することになると考え、NATO諸国は軍事支援強化に力を入れ始めている。最近の、アメリカの長距離ミサイル供与のニュースなどがそれに当たる。

NATOの派兵論の増加
 しかし、2024年になってから、軍事支援だけでは、ロシアの攻勢を抑えられないのではないかという意見が出始めた。2月には、それまでロシアとの交渉を模索する姿勢を見せていたフランスのマクロン大統領が、「(NATO諸国の)地上軍派兵の選択を排除すべきでない」と発言したことが議論を呼んだ。これには、、NATOのストルテンベルグ事務総長やドイツのショルツ首相など多くのNATO諸国の首脳が即座に否定したが、このNATO諸国による直接的軍事介入論が、消え去ったわけではない。

 5月14日、元NATO欧州副最高司令官サー・リチャード・シレフ将軍(元英国陸軍上級将校)がBBC に「ウクライナの同盟国が十分に強化していない、西側諸国のウクライナ支援戦略には『根本的な転換』が必要だ」と述べた。ウクライナ軍の劣勢の理由に軍事支援の遅れが指摘されていることを念頭に、「 たとえ米国の援助がより早く到着したとしても、ウクライナに『自国を守るのに十分な量だけ』を与えるという戦略は機能しないだろう。」 そして、「最良の防御形態は攻撃である。」と言った。(BBC)
 NATOの最高司令官は、常に米軍将校なので、副司令官はヨーロッパ側の代表と言える。そのヨーロッパ側軍部の意見として、この発言は重要な意味を持つ。
 ウクライナへのNATO諸国の軍事支援は大部分をアメリカが占めており、米軍の軍事情報を駆使してウクライナ軍は戦っている。それが、アメリカの代理戦争と言われる理由の一つ(2014年以降のアメリカのウクライナでの政治的工作が最大の理由だが)なのだが、そのアメリカは、ドナルド・トランプを擁する共和党がウクライナ支援に懐疑的であり、そのためしばしば軍事支援の予算通過が遅れる。さらに、11月の大統領選でトランプが勝利すれば、ウクライナへの支援は後退するのは目に見えている。そのような情勢の中、この元英国陸軍将校は、「たとえ米国の援助がより早く到着したとしても、」ウクライナ軍が単独で勝てる見込みはなかったと言い、「支援戦略には『根本的な転換』が必要だ」というのである。
 また、英紙ガーディアンには、外交評論家のサイモン・ティスダルの「ウクライナを救えないNATOに実存的な疑問が湧く」と題したウクライナ戦争への積極的介入論が載った。(2024.5.19)
 ティスダルは、「NATOは最初からロシアの侵略を阻止するために断固として介入すべきであった 」と言うのである。そして「NATOは7月にウクライナの完全加盟を急ぐべきだ」と主張する。 ウクライナがNATOに加盟すれば、加盟国はウクライナ防衛の義務を負い、法的には、2022年2月のロシアの進攻前にロシア語に編入された地域も含め、ウクライナ全土に進駐するロシア軍に対し、NATO軍の攻撃が可能になる。
 さらに、アメリカの外交専門誌Foreign Affairsには「NATOではなく欧州はウクライナに軍隊を派遣すべきだ」という論考が掲載された。(2024.4.22)
 これら多くのNATOの直接介入論には、ティスダルが言うように、政治家は今のところ否定的だ。しかし、それでも、ウクライナ軍の劣勢は目に余るものがあり、今まで禁じていた長距離ミサイルや重火器の供与に積極的になり出している。また、NATOの供与した兵器のメンテナンス部隊や通信傍受部隊などの少数の軍関係者が、既にウクライナで活動していることは、西側メディアでも報道されている。政治家も、直接参戦の圧力に抗しきれない状況に陥っているのが実態なのである。

 NATOが兵器・弾薬の供与をいくら増やしたところで、ロシア側は完全に軍事優先経済を立脚し、軍事部門の製造を最優先にしているので、対抗する兵器・弾薬の供給を増加させる体制を整えている。NATOが支援を強化したところで、最も肝心なウクライナ軍の兵員不足は、補うことはできない。ウクライナ国民は、既に648人が国外に脱出し(2月18日時点 UNHCR)、開戦後2万人以上が、兵役拒否で国外へ逃れている(BBC 2023年11月)。
 このような状況下で、ウクライナが単独でロシア軍を排撃することなどできないのは、誰の目にも明らかになりつつある。
 それでも、ウクライナのゼレンスキーは、アメリカのブリンケン国務長官 に、NATOの軍事支援で「戦場で続くロシア軍の攻勢に対し、これで状況は大きく変わる」と述べ、オリンピック休戦も拒否するなど、戦争継続の姿勢を変えない。NATOの首脳も、停戦は眼中になく、ロシアを敗北させるという強硬策を変える意向を見せない。しかし、そこから導き出される答えは、もはや、NATO軍の派兵しかあり得ない。

アメリカの代理戦争から、ヨーロッパ全体の戦争へ
 アメリカは、11月にトランプ再選が濃厚であり、例え再選されなくても、共和党側のウクライナ支援に消極的な影響力は大きい。そもそも、アメリカにとっては、対中国との軍事対立の方が重要な課題なのは明らかである。
 ヨーロッパ首脳が、「ロシアは帝国主義的侵攻をやめる意図はなく、ウクライナで負ければ、次はヨーロッパ全体がロシアの進攻の脅威にさらされる」というロシア脅威論を捨て去らない限り、ロシアをウクライナ全土から放逐するまで戦争を継続するという方針は変えられない。それは、ウクライナが単独でできないならば、ヨーロッパの直接参戦しかないのは明らかだ。
 その時は、アメリカは、対中国との対立から、参戦はできず、ヨーロッパへの支援しかできない。
 ロシア側も国家の存立がかかっていると考え、総力を挙げて戦うことになるだろう。最終的には、核兵器使用も視野に入る。
 それは、ウクライナは消滅し、ヨーロッパもロシアも壊滅状態になることを意味する。まさに、「そして、誰もいなくなった」なのである。それが、一段と近づきつつある。
 

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